第171話 モンド寺院 その三
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その姿は、まるで神話から抜け出したかのようだった。
神の祝福を受けた聖衣を纏い、その身体能力は超人の域を凌駕している。
聖衣はソレ自体が薄っすらと光を放ち、リディアの全身を包み込んでいた。鎧の各パーツはまるで生きているかのようで、リディアの動きに完全に同調している。彼女が一歩踏み出すたびに空気が微かに震え、その力強さが伝わってきた。
「 リディアさん、無理だけはしないで! 」
主の声が背後から聞こえた。リディアは振り返り微笑む。
その瞳には決意と覚悟が宿っていた。
彼女の手には神剣が力強く握られている。
その刃は鋭く、光源魔法の光を受け、まるで星の光を集めたかのように輝いている。
「 デュール様とハルノ様の御力を拝借し、この戦いに勝利をもたらします! 」
リディアはそう叫ぶと神剣を高く掲げ、前方の騎士に向かって駆け出した! 彼女の心臓は高鳴り、全身に緊張が走る。
彷徨う鎧騎士は猛然と迫るリディアの姿を捉えたのか、引きずっていた大剣を腰の横で両手持ちし、脇構えをとった。周囲の空気が一瞬静まり返り緊張感が漂う。
鎧騎士はそのまま氷上を滑るかの如く移動し、あっという間にリディアの眼前に迫った。
横薙ぎに一閃!!
しかしリディアは即座に跳躍し、剣撃の遥か上段を軽々と飛び越えた。
彼女の動きはまるで疾風のように速く、反応速度は人間の域を明らかに超えており、その動きはまるで予知能力を持っているかのようだった。
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リディアは驚愕していた。
以前「 フクオカ 」の教団施設で試着させていただき、軽めの動作確認はしていたが、実戦は初めてなのだ。
この聖衣・・・鉄でも青銅でもない。一番近い素材を敢えて選ぶならば、革が一番近いだろうか?
身体にピッタリとフィットしているが、圧迫感などは皆無。鉄以上の強度があるように思えるものの、革鎧やサーコートのみを着ているような軽さだった。
そして神剣の重量も軽い!
まるで片手で小枝を握っているかのような錯覚を覚えるほどだ。
聖衣による何らかの加護が神剣と共鳴し、神剣の重量が変化しているのか? もしくは自身の筋力が限界以上に引き上げられているのか・・・またはその両方の効果なのか?
筋力自体は間違いなく向上している。鎧騎士の剣撃を避けたベリーロールも、普段の三倍以上の高度だった。
もはや人間業とは思えぬ跳躍で、リディアは自身の身体能力に驚愕しつつ高揚していた。
――素晴らしい! この状態のわたしなら、再現不可能と思われた剣技も、易々と繰り出せる自信がある!
自然と愉悦の笑みが漏れていた。もちろん油断は皆無だが。
感情が無さそうな鎧騎士が、その不敵な笑みを見てどう感じたのかは分からない。
大きく空振りをした態勢から立ち直り、再びリディア目掛けて地を滑った――
そしてリディアの鼻先を狙い、強烈な刺突を繰り出した!
とんでもない速度とリーチで、常人ならば視覚で捉えた瞬間に串刺しになっているかもしれないほどの勢いだ。
だが神の加護を得たリディアにとっては、遅いとすら感じるほどだった。動体視力も異常なほど上昇している。
強襲する刺突を、神剣のフラー部分で正々堂々と受ける!
ギイイィィン!!
インパクトの瞬間、リディアは剣身に「 剣気 」を合わせた。
弾き返しに成功した!
鎧騎士の身体は大きくバランスを崩し、右側へとよろめく。
その隙を見逃さずリディアは即座に反転し、回し蹴りを腹部に叩き込んだ!
全身鎧の騎士はかなりの重量なはずだが、まるで強力なパワーで吸い寄せられるように後方へと吹っ飛ぶ!
ダメージは皆無な様子で、呻き声すら上げていない。
――そもそも痛覚などがあるのか?
リディアは疑問に思い小首を傾げた。
鎧騎士がおもむろに起き上がると同時に、左右の地面から闇が盛り上がった。
鎧騎士と全く同じ体格の――コピーのような漆黒騎士が、オリジナル騎士の左右に現れる。
――分身? 魔力を用い即席で創ったのか?
これはちょっと厄介かもしれない、と眉間にしわを寄せつつ神剣を構える。
三体の騎士はさらに地を滑り、三方向からリディアに襲い掛かった!
中央からの刺突に加え、左右から漆黒騎士が剣撃を繰り出す。
リディアは神剣を握りしめながら敵の動きを見据えていた。三方向から剣撃が同時に迫ってくる!
リディアの心は冷静だった。
神の加護を受けた聖騎士という自負、そしてデュール神の力を信じていた――
通常このような斬撃を同時に浴びせられたら、どんな達人も怯み一歩後退しそうなものだが――、リディアは一歩前に踏み出し神剣をアッパー気味に一閃させた。
「 コゲツザン! 」
(弧月斬)
まるで三日月を描くように刺突を掬い上げながらカチ上げ、そのまま自身も遥か上空へ飛翔する!
左右からの斬撃はリディアには届かず、虚しく空を斬った。
リディアはそのまま空中でグルグルと前転しながら下降し、遠心力を上乗せした両手持ちの一撃をオリジナル鎧騎士目掛け振り下ろした!
「 レッシンザン! 」
(烈震斬)
ゴガッッ!!
オリジナル騎士は咄嗟に剣を頭上に掲げ、その剛撃を受けたが――
その衝撃までいなすことは不可能だったようで、剣ごと両手を持って行かれ後方へと吹き飛んだ!
――以前ハルノ様の計らいで観賞させていただいた「 エイガ 」で、「 キリガクレサイゾウ 」なる「 ニンジャ 」が行使していた剣技だ。
技の呼称は、ハルノ様に教えていただいた。
尤も「 エイガ 」の中ではなく、「 ゲーム 」の中の似た技から拝借した呼称だと仰っていたが。
観終わったあとに深く絶望したのも記憶に新しい。ナゼなら、自分には絶対に再現不可能だと悟ったからだ。
自分には体現できるはずがない――と、頭で考えたのではなく心が諦めてしまったのだ。
それほどまでに人間離れした体術だった。感銘を通り越し呆れたのだ。
同時に、「 ニンジャ 」に対し深い畏敬の念を抱いた。ハルノ様がバルモア殿のことを「 ニンジャ 」のようだと仰っていたのも納得だ。体術に関しては、わたしはバルモア殿の後塵を拝している。
どれほどの時間を費やし、どんな修行をすれば、「 キリガクレサイゾウ 」のような達人の域に到達できるのか――あの時は想像もつかなかったのだが・・・
奇しくも、デュール様とハルノ様の助力を得て体現できるようになろうとは、誰が想像できただろうか?
このような「 エイガ 」の中の「 ニンジャ 」が行使する大技を、易々と体現できるとは・・・
リディアは想定以上に、フィジカルが極限まで昇華していることを実感していた。
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何事もなかったかのようにオリジナル鎧騎士が起き上がる。補佐するように、コピー2体もオリジナルの傍に移動していた。
「 アズール殿の朋輩・・・魔力に呑まれ魔物と化し、既に自我も消失しているのか? 」
――だがアズール殿のためにも、敬意を持って斃す!
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私は部屋の隅で、今にも吐きそうな騎士たちと共に、リディアさんの勇姿を目に焼き付けている最中だった。
今の私はただの照明係と化している。
攻撃系では光神剣だけが使える状態だ。この剣を振り回せば、一応身を護ることはできるだろう。
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1体の鎧騎士と闇を凝縮したような2体の騎士もどきが、リディアさんに間髪入れず剣撃を振るっていた。
リディアさんは3体の猛攻を神剣で捌き続け、時に蹴りなどを駆使し器用にいなしていた。
まるで、殺陣を何日間も練習した上での――曲芸の様相を呈している。
ジリジリと後退りをしながら、受けに徹するリディアさん。
私の目にはどう見ても防戦一方に見えた。
一対一ならば既に斃していたかもしれないが、強化されたリディアさんでも、流石に三方向から同時に攻め立てられるのはキツそうだった。
「 ちょっとこれ・・・ヤバない? 」
「 いえ問題ないかと――、ブラックモア卿は隙間を狙っているように見受けられます 」
私の呟きに、騎士の一人が答えた。
「 隙間? 」
「 はい。あの魔物3体は攻撃を続けざるを得ないのでしょう。絶え間なく攻撃し、防御させ続けることでしか機を窺えないのでしょう。寧ろ、追い詰めているのはブラックモア卿の方でしょうね 」
「 そ、そうなの? どう見てもリディアさんの方がヤバそうに見えるけど・・・ 」
確かに凄い。リディアさんは尋常じゃない速度で神剣を振るい、次々に襲い掛かる剣撃を見事に防いでいる。
敵は、魔物に身を堕としているとはいえアズールの元盟友だ。剣の腕もマスタークラスと見て間違いないだろう。そんな敵の猛攻を、今のところ全て封じているのだから凄いとしか言いようがない。しかも相手は複数だ。
だが――、本当に付け入る隙があんのか? この魔物どもは疲弊するのだろうか? リディアさんの方が先にバテることはないよな?
ヤキモキするが、今の私は見守る事しかできないのだった――




