第176話 ステゴロ最強
~山口県長門市、青海島、通称「 平家台 」~
~午前7時12分~
少しだけ差異はあるものの、前回とほぼ同じ位置に転移した。やはり岸壁の上だ。風が少し強く肌寒い。
恐る恐る見下ろすと、荒々しい波が相変わらず打ち寄せていた。
私たち以外に人気は無い。
今回はどこからどう見ても旅行している外国人女性と、友人もしくは案内役の日本人と見なされるだろう。そう見えるよう服装に気を使っている。
リディアさんに荷物を背負ってもらっているのは、旅を楽しむため日本を訪れた者に見えるように些細な努力をしているってわけだ。
神剣は龍さんに預けてから転移し、武器になるような物は一切所持していないので、基本的には警察も気にしなくていい。
ちなみに愛用の日本刀に関しては、アストレンティア王国エリアの、ラフィール村に残ってもらったバルモアさんに預けている。尤もバルモアさんは特殊な剣を愛用しているので、有事の際に使用することはないだろう。
ナゼなら純粋な剣士と違い、バルモアさんのような魔法剣士は、口述で魔法詠唱するのが基本ではあるものの、印を結び魔法発動をすることもあるそうで、そもそも掌から射出する属性魔法があるため、できれば片手を空けておきたいらしいのだ。
純粋な魔道士の中に、杖と短剣を装備し二刀流になる者が多いのも、この魔法射出に理由があるのだろう。杖自体が近接武器になりうることは言うまでもないが、属性を宿した杖は魔法の射出が可能らしいのだ。
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まだ寝てるかもしれないと予測したが、お構いなしに通話をタップする。
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「 あ、私です。姫野さん、朝早くにごめんなさい。そして返事が遅くなってごめんなさい 」
『 おお、コッチに来たんか春乃さん。今回は丸々三日間こっちにおれるんか? 』
意外にも姫野さんは寝起きっぽい声ではなく、低く掠れてもいなかった。
「 はい、大丈夫です。今リディアさんと二人で、山口の長門市ってところの青海島に来てます 」
『 はぁ? なんでまたそんなトコにおるんや? まぁええわ、すぐに迎えに行かせる! 』
「 あ! いえタクシーで向かいますので。何時間かかるか見当もつかないですけど待っててもらえますか? 」
『 ああ分かった。のんびりでええけぇ急いでくれ! 取引場所に春乃さんも同行してもらいたいけんなぁ。詳しい話は会ってからじゃなぁ 』
「 了解しました 」
――のんびり急げってどーゆーことやねん! とツッコミたかったが、グッと我慢したのだった。
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~広島市中区~
~午後13時16分~
「 マジか・・・結局、徒歩も含めると5時間もかかったな。しかもタクシー代で5万超えって! 人生初かも―― 」
やはりタクシー代で5万超も使うのは、かなり勿体なかったと後悔した。
出発前に調べた限りでは、バスやタクシーで厚狭駅とやらに行き、新幹線に乗り広島に入れば、二人でも2万円かからないくらいで済んだはずだが――
大金を所持し気が大きくなっているせいなのか、もう全部タクシーでいいや――と、手間を金で買うようなことをしてしまった。少し反省せねばならない点だろう。
だが運転手さんの嬉しさを隠しきれないホクホク顔を見たので――、若干救われた気分だった。
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~白凰組本部、応接間~
「 しかし何で私の同行が必須なんですか? 」
ソファに沈む――対面の姫野さんに質問する。
「 龍哲さんが提示した条件じゃけぇ。何が狙いかは分からんけどなぁ~ 」
「 あの組長さんですか 」
「 ああ、場所は岡山と広島の県境に決定済じゃった。時刻は明後日のてっぺん過ぎに先ほど決定した 」
「 明後日の夜中かぁ~。場合によってはギリギリかもですね。あまり魔法を使わないようにしないと 」
私は少し心配になった。
残時間が表示されるわけではないので、時間切れに気付かず、突然――強制転移って事態になりかねないからだ。今まで何度か経験している。
コチラで魔法を使い過ぎると、その分滞在できる時間が減ってしまうのは間違いないだろう。
「 朝の7時くらいがリミットか? 取引自体は30分程度で終わるはずじゃけぇ、問題ないとは思うけどなぁ 」
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~翌日~
~岡山県笠岡市五番町、ビジネスホテルの一室~
無機質な空間だった。
ベージュの壁紙にシンプルなデスクと椅子、ソファ、そしてシングルベッドが二つ並んでいる。
窓の外からは時折車のエンジン音が聞こえてくる。
部屋には二人の男が居る。
今は仕事の指示を待ちながら、何をするでもなく時間を潰していた。
一人はソファに深く腰を沈めスマートフォンをいじっている。もう一人はベッドに横たわり天井を見つめていた。沈黙に包まれ、それぞれの思考に沈んでいる。
部屋の空気は重く、時計の針が刻む音が静かに響いていた。デスクの上には、地図と数枚の写真が無造作に置かれている。彼らの次のターゲットの情報だ。
裏稼業を生業としている二人は岡山県西端の田舎町に移動し、ずっとこのホテル内でカンヅメだった。依頼者が用意したホテルだ。
二人は他人の社会的身分を乗っ取っており、奪った保険証や免許証に記載されている下の名前は、学と輝久だった。そのためお互いの呼び名を、「 ガク 」と「 テル 」に決めている。
突然、輝が覗き込んでいたスマートフォンから、メッセージ着信を知らせるランプが点灯した。
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「 学! 連絡が来たぞ。明日24時だそうだ 」
「 そうか。11時間後の24時ではなく――明日の24時だな? 」
ベッドに横たわる男が、眼球だけをギョロリと動かし即座に質問する。
「 ああ、そうだ 」
「 よし、待機させているモグラどもにも通達しておけ。包囲陣形の確認をもう一度徹底させろ。ここからは飲酒も禁止だ 」
「 分かった! 」テルは快活に返した。
どうやらガクの方に意思決定権があるようだ。チームリーダーなのかもしれない。
ガクは口の端を歪めながら、ゆっくりとベッドから起き上がった。
「 この仕事が終わったら、暫くは長期休暇だな 」
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~さらに翌日、24時前~
~笠岡市、干拓地~
深夜のバイパス工事現場は静寂に包まれていた。
工事用の重機が無造作に並び、月明かりがその鋼鉄のボディに冷たい輝きを与えている。風が草むらを揺らす音が耳に届く。工事現場の照明は消され、暗闇が一面に広がっていた。
その静寂を破るように、黒いSUVが工事現場に無遠慮に侵入してくる。私たちは黒いSUVのヘッドライトに思い切り照らされ目を細めていた。
私たちは30分も前に到着しており、レンタカーから降りて立ち話をしながら、今か今かと待っていたところだった。こちらは姫野さんと天野さん、そして私とリディアさんの四人だ。
お互いそれぞれレンタカーを借り、乗り捨て料金とやらを前金で払っているらしい。
ここで車を交換し、それぞれ帰路に就き――互いの終着地に車を返却するらしい。
ナゼわざわざレンタカーなの? と疑問に感じたが、素人が口を出すことではないので深くは聞いていない。
借りる時は身分証明の提示が必須だが、返す時は必須ではないから、ドライバーが代わっていても問題はないらしい。というより、どうせ独自のルートで借りているんだろうから、本人確認もナニもあったもんじゃないだろう。
相手はとんでもない数の札束を積んでいるらしいので、積み替える手間を省くためなのかもしれない。
SUVからは三人の男が降りてきた。
「 待たしたか? 」SUVから降りた男が低い声で問いかける。どうやら金光龍哲さんのようだった。
龍哲さんは背後からの強烈な光に照らされ、まるで影絵のように黒く浮かび上がっていた。顔の表情は見えないが、歩くたびにそのシルエットが微かに揺れる。
そのシルエットに向け姫野さんが答える。
「 いんや――早よう来たんはワシらの勝手じゃけぇ、気にせんといてください 」
龍哲さんの後ろには二人の男が続く。
一人は――多分この前の顧問の八乙女さんというおじさんだ。もう一人は初めて見る大男だった。
「 よう! 春乃さんやったか? わざわざ来てもろて悪かったな 」
龍哲さんは私を見据え、馴れ馴れしく声を掛けてきた。
「 あ~いえ、この度はご購入いただけるということで――、誠にありがとうございます 」
売り手として、営業スマイルを添えて答えた。
「 おう! 春乃さんがポーションと呼ぶ薬の効果は信じた――、そやけど金を渡す前に、もう一つだけ確かめさしてもらいたいことがある 」
「 何ですか? 薬の出所ですか? 」
「 まぁそれも気になるっちゃ気になるが、俺が確かめたいんは春乃さんの正体や 」
「 え? 得体の知れない相手とは取引できかねる――、ってことです? ここまで進んでるのに? 」
「 そうやない。ただ、あんたが発した言葉の裏付けを見してほしいだけや 」
「 裏付け? 」
「 ああ。あんたは以前、至近距離から複数に襲撃されても余裕で返り討ちにできる技量がある言うた。その技量とやらを見してほしいだけや。それがこっちが提示する最終条件や 」
龍哲さんはそう言いながら、左後方に控える大男の方に首を曲げた。
「 まさか――、そちらの強そうな方と戦って倒せとでも仰るおつもりですか・・・? 」
「 ふふっ! 察しがええな。その通りや。こいつは凛太朗。金光組の幹部で、関西では素手喧嘩最強と未だに言われとる男や 」
「 す、すてごろ? 」
「 素手で喧嘩することじゃ 」
すかさず隣の姫野さんが注釈を入れた。
「 ああ、殴り合い最強って意味ですか 」
凛太朗と呼ばれた男性は、まるで山のようにそびえ立つ巨漢だった。プロレスラーのような体格で筋肉質。頬や鼻に刻まれた傷跡が、過去の戦いを物語っていた。
眼は獲物を狙う猛禽のようであり、短く刈り込まれた髪は風に揺れることなく、威厳を一層引き立てていた。
――マジか! 戦ってもいいけど殺してしまうかもしれんぞ・・・
「 まぁ不本意ではありますけど、それで納得していただけるなら吝かではありませんが・・・でも最悪の場合、普通に殺してしまうかもしれませんよ? 」
「 がははっ! 俺を殺すやと? 組長、正気なのかこの女は! 組長から女と喧嘩して強さを確かめるとは言われとったが、まさかこんな小さな女が俺の相手とはな! ミニマム級とヘビー級の差があるやんけ! 」
凛太朗さんは豪快に笑い飛ばしていた。
無理もない。何かの冗談かドッキリを疑うレベルの話だろう。
「 凛太朗、嘗めてかかるな! 全力でやれや! 」
至って真剣に龍哲さんが凄む。
「 はい。せやけど、できれば隣の外国籍の女の方が楽しめそうなんやけどなぁ。しっかし悪うは思わんといてくれよ? これも仕事なんでな。女に手ぇ出すんは――俺の方こそ不本意なんやからな 」
凛太朗さんは深呼吸を一つし、手のひらで顎をしっかりと押し上げると、首の骨がゴキンと音を立てた。その音は――まるで長い間使われていなかった古い扉が開くような響きだった。彼は一瞬目を閉じ、明らかに何らかの――特別な精神状態に移行しているようだった。




