第162話 移動手段
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扉を開けると鈴の音が鳴り響いた。
「 いらっしゃいませ~ 」
「 どうもマリア嬢。今日も買い出しに来たのだが、いいかな? 」
ここ数日ですっかり常連になったエリオンは、片手を軽く上げ挨拶をした。
店主マリアも即座にそれに応えた。「 ええ、もちろんですよ! 」
ここ数日の間にほぼ毎日この店に顔を出し、何かしらの商品を必ず購入していた。
一通りの商品は購入済だった。
もちろんその全てを自分たちで使用したり、消費する目的で購入したわけではない。
本国に持ち帰るサンプルとして購入した品々が、かなりの数、宿屋の部屋に並べられていた。
宿屋の主人や使用人には袖の下をたっぷりと渡し、自分たちが留守の間は部屋の荷物を見張らせるという徹底ぶりだった。
エリオンは懐に片手を差し入れ、金貨の詰まった袋の感触を確かめた。
本国が自分たちに持たせてくれた資金はかなり潤沢だった。この国の金貨ではないのは一目瞭然だが、この店の店主であるマリア嬢は、その金貨の真贋を疑う素振りを今までただの一度も見せなかった。
当初は「 確かめる術がないのか? 」という印象も受けたが、デュール様の使徒様がオーナーの店なのだ、雇われ店長とはいえその使徒様から全幅の信頼を寄せられ任されている人物であり、金貨の真贋程度を見極められないはずがないと考えていた。
「 今日はどういった品をお探しですか? 」
ニコニコと柔和な微笑みで、マリア嬢が接客してくれた。
他の店で店員に声を掛けられた場合、正直面倒だなと感じてしまうエリオンだが、マリア嬢に対してはそういった負の感情を持ったことは一度もなかった。
むしろ声をかけられるのを待っている自分に気づいた――
「 暫くこの王都を離れることになるかもしれん、念のため長旅で重宝しそうな物資を補充しておこうと思ってな 」
「 え? もう拠点を移されるんですか? 」
マリア嬢の表情が曇った。それを確認したエリオンの胸中には得も言われぬ高揚感があった。
「 いや違う、依頼を受ける予定なのだ。決定すれば王都より西に数日かけて移動しなければならなくなる 」
「 あっ! もしかしてモンド寺院の依頼ですか? 」
「 そうだ、よくわかったな 」
そう言いながら、使徒様の従者であればすぐに思い当たるだろう――とエリオンは即座に納得した。
「 はい、あの依頼に従事する方にはご協力するようにと仰せつかっておりますので 」
「 当初は王国軍のみで監視を行う予定だったのですが、ハルノ様の御助言によりハンター組合にも依頼が出されたと聞いております 」
「 監視? 何らかの封印が弱まりつつあるとは聞いているが、使徒様が自ら御指示を出されたということは、封印されている対象はかなり危険な存在なのか? 」
「 詳細は存じ上げておりませんが、ハルノ様は常に気にかけておられましたね 」
「 そうか―― 」
▽
3人はお見送りをしてくれたマリア嬢と店舗前で警備している王国軍兵士に軽く会釈をした後、マリアの店を後にした。
買い物を済ませ十分な物資を補充したのだ。
透明で弾力のある不思議な容器に入った飲料水。カンヅメと呼ばれる長期保存食。湯煎するだけで食べられる調理済みの食料の数々。
更にリアナがハマっている「 チョコレート 」や「 カキノタネ 」、そしてなんと言っても「 ポテトチップス 」
チョコレートは熱に弱い為、以前購入した「 ひんやりボックス 」という商品名の保存箱に入れて運ぶ予定だ。
使徒ハルノ様も「 ポテトチップス 」は好物らしい。ハルノ様は「 コイケヤ 」という人物が作った「 ポテトチップス 」が最高だと公言されているそうで、その影響か「 コイケヤ製のポテトチップス 」は常に品薄状態で、特に今は長い間売り切れているらしい。
ちなみにハルノ様の好物は他にもあるそうで、その中でも入手困難な「 モンジロウイカ 」という串に刺さった乾物があるそうなのだが、常に売り切れ状態でエリオンたちは未だ見たことすらなかった。
透明でペラペラながら刃を通さない小型盾。仕留めた獲物を捌く為の切れ味抜群の小型ナイフ。方位磁石や魔道具のランタンなどは、以前購入済みのモノを持って行く予定だ。今日は一切追加購入していない。
――あとは移動手段の確保だ。
西方に拡がる森までは、かなりざっくりとした目安ではあるが、徒歩で二日ほどかかる。
通常の馬車でも徒歩と大差なく、同じぐらいの時間が掛かるようだ。同じ二頭立てでも鍛えられた軍馬を使えば荷物の量にもよるが時間をもっと短縮できるだろう。
四頭立ては目立ちすぎて経費も跳ね上がる、それに劇的にスピードアップするわけではないので選択肢からは外れている。
「 荷物が多いから徒歩は論外だな。やはり貸し馬車屋で一台借りるとするか、だが日数がなぁ・・・トータルでかなりの金額になるぞ 」
エリオンは懐に隠している金貨の小袋を片手で掴みながら呟いた。この動作はもはや癖になっていた。
資金は潤沢だが、決して湯水の如く使っていいわけではない。
平民出のエリオンたちは、大金を使うたび幼い頃の貧しい記憶が蘇る。
その影響か――、気が大きくなり浪費しそうになる度に抑止力となっている。
「 元々遠征依頼は受けないつもりだったから、支給される移動費が少額だったら想定外の出費になるかも。でも貸し馬車で行くしかないよね・・・ 」
「 確かに長期になると馬車の賃料を全て負担してはくれないだろうからな。明日もう一度、そのあたりの詳細を組合本部に確認しに行こう 」
「 うん 」
「 それとリアナ・・・いつハルノ様にお会いしてもいいように、身を清めるのを忘れるな! その為の出費はケチるなよ 」
「 わかってるわよ・・・ 」リアナは僅かに頬を紅潮させて答えた。
▽
貸し馬車の件はとりあえず保留とし、宿屋に戻ろうと歩き出した時だった。
人々の声が交錯する中、突如として周囲が静まり返った。
!!!
一瞬にして日差しが失われ、まるで夜が訪れたかのように暗闇が辺りを包み込んだ。
エリオンたちが何事かと顔を上げたその時、信じがたい光景を目撃した。
空を覆うのは巨大な影だった。その影は、まるで天をも裂くかのような勢いで飛翔する龍だった。
その巨大な体躯は太陽の光を吸い込み、翼は風を切り裂きながら威風堂々と空を支配していた。
通常ならば龍が通り過ぎるところを目撃なんぞすれば、人々は畏怖の念を抱きその壮大な姿に目を奪われて然るべきなのに、街の人々の反応は薄かった。
「 これは噂の、あの真龍か? こんな街中で・・・ 」
「 使徒ハルノ様が使役するという・・・噂には聞いていたけど実際目の当たりにすると凄いね 」
「 ・・・・・ 」
この異常な光景にも、剣士ガレスの反応だけは街の人々と同じく薄かった。
一条の光が再び地上に差し込むと、商店街は何事もなかったかのような空気に戻った。
3人とも心の中で感じていた。今目撃したのはただの現象ではなく、この王都に訪れた伝説の瞬間であると・・・
街の人々はもはや当たり前の光景すぎて、ただただ慣れているだけなのかもしれない。
▽
▽
~翌日~
~王都街・ハンター組合本部~
賑やかなホールを抜けると、受付のカウンターにはハンターたちが集まっていた。
受付嬢は依頼書を手に持ちながら、前に立つエリオンたちに向かって説明していた。
「 この依頼は遠方の支援任務ですから移動費も支給されます。馬車チケットは軍発行で一枚支給されます。つまりその一枚で約十日分の賃料が相殺されます。任務期間七日で帰還した場合、自己負担はせいぜい一~二日分に収まるでしょう。もし任務期間を延長された場合は、追加チケットの支給も検討されますよ 」
「 なるほどな、十日分とはなかなか太っ腹だな。昨日聞いておくべきだった内容だが、まだ本決めしたわけじゃなかったんでな、手間を掛けさせてしまった 」
「 いえ、で――どうされますか? 受けられますか? 」
「 ああ、もちろんだ。よろしく頼む 」
その時、重厚な足音が近づいてきた。
隻眼の中年男性が、エリオンたちの会話に耳を傾けながら通りかかった。
彼の威厳ある姿は歴戦の戦士そのものだった。
「 モンド寺院か? 」
隻眼の戦士が無遠慮に受付嬢に質問した。
「 あっ組合長! はいそうです。こちらの方たちが受けると 」
「 そうか――、この依頼は意外と受けるヤツが少なくてな、間接的ではあるが聖女様からの依頼だ。くれぐれもよろしく頼むぞ。軍関係者にも失礼のないようにな 」
エリオンたちは「 このおっさんが組合長だったのか 」と面喰いながらも、咄嗟に襟を正し「 はい、了解です 」と返答した。
その時だった。
ホールの壁が震えまるで建物が軋むほどの轟音が、組合長との会話を突如として打ち消した。
組合長は顔をしかめながらも天井を見上げた。エリオンたちは一瞬にして身を凍らせる。
「 ああ心配するな。真龍殿だろう、咆哮で知らせてくれているんだ。悪いがちょっと行ってくる 」
そう言って、組合長はそそくさと出入り口に向かって走り出した。
――りゅ、龍? 昨日見た、ハルノ様が使役するという真龍のことか?
龍の咆哮?
どうやら怒りや威嚇ではなく、王者の威厳を湛えた咆哮だった。それはエリオンたちがこれまでに聞いたどんな咆哮よりも力強く、遥かなる古の力を思い起こさせるものだった。
超ド級のモンスターの、これまた超ド級の咆哮だ。にもかかわらず周りの者たちは一瞬ビクッとはしたものの、すぐに平静を取り戻していた。
エリオンたちにとっては異常な状況だ。
普通姿は見えなくとも、いや見えないからこそあんな咆哮を聞いた日には、パニック状態に陥って蜂の巣をつついたような騒ぎになるのが必然だ。騒ぎになっていない方が異常なのだ。
だがこれがこの王都の日常であり、特に驚くべきことでもないのだろうか――
▽
「 お~い、お前たち! モンド寺院の依頼を受けたお前たち! ちょっと外に出てきてくれ 」
出て行ったはずの組合長が、出入り口から顔を覗かせカウンターに向かってバカでかい大声で叫んでいた。
エリオンたち3人は顔を見合わせ、念のため武器を手に取った。目には恐怖ではなく困惑の色が宿っていた。
「 一体何なんだ・・・リアナ、ガレス、とにかく行くぞ 」
3人は足早に出入り口に向かった。
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3人は躊躇いながらも外へと足を踏み出した。
抜けるような青空を見上げると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
巨大な真龍が、まるで空中に王座を構えるかのようにホバリングしていた。
「 なっ!? く、組合長、これは一体・・ 」
龍の肢体は日光を反射して煌めき、不気味な色で輝いていた。長く伸びた尾は空中で優雅に波打ち、そのたびに風が生まれ3人の髪を揺らした。
真龍の目は深い知識と古の力を秘めた宝石のように、静かに――エリオンたちを見つめていた。
神秘的で圧倒的な存在感を放っている。
「 他でもない。真龍殿が明日物資を届ける為に西の森まで飛ぶそうだ。これはちょうどいいと思いお前たちのことを話すと、背に乗せてやってもいいと言われておってな。お前たちさえ良ければだが甘えてみてはどうだ? 」
「 え? ええぇー! 真龍の背に乗って移動しろ、と申されているのか・・・? 」
「 ああ、その通りだ。この王都では珍しいことではないぞ。お前たちは運がいい 」
組合長の表情は至って真剣だった。
「 い、いや、ちょっと待ってくれ! 「 言われておってな 」って・・・組合長は龍言語が理解できるのか? 」
「 いやいや俺ではない! 真龍殿が我らの言語を学習されたのだ。俺には仕組みなど詳しいことはわからんが、こう見えてこの真龍殿は勤勉なのだよ 」
『 こう見えてとは、どういう、意味だ? 』
「 ああいや・・・これは失敬 」
組合長は本気で焦っていた。
『 まあよい。ハンターたちよ――、明日の同じ刻に、ここで、待て 』
たどたどしいがハッキリとした口調で真龍がエリオンたちに話しかけた。
「 え? は、はい―― 」
「 有無を言わさずか! 」と本当は叫びたかったが、真龍の圧に押され気づいたら承諾の返事をしていたエリオンだった――
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