第169話 モンド寺院 その壱
「 ごめんなさい皆さん、この惨状はすべて私の所為だわ・・・ 」
「 だけど、取り返せるミスは全力で取り返す! 」
混乱を極める戦場のど真ん中に降り立ち、誰にともなく力強く叫んだ。
さらに間髪入れず唱える!
「 時空操作! 」
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暖かな陽が降り注ぐ開けた寺院前広場は、戦場と化していた。
そこに突如、真龍が舞い降りた。
つい最近お世話になったその真龍は、すでに見慣れた巨躯だった。
真龍の着地と同時に、その背から人族が飛び降りた。
あの時の自分たちとは違い、その者たちはかなり慣れた様子だった。
特徴的な黒髪を持つ平民のような装いの小柄な少女が先に飛び降り、その後を追うように軽装鎧を身につけた長身の女性が降り立った。黒髪の少女のすぐ傍には、金色の剣がフワフワと浮かんでいた。
エリオンはリアナを失った喪失感と虚無感、そして効果的なダメージが依然入らないアンデッド系の魔物に対する絶望感を――ひしひしと感じていた。
突然の急激な状況変化に、未だ思考が追いついていなかった。
エリオンは静かに息を吐き出した。
彼の眼前には、黒いローブを纏った2体のアンデッドが立ちはだかっている。
アンデッドどもの空洞の眼窩は不気味な朱色を灯し、冷たい光を放ち続けていた。まるで死と絶望を投影しているかのようだ。
そして闇エレメンタルたちも闇粒子を周囲に霧散させながら、軍兵や騎士たちに闇エネルギー弾を放っていた。
黒髪の少女は、毅然とした態度で二言三言叫んだ――
次の瞬間!
突然、黒髪少女が消えた! いや、消えたようにみえるほどの超スピードで移動していた。
彼女の動きは瞬きする間にも見失うほど速い!
彼女が通り過ぎると空気が震え、風が生まれているかのようだった・・・
金色の光が溢れ出す輝く剣が、少女の周りで旋回していた。
あまりのスピードが生み出す残像の影響で、一振りの剣が複数に見えた。その剣は太陽光を凝縮したかのように眩しく、神聖なる力が宿っているのは一目瞭然だった。
何が起こっているのかと唖然とし、放心状態に片足を突っ込んだエリオン。その瞬間――、少女の姿は消えた。
必死に目で追う。
次に少女の姿を捉えた時には――、すでに魔物一体の背後に立っていた。
そのまま金色の剣が光の軌跡を描きながら、魔物の体を真っ二つに切り裂く!
切断された身体は音もなく崩れ落ち、粒子となって風に散った。
魔物のもう一体が反応する間もなく、少女は再び動いた。
目にも止まらぬ速さで剣は再び光を放ちながら、残る魔物の首を斬り落とした。
その首は空中を舞いながら砕け散った。
エリオンだけではない・・・この場にいる全員が呆気に取られ、放心していた。
「 俺は・・・一体何を見ているんだ―― 」
ナゼだか理解はできないが、少女は闇エレメンタル2体には手を出さなかった。
どうやら黒髪少女の超スピードが終わりを見せている――とエリオンは直感した。
エリオンはリアナを見つめた。
その手は力なく垂れ下がり、土槍に支えられたまま静かに死を迎えていた。
アンデッド2体の身体が、黒いローブごとサラサラと粒子のように散っていくと、土槍もまた元の無機質な土へと戻り始めた。
土槍が崩れ去り、リアナの身体はゆっくりと地面へと傾いた。
そして最後の一握りの土が風に舞う中、彼女の体はドサリと地面に倒れ込んだ。
栓を失った胴の傷口からは、命の証である暖かな血液が止めどなく流れ出ていた。
生命の赤が溢れ出し、大地を濡らしていく・・・
エリオンの瞳に映るのは、無情に色を変えていく大地だった。
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「 リディアさん! あの黒いクリスタルみたいなモンスターは任せる! 」
「 御意! 」
リディアさんは神剣を腰のベルトから抜き、騎士たちを攻撃している浮遊する敵に向かって突撃した。
私はリディアさんを確認し背を向けた。
どうやら、少なくとも死亡者が一人・・・怪我人も複数人出ている。
完全に私の所為だ。
サリエリ伯爵を誅殺してから西日本を経由してライベルク王都に戻り、少し休んでからモンド寺院に赴けばいいと考えていた。
世界間転移魔法に特に言えることだが、ナゼ残時間表示や警告のような気の利いたシステムが無いんだ! と憤りを覚えなくもないが・・・他人の所為にしても仕方がない。仕方ないのだが――、今度デュールさんに会ったら小言の一つも言ってやろうと心の中で誓う。
しかし何か運命的なモノも感じていた。偶然のようでありながら、全てが必然のような・・・
まだこの被害の段階でこの場に降り立つことができたのは、考えようによっては奇跡的とも言える。
ジェラルドさんたちがあの村を訪れていなかったら――
もう一日王都でゆっくり休んでしまっていたら――
龍さんが王都に居らず不在だったら――
そんな様々な「 もしも 」を考え戦慄する。
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見覚えのある青い鎧の戦士が駆け寄ってきた。
「 ハルノ様! 」
「 ああ、やはりカノンさんでしたか! 再会を喜びたいところではありますが、先に死んでる人を蘇生しましょう。もしかして、カノンさんのパーティーの方? 」
「 いえ、別パーティーですが一緒に戦った仲間には違いありません! 」
カノンさんの周りに複数人が集まってくる。
「 エリオン殿、ガレス殿、もう安心だ。ハルノ様が蘇生してくださる 」
カノンさんに声をかけられた二人の戦士は、私の顔をジッと凝視していた。
そして金髪の男性が口ごもりながら私に尋ねた。
「 あ、あなた様が――、主神デュール様の御子様、ハルノ様ですか・・・? 」
「 ええ――まぁ「 みこ 」ってか・・・デュールさんの使徒をやらせてもろてます。春乃です 」
――みこ様とか、みつかい様とか呼ばれることもあるが、いまいちシックリこない。
やはり聖女や使徒という肩書きの方が馴染みやすい。
「 ってか、そこに倒れてる女性はあなたたちの御仲間ですか? 」
「 は、はい、そうです! 」
「 では、先に蘇生しましょう 」
「 噂には聞いておりましたが・・・本当に蘇生魔法を―― 」
金髪男性と隣のブラウン髪の男性は、二人とも瞠目し、何かに緊張している様子だった。
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若い女性の身体は少しだけ冷たく、大地に横たわっていた。
静かに彼女の胸に手を置き――唱える。
「 蘇生! 」
蘇生魔法の光が彼女の身体を通り抜け、胴の傷口を縫うように流れた後、収束した光の珠が胸に染み込んでいった――
そして奇跡が起こる。
光は傷口を閉じ血の流れを止め、彼女の肌には再び温もりが戻ってきた。
胸がゆっくりと上下し始め、生命の息吹が蘇った。
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瞼が震えゆっくりと開かれる。彼女の瞳に宿るのは、リセットされた新たな命の光だ。
死と絶望の土が、希望と生命の緑に変わる・・・そんな瞬間だった。
「 何度見ても凄いなコレ・・・ 」と、我ながら感心する。
肉体は完璧に治っているはずだが、血塗れの口元や衣服はそのままなので、一見するとゾンビのように思えて仕方がない・・・
「 リアナ・・・信じられん―― 」金髪の戦士が呟く。
リアナと呼ばれる女性は混乱し、自らの手を見つめ、息をする自分の胸に感じ入っている様子だった。
「 リアナ、本当に、本当に生きてる 」金髪の戦士が声を震わせながら呟く。
彼の目からは涙が溢れており、その涙は間違いなく喜びの証だった。
隣にいたもう一人の戦士もまた、涙を流しながら驚愕のまま固まっていた。
リアナさんは彼らの言葉が現実のものとは思えていない様子で、ただただ戸惑いを隠せていなかった。
「 わたし死んだはず、どうして―― 」
「 蘇生魔法だよリアナ。ハルノ様が行使なされた蘇生魔法だ 」金髪の戦士が優しく答える。「 もう一度、この世界に戻ってきたんだ 」
リアナさんは二人の戦士に囲まれ、彼らの温もりを感じながら、少しずつ現実を受け入れ始めた様子だった。
▽
リディアさんが、騎士や兵士たち数名と共に駆け寄る。
「 ハルノ様、殲滅完了でございます 」
「 ご苦労様。神剣の使い勝手はどうだった? 」
リディアさんが畏敬の念を込めている剣は予想以上に軽く、リディアさんの手に完璧に収まる。
リディアさんは剣を持ち上げ、その美しさにうっとりとした表情を浮かべていた。
「 魔力を糧にする魔法生物だろうと、幽体の魔物だろうと、なます斬りにできるハズです! ハルノ様の光神剣と同じく――まさに神剣でございます 」
「 授けてくださったデュール様とアズール殿、そしてハルノ様に感謝の意を表します! この剣を正義のために使わせていただきます! 」
リディアさんは神剣を高く掲げた。
その瞬間、神剣から放たれる光が一層強くなり、リディアさんを包み込むような錯覚を見た気分に陥る。
「 とりあえず、負傷してる人たちを治しますか 」
「 はい! しかし誰かと思えば、カノン・ヘルベル殿ではないか! 」
リディアさんはそう言いながら、私の周りで平伏するハンターたちを順に見渡した。
「 ああ、依頼を受けて来てくれたようね。しかし揃いも揃って片膝突くのは止めてほしいんですけど・・・止めてくれないのよね―― 」
「 ってか、さっきの魔物みたいなのはどこから? やっぱ寺院の中から? 」
私の疑問に、膝を突いたままのカノンさんが代表して答える。
「 はい。突如この地の魔力が高まり、その後すぐに寺院の石扉が開き、さきほどの魔物がこの広場に出てきたようです 」
「 ふむ、封印されてるヤツがさっきの魔物ってことはないよね・・・いくらなんでも雑魚過ぎるし 」
「 騎士団の調査によると――地下二階に特殊な魔力で固められた大きな石扉があり、その奥にハルノ様が懸念されておられる対象が封じられているのではないか、という見解でした。俺もさきほどの魔物がその扉奥から出てきたとは思えませんが、しかし――アレが雑魚ですか・・・ 」
カノンさんの声には、自分たちが苦戦した敵を私が「 雑魚 」と言い捨てたことで、少しプライドが傷ついた響きがあった。私は少し軽率だったかもしれないと即座に反省した――
「 う~ん、じゃあさっきの魔物は元々寺院のどこにいたんだろ? 」
「 内部の調査は騎士団の専任でしたので、俺たちには見当も付かないですね 」
「 そっか、まぁいいわ―― 」
「 リディアさん、調査を担当している騎士団の方たちから話を聞いといて 」
「 承知しました。お前たち、怪我人以外は総員天幕に集まれ 」
「 はっ! 」
リディアさんは騎士団の方たち数名を連れ、天幕に向け歩き出した。
▽
寺院を中心に異様な雰囲気が渦巻き、常にプレッシャーがかかっているような圧を受けるらしいが、私には全く何も感じられなかった。
ハンターの一人が、「 木々の間を縫う風さえもが恐れを知っているかのよう・・・ 」と呟いていて、お~詩人ですな~! と妙に感心してしまった。この人は「 詩人さん 」と覚えることにしよう。
▽
私だけ涼しい顔のまま、負傷した兵士やハンターたちを治癒魔法で完璧に治した。
私の後ろには、カノンさんをはじめとするハンターたちが静かについてきている。
私が一息ついたところで――、血塗れのリアナさんが私の前に回り込み即座に平伏する。
「 神の光よりも眩い使徒ハルノ様・・・あなた様の手によってこの命に再び息吹を与えられしこと――、このリアナ心より感謝を捧げます 」
「 あなた様の慈悲深き力がなければ、私の魂は永遠の闇に消えていたでしょう。この恩義を決して忘れることはありません! あなた様の無限の優しさに永遠の誓いを立てます! 」
「 我が身を如何様にもお使いください! わたしは毎晩でも喜んでお仕えします! わたしの身体がお役に立てるのならば、時と場所を問わずいつでも! 準備はできておりますので! 」
「 え? はいぃ? 」
――この人は何を言ってるんだ? 蘇生魔法に対する感謝の念は理解できるが、後半おかしくないか? ちょいちょいおかしなことを口走ってる気がするんだが・・・
激しく吐血したせいなのだろうが、血塗れの状態で狂信者のような文言を並べるリアナさんに、心底愕然としたのだった。




