第173話 モンド寺院 その伍
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光源を切り裂くように、巨大な翼を広げた異形の怪物が浮かんでいる。
鋭い爪と青白い鱗に覆われたその体は、光を反射し、冷たい輝きを放つ。
怪物の周囲には、まるで意志を持つかのように五本の魔法剣が突如顕現し、浮遊していた。
剣は青白い光を放ち、静かに回転しながら怪物を守るように配置されているのだ。
剣の刃先からは微かな魔力の火花が散り、空気を震わせていた。
怪物の眼は輝き、リディアを見据えるように鋭く光っている。
翼を一振りするたびに空気が唸りを上げ、周囲が揺れ動いているかのようだった。
魔法剣は怪物の動きに合わせて微妙に位置を変え、まるで生きているように、怪物の意志に従っているようだ。
まるで世界そのものがその存在を拒絶しているかのように、空気は重く冷たく感じられた。
この魔法剣はただの武器ではない。それはこの怪物の魔力の象徴であり、その存在をさらに恐ろしいものにしていた。
剣が放つ青白い光は、ただ冷たく輝いている。
「 ハルノ様がお使いになる光神剣のような魔法剣か? しかも五本・・・ 」
大空を滑空するイメージを脳内で展開し、自分自身の操縦桿を握った。
仕切り直しの戦端を自らが開き、突進する!
五本の魔法剣が一斉に動き出し、縦横無尽にリディア目掛けて襲いかかる!
第一の剣が左側から鋭く突き出され、リディアは素早く神剣を構えて受け止めた。金属がぶつかるような鋭音が響き渡る。
続いて第二の剣が上空から急降下してくる。リディアは身を捻り魔法剣を避けるが、その直後に第三の剣が背後から迫った。
リディアは素早く振り向き、神剣を振り上げて防御する。火花が散り、激しい衝撃が腕に伝わった。
さらに第四の剣が右側から袈裟斬りで襲いかかる。その動きを見逃さず、リディアは身を捻じって魔法剣を避けた。魔法剣は頭上を通り過ぎ、勢い余って石床に突き刺さる。
――制御しているのは初動だけか?
最後の剣が前方から一直線に飛んでくる!
迎え撃つようにあえて前方へと飛翔し、剣を振り下ろして打ち据えた! 二つの剣が激しくぶつかり合い、再び火花が散る!
「 終わらせる! 」リディアは叫び、異形の怪物に向けさらに突進した。
飛行機が飛行中に失速状態となり、機首を下にして前後軸を中心に回転しながら落下する――錐もみ状態のような飛行で一気に距離を縮める。
まるで弾丸のように――面から一気に点となって怪物の眼前に迫る!
怪物は「 斬られる! 」と瞬時に察した様子で、剛腕をクロスさせ盾とし防御態勢をとった――
怪物のガードの上から一閃、神剣が閃光のように走った。
「 浅いかっ! 」リディアは心の中で舌打ちする――
だがその衝撃で、怪物の巨体が後方へと吸い寄せられるように強制移動した。
怪物は低く唸りながら、地下の天井に向かって勢いよく吹き飛ばされ、頭部を激しく打ちつけた。
天井に響く鈍い音と共に、怪物の動きが止まった。
さらにそこへ、振り抜いた神剣の軌跡から遅れるようにエネルギー体が発生し、自動追尾して追加攻撃を加える!
衝撃で地下全体が揺れ始め、天井からは小さな石や砂がぱらぱらと降り始めた。
揺れは次第に激しさを増し、大きな石が崩れ落ちる音が響き渡る。
リディアは素早く周囲を見渡し、崩れ落ちる巨石の先を確認する。
埃が舞い上がり視界がぼやける・・・
「 ハルノ様! 」
主を危ぶみ、下方に向け叫んだ。
「 私は大丈夫よ! それより今のでこの地下ヤバくない? 脱出しよう! 地上に誘き出して龍さんにも参戦してもらえば余裕かもだし! 」
どこまでも自分の心配をしてくれる我が主を想い、笑みが漏れる。
『 私にとってはリディアさんが何よりも大切なの 』という主の言葉が、頭の中で反芻されていた。
その言葉は常に心に深く刻まれている。戦闘の混乱の中でも、その言葉が心を支えているのだ。
「 お待ちください! 今トドメを! 」
矢弾のように滑空し、一気に距離を詰める!
突進のパワーをそのまま斬撃に加え、先ほどと同じ一撃を繰り出そうとするも――すでに怪物の周囲に帰還した魔法剣たちに阻まれ、リディアは急制動をかけた。
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まるで天使と悪魔の戦いだった。
光と闇が織り成す壮大な戦場の一角で繰り広げられるであろう――大将同士の1VS1の死闘。
天使の翼は純白に輝き、悪魔の影は深い闇を引き連れている。
単なる力の衝突ではなく、信念と意志のぶつかり合い。
天使は希望と慈愛を象徴し、その一撃一撃が光となって闇を貫く。
悪魔は絶望と憎悪を体現し、その爪は闇の刃となって光を切り裂く。
ここから見上げていると、そんな幻想的な映画のワンシーンのような――不思議な感覚に陥る。
――リディアさん、翼を手に入れて当たり前のように飛んでるし・・・
――しかもっ! 結局、衝撃波みたいな飛び道具も、当たり前のように出しとるやんか!
アレは標準搭載なのか? それとも素体であるリディアさんあってこその強化なのか? 身に纏う者の個性や身体能力によって変わるのだろうか?
一つ確実に言えることは、聖衣の効果は、対象を超人どころか――もはや神人に変身させる魔法なのだ。
――っつーか、リディアさんもなかなかだけど、あのモンスターは反則だろっ!
どう見ても近接戦闘が得意な力でゴリ押しする風貌なのに、魔法剣を複数本出して――まさかミドル~アウトレンジ主体で戦うとは・・・
そもそもこんなラスボス感まる出しのモンスターに、生身の人間が勝てるハズがない。
魔法が効くならまだしも・・・
――アズールは、ここまでの化け物だと知っていてリディアさんに託したのか?
すでに消滅して久しいので憶測の域を出ないが、多分こんな化け物に変身するとは知らなかったんじゃなかろうか・・・
聖衣魔法が無かったら・・・という「 もしも 」を考えると身が震えた。
――これは素直にデュールさんに感謝だわ。
そんな夢見心地で見上げている間にも、高速で戦闘が展開されていた。
リディアさんは次々に射出される魔法剣をことごとく打ち据え、針の穴を通すように着実に、衝撃波をその巨躯に叩き込んでいく。
リディアさんの身体に、敵の魔法剣が掠ることはあったが、ほぼダメージは皆無っぽい。
逆にリディアさんが要所で放つ衝撃波は、敵の的がデカイことも手伝って、面白いようにヒットしていた。
さらに魔法剣による三連撃を華麗に躱し、ここが勝機と一気に間合いを詰め懐に飛び込んだ。
虚を突かれたモンスターのガラ空きになった胸板に、右袈裟斬りが深々と入る!
そのままグリンと剣先を回し、リディアさんは飛翔しながら斬り上げた!
「 うおぉ、決まったⅤの字斬り! 」
だが――斬り上げ飛翔したリディアさんの左足首が、ガッシリと掴まれる。
モンスターがその恐ろしい力を誇示する。
リディアさんが足首を掴まれて振り回され・・・まるで人形のように扱われている。リディアさんの鎧が光源を反射し、絶望的な表情が一瞬見えた。
次の瞬間には地面に叩きつけられた。石床が揺れ砂埃が舞い上がり、私はその衝撃に驚愕する――
――ヤバイッ! 助けねば!
「 手の甲を狙え! 光神剣! 」
現状、攻撃面で唯一使用できる魔法剣を飛ばす!
空を裂く閃光のように奔り、モンスターの左手甲に深々と突き刺さった!
モンスターは唸りを上げながら、リディアさんの足首を手放す――
一瞬の解放。
リディアさんが自由を取り戻す。
「 貴公の闇を断ち斬る! 」リディアさんが叫ぶ。
その瞬間、目の前に覆いかぶさるように立つ巨大なモンスターの胸板目掛け、全力で神剣を握り締め、下から突き上げるように剣を振るっていた。
鋭い刃がモンスターの胸を貫き、即座に引き抜くと青黒い体液のようなモノが飛び散った。
モンスターの咆哮が響き渡り、その巨体は崩れ落ちた――
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剣を握る手に伝わる震えが、確実に致命傷を与えたことを告げていた。
怪物の巨大な体が揺らぎ、膝を突くと、その異形の姿がみるみるうちに変わり始めた。
鋭い爪と青白い鱗に覆われた腕が人間の肌に戻り、次に恐ろしい顔面が徐々に穏やかな表情を取り戻していく。
怪物の目に宿っていた狂気の光が消え、代わりに深い悲しみが浮かんだ。
全身の力が抜け体が地面に崩れ落ちると、そこには騎士然とした姿があった――
騎士は見るからに瀕死の状態で地面に横たわり、微かな息を繰り返していた。
彼の目はかつての仲間を探すように彷徨い、最後の力を振り絞って口を開いた。
「 ・・・貴女が止めて・・・いや、終わらせて、くれたのか・・・ 」
「 ああ、貴公の友人に頼まれてな。なかなかに骨が折れたぞ 」
リディアは横たわる騎士の傍に膝を突き返事をする。
「 そうか、なるほど・・・ 」
「 時を超えた勇者よ・・・その力と決意に、感謝する! 」
その感謝の言葉を最後に、騎士の目は静かに閉じられた。
彼の身体は鎧も含め魔力によって創られたモノだったのだろう。その魔力が急速に失われていく。
肌は微かに光を放っていたが、次第にその輝きは失われ、砂のようにサラサラと崩れ始めた――
身体の一部が舞い上がり消えていく。手は指先から崩れ落ち、腕は砂のように地面に散らばった。
間もなく、彼の存在は完全にこの世から消え去った。一本の神剣を残して――
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地下大広間は、激闘の余韻に包まれていた。
突然、天井から微かな音が聞こえた。
一度衝撃を与えた直後から、常に小さな砂粒が舞い落ちてはいたが・・・
次第にその音は大きくなり、石の破片が次々と崩れ落ちてきた。
「 リディアさん! 」我が主の声が響き渡る。
リディアは疲れ切った体を引きずりながらも即座に反応する。
天井の崩落は止まる気配を見せず、大きな石が轟音と共に地面に叩きつけられる。
広間全体が揺れ、埃が舞い上がり視界が遮られる。
「 急いで!ここはもう持たない! 私の傍に! 」主が叫びながら駆け寄ってくる。
次の瞬間、身体に纏っていた聖衣が剥がれ消え去る――
「 え!? ハルノ様! なに故! 」
リディアは面喰った。
超パワーを携えた状態で、我が主を抱えて脱出しようと意を決した矢先だったためだ。
脱力感が甚だしい。
無理もない。あれほどの神がかった力をお借りして絶え間なく動いていたのだ。
解除した途端、その反動が襲ってくるのも予想の範囲内だった。
だがリディアは力を振り絞り、崩壊する地下広間の中、主の下に向け鬼の形相で駆ける。
背後では、巨大な石が次々と落ち、広間全体が崩れ去っていくのだった――
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つい最近、先っぽにポンポンが付いたモコモコ帽をもらいまして
それを被り「GO!皆川」のモノマネを全力でやってましたら、思いっきり背中を痛めてしまいました。




