第184話 盗聴準備
~周防大島町~
~丘の上の平屋~
王都外壁のすぐ傍から転移し、すぐにマツさんに迎えに来てもらい、平屋に到着した。
車内でマツさんから受けた報告によると、姫野さんは桜花会の金光会長に呼び出され、急遽姫路に向かったそうだ。
「 若頭は姫路に向かいました 」と聞いて、私の頭の中では、最初の漢字が同じ「 姫 」なので、一瞬こんがらがってしまった。
――「 鳥取から来ました島根と申します! 」みたいな感じで、どっちだったっけ? と混乱してしまった。
――いや! 違うか!
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ロープでグルグル巻きにしたキャリーケース二つを、リディアさんとマツさんと一緒に屋内へと運び込む。
「 あと二時間もすれば、輸送班の組の者が来ると思いますんで、それまでこの金は、俺が責任もって預かります! 」
マツさんは自身の胸板をドンと叩いた。
「 うん、1億5千万は白凰組の取り分だからね。2億は福岡の光輪会へ持って行くわ。残りの1億5千万はこの平屋と組本部で管理して、物資購入のための資金にしてほしい。ある程度――生活費もソノ中から使っていいとは思うけど、無駄使いはダメよ 」
「 いやいや! 1円でも勝手に使ったら、若頭と本部長に殺されますよ 」
【殺される】が誇張表現ではなく、彼らの世界では、些細な事でも本当に殺される場合があるのが怖いところだ・・・
以前、姫野さんから、同僚を襲って重体にした挙句、現金1億円を持ち逃げした組員を、とことん追い詰めた話を聞いたことがある。組の人間を総動員したのは勿論、加えて裏稼業のプロを雇い徹底的に詰めたのだそうな。
彼らは裏切った者に容赦がない。当たり前といえば当たり前なのだが――
彼らは組の看板に泥を塗られたと判断すると、その時点から損得勘定抜きで動き始めるらしい。掛かる費用なんてガン無視で、とにかく手段を択ばず追い詰めるのだ。そして捕まれば最後、最悪の場合、バラバラにされて海に捨てられるか、スクラップ工場でプレスされ、これまた海に捨てられるか――のどちらからしい。
「 しかし姐さん、こんな短期間で組へ納める金が4億超えるって・・・とんでもないですね 」
「 いや、私は何もしてないよ。姫野さんや天野さん、そしてマツさんたち皆のお陰だよ。本当は、取り分の比率――逆でいいんだけどね。ってか逆でも多いくらいなんだけど、でもそれじゃ姫野さんと組長さんが、頑として首を縦に振らないしねぇ~ 」
「 姐さんって、どこまで欲が無いんですか・・・ 」
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「 とりあえずロープ解いて2億を別にするわ。マツさん、その後タクシー呼んでもらえます? 」
「 任せてください! 」
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~福岡県・遠賀郡岡垣町~
PHANTOMのエージェントである広瀬は、生暖かい風が吹き抜ける中、光輪会本部の建物前に立っていた。
新興宗教団体、光輪会――
山間の峠の中腹にポツンと建っている――なかなかに広い敷地を有する建物だった。元々、一階部分が飲食店か何かの店舗だったらしく、その名残が見て取れた。玄関前の広い空き地には、かなりの数の車を駐車できそうだ。
鹿児島本線脱線事故の被害者を中心にして結成されたと言われている宗教団体。
当初、現代医学では到底治せないハズの傷を負っている者が多くいたそうだが、現在では障害を負っている者は確認されていないようだ。そう、まるで最初から身体的障害など無かったかのように・・・
噂では、光輪会の設立者が何らかの不思議なチカラを使い、片っ端から信者を完璧に治しているらしいのだ。
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広瀬の両手には、鞄とウォーターサーバーのパンフレットが握られていた。
営業職を装っており、車は白い商用AD バンだ。
広瀬は深呼吸をし、笑顔を作って玄関のインターホンを押した。
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「 はい、どなたでしょうか? 」すぐに男性の無機質な声が返ってきた。
「 お忙しいところ恐縮です! 最新のウォーターサーバー設置のご提案に参りました。クリアウォーターテックの菅原と申します 」
「 お待ちください 」と返事を受けたあと、しばらく待っていると玄関がゆっくりとこちら側に開いた。
広瀬は頭を下げながら中へと足を踏み入れた。
広瀬は意外にも警戒度が低いと感じた。一応監視カメラが設置されてはいるものの、死角も多い。そのあたりの一般家庭と変わらない。
「 念のため設置してます 」という程度の印象だった。
そもそもごく一般的な家庭でも、飛び込みの営業がここまですんなり玄関内に入らせてもらえる方が稀だ。普通は問答無用で門前払い、せめて資料を受け取ってもらえれば御の字って感じだろう。
応対の男性は一瞬、疑わしげな眼差しを向けてきたが、広瀬が手に握るパンフレットに視線を移し、すぐに笑顔を浮かべた。
「 ウォーターサーバーですか? 今のところ必要ないかと・・・ 」
広瀬は微笑みを絶やさず話し始める。
「 そうおっしゃらずに、少しだけお時間をいただけませんか? このウォーターサーバーはただのサーバーではありません。健康を守るための最先端技術も詰まっているんですよ 」
広瀬はウォーターサーバーの機能を詳細に説明し、その効果を強調した。
「 ウォーターサーバーがあれば、いつでも冷たいお水やお湯を簡単に利用できます。特に忙しい朝や急な来客時にとても便利です! 次に健康面です。サーバーのお水は厳しい品質管理のもとで提供されているため、安心して飲むことができます! 健康を守るためにも最適ですよ 」
「 そして何と言っても経済的な面でも優れています! ペットボトルの水を購入するよりも、ウォーターサーバーを利用する方が長期的には経済的です。そのデータも資料にありますので! また、重い水を運ぶ手間も省けますし 」
「 最後にもう一つ、料理やお茶、コーヒーなど、さまざまな用途に利用できます! 特にお湯がすぐに使えるので、調理の時間も短縮できますし! 」
「 実はキャンペーン中でして、本来なら機器のレンタル料金を月々頂くのですが、今ならなんと! ご契約いただいてから一年間は無料でお使いいただけます! 一年を過ぎてレンタル料金を頂戴する事になりましても、二週間に一度のお水ボトル注文が三本以上ならば、レンタル料金自体は月々1100円とお安くさせていただいておりますので、是非ご検討をお願いいたします! 」
男性の表情が少し和らいだのを感じた。
「 う~ん、個人的には興味深いですけど、でも事務長に確認しないと。もうすぐ戻られると思うんですけど 」
「 では事務長さんがお戻りになるまで、表の駐車場でお待ちしても宜しいですか? 実際にお試しいただければ、その効果を実感していただけると思います! お水の配送も含めて無料でお試しいただける期間を設けていますので、是非一度お使いいただきたいのです! 」
広瀬はさらに一歩踏み込んだ。
「 あ~わかりました。では一応、事務長にメッセージで伝えておきますね 」
広瀬は心の中でほくそ笑んだ。拍子抜けするほど今のところ計画は順調に進んでいる。理想は、今、車に積んでいるサーバーを何とか設置し、盗聴装置が作動するのを待つだけだ。もちろん今日が無理でも後日で構わない。焦りは禁物だ。
広瀬はプロフェッショナルな営業マンの顔を保ちながら、内心の緊張を隠していた。
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約三十分後、一台の車が敷地内に入ってきた。
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広瀬はすぐさま車を降り、さきほどまでの営業スマイルを顔面に貼り付けた。
車からは男性と女性が降り、女性が広瀬に対して頭を下げた。
「 話は聞いとります。ウォーターサーバーの営業ん方? 」
「 はい! クリアウォーターテックの菅原と申します。宜しくお願いいたします 」
広瀬は予め用意していた名刺を女性に手渡した。
「 以前、春乃さんがコーヒー飲むときにサーバーがあればなって言われてたんですよね。ああ、とりあえず中でお伺いしましょう 」
広瀬は満面の笑みを浮かべて深く一礼し、資料が入ったカバンを持って事務長らしき女性の後に続いた。
広瀬の心臓は少しだけ高鳴っていたが、顔には一切の動揺を出さない。
――サーバーさえ設置すれば、あとは信者たちの会話から情報を盗り放題だ。どう考えても、ただの噂で済ますにはおかしな点が多すぎる・・・
――しかし、何か隠された裏があると仮定して、この警戒度の低さは何なんだ・・・
広瀬は、得も言われぬ不気味さを感じた。
しかし、盗聴装置がバレることはまず無い。その点には自信がある。
内蔵されている盗聴装置は、まだ一般には公開されていないモノで、最先端技術によるものだ。
一般人が最先端技術と思い込んでいるモノは、実は十数年前に一部の軍などで使われていたモノで、使い古された技術が民間に下りてきているに過ぎない。
本当の最先端技術は、すぐに民間には公開されない。一般人が見ているのは、ただの残骸に過ぎないのだ。
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