第181話 疑問
精霊召喚魔法を唱えようとした瞬間だった――
突然、森の奥から複数の影が現れた。
私たちが顔を向けるとそこには複数の獣人が立っていた。彼らの鋭い目は私たちを見据え、手には長い槍が握られている。槍の先端がこちらに向けられ冷たい光を放っていた。
「 なっ! き、狐の獣人? 」
「 そのようですね 」
「 人狐族かと――、ハッキリとしたことは言えませんが、この付近はまだ王国の支配領域の可能性が高いです。広義的にはこの者たちも我が国の民と言えないこともないかと 」
私の驚愕に対し、リディアさんが冷静に答える。
「 食料を置いていけ! 」と、低く唸るような声が響く。
獣人たちの1人が一歩前に出て迫った。毛皮は濃い茶色でかなり痩せてはいるが、少し筋肉質な体が威圧感を放っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
人狐族の若者たちの中で、リーダー的存在であるマロンは槍を構えながらも内心はびくびくとしていた。
理由は単純だ。
今まで見たこともない奇妙で大きな箱の横で、悠々と女だけで食事を愉しんでいた光景に、途轍もない違和感と異様さを感じたからだ。
しかしこれは、食べ物を得る降って湧いたようなチャンスだった。異様さへの警戒よりも空腹が勝ってしまう。
「 しょ、食料を置いていけ! 素直に従えば、命までは獲らない! 」
マロンは震える手を抑えながら深呼吸し、心臓の鼓動を感じながら無理やり威嚇の声を絞り出した。
心臓は激しく鼓動し、槍を握る手の内も湿っていた。しかし仲間たちの前では決してその恐怖を見せるわけにはいかない。
仲間たちも呼応するように「 置いていけ! 」と脅迫する。だが、その声には微かな震えが混じっているのをマロンは感じていた。仲間たちも内心は怖がっているのだ。
「 ハルノ様。我が国の民だとしても、これは明らかに略奪行為。死罪もやむなしかと―― 」
「 ふむ。まぁ殺すとは言わないまでも、多少の痛みは与えて然るべきってところかねぇ~ 」
「 聖なる矢弾! 」
陸人族の少女が叫ぶと、少女の頭上に突如――十本以上の光り輝く矢が出現した。周囲に円を描くように配置される。
――魔道士だったか!
やはりこの女2人組はタダ者ではなかった。マロンは自分の直感が正しかったことを改めて認識したのだ。
だが、仲間たちの期待と信頼が重くのしかかっている。
ここで退くわけにはいかないのだが・・・相手が2人だけとはいえ、魔道士とあってはかなり分が悪い。
内心の恐怖がさらに身体に現れ、震える手が握る槍に伝わり穂先が微かに震えていた。
女2人だけで護衛がただの1人もいない状態なのに、これだけ落ち着き払っているということは・・・
自分たちの戦闘能力に確固たる自信があるからだ。と容易に想像がついた。
隣に立つ長身の女も武器は携帯していない。つまりは2人とも魔道士の可能性が高い。
戦闘に特化した魔道士にはほぼお目にかかったことはないが、一般的な並みの魔道士1人で、最低でも歩兵5~7人分の兵力に匹敵すると言われている。
その予備知識が、マロンの恐怖心を肥大させることに拍車をかけた。
――ダメだ・・・死人が出る!
マロンの判断は早かった。即座に槍を手放し両膝を突いた。
仲間たちも同じ心境だったのか、それが合図と言わんばかりに次々と槍を手放しマロン同様膝を突いた。
「 ま、魔道士様――お願いです! どうか、食べ物を分けていただけないでしょうか・・・ 」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――何なんだこいつらは・・・突然森から出てきて脅しをかけてきたかと思ったら、魔法を見た途端すぐさま降参して頭を下げるとは。
――ただ単にお腹が空きすぎて、後先考えずに行動しているだけっぽいな・・・賊の類ではなく困窮しているだけなのかもしれない。
「 もしかして食べ物に困って切羽詰まってるの? 」
「 は、はい・・・ 」
私の問いかけに、最初に膝を突いた1人が項垂れながら答えた。
「 なら最初から普通にお願いしてくれればいいのに・・・力尽くで強引に事を進めようとするのは感心しませんねぇ 」
「 ・・・・・ 」
「 森の中で暮らしてるの? 野生動物とか獲って食料にしてるんじゃないの? 」
「 もう――森の恵みは手に入らなくなりました・・・ 」
人狐は項垂れたままだ。
「 え? なんで? いやまぁとにかく、事情を聞く前に食料を差し上げましょう。量はそんなにないけど全部あげるわ 」
「 え? 全部? 」
人狐は顔だけを上げ、かなり驚いていた。
ドデカリュックの中には日用消耗品と防犯グッズだけで、食べ物は一つもない。モンド寺院に全部置いてきたからだ。
私は大きなビニール袋二つに入っている残りのコンビニ品を、人狐の眼前に置いた。
中には残り物だが菓子パン六個と、おにぎりが五個、ポテチなどが四袋、鶏肉のから揚げが一パック、あとはペットボトルのお茶二本とコーラ一本だ。
人狐族たちは7人いる。ちょっと物足りない量だろうが、この場を凌ぐ食料としては問題ないだろう。
「 ちょっと包装が特殊なのあるから私が開けてあげるわ。全部ここで食べます? 」
「 聖なる水球 」
唐突に魔法で創り出した水球を中空に浮遊させた。「 飲み水はコレ飲んでくれればいいし 」
「 うわっ! なんと大きな・・・ 」
人狐族たちは細い目をカッと見開き、彼らなりに驚いているようだった。
「 魔道士様・・・畏れながら、この頂いた食料を村へ持ち帰っても宜しいでしょうか? 」
「 え? ココで食べるんじゃないの? 」
「 い、頂きたいのは山々ですが・・・村には年寄りと女子供がおりまして、我々よりもまずは―― 」
最初に膝を突いた人狐がポツリと返した。
「 えー? 他にも大勢、森の中に住んでるの? 」
「 大勢ではありませんが、我々も含めて16人で暮らしている集落でして 」
「 マジかよ・・・じゃあ全然足りないじゃん。ってかどれくらい食事してないの? 」
「 もう十日以上、極少量の木の実と川の水だけで凌いでおります・・・狩りをしようにも森の中も周辺も獲物がいないのです。原因はたぶん―― 」
「 ああ、いや待った! 話は後で聞くわ。じゃあちょっと人数分の食べ物を用意してくるわ。なのでコレは今あなたたちが食べていいよ。それで食べた後、暫くココで待ってて! 食べ物を大量に買い込んで戻ってくるから 」
「 ええ? 買い込んで? 畏れながら、一番最寄りの街だとしても、徒歩ですと最低でも片道二日ほどかかりますが・・・ 」
「 あぁ細かい事は気にしなくていいですから! とにかく食べてココで待ってて! リディアさん、キャリーケースを車に戻して飛ぼう 」
「 御意 」
・
・
おにぎりなどの包装を全て開けてあげ、かなり離れた場所で食べるように指示した。その後私たちはいそいそと車に乗り込み転移の準備を整えた。
▽
車で尾道IC下のコンビニまで行き、手当たり次第に商品を買い込んだ。
調理なしですぐに食べられるモノを片っ端からカゴに入れ、会計を済まし車に運ぶというループを何度も何度も・・・
ちなみに合間にメッセージを確認したが、姫野さんから新しいメッセージは届いていない。
陳列棚をいくつも空にし、呆気に取られる店員さんたちを余所に、後部座席に大量の商品を積み込む。
支払いは電子マネーだ。私のスマフォにはほぼ上限の200万円近い金額がチャージされているので、値段を見ずに買いまくっても問題はない。
まだスペースに余裕があるので、別の系列店に向かった。
・
・
二店舗目は駄菓子にも力を入れているようで、私の好物の一つである【紋次郎イカ10本入り】が12ケースも陳列してあったので全て購入した。
そしてショックな事もあった。【うまい棒】が一本15円に値上がりしていたのだ・・・
――最近、物価上がりすぎだろう!
▽
~2時間半後~
結局三店舗目も回り、送電鉄塔前に戻り転移を実行した。
森の入口に戻ると、人狐たちは驚きと不安の入り混じった表情で立ち尽くしていた。
風が木々を揺らし、葉のざわめきが静寂を破っていた。
・
・
「 ほ、本当にこんな短時間で・・・また転移魔法でお戻りになるとは 」
「 え? 全然食べてないじゃん・・・ 」
人狐たちは、私が渡した食べ物に手を付けていなかった。
「 畏れながら、やはり村の者に食べさせてやりたいと思いまして・・・ 」
この集団のリーダーっぽい1人が、申し訳なさそうに返事をする。
「 ああ、追加の食料を買って短時間で戻るって言葉が信じられなかったのね。でもそう思ったのに、戻るかどうかもわからない私たちを律儀に待つことを選ぶとは―― 」
「 あなたたち、なかなかに実直で信用できる人たちみたいね 」
「 とにかく! あの車の中にとんでもない量の食料があるから皆で村まで運ぼう。飲料水はあえて買ってないので一袋はそんなに重くないからさ 」
「 ってかとりあえずソレは食べてよ。食べないと力も出ないでしょ? 」
「 は、はい・・・ 」
▽
後部の左右から、リディアさんと2人で何個も何個もパンパンに食料が入ったビニール袋を取り出し、順番待ちの人狐族にどんどん渡していく。
人狐族たちは、おにぎりや菓子パンを目を丸くしながら食べた後であり、一応エネルギーチャージは完了済だ。
・
・
無心でビニール袋を引っ張り出しながら、ふと疑問に思った。
姫野さんに出会った時にも感じたことだが、転移するとたまにこういったイベント的な出会いがあるのは本当に偶然なのだろうか?
やはりアノ人が介在している気がしてならない。
どうせ本人に問いただしても、「 そんなわけはないだろう! 」と言うだけだろうけど・・・
もしアノ人が特殊な力を使い、偶然を装って出会いを演出しているとしたら・・・目的は何だ?
分からない。すぐには思い当たらない。
単純に転移の回数を増やすためか? もしそうならその先にある目的は何だ?
もっともっと元地球に魔力を流し込むことが目的なのか? 一定量を超えたら何かが起きるのか?
アノ人は問題ないと言っていたが、彼の言葉には――本当に僅かだけど一抹の不安を感じる。もしそれが嘘だったら?
いや――、今は何もわからない。
ってか、こちらにだけ魔力もしくはエーテルとやらがあるのなら、元地球にもソレに代わる大気の構成要素があるのだろうか?
アナウンスで耳にする霊子エネルギーか?
いや違うか・・・デュールさんは霊子エネルギーは別次元で充填されると言っていた。
転移者が留まるため、召喚した精霊を維持するために消費されるエネルギー。もし元地球に存在するエネルギーならば、残量がゼロになり強制転移で還ってしまうこともないだろうし、精霊も時間切れで送還されないはず・・・
「 ――ルノ様。もう全て出し終わりました 」
「 ――ん? ああ、ごめん。ぼ~っとしてたわ 」
・
・
いや、あれこれ考えても仕方のないことだわ。
偶然だろうが必然だろうが関係ない。
視界の範囲に存在する――困っている人たちには、全力で手を差し伸べると決めているのだから。




