第167話 制限時間切れ
結局、龍哲さんは最後まで疑念を抱えたまま――「 また連絡する 」と言い残し、黒塗りの車で帰って行った。
龍哲さんは、かなりの確信を持って白凰組に来たのだろう。
姫野さんが――「 白を切り通すよりも早い段階で真実を伝え味方に付ける 」方がメリットがあると判断したため、私はソレに従ったのだ。
5億という値段設定にも唖然とし心底驚愕していた様子だったので、当たり前だが二つ返事で「 買う! 」とは言ってもらえなかった。
そもそも売れるとは思っていない。私の役割は――ただ包み隠さず真実を伝えることだけだった。
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~夕方~
組員の天野さんの運転で、周防大島の平屋に無事到着した。
夕暮れ時の空は、周防大島を鮮やかな色彩で染め上げていた。
海の彼方に沈む夕日が、水面に金色の道を描き出していた――
「 姐さん、リディアさん、ご苦労様です! 」
わざわざ表に出て待ってくれていたのだろう。完全に家主と化しているマツさんが、大声を張り上げて歓迎の言葉を投げかけていた。リディアさんも自分に挨拶してくれたことに何となく気付いた様子で、笑顔で手を振っていた。
「 お久しぶり! でもないか! 頼んでいた物資は揃っていますか? 」
「 勿論ですよ! そこのハイエースにギュウギュウに詰めてますから、詰み込めんかった分も大量にありますが、既に帆布に包んで隣に置いてますんで 」
「 ありがとう! いつも無理を言ってすみません 」
「 何を言うとるんですか! 姐さんが白凰組にもたらす利益と恩恵考えたら、俺らの働きだけじゃ全然釣り合わんですよ 」
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今回もLEDライトにはじまる小物類、大量の缶詰やレトルト食品、大量のお菓子、各種お酒、大量の各種電池、そして個人的に使うため、以前注文していた小型ソーラーパネルとそれに対応しているポータブル発電機、さらに今回は――種子や肥料も数多く購入してもらっていた。
ちなみに平屋に隠している現金を仕入れに使っている。
すでに数百万単位で減ってしまっているのだが、まだ焦って補充する段階ではない。
種子は、ミニトマト、枝豆、ナス、ズッキーニ、ジャガイモ、大根、ブロッコリー、玉ねぎ、ベビーリーフ、ほうれん草などなど多岐にわたる。
適量の水と肥料を与えるだけで栽培できる玉ねぎもあれば、水やりが超重要な枝豆、水をあげ過ぎたら駄目と言われるミニトマトなど。
栽培に関していろいろな注意点が記載された小冊子もある。
後で私が読んで言葉として発し、マリアさんに口述筆記してもらう必要があるだろう。
「 種と肥料は岩国まで出て問屋から直に大量購入しましたわ! 小売り店でも始めるんですか? って聞かれて名刺渡されましたよ 」と、マツさんは笑いながら言っていた。
「 あっ、ビキニも届いてる? 」
「 はい! 先払いだったんで郵便受けに突っ込んでありましたよ! 姐さんに白い眼で見られたくないんで、中身の確認はしちゃおりませんが・・・ 」
「 はははっ! 私が着けるんじゃないけどねぇ 」
そう返事をしながらリディアさんを一瞥したが、リディアさんはキョトンとしていた。
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ライベルク王都外壁のすぐ傍の平原に転移した。
こちらも陽は落ちてしまっており、辺りはすっかり闇が支配していた。
ハイエースの電源だけを入れ、病的な煽り運転者のように激しいパッシングを繰り返し暫し待つと――
外壁方面からポツポツと明かりが灯り、「 ピィーーー、ピィーーー 」と、鋭いホイッスルの音色がそこかしこで鳴り響いた。
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外壁上部からサーチライトで照らされたまま待っていると、息を切らせた大勢の衛兵さんが駆け寄ってきた。
「 これは聖女様! 御帰還を心よりお待ちしておりました! 」
「 岩人形創造! 」
鋼鉄ゴーレムを顕現させ、帆布で包んだ大量の荷物を担がせる。
「 とりあえずこのまま大門まで進みますので、この八箱だけ運んで頂けますか? 」
「 御意にございます! 」
ハイエースの運転席と助手席部分に積んだ段ボールだけを下ろし、衛兵さんたちにお願いした。
私とリディアさんは車に乗り、徐行しつつ進む。
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既に店を閉め、宿に戻っていたマリアさんの元を訪ねた。
「 ごめんマリアさん。こんな晩くに 」
「 いえいえ、とんでもございません! お帰りなさいませ 」
「 大量の商品を持ってきたから明日から商品が充実するよ! 補充作業が大変だけどね。勿論私も手伝うから 」
ハイエースを大通りに停め、帆布で包んだ大量の荷物も道端に放置している。衛兵さんたちが警備してくれてはいるが、正直複数人の警備はほぼ必要ないと思われる。
この王都で私の荷物を盗もうとする特殊な人は、現在ではもうほぼほぼいないと考えられるからだ。
宿屋前の立ち話もそろそろアレなので、荷物運搬の指揮はリディアさんとマリアさんに任せ、霊薬製作のために治療院へ向かおうとした時――夜空に咆哮が轟いた。
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夜の帳が下り星々がきらめく中、一際目を引く影が空を切り裂いていた。
その翼はまるで――空に新しい星座を描くかのように力強く優雅に動いている。
『 魔道士殿、帰還されたか 』
「 龍さん久しぶり! また迎えに来てくれたの? 」
『 移動するならば我が送ってやろうと思ってな、今回もすぐに旅立つのか? 』
「 う~んそうねぇ、明日は一日霊薬を作るけど、明後日にはモンド寺院に向けて王都を発つよ 」
『 モンド寺院、あの西の森にある廃墟か 』
「 そうそう、あ~もしかして物資運搬も手伝ってくれてるの? 」
『 無論だ。つい最近も食料などを運ぶついでにハンターたちを何名か送ったぞ。魔道士殿も送ってやろう 』
「 おお、それは助かるかも! じゃあ明後日の朝お願いします。物資と私とリディアさんを運んでほしい。甘えついでに――今からすぐ治療院まで送ってくれない? 」
『 承知した 』
龍さんがナゼここまで協力的なのか――少々疑問を感じる時もあるのだが、呪いの痛みを和らげる効果のある神剣を貸与しているから、ギブアンドテイクのつもりなのかもしれない。
そもそも今回のミッションは神剣が必須なので、たとえ龍さんが何らかの理由で同行を拒んでも、神剣だけは一時的に返してもらうつもりでいた。
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◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
緑の海のような森の中で、昼下がりの光が【モンド寺院】の古びた石壁に柔らかく触れていた。
寺院はかつての栄光を失い今は廃墟と化しているが、その神秘的な美しさは今も変わらず訪れる者たちを魅了してやまない。
寺院の周囲では、王国軍兵士たちと騎士団が厳重な警戒をしていた。彼らの鎧は日差しを反射して輝き、剣や槍は常に敵の襲撃に備えている。
しかしこの日も平和そのもので、兵士たちの間には和やかな雰囲気が流れていた。
そんな中、数名のハンターたちが寺院の影で静かに動いている。彼らは王国軍とは異なる、もっと自由な立場で森の秩序を守るために活動している。ハンターたちは王国軍兵士たちの補助をしつつ、寺院の周囲に潜む危険から近隣の村人を守るため警戒に当たっていた。
ハンターの一人――、剣士ガレスが古木の陰から寺院を見つめている。彼の目は鋭く、どんな小さな動きも見逃さない。彼の耳は森の囁きを聞き分け、風の中に混じる異変の兆しを察知する。彼らハンターの存在があるからこそ、王国軍も騎士団も安心して任務に当たることができるのだ。
森の中の昼下がりは平和でありながらも、常に何かが起こりうる緊張感を孕んでいた。
モンド寺院の廃墟はただの石と草木に過ぎないが、そこに集う者たちにとっては人それぞれの意味を与えてくれる場所だった。
その意味の中心にいるのは、やはり主神の使徒である御子様だった。
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森の息吹が静まり返り、ガレスは自身の心臓の鼓動だけが耳に響いていた。
彼の目はモンド寺院の草に覆われた石壁を警戒深く見つめている。
一瞬風が止み、空気が重くなったかのように感じられた――
「 エリオン、リアナ 」
ガレスの声は小さく、しかし緊急を要するトーンで近くにいる二人に響いた。
「 何かがおかしい。突然魔力が渦巻き始めた・・・ 」
エリオンが剣を抜きながら近づき――「 ヤバそうか? 」と尋ねた。
「 言葉では説明しにくいが、この寺院全体が・・・ 」
ガレスは言葉を濁らせ周囲を見渡した。
「 突然生き返ったかのようだ・・・ 」
リアナも静かに頷き、杖をしっかりと握り直した。
「 確かに感じるわ。突然空気が変わった・・・封印されている存在が目覚めようとしているのかも・・・ 」
三人は互いに目を交わし無言の合意のもと、王国軍兵士が詰めている大型の天幕に向け駆け出した。
その瞬間――、不穏な囁きが風に乗って彼らの耳に届いた。
「 お、おい! あれを見ろ! 」
ガレスが寺院の入口を指差し叫んだ。
ガレスの指先に釣られ、エリオンとリアナも視線を投げる。
入口を警備している王国軍兵士たちも異変に気付いた様子で――右往左往していた。
そして次の瞬間、三人とも絶句することになった。
「 なっ!? まさか、あれは死霊魔道士か!? しかも2体! エレメンタルも従えているぞ 」
寺院入口から、至極当然のように魔物が外部に出てきたのだ。
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周囲にいたもう一組のパーティー四人も、エリオンたちの元へ急ぎ足で駆け寄ってきた。
「 お前たち! 俺が盾になる! 援護してくれっ!! 」
もう一組のパーティーリーダーであるカノン・ヘルベルが、力強くエリオンたちに呼びかけた。
「 なにを言う! 戦うつもりかカノンさん! 無駄死にするぞ! ここは軍と騎士団に任せ撤退するべきだ! 」
エリオンは即座にカノンの指示を否定する。
「 ダメだ! この依頼はハルノ様からの直々の依頼と言っても過言ではない。命を賭けるに値する! 俺たちはあの方に対し大きな恩義がある。今こそ、その恩を返す時! 協力してくれ! 」
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~数時間前~
~ライベルク王都~
「 いやぁ~悪いねぇ龍さん。しんどくなったら休憩しながらでもいいからね 」
『 あの程度の距離ならば疲れはせん 』
集合場所に設定した南門すぐ傍の平原に、龍さんと私とリディアさんはいた。
私たちが数日間過ごせるだけの食料と、兵士さんたちに差し入れするための――お酒やおつまみセットもある。
「 あ~その首の神剣、リディアさんに一時的に返却しといてね 」
「 承知、した。リディア、殿、受け取れい 」
龍さんが突然、私の頭の中に響かせたわけではなく、片言の日本語を地声で発声したように聞こえた。
「 うおっ! まさか、普通に話せるんかぁ! 」
「 ふっ、ある程度、習得するまで、苦労したがな 」
そう言いながら、龍さんは両手の指先の鋭い爪を器用に使い、ネックレスのように首に掛ける神剣を外し――リディアさんに手渡していた。
まるで神話のワンシーンのようだ。神龍が勇者に対し、伝説の武器を託しているかのように映った。
私には相変わらず日本語として聞こえているが、龍さんはウィン大陸語を学習し、会話が成立するところまで会得したようだった。
「 ハルノ様、ご確認なさいますか? 」
「 ああ、そうね 」
リディアさんから手渡された神剣の柄を握り、精神を集中させる。
『 ・・・現在結界モード発動中です。マスターの認識時間単位で、結界が自然融解するまで――残り約6時間です 』
「 え? えええーーー! ろ、6時間? ええっ!? 私の計算ではまだ30日くらい猶予があったはずなのに、何でえぇ!! 」
「 ハ、ハルノ様、それは一体・・・ 」リディアさんも困惑の表情を浮かべる。
「 どーなってんの? 絶対計算間違いとかじゃあないはず・・・いや驚いてる暇はないわ! 龍さん急いで! 前言撤回する! 休憩無し! 今すぐ飛んでちょうだい! 」
「 承知、した。では、背に――乗ってくれ 」




