第170話 モンド寺院 その弐
漫画やアニメそしてゲームの中で、ビキニアーマーを装備している女性キャラをよく見かける。
ガントレットやサバトンで手足は防護しているのに、ナゼか手足以外はきわどいビキニという――けしからん装備だ。
十中八九、男性にウケが良いのでそういったキャラが提供されるのだろうが・・・個人的にはどう考えても現実的ではないし、違和感がハンパない。
確かに関節可動域的には阻害されるものが何もないので、動きを良くするという点だけで言えば、これ以上ない装備なのかもしれない。
だがそんな動作のみに特化した紙防御力装備が、たとえ漫画やゲームの劇中だとしても、冒険などに向いているとは到底思えない。
剣や槍などの直接的な攻撃を防ぐのに向いていないというだけではない、たとえば密林や砂漠など、肌の露出面が大きければ大きいほど、その場に留まるだけで命の危険が急上昇するのだから。
やはりビキニアーマーなんぞはネタ装備だ。
ゲームをしていていつも萎えていた記憶がある。読者やプレイヤーに媚びている意図に、嫌悪感を覚えたものだ。
まぁファンタジー要素が満載ならば、何らかの特殊な効果が付与されていて――実は最強装備という設定もあるのだろうが。
コッチのこの世界、魔法が普通に存在するファンタジーでありながら、紛れもないこの現実世界ではどうだ?
もし私が魔法を使えない戦士タイプだったと仮定した場合、やはり絶対に選ばない装備だ。動きやすいだけのセクシー装備では、腹を抉られればそれで終わりだからだ。
――と、結構最近までそう思っていたはずなのに・・・
結局、選んでしもたんです。
デュールさんの聖衣を纏ってもらうにあたり、極力邪魔にならない装備を選考した結果、迷うことなくビキニをポチッと選んでしもたんです。
ブラジャーに似たトップスと、短いパンツの組み合わせによるセパレート型女性用水着。
今、私の目の前を歩いているリディアさんに身に着けてもらっているのは、その白いビキニだ。
胸もお尻も、お肉がはみ出しまくっている。リディアさんにとっては、この白ビキニは少し小さいのだろう。
後ろから眺めていると、はち切れんばかりの張りのあるお尻を、ガッ! と掴みたくなる衝動に駆られる。いわゆる「 尻モギ 」をしてみたくなるのだ!
いつ危険が飛び出してくるかわからないこんな状況下で、不謹慎な思考のまま探索するのは私ぐらいだろう。
自分で選んでおいてアレだが――真後ろから眺めていると、なんちゅーけしからん水着なんだ・・・と性的興奮が肥大していった。
リディアさんのお尻から後頭部に視線を戻した。
改めて、リディアさんの装備は白ビキニ上下に足元は革のブーツのみ、そして片手で神剣を鷲掴みにしたスタイルだ。
廃墟となって久しい石造りの堅牢な寺院内を、そんな恰好で堂々と歩いている。
ここまで堂々と闊歩できているのは、偏に長期間かけて寺院内を調べ上げてくれた騎士の引率があるからに他ならない。
リディアさんのさらに前方を歩く騎士たちは、リディアさんのセクシー装備に対して、特に顕著なリアクションは無かった。リディアさんに対し、デュールさんが創った鎧を着る為の下着だと説明していたのを、近くで聞いていたからだろう。
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この廃墟の地下にはひんやりとした空気が漂っている。石床は砕けた石や埃で覆われ、湿った壁面からも冷たさが伝わってくる。
「 リディアさん、寒くない? 」
「 はい! 問題ございません! 」
リディアさんは快活に答えた。その声は通路に響き渡って地下の静寂を破り、リディアさんは笑顔のまま再び前を向く。
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「 聖女様、こちらでございます! 」
どうやら到着したようだ。
大きな扉は厚い石で作られており、その表面は滑らかで、年月を経た傷や削れた部分は見当たらないように思えた。
――少しだけ開いてる・・・一人くらいなら通れそう。
石の色は深い灰色で、私の光源魔法が当たってる部分が微かに輝いている。扉の取っ手は鉄製で、錆びているように見える。
鍵穴も一応あるようだが、ピッタリとはまりそうな鍵は見つかっていないそうだ。
扉の上部には褪せた彫刻があり、その意味するところは不明だそうだが、何か秘密めいたものを隠しているような気もする――
「 うっ・・・ 」
騎士の一人が口元を押さえて嘔吐く――
「 魔力酔い? 」
咄嗟に反応し、覗き込むように窺う。
「 は、はい・・・失礼しました。隙間から漏れ出ている魔力が、濃すぎるかと―― 」
相変わらず私は全く何も感じないのだが、周囲を見回すと――リディアさんはそうでもないが、騎士たちは青ざめている様子だった。何かが胸にこみ上げ吐き気を引き起こしているように見えた。
一歩踏み出す前に騎士たちは深呼吸を繰り返し、体を落ち着かせようとしている。
「 あの程度の隙間じゃ、もし逃げる時に危ないから強引にこじ開けさせてもらうよ。んで――封印されてる何かが突然飛び出してくる可能性があるから、私以外はかなり後方で待機ね! 」
「 畏まりました! 」
騎士たちとリディアさんは素直に指示を聞き入れ、後方へと下がった。
「 岩人形創造 」
いかにもな魔法陣から浮かび上がる巨躯。
ナゼか岩人形という魔法表記だが、実際は鋼鉄のゴーレムで、私がセンチュリオンと名付けた。
「 センチュリオン! この石扉を開けて! 」
センチュリオンは堅牢な石扉に向かって腕を伸ばした。鋼鉄の掌が、扉表面を押しそのまま力強く前進する。途端に石扉が割れ大量の埃が光源に照らされ舞い上がる中、扉はゆっくりと開かれていった。
光源魔法を無遠慮に投入し、奥へと飛ばした。
――いる! 何かが蠢いてる。
広大な空間は暗闇に包まれていたが、光源魔法の光が、薄汚れた石壁を反射しながら闇を浸食していく。
鈍い音が響き渡っている。
全身鎧を身に纏った巨大な騎士のような存在が、自身の身の丈くらいありそうな巨大な剣を引きずりながら歩いていた。
その剣は光を反射して輝いていた。威圧感のある刃だ。
巨大な騎士の足音が響くたび、空気が震えているような錯覚を覚える。
何も知らない誰かがこの部屋に迷い込んだら、その者は恐怖に打ち震えることだろう。
その鎧に覆われた身体からは、ほとんど人間らしさを感じさせない存在だった。鎧自体は古びて錆びているように見える。そして縫い目からは、不気味な青白い燻ぶった光が漏れているようだ。
頭部は鎧の兜に隠れ、ただ一対の冷たい瞳が覗いているだけだ。その目は深い闇を見つめ、何かを探し求めているようにも見える。
相変わらず剣を引きずりながら石床を傷つけている。
光源魔法の聖なる光には反応しない・・・
襲ってくる気配がない。ノンアクティブなモンスターなのか?
――そもそも本当に魔法が効かないのか?
一見すると、物理攻撃も魔法攻撃も、普通に通りそうな気がしてくる。
まず間違いなく、あの徘徊する鎧騎士が――アズールが言っていた同胞なのだろう。
――できれば私が倒したいが・・・
そもそも本当に討伐すべき存在なのか、いまいち判然としない。
先の地上で暴れていた魔物たちは、ココから出てきた可能性が高い。ならば、やはりあの徘徊している鎧騎士が親玉だろうか?
アズールの言葉を信じ、リディアさんに戦ってもらうつもりで準備を進めたわけだが・・・
もし私の遠隔魔法攻撃で決着がつくのなら、それに越したことはない。
リディアさんの手柄を奪う形にはなってしまうが、極力リディアさんに危険な事はさせたくないってのは基本だ。
「 リディアさん、魔法で攻撃を仕掛けてみる! もし本当に効かなかったら、とりあえず即座に退避するよ! 」
「 御意! 」
後方からリディアさんの返事を聞き、魔法の選択に入った。
――とりあえず、物理系魔法をブチ込んでみよう。
「 聖巨人の左腕! 」
デュールさんが言うところの――霊子エネルギーとやらが宙に踊り、青光りする雲の隙間から巨大な左腕が現れた。
その腕は鋼鉄のように堅く、大抵の相手なら一撃で打ち倒すことができるほどのスピードを誇る。
しかし対象の鎧騎士は微動だにせず、モロに剛腕を受けた。
――かのように見えたが、接触する瞬間、霊子で創り出した左腕は一瞬で消失した・・・
「 えっ? マジか・・・本当に無効なのか? 」
さらに次の瞬間・・・私が具現化させた左腕をそのまま模したようなエネルギー体が、鎧騎士の頭上に浮かぶ・・・
「 えっ? もしかして・・・私の魔法を真似たのか? 」
鎧騎士が模したと思われる左腕が、空中に浮かびエネルギーを溜めているように見えた。
「 マズイ! もの凄くやばい気がする・・・ 」
「 聖巨人の左腕! 」
咄嗟にもう一度、即座に唱える。
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二つの巨大な左腕が激突した瞬間、空気が爆発し衝撃波が広がった。
エネルギーがぶつかり、光と音の嵐が生まれる!
鎧騎士はこの瞬間、初めて私を敵と認識したかのような、窺うような挙動を見せた。
「 えっ? はやっ! 」
私が面喰った瞬間、鎧騎士は疾風の如く一気に間合いを詰めてきた!
そして巨大な剣を横薙ぎに払う!
「 ハルノ様! 」
「 うわあぁぁぁ! 」
剣撃を受けた瞬間、世界が歪んだように感じた。
私の体は空中に吹き飛ばされ、鎧騎士の剣は私の肉体を捉えたあとも勢いを殺さず、真横に振り抜かれた。通常の者なら、骨と筋肉が粉々に砕かれ血しぶきが舞い散っていることだろう・・・
だが、私に肉体的ダメージは無い・・・
無いが――、地面に叩きつけられ、あまりの衝撃で息をすることもままならなかった。
視界はぼんやりとしていた。私の心臓は激しく鼓動し、死の恐怖が全身を包む。
「 ハルノ様! 」
リディアさんが転がっている私に駆け寄る。
「 やばい・・・一旦退こう! 」
「 御意! お前たち、一旦出るぞ! 」
私はリディアさんに、ひょいと小脇に抱えられた。
鎧騎士は剣を引きずるモードに戻り、こちらへと軌道を修正する。
「 やばっ! 距離を詰められる前に出よう! 」
▽
大きく開かれた石扉を通り過ぎ、待機していたセンチュリオンに――抱えられたままの私が命じる。
「 センチュリオン! 鎧が出てきたら足止めして時間を稼いで! 」
鋼鉄ゴーレムは即座に命令を聞き入れた様子で、開かれた石扉のど真ん中に移動し仁王立ちしていた。
▽
私たちは一つ上の地下一階に戻ってきた。
「 センチュリオンと格闘している気配はないね・・・まさか、あの部屋から出られないのか? 」
「 ど、どうでしょうか・・・ハルノ様、一旦地上に戻りますか? 」
私がモロに攻撃を受けたせいか、リディアさんも騎士たちも酷く焦燥している。
地上にはカノンさんをはじめとするハンターたちと軍兵さんたち、そして何と言っても龍さんという超強力な戦力がいる。また先ほどのような魔物が溢れ出てきたら、その時は龍さんに期待しよう。
「 いや、態勢を立て直してもう一度下りよう。個人的には気が進まないけど、アズールの目論見通り、リディアさんに戦ってもらう方向で・・・ 」
「 お任せください! 」
「 じゃあデュールさんの鎧を出すよ? 私の魔法がかなり制限されるから、センチュリオンも強制帰還するだろうし、マジでやばい状況になったら一目散に逃げよう! 絶対無理だけはしないと約束して! 」
「 心得ております! お任せください! 」
リディアさんは意気軒昂な様子で返事をした。
聖衣発動中の魔法制限は、以前――光輪会で確認済みだ。
発動中の私は、ほぼ無力になってしまう・・・
もはや応援くらいしかやることが無くなってしまうのだ。
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「 聖衣蒸着! 」
中空に浮かび上がった聖衣のパーツが、リディアさんの各部にピッタリとはまり込んでいった。
各パーツ、それぞれ龍を模したようなデザインだ。
光輪会で試着した時とは違い、今回は――下地が浴衣ではなく白ビキニだ。まさにビキニアーマー以外の何物でもなかった。
一見すると防御力自体はそこまで高そうな感じはしないが、デュールさんが満を持して用意してくれた鎧だ。間違いなく、この世界でも最強クラスの装備と言っても過言ではないのだろう――




