第164話 ノブレスオブリージュ
緊張が、村全体を静かに包み込んでいた。
私の心臓は焦燥感で早鐘を打ち始めている。
「 ハルノ様、情報を得る為一人は生かし――、残りは排除でよいかと・・・ 」
リディアさんが低く、しかし緊迫した声で私の背後から囁いた。
「 うん―― 」
私は心ここにあらずといった様子で返事をした。しかし内心では混乱していた。
さてどうしたものか・・・
何でもかんでも口封じで殺害、という行為は流石にマズい。私とリディアさん、バルモアさんだけならば、力業でその都度切り抜けるのも吝かではない。だが今後の展開を考えると、ミラさんやルグリードさんたち、そして近隣の村々への影響は必至なので、殺害という行為は軽率過ぎる。
そもそも眼前のこの人たちは罪を犯しているわけではない。たとえこの国の王や伯爵と同類の悪人であったとしても、ただ村を視察に来ただけの相手を、邪魔だからと一方的に攻撃するのはダメだ。そんなことをすればむしろこっちが悪だろう。
「 あぁ、安心してくれたまえ。貴女たちがミラ様の従者であるということは既に調べがついている。わたしの名はジェラルド・ガバリー。現在は、表向きバーニシア領主であるサリエリの配下に甘んじている。ジェラルドが現れたとお伝え頂ければ、ご理解頂けるはずだ 」
「 へっ? 」私は驚いて言葉を失った。
――ミラ様? 様を付けて呼んでる? 表向きは伯爵の配下?
まさか伯爵側に潜入していたスパイなのか?
ミラさんの配下なの? でも――それならば事前に私へ伝えているはず。
そんな重要な情報を私に伝えないなんてあり得ない。つまりミラさんは、この男たちが伯爵の下にいることを知らないはずだ。
「 どうやら相当な確信があるみたいですね。ミラさんと・・・どういう関係です? 」
「 警戒するのも無理はない、が――とにかくジェラルドが来たとお伝え頂ければ良いのだ 」
ジェラルドと名乗った男性の身なりは洗練されており、鋭い眼差しは何事にも動じないような冷静さを湛えていた。
――ミラさんを誘き出すためのブラフ、ってわけじゃなさそうだけど・・・
「 とりあえずミラさんを呼ぶわ。ただし警告しておきますが、何かおかしな真似をしたら即座に攻撃しますからね? 」
私は右手を上げ、屋根の上に身を隠すバルモアさんへ合図を送った。
会話を聞いているであろうバルモアさんならば、私の意図を即座に理解するはずだ。私たちは常日頃から、ある程度の合図を共有しているのだから。
「 その忠誠心は称賛に値する。だが心配無用だ。我らが忠義を尽くすべき主君は、ミラ様以外に考えられないのだから 」
▽
頭部をフードで覆ったミラさんが、訝しみながら広場に姿を現した。
片手で少しフードを掻き上げ、私を一瞥したあと、奥に控える三人の男性を順に見遣った。
「 ジェ、ジェラルド・・・ 」
ミラさんは声を詰まらせ、突然フードを取り払い頭部を露わにした。
「 ミラ様! お久しぶりでございます! 【ジェラルド・ガバリー】、【アルベルト・クリウス】、【エルドリック・ヴァレオン】、我々はこの身が朽ち果てるその日までミラ様のために剣を振ることを誓います。我々の絆は、星々が天から落ちるその時まで永遠に続くことをここに誓います! 」
ジェラルドと名乗る男性と彼の両脇に立つ二人の男性は、壮大な言葉を投げかけながら同時に膝をつき頭を垂れた。
「 どうして・・・ 」
ミラさんは驚愕に満ちた表情で固まっていた――
三人の男性はゆっくりと立ち上がり、ジェラルドが穏やかに話し始めた。
「 実は、ミラ様が御存命なのはかなり以前から承知しておりました。そしてレジスタンスとして活動なさっている事も。ですがミラ様の身を案じ接触することは避けておりました。我らヴァレンティ騎士団の生き残りは、身分を偽りバーニシア領において兵士として潜伏し、これまで機を窺っておりました 」
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▽
どうやら彼らは、亡国の騎士団メンバーだったらしい。
つまり、かつての君主であるミラさん一族の忠実な配下であり、その忠節は今も健在のようだ。
本人たちが言うように、機を窺いながらバーニシア領地で兵士として生活していたらしい。
ジェラルドさんたちは長期的な戦略を駆使し、現国王アルバレスを殊の外煙たがっている――バーニシア領主サリエリに取り入ってるらしく、今のところその計画は上手くいっているとの事だった。
ミラさんの動向には常に注意を払っていたが、接触するにはまだ早いと判断し、辛抱強く待っていたそうだ。
しかしそうも言っていられない事態が発生してしまった。それは、サリエリ伯爵の指令によるフロト村での虐殺が発生したためだ。
「 我らの力及ばず――、フロト村襲撃を阻止することができず、深くお詫び申し上げます・・・ 」
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「 そして第二第三の被害をこれ以上出させないようにと、王都ルベナスに滞在していた時でございました。信じられないことに――、ミラ様がまるで冒険者のような出で立ちで街中を闊歩されておるのを目撃致しまして、失礼ながら調査を行いました 」
「 調査? 」
ミラさんが目を丸くして反応する。
私たちは、ミラさんと彼らのやり取りを静かに見守っていた。
「 はい、その結果――、ミラ様が実行役どもを特定する為に動いていると確信致しました。そして我らが情報をそれとなくお与えしようかと躊躇っていた矢先、既に実行役どもの首領と接触しているところまでは確認致しましたが・・・我らの期限が迫りバーニシア領に戻らざるを得ない状況に陥りまして、断腸の思いで王都を後にしたのです 」
「 帰還した我らは今後の展開に重要な布石となる可能性が高いと考え、サリエリにはできる限りの真実を報告しました。ミラ様生存の可能性を示唆し、強く印象付けることに成功しております 」
「 ですが・・・生き馬の目を抜く狡猾な冒険者どもの餌食になっているのではないか――と、気が気でなかった我らは、数日後、王都に戻り調査を再開しました。そしてさらに数日後――、実行役どもがことごとく殺害されているのを確認したというわけです 」
「 そして次にミラ様が攻め込むのは――間違いなくバーニシア領だと予測し、ミラ様をお止めする為、罷り越した次第にございます 」
「 わたくしを止める? 」
ミラさんは未だに衝撃を受けている様子だった。それほどまでに元騎士団との邂逅は特別で、ある意味あり得ない事柄なのだろうか?
「 はい。今はまだサリエリを討つべきではありません 」
「 なんで? 」
たまらず私が疑問を呈した。
ジェラルドさんが私の正面に向き直る。
「 まずは政治的な安定性だ。サリエリが西側自領地を支配していることで、アルバレスの東側支配が相対的に安定している傾向があるのは否めない。サリエリを討伐することは、国内の政治的な不安定要因を増加させる可能性がある。さらに、サリエリ討伐を果たしたのがレジスタンス組織だと断定されれば、手段を選ばないアルバレスのことだ――、最悪民を巻き込み大規模な粛清を始めるかもしれない 」
「 二つ目は軍事力の乏しさだ。領地を守る領軍は強大だ。ミラ様の組織が冒険者どもを殲滅した手際は見事という他ない、だがサリエリの領軍は全く別の次元だ。このまま正面切ってぶつかるよりも、もっと軍事的な準備を整えてから時機を待つ方がよい 」
「 なるほど・・・御尤もだわね 」
「 それにサリエリの首だけでよいのならば、わざわざミラ様が攻め込む必要はない。我らが寝首を掻けばよい。それ自体は容易い。その後、確実に命を落とすことにはなるだろうがな 」
「 ふむぅ~、確かに 」
私に対し理路整然と説明したジェラルドさんは、再びミラさんを見据えた。
「 ミラ様、今はまだ時期尚早です。アルバレスの廃位を狙うのであれば、不本意ではありましょうが――サリエリは殺さずアルバレスに対する駒として最大限利用するのが最善策かと・・・安寧秩序の回復、貧困の撲滅を宿願とするのは我らも同じです。我らもかつての貴族、高貴なる者の義務があります。臣民に対する還元の義務があるのです 」
「 ミラ様の御存命、そしてこの度の冒険者ども殲滅の事実により、サリエリはこれ以上レジスタンスを刺激するのは得策ではないと考えているハズです。故に、当面は近隣の臣民がこれ以上犠牲になることはないハズです。それにもし有事の際には――、我らが命に代えましても全力で阻止します。その点はご安心ください 」
「 しかしミラ様、他の配下の者たちは? まだ合流していないだけでしょうか? 」
ジェラルドさんは周囲を見渡しながら、不思議そうに疑問を投げかけた。
「 い、いや――人員はわたくしたちだけだ 」
「 え? 」
「 それに最初にハッキリさせておくが、こちらのハルノ様は・・・ 」
ミラさんはそこまで口にすると、先を言っていいか? という目配せを私にしてきた。
私は即座に首を縦に振った。もはや隠す必要もない。ジェラルドさんたちは間違いなくこちら側の人間だからだ。
「 ハルノ様はデュール神様の使徒様なのだ。我々も正面切って刃を交えようとは考えていない。だがたとえ正面でぶつかったとしても――ハルノ様が御助力してくださる限り、万の軍も相手にはならないだろう 」
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「 ええっ?! 」
ジェラルドさんたち三人は、ミラさんが発した言葉の意味が即座に理解できなかったようで、浸透するまで十数秒掛かってしまった様子だった――




