第165話 密談の村広場
「 しかし・・・お前たちが無事で本当に良かった。わたくしだけではなかったのだな 」
ミラさんは感極まったように涙を零し、声を震わせながら続けた。
「 そしてこれから話すことをよく聞いてほしい。我々にとってはまさに星辰が揃った奇跡、神が微笑んだ奇跡なのだから 」
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ミラさんは私たちとの出会いまで遡り、時系列に沿って丁寧に説明していた。
私がデュールさんの使徒という事実を本気で信じているのかは不明だが、ジェラルドさんたちは「 ミラ様の言葉なら疑いようがない 」と言い放ち、意外なことに――私に対しても即座に膝を突いていた。
念のため「 もし確証が欲しいならフロト村に行ってみて! 村人全員を蘇生魔法で生き返らせたから、それがデュールさんからチカラを継承した証拠にはなるでしょ? 」と、真顔で伝えておいた。
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「 しかし伯爵を牽制する意図とかがあったのかもしれないけど――、ミラさんの存命を匂わしたのはヤバくない? 隠した方が良かったんじゃないんです? 」
私は至極真っ当な疑問をぶつけてみた。
やはり答えたのは、代表者とも言えるジェラルドさんだった。
「 使徒様、アルバレスの真の目的を御存じですか? 」
ジェラルドさんは質問に対し質問で返した。
「 真の目的? 」
「 はい。奴にとっての高邁なる野望は、「 久遠の塔 」を攻略し、封印されし究極魔法を入手することなのです。我がヴァレンティ公国を乗っ取ったのも、その為の第一歩に過ぎなかったと考えております 」
「 ですが、奴は初手で間違いを犯しました。それはヴァレンティの君主であられるガーラント様一族を皆殺しにしたことです。ナゼなら塔最上階の封印を解くカギは、ガーラント様が所持していたのであろう何らかのアイテムか知識が必要だ――と、大規模な調査で結論付けられたようですので 」
「 くおんの塔? 究極魔法? 」
――なんやねんその究極魔法って・・・正統派王道RPGに出てきそうな単語だわ。
「 はい。広大なタブラ砂漠に屹立する古代文明の遺跡です。かつての国境に最も近い城に大規模な兵を駐屯させているのも、その塔を攻略する為と言われております 」
「 伯爵経由の伝聞によれば、人海戦術で最上階手前までは踏破済、しかし最上階の扉を開けることができないのです。無理に突破しようとすれば彫像が動き出し、兵が皆殺しになるそうです。既に三百を超える兵士が犠牲になっており、ようやく中止を決断し今に至るそうですが 」
「 つまり一族の生き残りであるミラさんが、塔を攻略したいアルバレスに対して重要なファクターになるってことか・・・少なくとも塔の何かしらの情報を持っている可能性があると考えて? でもそれを伯爵に素直に教える意味は? 」
「 その前にミラさん――、お父様から何か聞いてるの? その塔の封印か何かを解くカギのことを 」
私に質問され、ミラさんは一瞬返答に窮していた。
「 い、いえ――あたしは何も聞かされてはおりません・・・見当も付かないです 」
ジェラルドさんがミラさんに対し、「 ミラ様に対し大変失礼な考察にはなりますが―― 」と前置きして続けた。
「 サリエリ本人も究極魔法を得たいと考えています。つまりサリエリにとっては、ミラ様の存在がアルバレスに反旗を翻す動機になり得るのです。封印を解く重要なカギを持つ可能性があるのですから 」
「 たとえミラ様に御自覚が無くても、生存しておられると確認されるだけで、サリエリに対する交渉材料となるのです 」
「 交渉? う~む、私バカなのでよくわからなくなってきたけど・・・つまり伯爵の陣営にミラさんを招き入れるかどうかして、アルバレスっていう王様に対抗するように仕向けるのが国を取り戻す近道だと言いたいんですか? つまり内ゲバって言うか同国内の内乱を扇動し、最終的にミラさんの陣営が漁夫の利を得るように動くのがベストって感じですか? 」
私は、「 漁夫の利 」って意味が通じるのかな? と思いながら発言してみた。
「 はい。ミラ様を手に入れたサリエリが実際どちらに動くかはまだ判断できませんが・・・あわよくばアルバレスを失脚させたいと――常日頃から夢想しているサリエリが、塔の所有権を持つアルバレスに反旗を翻し、究極魔法を得る為、重い腰を上げる可能性は非常に高いかと 」
「 どちらに動くか、ってのはどういう事? 」
「 アルバレスに対し、貢物にする可能性もゼロではないという意味です。そのあたりはまだ慎重に探る必要があるかと。とにかく今はまだ時期尚早です。サリエリに持ちかける前に、まずはミラ様の軍をサリエリと交渉できる規模にする必要がありますから 」
「 う~む・・・いまいちよくわかんないな。とにかく今はミラさんの反乱軍の規模を――サリエリの領軍と対峙することができるまでに増強したいってこと? 」
「 はい、その通りでございます。同じ規模とは言わないまでも、安易に手を出せない――と思わせる必要はあるかと。そして究極魔法を譲る条件を餌に、アルバレスを玉座から引き摺り下ろすのを手伝わせるのです。故に、サリエリを討つのは利用価値が無くなった最後でよいかと 」
「 いや待って待って! そもそも内乱になったら一般民衆が割を食うじゃん・・・たとえ国を取り戻せても、民衆に被害がでまくった後だったら本末転倒じゃん・・・ 」
「 御言葉ですが使徒ハルノ様――、革命を起こすならばある程度の犠牲はやむを得ません。もちろんソレを最小限に止める労力は、惜しまないつもりでおります 」
「 いやいや、私は承服できないわ。内乱なんて事態になったら、まずは生活資源の不足で民衆が経済的困難に陥るでしょ? 商業活動が停滞して仕事を失う人も絶対増えるやん・・・インフレが起こったりとかもあるかもだし 」
「 治安が悪化して盗賊とかも増えるでしょ? 結果、自分や家族の安全を守るために常に警戒を強いられるだろうし・・・ 」
頭の悪い私でもそれくらいは解る。
社会秩序の崩壊とまではいかないまでも、法律や規則が一部機能しなくなり、絶対に犯罪が増加する。
社会の階層が再編されて、予期せぬ新たな権力闘争が生まれることもあるかもしれない。
紛争は人々を――そしてコミュニティを分断する。
それは元地球の歴史、そして現在のアフガニスタンやパレスチナ、ロシアなどの国を見ていれば自然と解る。
「 それにミラさんの軍勢が充実するのをただ待つだけ? 国が兵を募るのとは根本が異なるでしょ? この国の政治に対する不満は星の数ほどあるらしいけど、でも声高に叫ぶことも許されず、隠れて兵を集めるのはきつくない? 」
ジェラルドさんがすかさず答える。
「 確かに仰る通りです。ですが今は――同じ志を持つ勇敢な同志を探し出し、愚直に勧誘していくしか道はないと思います 」
「 ふむぅ~、つまり・・・ 」
こっちにはとんでもない武力がありますよ!
私たちを敵に回すより、一緒にアルバレスを打倒しましょう! 代わりに究極魔法をお譲りします。
村人を虐殺したのは水に流しますから!
「 ――って感じで伯爵を唆し利用する作戦を、ジェラルドさんたちは考えてたわけね? 」
「 はい。その通りです 」
「 じゃあ――武力の増強って点は、自慢するようだけど本気の私が反乱軍に加わってるって宣伝すればよくない? 自分で言うのもホントにアレですけど、たぶん全力の私なら兵士1000人分くらいの武力に匹敵するんじゃない? 少なくともライベルクの騎士団団長にはそう言われたけど・・・それにリディアさんやバルモアさんもいるし 」
「 いえ、ハルさんなら万の軍をも凌駕すると思います 」
静かに聞いていたミラさんが付け加える。もちろん半分以上は、ミラさんの願望が含まれている気がするが。
続いてリディアさんが意見を述べた。
「 確かにハルノ様の真の力が解き放たれれば国境など意味を成さず、国ごとその手中に収めることだろう。そして忘れてはならない。ハルノ様は偉大なるデュール様の眷属にして、その威光を直に御受けになる存在。伯爵陣営に与することは、サリエリにとってただの同盟以上の意味を持つだろう。ハルノ様の存在そのものが大義となるのだから 」
ジェラルドさんたちは唖然としていた。
「 ――回復魔法や蘇生魔法だけでなく、それほどまでに攻撃力の高い魔法をも御持ちということですか・・・ 」
「 ええ、まぁ普通の属性魔法なら、無尽蔵に撃てるしね 」
「 む、無尽蔵・・・ 」
「 しかもその一つ一つが我々の常識を覆す火力だ。目の当たりにすれば、貴殿たちも腰を抜かすだろうな 」
リディアさんが不敵な笑みを浮かべ付け加えた。
「 う~む、確かに伯爵を討つことは一つの節目だったんだけど、今は慎重に行動する時――ってのはよく解ったわ。ならばまずライベルクに戻り、あちらの懸案事項を解決してからこっちの戦いに全力を注ぐべきかもねぇ 」




