第166話 プレゼンふたたび
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広域指定暴力団、西日本最大の勢力を誇る桜花会。
その頂点に立つ会長の実子であり、次期継承者と目される金光組組長――金光龍哲。
組の運営は本部長と若頭に託し、相談役兼顧問を引き連れ、広島の地に足を踏み入れていた。
かつての広島拳銃抗争事件はあまりにも有名で、映画シリーズ化もされるほどの話題を集めた。呉の内部抗争に端を発する血の粛清を含めれば、長きにわたり血で血を洗う抗争が続いていたことになる。
もちろん時代の影響も多分にあったのだろうが、伝え聞いた逸話はどれも壮絶で凄まじいものだった。
侠気に満ちた激しい生き様と死に様に、憧憬を覚えたものだ。
過去の事実に加え映画シリーズを観た影響なのかもしれないが、それ以外の明確な根拠もなく、広島の土地に根付く極道にほんの少し憧れを感じている自分に気付いた龍哲――
それ故か、車を降りる時に自嘲するような笑みを漏らしていた。
「 ここか? 」
「 出迎えはおりまへんね 」
顧問の八乙女は、無造作な態度で龍哲の呟きに応じた。
「 そらそうやろ。到着時刻を伝えとったわけとちゃうし 」
「 おい、到着を伝えてこい 」
金光龍哲が、後部扉を開け頭を下げ続けている――運転手の若中に指示を出した。
「 はい 」
▽
白凰組の応接間には、何とも言えない緊迫した空気が張り詰めていた。
部屋の壁際に白凰組の若中たちが直立しているのだが、息を呑む雰囲気に圧され、薄っすらと汗ばんでいる者もいた。
上座には形式上――龍哲が座っているが、白凰組若頭の姫野真也は、まるで場を支配するかのように黒革のソファに深く腰掛けていた。
「 それで――金光組の組長さんが、わざわざ広島くんだりまで来んさった目的は何ですかいの? 白凰組に何ぞ用がおありで? 」
「 まったく・・・しらこいな 」
凄もうとした隣の八乙女を片手で制し、龍哲が冷静に返事をし、続ける。
「 白凰組若頭、姫野はんが親父に会いに来たんは知っとる。一体親父とどんな取引をしてん? 兄貴の足が元通りになった謎を姫野はんやったら答えられる思てな 」
「 金光会長が実の息子さんのあなたにも話しとらん内容を、どうして他人のワシが話せると思うたんですか? 」
至って冷静に姫野が返事をする――
「 おいワレッ! 組長は桜花の次期会長やど! ちいと口の利き方に気ぃ付けんかい! 」
我慢できずについ――、といった様子で顧問の八乙女が凄んだ。
「 御言葉ですが、金光会長と白凰組の組長は兄弟分です。つまり組織図の中ではあなたの金光組と同格。一時的とはいえ、ワシも組長に代わってこの組を任されとる身じゃけえ、下手に遜るんは下のモンに示しがつかんのんですわ 」
「 ああ、よう解っとる。親父に聞いてもワシから話せることはあらへん言われてな。そやけど俺が勝手に調べる分には口は出さんとの事やった。つまり姫野はんとの間で、何らかの取り決めがあったから話せんと判断した。それで直接聞きに来たってわけや、悪いことは言わん教えてや 」
龍哲は八乙女とは対照的に、穏和な態度を崩さない。
「 龍哲さん――、ワシから真相を聞いてどうするつもりなんですか? 会長がダメなら龍志さんに直接お聞きになったらどうです? 」
「 もちろん兄貴にも聞いた。そやけどやっぱ話せんとの返事やった。一体何が起きとるんや? こんな摩訶不思議な事が身近で起こっとるんやど? 気にならん方が異常やろ? 」
「 ただの好奇心じゃ、ちゅーことですか? 」
「 ああ、最初は単なる好奇心やったな。そやけどつい最近、広島の病院内でも似たような事が起きたやろ? これも間違いなく姫野はん――あんたが絡んどる、ちゃうか? 」
「 もう一度逆にお聞きしますが、真相をワシから聞いた――その先にある画は何ですか? 」
「 姫野はんは親父に何かを売りつけたんやと俺は考えとる。そんで、姫野はんの手許にはそのブツがもう残っとらんと親父は考えとるようや。そやけど広島の病院の件で、実はまだまだブツが残っとるんとちゃうか思うてな 」
「 もしそうなら親父がソレに気付く前に確かめときたいと思うてな。なに――親父には俺から上手う伝えるから、姫野はんの立場が悪化することはあらへんと断言する。むしろ俺に協力したら、姫野はんのこの先はこれ以上あらへんほどに明るなるど! そやからそのブツの正体を俺にも教えてや 」
姫野は顎に手を当て、う~むと考え込んだ。
――単に金儲けの匂いを嗅ぎつけて広島まで来たんか? 兄貴の身体が完璧に治った謎を解明する為に、つまり好奇心を満たす為だけに来たわけやないのは確実じゃろうしな。
――兄の龍志さんは、元々桜花会の跡目には興味がなかったと聞いとる。じゃけど足が元通りになったことで意欲が湧いてきたっちゅー流れがあるかもしれん。次期会長として盤石じゃったはずの実弟の龍哲さんが、跡目争いに発展するのを懸念し先に動いたとも考えられる。
跡目争いに巻き込まれるんだけは嫌じゃ! 面倒くさい!
「 龍志さんは――、跡目についてはどういうスタンスなんですかね? 龍志さんとそのあたりの事を話すことはあるんですか? 」
「 おい! さっきから聞いてりゃ、組長の質問に答えんかい! 」
終始イライラしている八乙女が、またしても堪えきれずといった様子で声を荒げた。
「 もうええ八乙女。芝居はここまででええわ 」
諭すように制止した龍哲。それを聞いた八乙女は、突然険が取れた表情となった。
「 跡目争いを心配しとったのか? それについては心配無用や。兄貴は会長の座に興味はあらへん。もし興味を示したとしても俺は喜んでその座を譲るつもりや。俺はナンバー2でも構わんしな 」
――跡目争いの可能性が無いんじゃったら・・・これ以上ない価値ある取引相手になってくれるかもしれんな。
「 そうですか――、そんならワシじゃのうて本人を呼びましょう。ワシは単なる仲介役じゃけぇ 」
「 おい! 春乃さんを呼んでこい! 」姫野は、後ろに並ぶ若中の一人に向け指示を飛ばした。
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二日前の深夜こちらの世界に転移すると――、福岡の「 なまずの郷 」というユニークな名称の施設に出現した。そして光輪会に指示を出しピックアップを依頼し、翌日には小倉から新幹線に乗って広島入りしたのだ。
こちらに連れて来たのはリディアさんのみだ。
バルモアさんはラフィール村に残って引き続き村の警護をしてもらい、ルグリードさんとアンディスさん、そしてミラさんの三人は、片方の荷馬車に乗りフロト村まで戻って警護の任に就いてもらう手筈となった。
ちなみにジェラルドさんたち三人は、まだ目的を達成していない体で、領地内をメインに徘徊を暫く続けるそうだ。
先日は一度宇品港から転移し、数か月放置していた軽自動車をこちらに回収しておいた。
荒野のど真ん中で、時間の流れに取り残された車が静かに佇んでいたのを発見した時、思わず吹き出してしまった。
輝きを放っていたはずのそのボディは太陽の熱と荒野の風に晒され、砂が層のように被さり、かなりのボロボロ具合だった。若干ではあるがタイヤは空気を失っており、少し地面に沈んでいた。もちろんバッテリーは完全に死んでおり、エンジンは静寂の中で永遠の眠りについていたのだ。
そして今日――白凰組の客室でリディアさんと一緒にまったりしていると・・・突然組員の若者が部屋をノックし呼びにきたのだ。姫野さんが呼んでいるからと――
▽
応接間は静謐に包まれていた。扉を開けると、そこには二人の男性がソファに腰掛けていた。そのソファの後ろには若者が直立不動の姿勢で立っていた。彼らの存在感は圧倒的で、部屋の空気さえも支配しているようだった。対面するソファには姫野さんが深く腰掛けていた。
本日はいつになるかわからないが、客人が訪れると聞いていた。それ故私たちは客室で過ごしていたのだ。
この三人こそが来訪者の主であるに違いない。背後に控える若者は、おそらく運転手役なのだろう。
理由もわからぬまま呼び出された私は、とりあえず挨拶を試みた。
「 ど、どうも・・・って、どちら様でしょう? 」
ソファに深く座る二人組の片方は、鷹のように鋭い眼差しだった。その眼差しで私を一瞥する――
まるで何かを見透かされたような感覚に襲われた・・・
「 春乃さん。休んでたところ悪いな、まぁ座ってくれ! こちらは関西の金光組ちゅー組の組長さんで、金光龍哲さんじゃ。それからお隣が顧問の八乙女さんじゃわ。こちらは白凰の客分で春乃さんですわ。そしてこの外国人さんは春乃さんの護衛でリディアさんですわ 」
私たちは姫野さんの指示に従いソファに座った。その間も姫野さんは一人で紹介を続けていた。
「 白凰組の客分? この若い娘が? 」
「 ええ、この前は組に三億上納してもろうて、組としてもかなり潤いましたわ 」
関西の組長さんが怪訝な表情で疑問を口にし、姫野さんが得意気に返事をしていた。
「 さ、三億? この娘がか? 」
「 ええ、龍哲さんの疑問には――この春乃さんに直接答えてもらおう思うて呼んだんですわ。春乃さんがこのタイミングでたまたま白凰組に来とったんも、何かの縁かもしれんしなぁ 」
「 ちょっと待って姫野さん! この組長さんにはどこまで話してるんですか? 」
ある程度の流れを察し、私は口を挿んだ。
「 いや、まだ何も話しとらん。じゃけどこの龍哲さんを――会長もろとも早目に味方につけとった方が賢明じゃと判断したんじゃ。無論ワシの独断じゃけどなぁ~ 」
▽
とどのつまりは、この前霊薬二本を10億で買ってくれた会長さんの息子さんだそうで、私が現物を机の上に置いても、怪訝な表情を崩さず話半分も信じてはいない印象を受けた。
「 待て待て! 一体何の話をしよるんや? この瓶に入った液体を飲むと、どんな傷でも治るやと? 」
組長の金光龍哲さんは、開いた口が塞がらないといった様子で半ば呆れていた。
「 そうですよ。一本5億で販売しています。会長さんでいいのかな? 貴方のお父様には二本合わせて10億円で買い取ってもらいましたよ。そのうちの3億を仲介手数料って事でこの組に納めたってわけなんです 」
正直ボッタくりもボッタくりで、一本5億とかあまりにもふざけた売値設定で、軽く眩暈を覚えるほどだが、会長さんに実際5億で販売した以上――その息子さんにそれ以下で売るなんてことは間違ってもできない。もし売ってくれと希望されたら、最低5億を貫くしかない。
「 確かに兄貴の足は治っとったが、一体どういう事なんや・・・それに、あんたは何者なんや? 」
龍哲さんは威厳を保ちつつも困惑した状態だった。
まぁこれが正常な反応だと思う。もし話を聞いただけで心底信じる人がこちらの世界にいたら、それはもう奇人変人の域だろう。
「 白凰組にお世話になってる――ただの成人した女ですよ。もしご入用の際は姫野さんに仰ってください。一本5億。値引きは会長さんの手前基本できないです。もし会長さんが事前に御納得されるならば、ある程度の値引きも考えますがね。それが筋ってモンなんでしょう? 」
「 待て、待たんかい! 勝手に話を進めんといてや。まるで狐につままれたようや 」
龍哲さんも隣の八乙女さんというおじさんも、呆然とした表情を浮かべていた。
「 まぁ一つ言えることは――行き着く所まで行き着いた科学技術は、ソレ自体が魔法みたいなモノなんですよ。特にこの惑星の人類にとってはね 」
デュールさんからの受け売りを、いかにもな尤もらしい匂わせで、ニヤリとしながら発言してみた。
「 な、なんやそら? まさか未来からきた未来人とでも言うつもりか? 」
「 さぁどうでしょうかね? ただ最初に釘を刺しておきますが、力尽くで奪おうとかは考えないで下さいね。たとえば、もしこの部屋にいる全員が次の瞬間私を殺そうと襲い掛かってきても――ものの十秒もあれば、皆殺しにできるくらいの技量が私にはありますから 」
「 ・・・・・ 」
「 まぁとにかく、もしご購入頂けるのでしたら喜んでお売りしますので 」
「 ちょっと待ってや! あんたの言葉には嘘が無い・・・ホンマにあんた何者なんや? こんな女が、平和ボケしまくった日本に実際おるとは・・・ 」
――初めてお会いした時の白凰組組長さんと同じ反応だな~
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龍哲の目は信じられないと言わんばかりに見開かれ、一瞬の沈黙が部屋を支配していた。
女の言葉が真実であることを示す証拠がないにも関わらず、龍哲の直感は、女の言葉に嘘はないと告げていた。
女の存在は自分の世界観を根底から覆すものだった。ただの女性ではない。何か特別な存在――、日本のどこかに隠れていた神秘的な存在なのかもしれない・・・
女の瞳は自信に満ち溢れており、龍哲はその視線から目を逸らすことができなかった。女の存在が、自分の運命を左右するかもしれないという予感が――龍哲を捉えて離さなかった。




