第160話 時の守人
~約一時間後~
「 使徒様、この先に気配がございます 」
バルモアさんが立ち止まり、通路の先を指を差し静かに告げる。
「 やっぱ罠なんじゃ? 敢えて追跡させてるとしか思えないわね。バルモアさんを振り切るほどの能力を持ちながら、魔力ダダ漏れで逃走先がバレバレになってるなんて・・・矛盾してるわ 」
「 ヒヒッ! その通りですな―― 」
「 この先に三つの魔力があるのね? 」
「 はい 」
バルモアさんが即答する。
「 3対3か・・・ 」
「 1体は脆弱、1体は脅威を感じるほどではないですな。警戒すべきはやはり先のあの者だけかと、無論――俺は油断などしておりませんが、ヒヒヒッ 」
光源魔法を先へ先へと送りつつ、その後を三人が等間隔に離れて慎重に進む。
追撃の足音が洞窟内に響き渡っている。
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「 ヒイィ! 」という声が響く。
――うおっ! 子供やんか! しかもめっちゃビビってるやん。
追い詰められたと思われた敵の姿を捉えた時、私たちは一瞬にして放心状態に陥った。
そこにいたのは――
恐怖に震える子供のような存在二名と、横たわる成人(おそらく男性)一名だった。
彼らは私たちが近づくにつれてますます小さくなり、その瞳には純粋な恐怖が宿っていた。彼らは私たちが何者であるかを理解していないようだった。
その無垢な表情に、私は自らの行いを疑い始めた――
「 ハルノ様――、これは・・・ 」
リディアさんも日本刀の柄を握る手がわずかに震え、動揺しているように見えた。
この存在は本当に敵なのだろうか?
「 そ、それ以上近寄るならば――ぼ、僕は、僕の魔法で攻撃せざるを得ない! だ、だから、どうか、どうか僕たちに関わらないでくれっ! すぐに洞窟から出て行ってくれっ! 」
男の子のような存在は恐怖と焦燥を宿した瞳で、たどたどしい口調のまま懇願していた。
どうやら普通に意思の疎通はできるようだし、先手必勝、問答無用で攻撃しなければいけないような危険な存在には到底見えない。
「 リディアさん、バルモアさん、どう思う? 油断させるための演技とは思えないけど 」
「 ヒヒッ、確かにそうですな 」
「 はい。わたくしも――ただの怯えた子供たちにしか映りません 」
男の子の後ろに隠れているのは女の子か? かなり汚れたボロボロの――ぬいぐるみのような大きな人形を両手で抱えるように持っている。
「 攻撃されない限り、基本的に危害を加えるつもりはありませんよ? 私たちはこの洞窟に入ったっきりになってる村人を捜しに来ただけです。もしかしてその真横で寝てる人がマイルズさんなんじゃ? 」
「 それは誰なの? あなたたちの親御さん? ってかバルモアさんが魔力を感じるってことは――生きてるよね?」
横たわる成人男性を指差し、小刻みに震える男の子に質問する。
しかし男の子と言っても――頭は完全なる白髪で顔色もかなり青白い、まるで子供のまま老人になってしまったかのような存在だった。少なくとも通常の陸人族ではないだろう。
「 こ、この人は、洞窟の中で倒れてたから・・・安全なここまで運んだだけで、ぼ、僕たちが、何かしたわけじゃない! 本当に何もしていない! 」
男の子は焦りに焦って早口で捲し立てた。
「 やっぱマイルズさんなんじゃ? ってか運んだ? その小さな身体で? 」
「 そうだ! で、でも、運んだのは、僕が喚び出した精霊だ! 」
「 おおっ! 精霊召喚できるんですか!? とにかくそっちに行ってもいい? 私たちが用があるのはその倒れてる男性なのよ 」
「 ダ、ダメだ! そちらに、持って行くから――動くな! 」
「 わ、わかったわ。私たちはこれ以上進まないから安心して 」
老人のような男の子は、ブツブツとくぐもった声で何やら呪文のようなモノを呟き始めた。
「 守護獣召喚! 」
岩盤には瞬時に複雑な魔法陣が形成され青白い光が溢れ始めた。その中から透明で光り輝く神秘的な四足獣がゆっくりと浮かび上がってきた。
銀色の毛並みは自ら発光しているかのようで、その眼の煌めきは夜空に浮かぶ星々を想起させる。
「 おおっ! 凄いな! 」
召喚された獣は、倒れている男性の襟の裏あたりを器用にその大口で挟み、軽く跳躍し私の目の前に降り立った。
そして少々乱暴に岩盤の上に置いた――
「 うっ・・・ 」
やはり息はある。外傷は確認できないが意識が混濁している様子で、見ようによっては瀕死の状態にも映った。もしかして洞窟に侵入したあとに、蔓延していた病が発症したのだろうか?
「 あなたはマイルズさんですか? 大丈夫ですか? 」
跪き、仰向けの身体にそっと手を当て軽く揺すってみる。身体が熱い、やはり発症したのだろうか?
うううっ、と唸りはするが――しかめっ面のまま瞼は開かない。
「 とりあえず回復魔法をかけてみよう 」
「 全治療&状態異常回復! 」
▽
「 マイルズさん大丈夫ですか? 身体の異常は漏れなく私の回復魔法で治ってると思いますが 」
「 回復魔法? あなた方は一体――? 」
「 私は魔道士の春乃です。ラフィール村に立ち寄ったんですけど、この洞窟からマイルズさんが戻ってこないって聞いて、もしかしたら大変な事態になってるのかと思って救助に来たってわけです。ちなみに村には現在――、ミラ・リリー・ガーラント様も滞在していますよ 」
「 おお! ガーラント様の御付きの方々でしたか! もしや村の者たちも回復して下さったのですか? 」
「 ええ勿論です。皆さん元気になってますよ 」
「 それはそうと――、結局あなたたちは何者? この洞窟で何をしてるの? 」
元気になったマイルズさんを横目に、袋小路であろう通路の奥で未だ警戒心MAX状態のままこちらを窺う二人の子供に対し、できるだけ優しく問いかけた。
「 ほ、本当に、僕たちが目的ではないんだな? こ、この、洞窟に入ってきたのは――、本当にその村人が目的なんだな? 」
男の子は声を震わせながら返事をした――
後ろの女の子は相変わらずダンマリだった。
「 ええそうよ。そもそもあなたたちの存在すら知らなかったし、完全に興味本位で聞くんだけど、こんなトコで何してんの? 親御さんはドコ? 困ってる事があるなら私たちが力になるけど 」
「 僕たちは――、お前たちが【時の守人】と呼ぶ一族だ。りょ、両親はおろか、一族の生き残りは僕たち二人だけだ。今はこの洞窟に、す、住んでいる 」
「 え? ココに住んでんの? 時の守人? 」
「 バルモアさん聞いたことある? 」
「 はい、何かの文献で読んだ記憶がございますな。もし真実ならば出会うのは初でございますが・・・そもそも絶滅したと聞いて久しいですが 」
▽
聞き出した内容と、バルモアさんの知識をまとめるとこうだ――
【時の守人】は不老の種族でありながら不死ではないという矛盾を抱えているらしい。彼らは永遠の若さを保つことができるものの、肉体的な傷には依然として弱いそうだ。そのため彼らは怪我をすることを極端に恐れ、その恐怖は彼らの文化や魔法の使い方に深く影響を与えているのだそうな。ちなみに軽度重度に関わらず病気になることもないらしい。
彼らの種族では治癒魔法が最も尊ばれるが、回復系の魔法はナゼか習得できないという矛盾も抱えているそうだ。
彼らの種族は戦いを避けることに徹底しており、その知恵が重んじられるらしい。
王都北部に拡がる――広大な砂漠地帯をさらに北へと抜けた先にある秘境が集落だったそうだ。
砂漠には古代文明が建設したらしい巨大な塔が建っているらしく、元々はその塔を守護する一族だったらしい。
しかし命が有限である他の種族が、主にその不老の秘密を探る為、寿命を延ばす治療法や魔法技術の開発の為――、一人また一人と拉致し人体実験を強い殺害していたそうだ。
連綿と続く歴史の中で絶滅したとされる種族だが――、この兄妹は秘境の集落から逃げ出し、何十年もの間各地を彷徨いながら身を隠していたらしい。
「 マジか・・・え? 見た目は子供だけど一体何歳なの? 」
伏し目がちな兄が声を震わせながら答えた――
「 せ、正確な歳は忘れた。た、たぶん、六十年以上は彷徨っている・・・ 」
「 ろ、六十? 最低でも還暦やんか! これはとんだ失礼を・・・子供扱いしてごめんなさい 」
「 お、お、お前たちは、極めて利己的だ! 限りある命だからこそ、焦るのも、り、理解はできる。限りがあるからこそ、懸命に生きるのも、理解はできる。ほ、本来それは――美しい精神性なのだろう。だ、だが! だからと言って、僕たちを犠牲にしていい理由にはならない! 」
「 確かにおっしゃる通りだわ・・・不老を得るためにあなたたちを襲うなんて愚かな行為だわ 」
話を聞いた途端、子供だと思ってた存在が年老いた賢者のように見えてきた。
そして私は、彼の訴えにぐうの音も出なかった。
不老ゆえの苦悩を抱え、他の種族に利用されぬよう何十年も人目を避け――妹を守る為に隠れ続けていたのだろうか?
心中を察するに余りある・・・
自分でも気づかない内に頬に涙が伝っていた。
「 な、涙を流してくれるのか? だが、同情はいらない。早く出て行ってくれ! ぼ、僕たちも、見つかったからには、すぐにココを離れないといけない・・・ 」
「 ちょっと待って! そんな境遇を聞いて放っておけるわけないでしょう! 私たちと一緒にとりあえず近隣の村まで戻りましょう。私が連れて行けば絶対に迫害されたり被害を受ける事はありませんから 」
「 ほ、放っておいてくれ! 他種族は信用できないっ! そもそも、今この国は、暴君に支配されている。見つかれば確実に召し取られる。し、信用できるのは、デュール様だけだ・・・早く、早くココを離れないと―― 」
――何を隠そう私がそのデュール様の使徒なんです!
と、喉元まで言葉が上がってきたが飲み込んだ。
流れ的にこの真実を告げたところで、かなり胡散臭い印象しか与えられないと咄嗟に判断したのだった。




