第182話 アルバレス王
深い緑に包まれた【風鳴りの森】――
その中には、獣人たちの集落が静かに息づいていた。
木々の間を縫うように広がる小道は柔らかな苔に覆われ、足音を吸い込むように静かだった。
空を覆う葉の天蓋からは、柔らかな陽光が斑に差し込み、地面に幻想的な模様を描いていた。
集落の中心には大きな古木がそびえ立ち、その根元には石で作られた広場が広がっている。
広場の周囲には木の幹を利用して作られた家々が立ち並び、家々の屋根には色とりどりの花が咲き誇っていた。
家の壁には獣人たちの手による美しい彫刻が施され、彼らの歴史と文化が語られているようだった。
風が吹くたびに木々の葉が囁き、鳥たちのさえずりが響き渡っていた。
遠くからは川のせせらぎが聞こえ、集落全体に穏やかなリズムを与えている。
獣人たちは自然と調和しながら生活しているようだ。
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見慣れない我々を警戒してか――家々の半開きになっている扉から、住人たちが顔だけを覗かせ外の様子を窺っていた。
無理もない。
見知らぬ私たち2人だけならまだしも――5億円を含めた荷物を運ぶために、暁の軍隊8体が随行しているのだから。
「 お~い! 皆集まってくれ! 魔道士様が食料を施してくださるんだ! 神話級の転移魔法をお使いなさる大魔道士様だ! いや大賢者様だ! 」
マロンさんは、森の中の静寂を破るように声を張り上げた。
人狐たちの鋭い目が、私たちを見つめているのが感じられた。
家々の扉が少しずつ開かれた。
人狐たちは警戒心を隠さず、戸惑いを見せながらも一歩ずつ前に進んできた。
彼らの毛皮は太陽の光を受けて輝き、華奢な体が緊張しているのがわかる。
「 食料を届けにきました! この者たちは私が召喚した精霊ですので安心してください 」
私は暁の軍隊たちに荷物を置かせ、送還命令を下した。
暁の軍隊たちは即座に霧散する――
その言葉に人狐たちの表情がわずかに和らいだ。彼らは互いに目を合わせ、やがて一人の年老いた人狐が前に出てきた。
「 どういう経緯か分かりませんが、出会いに感謝いたします。尊き大賢者様。わたしは村長のアーガルと申します 」
無数のビニール袋が地面に置かれていた。
「 とりあえずお腹いっぱい食べてください。包装が特殊なのがあるので、袋の開け方などはこれから説明します 」
人狐たちは慎重に近づき無数のビニール袋の中身を確認すると、困惑の表情を浮かべた。
無理もない。
一見しただけでは、それが食べ物に見えない物もあるだろう。
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人狐たちはレクチャー通りにおにぎりの包装を解き、鼻を近づけて匂いを確かめていた。
海苔の香りが鼻孔を刺激したのか、誰もが驚きに目を見開いていた。
梅は刺激が強すぎるかもしれないと思い買っていない。梅以外の種類は網羅している。
ツナマヨ、鮭、昆布、明太子、などなど一般的なもの以外にも、特殊な種類も豊富に選んだ。
めんつゆ+青のり+天かすを混ぜた悪魔のおにぎりや、スパムとチーズのおにぎり、ネギ塩肉巻きおにぎり、チャーハンおにぎり、チーズタッカルビ風もある。
女性陣は菓子パンを口に運び、「 こんな甘いパン・・・初めて食べました! 」と顔をほころばせていた。メロンパン、クリームパン、あんパン、シナモンロール、デニッシュペストリーなどなど、
パンも特殊な種類を多数購入した。
男性陣にはカレーパンが人気のようだった。他にもクロワッサンたい焼きや、クリームコロネなどが人気のようだった。
数人の子供たちは菓子パンを両手に持ち――目を輝かせていた。「 ふわふわで甘い! こんなパン初めて食べる! 」と叫び、満足そうに笑みを浮かべている。
老人たちは食べ物を分け合いながら、楽しそうに話していた。
本当に久しぶりのまともな食事だったのだろう。
賑やかな声が響き渡り、村に新たな風が吹き込まれたかのようだった。
村の広場はとにかく賑わっている。
人狐たちは終始興奮した様子で、食事を愉しんでいた。
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「 しかし、この辺りは魔力の波動が強い・・・ 」
「 え? そうなの? 」
リディアさんの呟きに反応したが、私は魔力感知ができないので何も感じない。
「 はい。酔うほどではありませんが、この森全域が強い魔力に包まれているかのような印象ですね。この森の――どこか特定の箇所から発せられている可能性も高いかと思われます。転移場所ではさほど強い感じはなかったのですが、森の中に進むと――急に波動が強くなっていったので 」
「 賢者様。口を挿むことをお許しください 」
私たちの会話に、隣で食事中のマロンさんが申し訳なさそうに入ってきた。
「 実はこの強い魔力波が獲物が消えた原因と思われます。地表に近ければ近いほど強いようですので、地を這う動物たちは魔力の影響を直に受けこの森を捨てたか、あるいは変異し魔物になって森を出たか・・・鳥たちは平然と上空を飛んでおりますので、影響は限定的だとは思うのですが・・・ 」
「 魔物? この村は大丈夫なの? ってか、この状況はいつからなの? 」
「 一か月ほど前からと記憶しております。食糧難以外での直接的被害は今のところありません。我ら種族は、魔力波にはあるていど耐性がありますので、魔力酔いにはまず陥らないのです 」
――、一か月か・・・こちらの世界では約40日くらい前ということになるな。
「 う~む、これは専門家による調査が必要っぽいねぇ。マロンさんたちはこの集落を一時的に出て、どこかに移住とかは考えてないの? 」
「 は、はい。今までは皆とそういった話になったことはありませんが・・・しかしこれだけ狩猟自体ができなくなってきた現状に鑑みると、移住も視野に入れるべきかもしれないと、今――賢者様に指摘されそう思い始めました・・・ 」
「 ふむ。とりあえず私たちは今日中にライベルク王都に戻るから、調査隊を寄こすように働きかけてみるわ 」
私の発言に、マロンさんが目を見開き驚愕する。
「 え? 今日中に? しかし徒歩ですと最低でも三日はかかりますが・・・この付近はしばらく悪路が続きますし 」
「 ああ、大丈夫。今日中ってか日没くらいには到着するかも? あ~、って言うかマロンさんも一緒に来てよ! 調査隊を派遣するにしても王都からこの森までの道案内が必要だし 」
「 なんとっ? 日没に到着?! 一体どのようにして・・・も、もしかして王都までの長距離を、転移魔法を何度も唱えて短縮なさるのでしょうか? 」
「 ぶ~! 不正解! 」
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私のこの先の考えは――ワルキューレに吊ってもらい、5億円、私、リディアさん、マロンさんでライベルク王都に戻り、翌日から調査隊を編成し、もう王城に戻っているであろう龍さんをコキ使ってマロンさんの案内の下、食料と共に調査隊をこの村に送り込む。という流れだ。
私たち2人は5億円を周防大島の平屋に届け、福岡に移動した後、ミラさんの下へ戻りたい。
そろそろ何らかの動きがあったかもしれないので、ここ数日間少し落ち着かないのが正直なところだった。
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~アストレンティア王国~
~ルベナス城、王の間~
ルベナス城の王の間は、豪奢な装飾と重厚な雰囲気に包まれていた。
炎王と称されるアルバレス王は、玉座にふんぞり返り――傍若無人な笑みを浮かべていた。
彼の前には、氷の魔人という異名を持つ配下の傭兵長ケーニッヒが控えていた。
「 ケーニッヒ。お前の軍はどうだ? 練兵はしておるのか? 」
アルバレス王が興味なさげに問いかける。
「 必要ない! 俺は金さえもらえればその他はどうでもいい。俺が戦場に立つ限り、勝利は約束されているのだからな 」
ケーニッヒは肩をすくめ、冷淡な声で答えた。
あまりにも不敬な態度であるにもかかわらず、アルバレス王は満足げに頷きながら豪快に笑った。
「 はっはっはっ! 相変わらずよ。だがそれで良い。お前に忠誠心などは求めていない。金で動く傭兵、それが一番信頼できるかもしれんな 」
「 失礼いたします、王よ! お耳に入れたい朗報が二つございまするぞ! 」
突然、宰相のブラントが慌てた様子で王の間に入室してきた。
彼の目には冷酷な光が宿っている。かつてヴァレンティ公国のガーラント大公に仕えていた彼は、裏切りと暗殺を経て、今やアルバレス王の右腕として君臨しているのだ。
「 ブラントか? 朗報とは何だ? 簡潔に申してみよ 」
アルバレス王が不機嫌そうに尋ねると、ブラントはさらに一歩前に出て低い声で答えた。
「 ははっ! まず亡きガーラント大公の公女――ミラ嬢が存命しているとの情報と、さらに驚くべきことに、時の守人の生き残りを目撃したとの情報が挙がっております 」
アルバレス王は突如玉座から立ち上がった。
「 何だと! あの娘、焼け落ちた館から逃げ出し生き延びておったのか? それに塔の守護者たるあの一族の生き残りだと!? まどろっこしい! 詳細を話せ! 」
「 はい。バーニシアのサリエリの下に潜り込ませておる配下の者からの情報でございまして、調査を進める価値は十分にあるかと存じます。ミラ嬢に関しては、サリエリの側近が洩らしていた情報に因るものでして。時の守人に関しては、港町ベルカ付近での目撃情報がサリエリの下に挙がったそうでございます 」
この瞬間、傭兵長ケーニッヒには――王の次の発言が予見できていた。
「 ケーニッヒよ、聞いておったな? まずはベルカだ。すぐに発て! 少数精鋭でまとめ伯爵領に入るのだ! 伯爵に先んじられては面倒な事になる 」
「 分かった。報酬は弾んでもらうぞ 」
「 約束しよう 」
アルバレス王の即答を聞き、ケーニッヒは不敵な笑みを浮かべたまま王の間をあとにした――
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「 王よ。この二つの駒が揃えば――不老魔法の入手も夢ではありませんぞ 」
宰相ブラントが狡猾な笑みを見せた。
ブラントの鋭く青い目は、常に何かを企んでいるかのように冷たく光っている。
銀色の髪は、まるで策略と陰謀を象徴するかのように肩まで流れていた。
顔には深い皺が刻まれており、それは数々の裏切りの証とも言える。
高い頬骨と引き締まった顎は、彼の冷酷な意志と計算高い性格を物語っており、身に纏うローブは深い紫色で金の刺繍が施されていた。
そのローブは彼の地位と権力を示すものであると同時に、他者を操るための知識を求め続ける姿勢を象徴しているかのようだ。
アルバレス王は玉座に座るその姿だけで――周囲を圧倒する存在感を放っていた。
鋭い眼光はまるで全てを見透かすかのように冷酷で、どんな者もその視線を避けることはできないだろう。
王が身に纏う黒いローブは、闇そのものを象徴するかのように重厚で、金糸で縫われた紋章がその威厳をさらに引き立てていた。
玉座の間に響く――王の声は低く力強い。
「 諦めかけていたが、今こそ我が野望が現実となる時が来たのか・・・魔法とは旧文明の遺産に過ぎぬ。守人たちもまた旧文明の残党に過ぎんのだ。我が支配は永遠に続かねばならん。不老を手に入れることこそ我が使命なのだ! 」
アルバレス王の野望は、まさに彼の存在そのものと同じく揺るぎないものだった。
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