第17話 高貴な来訪者
「 治療院で働けば報酬もらえるみたいだし、マリアさんお金貸してもらえないかな? 働いて返すので。あんな状態の子たちを見てしまったら・・・このまま自分だけ食事なんてできないし、その場しのぎだとしても何かしてあげたい! 確かに長期的というか抜本的に解決できれば一番いいんだろうけど、でもあの子たちには――今日食べる物も無いんだよきっと・・・ 」
マリアさんが、渋々といった様子で巾着袋のような財布を懐から取り出した。
「 このお金は全てハルノ様に御用意されたものです。ですから全く気にする必要はございません。ハルノ様のお好きなようにお使いください 」
「 ありがとう! じゃあちょっと別のお店に行こ! 」
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果物屋さんとパン屋さんとお肉屋さんを回り――、大量に食料を購入した。
果物屋さんで無理を言い廃棄寸前の木製台車も売ってもらい、ゴロゴロと転がしながら先ほどの飲食店の前まで戻ってきた。
「 ちょっと行ってくる、マリアさんはここで待ってて 」
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飲食店わきの小道に入ると、四人の子供たちが驚愕の表情で迎えてくれた。
「 あ、ごめんね突然、これ良かったらもらってくれないかな? ちょっと訳あって必要無くなってさ・・・代わりに食べてくれないかな? 」
子供たちからの返事は無い――、四人身を寄せ合い固まっていた。
「 じゃ――ここに置いておくね。みんなで食べてね 」
踵を返し大通りに戻ろうとした私の背後から――、駆けてくる足音が聞こえた。
「 お姉ちゃん、ありがとう・・・ 」
振り返ると――、小刻みに震える小さな女の子がそこにいた。
――やっぱり、このまま放ってはおけない。
「 今度さ、王様に会うからさ、あなたたちを何とか庇護するようにお願いしてみるよ。それまで頑張って。困った事があったら南門近くの・・・えっと、そーいえば宿の名前知らないな。とにかく赤い屋根の大きな宿に泊まってるから訪ねてきて! それか遠いけど、北門近くの治療院のヒルダさんって人を訪ねて。春乃って人に伝えてって言えば私に連絡がくるからね 」
「 覚えられたかな? もう一回言った方がいい? 」
私がそう伝えると――
「 大丈夫、覚えたよ・・・ 」
と小さな声で返事をし、女の子は子供たちの輪に戻って行った。
「 ハルノ様――、差し出がましいようですが、あんなお約束をして大丈夫でしょうか? 」
いつの間にか私の傍にマリアさんが立っていた。
「 私もう決めたよ! 半端な覚悟で手を差し出したわけじゃない。できる限りの事は全力でやるつもり! まずはお金を稼がないと・・・ああ、マリアさんごめんね、荷物持ってもらっちゃって。とりあえず宿に戻って私たちも食事にしましょ 」
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宿に戻ると――、いわゆる女将さんにあたるおばちゃんに呼び止められた。
「 あ、お客さん! さっきカインズ商会の若い子が手紙を渡しておいてくれって置いていきましたよ! 」
「 ああ、カインズさんからかな。ありがとうございます 」
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封蝋が施された、高級そうでしっかりとした紙を用いた手紙だった。
「 カインズ様は何と? 」
私が手紙を読み終えるのを待っていたのか――、マリアさんが真後ろから声をかけてきたが・・・
――いやいや、一応上から下まで目を通したけど全く読めんよ
「 いや読めないよ。全く一文字も―― 」
正に異次元の文字だ。地球でいうと――、アラビア文字とかペルシア文字あたりが一番近いのだろうか? ウネウネしている線にしか見えない。
「 ああ、そうでございましたね。失礼致しました・・・ 」
「 ごめん、代わりに読んでください 」
「 畏まりました 」
――あの銀髪のおじさん。確実に神様と同格の存在だろうに・・・ナゼだ! 会話に関しては日本語に自動翻訳されるという――、超、超、超高度なテクノロジーを駆使しておきながら、ナゼ読み書きに関しては全く何もしてくれなかったのか・・・
「 え~っと・・・『 よくよく話し合い、親子共々覚悟が決まりました。つきましては今夜実行させて頂きたい所存です。六つ鐘が鳴る直前にお迎えにあがります。もしハルノ様が所用で御不在の場合でも、そちらで待たせて頂く所存です。何卒宜しくお願い申し上げます 』と、書かれていますね 」
代読してくれた手紙を、マリアさんが私に差し出した。
「 ありがとう。今夜決行か――、マリアさんも来るよね? 」
「 勿論でございます 」
「 上手くいった暁には、あの孤児たちの事をカインズさんにも相談してみよう 」
もう今日はこのまま宿に籠り、迎えを待つとするか――
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コンコンコン!
「 ハルノ殿! 只今戻りました! 少しお話宜しいでしょうか? 」
私の部屋の扉越しに、大隊長さんからお呼びが掛かった。
「 はい、何でしょう? 」
「 今マリアから報告を受けたのですが――、今夜カインズ商会で例の件を実行に移すとか 」
「 ええ、迎えが来るらしいので待ってるんですよ 」
「 入っても宜しいですか? 」
「 ええ、どうぞ 」
「 失礼致します 」
大隊長さんの後ろには、アイメーヤさんもくっ付いていた。
「 ハルノ殿、今夜我らも同行して宜しいですか? 」
「 別にいいんじゃないでしょうか? カインズさんの馬車は定員オーバーで乗れない可能性もあるから、馬を用意した方がいいかもですけど。ってか【輸送車】はどこ行ったんですか? 」
「 輸送車は王都の騎士団宿舎に戻っております。さすがにアレで街を練り歩くわけにはいきませんからね 」
「 あー確かに、まーアレだ、とにかく! 服毒死するための薬物の件は目をつぶるってことでお願いしますね? 」
「 ・・・はい、承知致しました 」
ドタドタと廊下を走る騒音が聞こえる。
開いている扉の隙間から、宿のおばさんがひょいと顔を覗かせた。
「 お客さん! ハルノさんってお客さんのことだろ? 貴族の方が訪ねて来てて、今エントランスでお待ちだよ! 」
「 貴族? ああ、カインズさんかな? ――いや早いな! もう迎えに来たのか? 」
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エントランスに三人で向かう。
その男性は遠目からでも確実に貴族だと判別できた。
「 あれ? あの人かな? カインズさんじゃないよね・・・使いの人かな? 」
紫の刺繍が施された黒が基調のコートを羽織り、襟のデカいシャツにタイを締め――足元はロングブーツといった出で立ちだった。どこからどう見てもお金持ちだ!
ステレオタイプな貴族のイメージそのままだった。歳の頃は三十代前半といったところか? もうちょい若いかもな・・・外国人さんの実年齢は当てるのが難しい。
「 え!? な、なぜ? 何をなさっておられますか!? 」
「 え? 何? 」
私のすぐ前を歩いていた大隊長さんが、突然――酷く焦っている様子で叫び階段を駆け下りた。
貴族っぽい人もこちらに気付いた様子だった。
「 で、殿下! どうして斯様な場所に! 護衛はどうなされました? 」
「 おお! ラグリット! 戻っておったか! 」
――ラグリット? ああ、大隊長さんの名前か。
それにしても殿下って――
まさか・・・王族!?
「 すみません大隊長さん、もしやこの方は王族? じゃ・・・ないよね? 」
狼狽する大隊長さんの背中をちょいちょいと突き――、小声で質問を投げかけてみた。
「 あ、ああ、ハルノ殿。こちらは王位継承権一位のオリヴァー殿下です・・・ 」
――うおう!
まさかの第一王子様ですか!
「 あ・・・えっと、臣従儀礼的なモノがわかんないんだけど――、これって跪いた方がいいんですかね? 」
大隊長さんに小声で耳打ちし、どう行動したらいいのかお伺いを立てる。
「 ははは! 聞こえているぞ! 堅苦しい作法は無用だ! 街へ単独で降りてきている時点で身分なんぞ捨てておるわ 」
オリヴァー王子は笑いながら、みずから無礼講を申し出た。
「 殿下、とにかく・・・ここでは衆目を集めますので、上階の部屋にお越し頂けますか? 」
第一王子の唐突な訪問に、大隊長さんは終始テンパっていたのだった。




