第172話 モンド寺院 その四
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鎧騎士たちの剣は、まるで嵐のようにリディアに襲いかかる。
しかしリディアの動きはそれ以上に速い!
「 その程度か! こい! 」
リディアは叫び、神剣を高速で振る。その刃は光源を反射し、まるで光の帯のように輝いている。
魔物の騎士3体が絶え間なく剣を振り下ろすが、リディアはその攻撃を全て見事に受け流している。
剣と剣がぶつかり合う音が響き渡り、火花が散る。リディアの動きはまるで舞踏のように流麗でありながら、驚異的な速度と力強さを兼ね備えていた。
リディアの一撃一撃は正確無比で、鎧騎士たちの攻撃を完璧に防ぎ切っている。
しかし圧倒的な手数の差で僅かに押され、ジリジリと後退を余儀なくされている。
この地下室を支える太い柱の一本が、リディアの背後直線上に存在する。
このままだと逃げ場がなくなる。彼女は高速で剣を振るいつつ、一瞬深呼吸をし心を落ち着けた。
次の瞬間、オリジナルの1体が大きく剣を振り下ろしてきた。リディアは敢えて受けず、その剣撃を躱し、逆に腹部に膝蹴りを加えた。
オリジナルは数歩後退したが、他のコピー2体からの剣撃が襲いかかる。
リディアの背に柱が迫る。
「 ここだ! 」
そう叫んだリディアの瞳には強い意志が宿っていた。
リディアは一瞬の隙を見逃さず、後退しながらその柱に向かって跳躍した。
柱に足をかけた瞬間、リディアの全身の筋肉が一斉に緊張し、まるで弓から放たれた矢のように空中を舞った。
一瞬の出来事であり、追い込んでいた鎧騎士たちはその速さに反応できていない!
リディアは柱を蹴り、三角飛びのように鋭い角度で方向を変え、敵の中心に向かって突進した。
リディアの太腿の筋肉が力強く収縮し、足裏が柱を蹴る瞬間、全身のバランスが完璧に保たれていた。
空中での動きはまるで舞踏家のように優雅でありながらも、途轍もない鋭さを持っていた。
半円を描くように、神剣を振り抜きつつ突進する!
その一撃はまさに神速で、騎士たちを同時に切り裂いた。
コピー2体の漆黒騎士は、胴部分が真横に裂かれ真っ二つとなって吹き飛び、中央にいたオリジナルは真っ二つとはなっていないものの、胴部分が激しく破損した状態で後方へと吹き飛んでいた。
神剣を振り抜いたまま、ふわりと着地したリディアの姿は――まるで戦場の女神のようだった。
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「 雷迅剣とでも命名しようか・・・ 」
私は思わず声に出して呟いていた。
リディアさんが自覚しているのかは判らないが、彼女が動くたびに闘気のようなモノが身体の輪郭から滲み出ている。
それはまるで、私にでも視覚で捉えることができる魔力のようにも思えた。
神剣を振るうごとに、その闘気とも言える気体が糸を引くように伸びていた。
そのせいか、今放った強烈な一撃――リディアさん自身がまるで稲妻のように見えたのだ。
「 凄いですね・・・ 」
私の傍で同じく観戦している騎士団所属の騎士たちも、目を丸くして唖然としていた。
ただでさえ身体能力が高いのに、リディアさんは聖衣を纏うことにより、もはや筆舌に尽くしがたいほどの、神がかった異常な動きを見せていた。もはや人の領域ではない。
たとえば、映画館の暗闇の中スクリーンに映し出されるアクション映像は、時に想像を超えた世界を描いている。
CGで作られた映像の中、空を舞うヒーロー、そしてワイヤーアクション等で繰り広げられる激しい戦闘シーン。
観客の目はスクリーンに釘付けになり、息を呑む瞬間が続く。
「 これは作り物だ 」と、頭の片隅で理解している。しかしその理解は感動の波に飲み込まれ、心臓が高鳴るのを止められない。
ヒーローがビルの間を飛び交うたびに観客の心も一緒に飛び立つ。敵の攻撃をかわし、華麗に反撃するその姿に思わず手に汗を握る。
「 どうしてこんなに圧倒的なんだろう? 」と疑問が浮かぶが、すぐにその疑問も消え去る。目の前の映像があまりにも凄くて、現実と虚構の境界が曖昧になる。
観客はその瞬間、映画の世界に完全に没入しているのだ。
今まさに私たちは、その没入している観客に近い感覚だった。
映画は虚構だ。しかし今――目の前で展開されている戦闘は紛れもない現実。
映画ならば明るくなった劇場の中で観客は現実に引き戻され、心には余韻が残って胸の高鳴りが収まらなかったとしても、やはり劇中のアクションは作り物だったと再認識させられるのは必定。
超絶アクションなどの映画鑑賞に限らず、心を揺さぶられる体験はどれも特別なモノだが、今この現実世界で目の当たりにした――神を宿した超人によるリアル戦闘の衝撃には遠く及ばないだろう。
私が繰り出す属性魔法や精霊召喚も、初見ではかなりの衝撃を受けるモノばかりだった。
だが、リディアさんがこれほどまでの超人に変身するのは、その衝撃を超えるモノがある。
もっとこうリディアさん自身の強化というよりも、もっと魔法的な――たとえば剣撃と共に衝撃波が敵を目掛けて飛ぶ的な! そんな強化を予想していたのだが・・・
――アベンジャーズにスカウトされるレベルなんじゃなかろうか? いや、それを言ってしまうと私もだろうか?
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それぞれ二つに切断され地に転がった漆黒騎士が溶け始める。
魔力から生まれた存在だったのだろうか? いや――私でも視認できるということは、その身体は魔力ではなく、別のナニカで創られているのかもしれないが・・・
全身闇そのものを纏っているような鎧で、眼の部分のみに青い光が宿っていた。だが、その青い光も小さくなっていき微かに明滅していた。
ジワジワと、まるで溶けるように地に浸透していく――
漆黒騎士の存在はあっという間に消え去った。残されたのは、地面に染み込んだ闇の痕跡だけだった。
錆びた鎧の胴部分が真一文字に裂けたオリジナルの鎧騎士は、光源の傘ギリギリの位置まで吹き飛んで地に突っ伏していた。
鎧を地面に擦りつける音が響き、緩慢に起き上がる――
破壊された胴部分から青白い光が漏れ出し、まるで生き物のように脈打っていた。その光は不気味でありながらも、どこか神秘的な美しさを持っている。
青白い光がさらに強く輝き始めた。動きはぎこちなく、しかし確実にリディアさんに向かって進んでいく。
鎧の隙間から漏れる光が一歩一歩を照らし出し、まるで闇夜に浮かび上がる幽霊のようだった。
リディアさんは剣を構え直し、再び戦いの準備を整えた。彼女の目には一層の決意の光が宿り、青白い光を放つ鎧騎士に立ち向かう覚悟が見て取れた。
まさに強者の風格。
実際の身体の大きさだけで言えば、二回り以上もリディアさんの方が小さいのだが、溢れ出す闘気のせいか、実際より何倍にも大きく見える気がする。
鎧騎士の体から漏れ出す青白い光は次第に強さを増し、周囲の空気を震わせていた。
光は脈打つたびに激しさを増し、まるで生物が息をしているかのようだ。
突然、鎧の裂け目から光が爆発的に放出され、鎧騎士の体は宙に浮かび上がった。
「 グオォォォォォォ! 」
低く唸るような声が響き渡り、鎧騎士の身体は異形へと変貌を遂げていく・・・
まず鎧の破片が一つ一つ剥がれ落ち、その下からは青白い鱗が現れた。
鱗は光源を反射し、まるで星空のように輝いている。
次に腕が異常に長く伸び、鋭い爪が生え揃った。その爪はまるで鋼鉄のように硬そうで、何でも切り裂くことができそうなほどに鋭利だ。
いつの間にか握っていたはずの巨大な剣が消えていた・・・
胴体は膨れ上がり筋肉が隆起していく。背中からは巨大な翼が生え、翼の膜は青白い光を透かしている。翼を広げると、その影は地面に巨大な怪物の姿を映し出した。
頭部は変わり果て、鋭い牙が並ぶ口が大きく開かれた。目は青白く光り、まるで魂を見透かすかのような冷たい輝きを放っている。
異形の怪物は地に降り立ち、その巨体を揺らしながら周囲を見回した。
鎧騎士の面影はもはやなく、そこに立っているのは純粋な破壊の化身だった。
内包する魔力が暴走し、異形のモンスターへと変貌を遂げたその姿は、恐怖と神秘が入り混じった存在だった。
まるで悪夢から抜け出してきたかのような姿だ。全身を覆う青白い鱗。鱗の間からは黒い煙のようなものが漏れ出し、周囲の空気を汚染しているかのようだ。
恐怖を煽る存在だ。見る者に恐怖と絶望を与えるだろう。
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「 変身まですんのかよ! ホントに元人間なのか? 巨体に加え魔法無効化どころかコピーして反射する能力もそのまんま引き継いでるんなら、かなり脅威だな・・・ 」
「 リディアさん! 無理って感じたら迷わず地上まで逃げよう! 地上には龍さんも待機してるし 」
龍さんなら、この怪物相手でもタイマンを張れるだろう。聖衣を一時解除し、私が全力モードでサポートすれば、さらに確実なはずだ。
だがそんな私の危惧をよそに、こちらを一瞥し微笑みながらコクリと頷いたリディアさんには――「 退避する 」という選択肢は無さそうだった。
「 御心配には及びません。デュール様の御力の片鱗を、我が身に宿す術をようやく会得し始めたところです 」
そう私に伝えると――リディアさんはキッと前方を見据え、異形の怪物目掛けて駆け出した。
異形の怪物・・・以前ライベルク王都で拝見した秘蔵のモンスター辞典に描かれていた――「 ベリアル 」という怪物に似ている気がする。
尤も辞典のイラストは、体表の色が赤だったが・・・
「 騎士の皆さん今すぐ退避して、地上に! 」
怪物から視線を外さず大声を出し命令する。
「 え? しかし聖女様! 聖女様の盾となる者が居なくなるのは流石に許容し難く・・・ 」
「 ハッキリ言うけど、あなたたちに守ってもらおうなんて最初から考えてない。帰り道は大体覚えたから大丈夫。今の私には――逆にあなたたちを守り切る自信がない。あなたたちにも騎士としてのプライドがあるでしょうが、今すぐ地上に退避し龍さんに状況を伝えて! 最悪、龍さんに戦ってもらうかも――って 」
「 しょ、承知しました! では! 」
不承不承ではあるのだろうが、騎士の一人が即座に返事をし、全員行動を開始した。
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聖衣はまるで生きているかのように微かに輝いていた。身体には常に微弱な電流が走るような感覚があった。聖衣は肌に吸い付くように馴染み、まるで身体の一部となったかのようだ。
不思議な力が、自分の中に常に流れ込んでいるのを感じている。
――デュール様、神の御力をさらに賜りたく存じます!
駆けながら心の中で叫ぶ。
瞬間、聖衣から放たれる光が身体を包み込んだ。
光は体内を巡り血液と一体化していく感覚だった。力が自分の中で渦巻き、次第に強大なエネルギーとなっていくのを感じた。
力が完全に自分のものとなる瞬間を待った。
身に纏う鎧から眩い光が放出される。その輝きは真闇をも切り裂くほどだ。
剣を掲げると鎧から放たれる光が一層強くなり、まるで生きているかのように光が膨張し、脈動し始めた。
さらに光は形を変え、背中に天使のような羽を形成した。羽は純白で輝いている。
驚きと喜びに満ち、自身の背中に広がる羽を見つめた。
「 デュール様の御力を感じる・・・ 」
地下であるはずなのに、風が周りを舞う感覚があった。光の羽が軽やかに揺れる。
目を閉じ心を鎮める。
次の瞬間――、リディアの身体はふわりと宙に浮かび上がった。
浮遊する感覚は、まるで夢の中にいるかのようだった。
「 魔力に呑まれし英雄よ! 貴公の魂は堕ちた。だが安心するがいい、貴公の闇はここで終わる! わたくしが終わらせる! 」
そう叫んだリディアは、神剣を構え異形の怪物に突進したのだった――
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