表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

177/245

第177話 Q.E.D 

「 しかしどっちの世界にも言えることだけど、なんで男ってやつはこうも強さに拘るのかねぇ~。個の強さを確認することが、そんなに大切なことなんですかね~? 」


 私は誰にともなく、ぽつりと呟いた。隣の姫野さんが、その呟きに反応する。


「 そりゃあ昔っから今に至るまで、多くの文化や社会において観察されてきたことじゃろ~、進化的、生物学的、社会的、心理的な要因が複雑に絡み合っとるんじゃ 」


 姫野さんの口から飛び出したのは、驚くほど知的で理路整然とした言葉だった。


「 繁殖の成功に直結するもんじゃし、テストステロンが男の攻撃性や競争心を高める、社会的な地位や尊敬を得る手段でもあるし、自己肯定感やアイデンティティの確立にも寄与する。まぁ、具体的にはそんなところじゃなぁ~ 」


 その内容に一瞬唖然とする。


「 なんや春乃さん、ビックリしてもうてからに 」


「 い、いや――、なんかこう、賢そうな内容だったので・・・ 」


「 はぁ~、前から思うとったんじゃけど、春乃さんは極道を頭の回らん馬鹿の集まりじゃと思うとる節があるよな? 」

 姫野さんが半笑いで詰める。


「 うっ・・・た、確かにヤクザに対してかなりの偏見はあると思いますが、でも姫野さんや組の皆のことは尊敬してますし、好きですよ! 」


「 フフッ、フォローが下手じゃなぁ~ 」

          ・

          ・

「 無駄話は終わりか? 余裕やな。胆が据わっとんのは認めちゃろう、いくど! 」

 プロレスラーのような凛太朗さんが走り込んでくる。一歩が大きいせいか、もの凄く速い!


 眼前でグルリと反転し、体のバランスを完璧に保ったまま力強い回し蹴りを繰り出した。空気を切り裂く音が響き、蹴りの軌跡が鮮やかに描かれる。


 さすがに鋭く光る剣や刀の攻撃ではないので、恐怖に支配されギュっと目を閉じることはなかった。


 咄嗟に左腕を上げガードする。


 鬼が持つ極太のこん棒で思い切り横殴りされたような感覚だった。


「 うおぉ! 」


 倒れはしなかったものの、右側に激しくよろめき強制移動させられる。凄まじい蹴りだ。私が小柄な女とはいえ、これほど弾かれるとは、凄まじい蹴りだ・・・


 魔法障壁のお陰でダメージは皆無だが、押されるなどの物理的な衝撃は消せないのだ。


 姫野さんと天野さん、そしてリディアさんは、いつの間にか私たちが乗って来た車の方へと下がっている。


「 な、なんやワレ・・・俺の受け不能の蹴りが完璧に入っとるのに、なんで平然としとる? 腕が折れとるはずだが・・・ 」

 凛太朗さんは唖然とし、棒立ちになっていた。


 ただの一般人の殴り合う喧嘩ならば、この瞬間こっちのターンで反撃のチャンスなのだろうが、私の方も棒立ちのまま相手の出方を待った。


「 顔は勘弁しちゃろう思とったけど、もう関係あらへん! 」


 さらに走り込んで、私の顔面目掛け掌底打ちを繰り出す。

 砲丸投げ選手が、投げ切った瞬間のようなフォームで、全ての勢いを掌に乗せているかのような攻撃だった。

 さすがにコレには恐怖を感じ、両目を閉じてしまった。

 次の瞬間、グイッと顔を押される感覚に襲われたが、やはり特段痛みなどはないし、脳を揺らされるなんて効果もなかった。

 かなり不思議な感覚だが、自分の意思で頭を真後ろへ、自ら強く振っているような感覚に近い。


「 う~む・・・りん太郎さんでしたっけ? 決して煽るわけじゃないんですけど、本気でやってますよね? 」

 煽るわけじゃないと言いながら、少しだけ確信犯で煽ってみる。


「 なんでや? なんで平然としてられる? しかもなんやこの感触? まるで硬いゴムを攻撃しとるような、『影辻』がモロに入っとるのに・・・ 」

 凛太朗さんは攻撃を止め、自身の掌を凝視していた。


「 その程度なら、もういいですか? 次はわたしのターンにしてもいいです? 」

 ただ圧倒的な能力の差があるだけで、別に嘗めているわけではないのだが、私の酷く冷静な態度が、ついに凛太朗さんの(かん)に障ったようだった――


「 こ、このアマァ! 俺を木偶(でく)扱いするかぁ! 」


「 デクの意味がいまいち解りませんが・・・まぁ、あんまり長引かせてもアレなんで、圧倒的な差を見せてあげましょう。武器ってわけじゃありませんけど、私はコレを使わせてもらいますね 」


 そう言いながら懐から黒マジックペンを取り出し、金光組の人たちによく見えるように振った。

「 少しだけ痛みを与えようとも考えましたが・・・やめました。別にダメージを与えなくても、私の能力の片鱗を――体感してもらうことは可能でしょうから 」


時空操作(タイムコントロール)! 」


「 さぁ、どうしました? もう攻撃してこないんですか? 」

 空いてる方の手を使い、まるでブルース・リーのようにクイクイっと振り、相手を挑発するような動作を真似て攻撃を仕掛けるよう促すジェスチャーを行った。


「 このアマァ!! 」

 眼を血走らせた凛太朗さんが猪突猛進してくる。

          ・

          ・

 また同じように掌底を繰り出す凛太朗さん。


 だがその瞬間、約10秒間のスロウダウン効果が発動した――


 黒マジックペンの蓋を取り、凛太朗さんに接近し、超スロウで繰り出している最中の右前腕をスルリと抜けた。

 その後少し半身になり――、額に「 肉 」と漢字で書いた。

 さらに特に意味はないが、そのまま凛太朗さんの周りをグルっと一周する。強いて言うなら、神速状態の私を周囲にも見せつけたかったのだ。


 まぁ、全ては脳が引き起こしているだけの錯覚なのだが・・・


 そして奥にいる龍哲さんの真横に移動した次の瞬間、スロウダウン効果が切れた――


          ▽


「 どうです? たとえ私が何人に囲まれても、一瞬で返り討ちにできる能力があるのが、これで解っていただけました? 」

 至って冷静に、真横にいる龍哲さんに語り掛けた。


「 あ、ああ・・・なんちゅう速さで動くんや・・・信じられん――ホンマに人間なんか? 」

 そう呟いた龍哲さんの目は驚愕に見開かれ、口は半開きで固まっていた。


 さらに隣にいる八乙女さんに関しては、眼鏡を外し、目を何度も何度も一心不乱に擦っていた。


          ▽


「 試すようなマネして悪かったな。そやけどこれでさらに謎が深まったわ。ただ、春乃さんが未来人ってことには納得したわ。それと、とんでもない超能力を持っとるってこともな 」


 我に返った龍哲さんが冷静に呟いた。


「 ポーションも未来世界の産物か・・・姫野はんが、いつコッチに来るかわからな言いよったのは、そういう事やったんやな―― 」


 ――むむっ? 別世界つまりパラレルワールドではなく、未来の地球から定期的にタイムトラベルしてくる未来人だと思い込んでるのか?

 ――まぁいいか・・・そのあたりの事は下手にちゃんと説明するよりも、流れに任しておいた方が楽だし、大した問題にはならないだろう。

          ・

          ・

「 ブフオォォ! 」

 私はつい盛大に吹き出してしまった。目の前に、額に黒字で「 肉 」と書かれた大男が棒立ちしているからだ。


 神速の脅威を龍哲さんに強く印象付けるためだったのだが、さすがに「 額に肉 」は悪ふざけが過ぎたかもしれない――と反省した。

 凛太朗さんは異次元な私の能力に驚愕し、額に何かされた事まで気が回っていないのだろうか。

 だが後で鏡を見る、もしくは龍哲さんに指摘されて気付いた時、私は凛太朗さんの殺しのリストに載るかもしれない。いや、間違いなく載るだろう。


「 な、なんや? 何がおかしいんや? ワレ一体なんなんや? 人間なんか? 」

「 組長・・・俺は今、何を相手にしとったんですか? 」


「 帰りの道中説明したる。それを聞いて、お前が納得するかどうかは知らんがな―― 」

 龍哲さんは、狼狽する凛太朗さんに対し諭すように言い放った。


「 は、はい 」


          ▽


「 では、取引成立で宜しいですね? 」

 私は鷲掴みにした霊薬(ポーション)を、龍哲さんの眼前に差し出した。


「 ああ、そっちの条件は全て呑む。会長に筋も通しとくから、次回以降の特典に期待してもええんやな? 」


「 はい、任せてください。今後も全て姫野さんを通してください 」


「 分かった 」


 龍哲さんが右手をサッと差し出す。私はその手をしっかりと握り返し、目を見つめながら力強く頷いた。

 契約が、今ここに成立したのだ。


 私には3億5千万のキャッシュ。

 白凰組には手数料として1億5千万のキャッシュ。

 金光組組長の金光龍哲さんには、オーバーテクノロジーの霊薬(ポーション)×1本と、姫野さんたちが編集した治癒効果を証明する動画の送信権、そして今後の取引優先権及び割引の権利だ。

 ちなみに動画を第三者に送信する場合、メインで映っている被験者の顔に、モザイク処理を施すようにと指示を出している。


 どうやら龍哲さんは転売して儲ける気らしい。詳しくは聞いていないし、詮索するつもりもないが、すでにターゲットがいるそうだ。目星をつけているターゲットが自分で使うために買ってくれるだろう、と龍哲さんは皮算用しているようだ。


 龍哲さんが行う転売を禁止するつもりはない。だが、二次流通はさせないよう徹底してくれと念のため伝えておいた。


 基準が曖昧でどこまでいっても龍哲さんの主観によるのだが、救いようのない人間のクズにだけは売らないでほしい、と釘を刺しておいた。


 私の基準ではあるが、私が考える【人間のクズ】に該当するのは、他者の命を自己都合で簡単に奪っている者たちだ。


 判りやすいところでは、朝鮮半島の上の方の、黒電話の受話器を頭に乗せている人とか。

 ユーラシア大陸に存在する、世界で最も広い国の、侵略戦争が大好きな大統領とか。

 あの手の独裁者たちは、霊薬(ポーション)の存在を認識したら確実に欲しがるだろう。それこそ喉から手が出るほどに。


          ▽


          ▽


 私たちを乗せた大型の黒SUVは、真夜中の干拓地帯を静かに走っていた。

 等間隔に配置された街路灯が薄く照らす道は、どこか不気味な雰囲気を漂わせていた。


 後部座席で私とリディアさんが挟む現金が詰まったバカでかいキャリーケース2つ――

 私がソレをポンポンと叩く音とエンジンの低い唸り声だけが、静寂を破る唯一の音だった。


 突然、背後からヘッドライトが近づいてくるのを感じた。ミラー越しに見ると一台の車がこちらを追っている。天野さんがアクセルを踏み込み速度を上げるが、後続車も同じように速度を上げてくるようだ。


 干拓地帯の道は碁盤の目のような道で、直線的で規則正しい格子状の道路だった。逃げ場は少ない。

 さらに進むと、前方の広場に、数台の車が待ち構えているのが見えた。


 明らかに不穏・・・


 逃げ道は完全に塞がれている。


 私たちの黒SUVは、進退窮まった状態で止まるしかなかった。


 車のエンジン音がボリュームを落とした。不穏な静寂が訪れる。その静寂が一層の不安を掻き立てた。


 前方で停車している車のドアが開き、数人の男たちが降りてくる。彼らの表情は見えないが、その動きからは明らかな敵意が感じられた。


「 おいおいマジか! まさか龍哲さんの差し金ではないよね? 」

 私が誰にともなく質問する。


「 さすがにそりゃあないじゃろぉ~。どう考えてもワシらの金を狙っとるようじゃなぁ~。龍哲さんの方も、今頃囲まれとるんかもしれんなぁ~。さて問題は――情報がどっちから洩れたかじゃなぁ~ 」

 姫野さんは助手席で不敵な笑みを漏らしながら、余裕しゃくしゃくといった様子だ。


 この瞬間、天野さんは自分たちがどれほど危険な状況に陥っているかを痛感した様子で、狼狽を見せた。

「 か、若頭(かしら)! これはまさか・・・ 」


「 ハルノ様、もしかして・・・敵勢力でしょうか? 」

 リディアさんは、いまいち状況が掴めていない様子だ。無理もない。


「 うん、多分そうだね 」

「 リディアさんにはコントロールを放棄した光神剣を貸すわ。まぁまずは様子見だけど、許可した瞬間に――ソレで暴れていいよ 」


「 ありがたき幸せ 」


 逃げ場のない真夜中の干拓地帯で囲まれる私たち・・・


 しかし相手がただの人間である以上――、刀や拳銃を持っていようがマシンガンを持っていようが、脅威にすらならない。ロケットランチャーぐらいの兵器を持っていたら流石にヤバイかもだが・・・


 そのことをよく理解しているからこそ、姫野さんやリディアさんは泰然自若(たいぜんじじゃく)なのだ。


 そう――修羅場を潜ってきた姫野さんに加え、最強の剣士、そしてこちらの人間が未来人と勘違いするほどの能力を有した私がいるのだから・・・

このままだと200話は余裕で超えそうです・・・

すみませんです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新して頂きありがとうございます。 あっという間の決着でしたね。 額に肉は鉄板のネタですが、非常に面白いですね。笑いました。 この作品を読ませていただくと気持ちがスッキリします。 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ