第16話 王都街でお買い物
「 大変お待たせしました 」
そそくさと、カインズさんが荷馬車に乗り込んできた。
「 大丈夫でしたか? 手に入りました? 」
「 ええ、首尾よく入手致しました 」
「 カインズさんが懸念してた裏家業の人たちに目をつけられるかも? ってのは問題なさそうです? 」
「 恐らく――、それは問題ないかと 」
「 結構長いこと出てこなかったけど、どんなやり取りしてたんです? 」
「 核心的な部分は隠し、できるだけ真実を織り交ぜて話をした結果――、何とか購入できましてね。店主も納得していた様子でしたので、探りは入らないと思います。もし求める動機をはぐらかしていたら――売ってはもらえなかっただろうし、今頃探りを入れられて少々危険な状況になっていたかも・・・ 」
「 核心部分とは? 」
――息子さんを殺めるって部分だろうか?
「 ハルノ様と蘇生魔法の存在ですね。わたくしのことは承知していたようなので、息子の話もスムーズにできました。いよいよになったらそれ以上苦しまなくてもいいようにと、安楽死を与えるために使いたい・・・という動機にしておきましたが 」
「 ああ、なるほど・・・確かに自然な流れに聞こえますね 」
今まで出会った方たちの反応に鑑みると――
私の身を案じ蘇生魔法のくだりを隠したというよりは、真実を話してもどうせ信じてもらえないから――が正解だろう。
バカ正直に真実を話しても、胡散臭いと一蹴され、事態が悪化するだけだろう。
「 しかしながら口止め料も含め、法外な額を要求されましたよ・・・ 」
「 そ、そうですか・・・で――、決行は今夜ですか? 」
「 それなんですが・・・やはりライルにきちんと伝えた上で最終的に決めさせて頂こうかと 」
▽
もう夜もかなり深い時間に差し掛かっている。
カインズさんと即席パーティーのハンターたちが宿まで送ってくれた。
玄関先で丁寧にお礼を伝え宿内に入る――
睡眠毒薬を服用させ死亡させる――、からの蘇生魔法で復活
その実行はまた後日となりそうだ。
息子の意思は確認しなくとも分かり切っている、とは言っていたものの、やはりライル君ときちんと話し合い同意を得たいらしい。
正直、私には親心の繊細な機微まではわからない。
それにしてもお腹がペコペコで気分が悪い。
「 ハルノ殿! こんな遅くまでどこに行っておられたのですか!? さすがに心配しましたぞ! 」
大声で叫びながら、大隊長さんが階段を降りてきた。
すぐ後ろにアイメーヤさんもくっ付いている。
「 お、お叱りは、また後でお願いしたい・・・今はお腹が減って死にそうなので、マリアさんもお腹減ったでしょ? 」
「 ええ・・・そうですね 」
▽
皆でゾロゾロと宿屋の食堂へ移動してきた。
「 お客さん、残り物しかないけどいいですかね? 」
食堂で洗い物をしていた品の良さそうなおじさんが、申し訳なさそうに残念なお知らせを伝えてきた。
「 ええ、お腹に入れば何でもいいです・・・ 」
大隊長さんがテーブルを挟んで私の向かいに座り、グッと身を乗り出してきた。
「 食べながらでいいので聞いてください。陛下への謁見について手短にお話します 」
――なんでそんなに小声なんだろ?
▽
「 えー!? 三日後に連絡がくるんですか? 」
「 はい、ですので最長四日~六日くらいはこちらに滞在して頂くことになるかと! 」
「 う~ん、まぁそれは構わないんですけど・・・急だったとはいえ、やっぱり国のトップに会うとなると色々大変なんですね 」
「 そうですな。ところでハンターたちからの依頼の件はどうなったのですか? こんなに遅い時間まで一体何を・・・ 」
▽
「 だから! すぐに蘇生魔法で生き返らせるんですよ! 毒薬で死んでもらった後にね! 」
ブフゥォ!!!
アイメーヤさんは口に含んだ飲料を盛大に噴いた。
ガブガブと絶え間なく口に運んでいたとはいえ、なんつーステレオタイプな反応なんだろうか・・・
「 うわぁ! ちょ、ちょっとおー! 」
「 わわ!! す、すみません・・・い、いやしかし、病気を治すために一度故意に死亡させてすぐに蘇生するって! 非合法の毒薬も準備してって! 一体どうしたらそんな事に・・・ 」
「 うーん、話すと長くなるけど、まぁ蘇生後に――いや正確には前か・・・身体を正常な状態に戻すっていう蘇生魔法の副次的な効果があるんですよ。アイメーヤさんも生き返った後、サソリの毒が体内に残ってたとか――、血が足りなくて貧血で眩暈を起こしたりとか一切なかったでしょ? 」
「 た、確かに言われてみれば・・・あんなにも大量に出血してたはずなのに 」
大隊長さんもアイメーヤさんも頭を抱えていた。
「 騎士団としましては、非合法薬物の件は聞かなかったことにしますが・・・し、しかし治療法の意味がわからない! 治すために一度殺すって! もはや我々の常識を遥かに超越しており、凡人では理解不能ですな 」
――私だって理解不能だよ。
結果に対し絶対的自信があるのは、単純な理由だ。
上位概念的存在から、そういうモノだと説明を受けたから――
ただそれだけ・・・
▽
「 う~満足満足! もう食べられない! とりあえずお風呂に入って寝たいです。あ~私の求める水準のお風呂はないのかぁ。あ~そうだ! マリアさんにちょっとご相談があるんですが―― 」
「 はい? 何でしょう? 」
「 とりあえず後で私の部屋に来てもらえますか? 」
「 畏まりました 」
「 では大隊長さん、今日はもういいですかね? 」
「 はい、明日からは暫く自由に行動して頂いても構わないのですが・・・一応、長時間部屋を空ける際には事前にご連絡頂ければと。マリアは常にハルノ殿専属の侍女として動くようにな 」
「 はい、承知致しました 」
▽
「 失礼致します。ご相談とは何事でしょう? 」
開けておいた扉をノックし、マリアさんが入室してきた。
「 ごめんねわざわざ、実はさー下着の替えがないのよね。いい加減新しいのが欲しくってね。洗濯する暇さえなかったからさ。まぁ元々ズボラな方なんだけど流石に気持ち悪くなっちゃって・・・明日、歯ブラシ的な物とか~靴下や下着を買いたいんですけど、甘えちゃってもいいかな? 私さ~一文無しだからさ 」
「 お任せください! 明日ハルノ様にご満足して頂けるように精一杯ご案内させて頂きます! 」
「 うん・・いや、そんなに張り切ってもらうほどのことでもないんだけど、でもありがとうございます 」
完全なおのぼりさん状態に加え、私には看板の文字などが全く読めない。
案内役は必須だ。
そしてお財布を開いてくれる方も・・・
こちらに放り出されていきなりの怒涛展開だったこともあり、深く考えていなかったというか――、考える暇がなかったが、やはりお金を稼ぐ方法をきちんと考慮する必要があるかもしれない。
食べていくために定職に就く――、とはいかないまでも、何らかの商売で利益を得るのは必須かもしれない。
――ってか仕事といえば、ポータル探せって言われてるけど
一体ポータルって何なんだ?
そもそも、全く連絡してこないし・・・
▽
▽
今日は朝からマリアさんとデートだ。
少し肌寒いが、澄んだ朝の空気が肺や心臓の機能を促進させてくれる気がしていた。
「 朝からごめんなさいね。実は白状しますが、私どうやらこの国の文字が読み書きできないみたいなんですよね、なのでほんとに助かります 」
「 えええ? そうなんですか? 意外ですね・・・あの、わたし如きがおこがましいですが、もし良ければハルノ様がお暇な時にでも、ウィン大陸語の読み書きをお教えしますよ! 」
「 おお、是非是非お願いします! 」
商店街エリアを二人横に並んで歩いていた。
地球時間でいえば、午前9時前後っぽい雰囲気だった。
いくら王都街とはいえ、さすがにこの時間帯はまだ人の流れが疎らだった。
大通りに面しているのは宿屋や武器防具屋、規模の大きな飲食店などが目立つ。
だが一本裏に入ると、個人経営の飲食店らしき建物や、日用品を売っていると思われる雑貨店らしき小さな商店が目に付いた。
「 あのお店なんて良いんじゃないでしょうか? おそらく下着関係も売っているかと思われますが 」
マリアさんが指差す方向には、小さな雑貨屋さんっぽい商店があった。
▽
当たり前かもしれないが、現代日本で売っているような下着ではなかった。
何というか、薄手の短パンの様な物しかなかった。
勿論ブラなんてない。靴下的な物もなかった――
まぁ靴下は自分で作ろう。
とりあえずこれで十分だ。要は衛生的で清潔な下着の替えがあればいいのだ。
「 マリアさんありがとう。こんなに買ってもらって・・・ 」
「 いえ、お礼は大隊長様にお願い致します 」
日用品数点と下着七枚、そしてベトナムあたりの民族衣装風な――、爽やかな淡いブルーが際立つ上下を買って頂いた。
強いて言えば、チャイナドレスをもっとこうラフにしたような作りだった。
日用品と下着関係だけを買ってもらうつもりだったのだが、この服に対し軽い一目惚れを起こしてしまい、さらにマリアさんからも強く薦められたこともあり、ついつい甘えてしまった・・・
「 いや~この青い服気に入ったわー! ほんとにありがとう! 」
「 お気に召して頂けたようで何よりです! それはそうとハルノ様――、お昼ご飯はどうしましょう? 宿に戻って済ませますか? 」
「 う~ん、ご馳走になる立場なのでマリアさん決めてください 」
「 では、大通りに戻ってどこか店に入りましょう 」
▽
一際立派な食堂に入ろうとした時――
すぐ傍の裏路地へ続くのであろう小道の入り口で、たむろしている四人の子供たちが視界に入ってきた。
「 あの子たち――、あんなとこで何してるんだろ? 」
マリアさんは私の視線の先を追い、子供たちを一瞥すると、ふっと溜息をついた。
「 あれは多分孤児ではないかと・・・残飯を狙っているのかもしれませんね 」
「 孤児って・・・身寄りのない子供って意味だよね? 」
「 はい、左様でございます 」
確かにボロボロの衣類を身に纏い、ここからでは何歳くらいなのかは判然としないが――
のぞく手足は痩せ細っており、栄養状態はかなり悪そうだった。
「 何だか可哀想・・・何かしてあげられないかな? 」
率直に不憫に思った。
通り過ぎる人たちは見向きもしていない。
何とか力になれないだろうか?
たとえ偽善者と呼ばれようとも、「 やらない善よりはやる偽善 」の方が正しいのではないだろうか?
「 畏れながら御止めになった方がよろしいかもしれません。彼らの後ろには、さらに何十人もの同じ境遇の者たちがおります。目の前の彼らを一時的に手助けしても、やはり根本的な解決には至りませんので・・・彼らを真に救済するには国を動かす必要が出てくるかと。蘇生魔法を行使できるハルノ様ならば、ソレも可能かもしれませんね 」
「 う~む、確かになぁ。あの子たちと同じ境遇の子は何倍もいるのかもねぇ・・・でもたとえ自己満足だと言われようとも、目の前で苦しい思いをしている人にはできるだけ手を差し伸べたいのよね。でも、無一文の私が何言ってんだ! って感じにはなるんだろうけどね・・・傲慢な考え方なのかなぁ? 」




