第159話 寄り道ダンジョン その弐
「 学習能力の無いアンデッドめ! いつまで経っても同じ戦法しか使えないのか! 」
「 聖巨人の左腕! 」
ドガァアアア!!
インパクトの瞬間、巨大な衝撃波が空気を震わせ周囲が揺れるような感覚だった。
▽
殴っても殴っても復活する「 骨骨ジャイアントボール 」
1.アメーバ状の本体が触手を伸ばし、散乱した骨を掴み外殻を整える
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2.突進攻撃を仕掛けてくる
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3.聖巨人のストレートパンチで迎撃する
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4.外殻が砕け骨が散乱し、壁に激突する
↓
1.に戻る。の繰り返しだった。
もう何回目だろう?
「 この意思を感じさせない直線的なオートマチック攻撃・・・以前戦った伽藍洞の鎧騎士を思い出したわ 」
「 バルモアさん、風船は何個できた? 」
「 まだ二つですが、その分いろいろと鞄から拝借し詰め込んでおきましたぞ 」
風属性魔法で創り上げた空気膜風船が二個、バルモアさんの周囲に漂っていた。これらの風船は本来、個体を包み空中に浮かべるためのもので、透明で輝く空気膜でできている。
「 リディアさんは? 」
「 完了でございます。いつでも投擲できます! 」
リディアさんにはコットンを圧縮し丸めてボール状にしたモノ数個に、オイルを注入してもらっていた。特殊なライターオイルを十分染み込ませた、即席ファイアーボール用の塊だ。
私の魔法威力はどれも絶大だ。だが、その力が味方に向かうことだけは避けなければならない。
そもそも手加減という調整が基本的にできないのだ。
こういった閉鎖空間により、リディアさんたちを無駄に危険な目に遭わせてしまう可能性もある。
私が魔法の選択を誤ってしまうと、周囲の者にも被害が及ぶ可能性があるのだ。
元地球の戦場でも、フレンドリーファイア(味方からの誤射)で死ぬ兵士が多いらしい。具体的な割合は様々な要素により変動するが、アメリカ軍のとある統計では、最大で死傷者の約25%がフレンドリーファイアによる局面もあるらしい。こちらの世界でも、誤った魔法の一撃が味方を傷つけることは珍しくないかもしれない。
なのでリスクを冒さなくてもいいように、代替連携を常日頃から話し合っていた。
阿吽の呼吸で成立するこの役割分担も、日々の訓練と信頼の積み重ねが生んだ結果だ。
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「 最後いくよっ! 聖巨人の左腕! 」
バキィィィイイイ!!
予定では最終となるストレートを繰り出した。骨骨ボールは避けることもなく、予定調和でモロにその拳を受ける。
「 時空操作! 」
デジャヴのように骨をバラ撒きながら、大きな球体が壁に叩きつけられ地面へと跳ね返ったその瞬間、スロウダウン円形フィールドがその効力を発揮し始めた。
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バルモアさんが創り出した可燃性ガスをパンパンに入れた空気膜風船を、両手にそれぞれ鷲掴みにして骨骨ボールへと肉薄する。
空気膜風船の内部では、可燃性ガスに加え――、いくつものコンロ用ガスボンベや使い捨てライターがゴロゴロと転がっていた。
骨骨ボールの本体と思われる――紫色のアメーバ体に押し付けるように空気膜風船を並べて設置し、すぐに離れてリディアさんの真横に戻った。
今リディアさんやバルモアさんの眼には、私が音速の超人的なスピードで移動し、尚且つ超人的に思考できるミュータント能力を有した、XーMENに出てくるクイックシルバーのような挙動で映っているはずだ。
リディアさんは超スロウな動きで、ドデカリュックの中から取り出していたであろう――もう一つのアイテムを眼前で構えていた。
もう一つのアイテムとは、スリングショット(パチンコ)だ。Y字型のフレームにゴム製のバンドをつけて、張力により小石などを遠くまで飛ばせるようにした武器だ。このシンプルな武器が、今の彼女には最も適している。リディアさんならば、遠くまで正確に飛ばすことができるからだ。
コットンボールには既に火がつき、メラメラと燃えている。魔法障壁の効力で、指を火傷することはない。
時空操作の効果が切れる――
「 リディアさん今よ! できるだけ弱く撃って! 」
「 御意! 」
リディアさんはリリースし、若干の放物線を描きながら火の玉が飛んで行った。
バルモアさんの思念操作で、意思を有するかの如き空気膜風船が、その一部を変形させる。
まるで急須の注ぎ口のように一部が細く伸び、火の玉をみずから吸引するようだ。
「 爆発に備えるよ! 聖なる土龍壁! 」
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ドゴオオオォォォオオオーーーン!!!
ガァアアアーーーン!!
土壁で視界が塞がれ、その瞬間は見えなかったが――
空気が火を噴き瞬時にして大爆発が巻き起こる。
爆風が土壁にブチ当たり揺れを感じる。回り込んだ熱風を肌で感じ、爆音が鼓膜を襲い洞窟内に反響し轟いていた。
土壁を消し去り、周囲を確認する――
夥しい骨の欠片が散乱し、紫色のアメーバ体も所々ブツ切りとなって無残に飛び散り、小さな炎が付き点々と燃えていた。
あまりの大爆発に、不意に緊張が解け笑いがこみ上げてきた・・・
「 ぶはっ、ガス爆発って凄いな! これはこれで危険だわね。魔法障壁張ってなかったら鼓膜がヤバいことになってたかも・・・ 」
「 でも、もうこれでやっつけたかな? 」
「 はい、再起不能かと――ヒヒッ 」
「 ってかこの洞窟、今の爆発きっかけで崩れてきたりしないだろうな・・・さすがに大丈夫か? 」
周囲の岩は、古そうだが堅固なようだ。
「 とにかく――もう静かに様子見しつつ進むのは無意味だし、大声で呼びかけてみますか 」
私はドデカリュックの中から小型の拡声器を取り出し、口元に寄せた。
『 マイルズさぁーん! どこにいますかぁー? 村の人はもう全員快復してますー! 繰り返します。村の人はもう皆元気になりましたー! 魔道士が回復魔法をかけました! もう治療の為にハーブを採る必要はありません! どこにいますかぁー? 迎えにきましたよー 』
拡声器から放たれた大声が拡散し、洞窟内を駆け巡った。
「 使徒様! 魔力の発露が 」
バルモアさんが低く叫びながら奥の闇へと指を差す――、釣られた私もその方向へと視線を向けた。
「 ヒッ! 」
何者かが短い悲鳴を上げ、サッと闇の中へと隠れるのが見えた。
「 あっ! え? マイルズさん? 」
「 いえ――、一瞬でしたがただの村人には見えませんでしたな。追跡します。使徒様はここでお待ちください 」そう言い終わるや否や、疾風の如く奥へと駆け出した。
「 え? ちょっ! バルモアさん、単独行動ヤバくない? 」
耳に入っているハズだが、私の問いかけも虚しく、バルモアさんはそのまま闇の中へと消えてしまった。
ホラー映画あるあるでは、勝手な行動をするキャラは間違いなく死ぬ・・・だがバルモアさんなら、その卓越した戦闘技術で何とかなるだろう。多分――
「 ハルノ様、追いかけますか? 」
「 いや、入れ違いになったら収拾がつかないから、バルモアさんの言いつけ通りここで待ってよう 」
「 御意 」
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バルモアはターゲットの背中をロックし疾走していた。
「 逃げ足は相当なモノだな。貴様、一体何者だ? ボーンバイパーをけしかけたのも貴様か? 」
小さな背中に向かい闇の中で叫んだ。
「 待て! これ以上逃走するつもりなら容赦せぬぞ! 」
逃げの一手で一心不乱に逃走する何者かを、さらに脅迫する。
しかし相手はかなり素早い。とりわけ離されることもなさそうだが、本気で駆けていてもその間隔が縮まることはなかった。もっと複雑な地形に逃げ込まれると、この洞窟に慣れていない分、バルモアが不利になるだろう。
――とまらぬか・・・仕方ない。もし殺したとしても、使徒様が蘇生してくださるだろうしな。
バルモアは闇の中、両足をフル回転させながら詠唱を開始する。
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「 強制停止! 」
漆黒の輪っかが三つ中空に出現し、先を駆ける小さな者を容赦なく締め付けた!
「 うっ! 」
くぐもった僅かな呻きは発したものの、対象が足を停めることはなかった――
「 なんだとっ! 俺の暗黒魔法を抵抗したのか!? 」
ゴガァァアアア!!
「 ぬうぅ! 」
自慢の魔法を無効化されたことに一瞬戸惑ったバルモアの眼前に、瞬間――足元の地面が隆起し岩壁となって立ちはだかった。
「 使徒様なみの土属性魔法。だが使徒様とは異なり、魔力残滓をこれほど置き去りにするとは・・・誘っているのか? 」
「 ヒヒッ! 俄然、俺の望む展開になってきたではないか 」
猟犬が獲物の追跡を開始する瞬間のように、バルモアの瞳は一点の揺るぎもない集中力を宿していた。
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