第161話 説得
「 ちょっと待ってくださいよ! そこまで正直に現状を話してくれたってことは、少なくともわたしたちを信じてくれたからじゃないんです? 」
「 ぼ、僕たちの一族は、真実を、語ることの、重要性を理解している。それは、単なる道徳的な、義務以上のもの。僕たちにとって、真実は生きる力、そして精神を形作る基盤―― 」
「 し、真実がなければ信頼もなく、信頼がなければ共同体も成り立たないと、考えていた。だからこそ、真実を、は、話した 」
「 つ、つまり、外部の者たちを信じたからではない。一族が代々受け継いできた、信念に基づいている。真実を共有することで、絆を深め、一族としての力を、は、育む 」
「 一族に、とって、真実は、ただの言葉以上の意味を持つんだ。それは、僕たちの心を繋ぎ、運命を共にする約束なんだ―― 」
私の問いかけに、たどたどしい声で長々と答えてくれたのだが・・・
正直、何を言っているのか――半分ほどは理解できない!
ただ――真実を語ることと、一族以外の対象を信用することは必ずしも連動しているわけじゃないと言いたいのだろう。
「 ご、ごめんなさい。正直、言ってることの半分以上がよくわかりませんけど・・・でも、あなたたち一族が嘘をついたり誤魔化したりするのを嫌う傾向ってのは、何となくだけど理解できたわ 」
兄の瞳には長い年月を生き抜いた――深い悲しみと恐怖が宿っているようだった。
声には決意が込められていた。だが震えも隠せていない。
「 そ、外の世界は、危険で溢れている。僕たちの存在は、争いの元、なんだ 」
私たちは彼らの前に立ち尽くし優しく説得を試みているわけだが・・・感触はすこぶる悪い。
「 私たちはあなた方を傷つけるつもりはありませんよ? 一緒に村まで行きましょう。少なくともここよりはマシなはずです 」
しかし彼は首を横に振り、妹の手を握りしめた。
「 な、何度も、言わせないでくれ。他の種族は、信じられない 」
「 じゃあ――、私がデュール神に選ばれた使徒だと言ったら? あなたたち一族の慣習に敬意を払って私も真実を話すことにするわ。実は私デュール神の使徒なんです 」
「 私はデュール神から与えられた――異常な魔法の数々が使える。治癒魔法や蘇生魔法もその一つ。それが証拠になると思うのだけれど・・・さっきのアンデッドとの戦闘を観戦してたんじゃないんです? 私の魔法もその眼で見たはずだけど 」
「 た、確かに――あれほどの威力の、魔法を、無詠唱で、は、発動していた。あの異常なまでの結界も・・・音声コマンドも無、無しに・・・ 」
――音声コマンド?
この前ライベルク王国宮廷魔道士団の団長であるオーレインさんから、立ち話ではあったが魔法の講義を軽く受けたことを思い出した。私が無詠唱について説明を求めた為だ。
この世界では、大気は単なる空気ではなく魔法学上では「 エーテル 」と呼ばれる魔力で満ちていると言っていた。
エーテルは私の眼には見えないが、すべての生物、物質、さらには思考や感情にまで影響を及ぼす普遍的な力であり、魔道士たちはこのエーテルを操ることで、現実世界に奇跡を起こすことができるらしい。
エーテルは「 エネルギーの海 」とも言える存在で、その中には無限の可能性が秘められている。魔道士たちは特定の詠唱――すなわち音声コマンドを用い、このエネルギーの海から必要なエネルギーを引き出すと言うのだ。
詠唱はエーテルの波動と同調するための鍵であり、正しい詠唱を行うことで魔道士はエーテルの流れを制御し、望む効果を生み出すことができるらしいのだ。
例えば炎属性魔法の場合、詠唱によってエーテルの中の熱エネルギーだけを引き寄せ、自らの意思で形を成す炎を生み出すことができるのだとか。
魔法の世界では、魔力でコーティングした意思と詠唱がエネルギーの源となり、逆に言えばその二つはセットであり必須なのだそうな。
確かに無詠唱は魔法技術の一つではあるらしいのだが、総じて威力がガタ落ちすることに加え、魔力消費が激しいといったデメリットが大きすぎて、習得している者でも緊急時以外はまず使用することがないらしいのだ。
そういった魔法学における基本の理から私は大きく逸脱している。そして私以外でも逸脱している存在はデュール神くらいらしい。
私の魔法を目の当たりにした人たちが、私の事を「 デュールさんの使徒 」と――簡単に信じてしまう理由はそのあたりにあると感じている。
・
・
・
「 い、いやダメだ! 信じることは、できない! ま、魔力を保有していないのに、強大な魔法が扱える、特別な存在なのは――認める。僕たちが、広い世界を知らないだけで、まだまだ、未知の種族は、存在するのだろう。だが、デュール様の使徒などと、し、信じられるわけがない! 」
頑なに拒否する兄、そして兄の背中に隠れる無言の妹、二人を守護する精霊・・・
しかしここまで強情だともはやなす術がない。
自身が差別を受けたくないのであれば、まずは自分自身が心を開かねばならないと思うのだが、それが容易にできないほどのトラウマがあるのだろう。
「 う~む・・・分かりました。無理強いしても逆効果だし村に戻ることにします。とりあえず食料を置いていきます。私たちの気持ちなんで気にせず食べてほしいです。リディアさん、紙に取り扱い方法を書いて簡単な説明書を作ってくれない? 」
「 説明とは、たとえば缶詰の開け方などでしょうか? 」
「 そうそう 」
「 御意 」
私は荷物の中から、缶詰やペットボトルの飲料水、ポテチなどのお菓子を取り出し岩盤の上にそっと置いた。
「 ほ、施しは、いらない! 飢えには、慣れている! 食べなくとも、魔力さえ吸収できれば、し、死ぬことはないの、だから 」
「 あ~、なるほどです。それでこの洞窟に住んでいたんですね。この辺りは魔力を含む特殊なハーブとかが生えてるんでしょ? でも、ちゃんと食物も食べた方がいいですよ。もちろん無理にとは言いませんが、置いておくので食べてください。調理しなくても食べれるモノに限られるから大したモノはありませんけど、もし良かったら―― 」
▽
「 じゃあマイルズさん、村に戻りましょう。もしあなた方も気が変わったら、ここを出てラフィール村に行ってください。何度も言うようですが身の安全は私が保障しますから 」
最後まで身を寄せ合って震えていた兄妹に同情しつつも、来た道を戻り洞窟を脱出したのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時の守人、最後の生き残りであるガロとオズマ。
・
・
突然――、自分たちのテリトリーに入り込んできた人族4人。遅れて侵入してきた3人は異常だった。
特にその中でも、あの黒い髪の女性はまるで異質な存在だった。あのような魔法は、何十年も生きてきたが見たこともない。
・
・
「 あっ! オズマ! 」
兄ガロが考え込んでいる隙に、妹オズマが兄の前からスルリと抜け出し、人族が地面に置いて帰った食料らしきモノに駆け寄った。
妹オズマは、3人組の内もう1人の長身女性が必死にしたためていた純白の紙を拾い上げた。漆黒の闇に戻った洞窟内でも、時の守人ならば難なく読むことができる。
兄ガロは純粋に驚いていた。妹が後生大事に抱える人形を置いてまで興味をそそられていることに・・・
その時、自分たちの寝床の方角から光が漏れていることに気づき、ガロとオズマは顔を見合わせ我に返ったのだった――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―――――――――――――――――――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
~ライベルク王国・王都街~
ハンター組合の扉が開く。
重たく開く音が静かな朝の空気を切り裂いた。
3人のハンター(男2人と女1人)が、目的を隠し持ちながら入口をくぐる。
彼らの足元には――、遠く異国の土を踏みしめた痕跡が未だ残っていた。
「 やはりあの依頼を受けるべきか・・・ 」
エリオンが低く呟くと、リアナは周囲を警戒しながら答えた。
「 ここで情報を集めながら使徒様の御帰還を待つ。でも今まで集めた情報によれば、いつ御帰還されるのか見当も付かない。ならばいっそアノ依頼を――でも入れ違いになる可能性も大きい 」
3人の視線は内部に飾られた数々の依頼書に向けられた。
壁一面には様々な報酬と危険が約束された仕事が並んでいる。
その中には、王国の辺境で発生した怪事件の調査や野獣の討伐など、彼らの興味を引くものもあった。
が、エリオンは依頼書の一つを迷わず手に取った。
「 これだな 」と、エリオンが言葉を切ると――リアナが肩越しに覗き込んだ。
「 唯一、使徒様が関わっているとされる依頼ね 」
―――――――――――――――――――
【通常依頼】廃墟モンド寺院において騎士団及び軍兵の補佐
依頼内容:廃墟と化したモンド寺院にて、騎士団及び軍兵の支援。何らかの封印が弱まりつつある可能性がある為、警戒を強化する必要があります。
任務詳細:騎士団及び軍兵と共に警戒態勢を敷く。魔物の活動に備え夜間の見回りを強化。ハルノ様からの下達による依頼である(2枚目の別紙参照)
報酬:金貨10枚(4人PT基準)、霊薬×10本、及び騎士団からの推薦状。馬車などの移動による経費は、一部について別途支給(査定あり)。
注意事項:高度な戦闘能力と魔法知識を有する者を優先。未知の危険に備え、常に警戒を怠らないこと。
依頼期限:到着後、即日より最低七日間
~2枚目~
神聖なる光の守護者たる者へ
我らが至高なる神の使徒様より、貴公に重大なる使命が与えられんことをここに告げる。
貴公がこの使命を果たすことにより、デュール神様の永遠の恩寵を受けんこととなるであろう。また、この勲功には相応の報酬を授けられん。
この依頼を受ける者は、受付にて名を記し、まずは王都より西に位置するラノール村へと足を運ぶべし。
神の光が貴公にありますように。
―――――――――――――――――――
「 確かに入れ違いになる可能性もあろうが・・・この依頼に関わっておけば、使徒様はもちろんこの国の騎士団や軍とも繋がりを持てるのは確実だろうな。問題は、どれほどの危険度か・・・ 」
う~む、と思案顔のエリオンに対しリアナが反応する。
「 急がば回れってやつね 」
「 ・・・・・ 」もう1人の仲間であるガレスは、終始無言のままだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
読んで頂きまして、ありがとうございました。




