第157話 出立
まだ朝日が昇りきらない薄暗い早朝、山中の目的地へ、何台もの車両を引き連れ移動した。転移を何度か繰り返し、今回購入した大量の物資を、フロト村近くの草原へと運び込むことができた。
転移時に見られる奇想天外な光景は、できるだけ限られた信者のみに目撃させるよう心掛けている。
さらに、携帯端末などは事前に事務長である高岡さんが一時的に預かるという徹底ぶりである。この措置は、幹部級の信者に対しても実施されているようだ。
「 高い信仰心と忠誠心を持っているのに、それでも信用されていないのか? 」と、落胆する者もいるかもしれない。しかし、高岡さんは「 問題が発生した際に仲間を疑うようなことはしたくない。そのために可能性を限りなくゼロに近づけるための措置だ 」と説明し、信者たちの理解を得ているようだった。
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「 やっぱ男手がこれだけあると一瞬で終わるなぁ 」
大量の物資を、村の中央まで運び入れることができた。
ルグリードさんたち、ミラさん配下の野郎ども、そして比較的若い村人の男性数名と村長が、私たちを取り囲んでいた。鍛え抜かれた胸板の厚い野郎どもに比べ、村人たちはどうしても貧弱な体型に見える。畑仕事で鍛えられた村人たちもいるが、意図的に鍛錬を積んだ者たちと並べると、どうしても見劣りしてしまう。
「 ハルノ様がお留守の間、絹糸を仕入れにきた隊商が一度訪れただけで、それ以外は特に報告すべき変化はありませんでした。ちなみに、その隊商が――村自体を強化していることと我々の存在に驚いている様子ではありましたが 」
既にバルモアさんから報告を受けていた内容ではあったが、野郎どもの一人、レオンさんが一歩前に出てきて報告をしてくれた。
「 そうですか。襲撃された時――蚕の建屋を破壊されなかったのは不幸中の幸いだったわね 」
「 確かに。襲撃者はただ村人を殺害することだけを目的としていたので、そもそも眼中になかったのか――、あるいは意図的に手を付けなかったのかは分かりませんが 」
レオンさんは顎に手を当て、考え込む素振りを見せた。
「 ああ、襲撃を指示した伯爵が後々人員を送り込んで、この村の産業を引き継ぐ目論見があるかもしれないわね 。その場合ミラさんたちへの嫌がらせではなく、単なる金儲けの為って線も出てくるわね。結構儲かるの? 養蚕業って 」
この質問には村長が答えた。
「 畏れながら――、儲けのほとんどは税として搾取されてしまうので・・・半年ごとの徴税ですが、毎回難癖を付けられて、結局穀物などを余計に取られてしまう有様でございまして・・・ 」
「 なるほどねぇ。帳簿とか付けてて売り上げに対しての厳密な課税じゃないだろうから――、王国に言われるがまま、王国側の気分で取られてる感じがするわね。生かさず殺さず、ただただ働かせるって姿勢が気に入らない。民衆を奴隷として扱うような国に未来はないだろうに。ナゼそこに気づかないのか・・・ 」
「 ハルノ様やミラ様が君主として治めてくだされば、どれほど素晴らしいか・・・ 」
村長はそう呟きながら、大きな両眼に涙を潤ませていた。
村の収入源は、畑で栽培した野菜や穀物、そして何と言っても養蚕業で得た絹糸だそうな。また副産物として、少量ではあるが硝石も販売しているらしい。
日本にいた時に調べた情報では、大きさ3センチほどの一個の繭から取れる糸の長さは、約1300から1500メートルにも及ぶそうだ。
しかもコチラの蚕は、主観だが――かなりデカイと思われる。なので、繭の大きさも比例して大きいと予想される。
特殊な知識と専門技術を駆使し、絹糸を生産しているにも関わらず、適正な利益を得られず不当な搾取によって利益を奪われている。
率直に言って、この村――、延いてはこの国の一般的な民衆が不憫でならなかった。
腕っぷしが強ければ冒険者になる道もあり、危険が常に付き纏うとはいえ――農民よりは幾分かマシな生活ができるのかもしれないが・・・
現代日本でも、あからさまな脱税をしている所謂上級国民が存在している一方、一般庶民は一円の位まで厳密に計算し納税している。
しかも働き盛りの層が一生懸命働いて納税しても、政府は規格外な額を海外にバラまいたり、誰も期待していない事業に莫大な予算を投入したり、どう考えても効果の無い政策に注ぎ込んだりしている。
血税を無駄使いしている事実を野党が追及しても、アホ丸出しの首相は、「 全力で検討している 」の一点張りだ。議論にすらなっていない。
日本政府が秘密裏に実施している――【無能検定】もしくは【バカ検定】というような検定試験に合格しないと、政治家にはなれないのだろうか? と、本気で疑うほどの無能が雁首を揃えている。
そしてもどかしいことに、現代日本人はデモや暴動をまず起こさない。一番の理由は、日本人の気質が一般的に控えめで、自己主張を我慢する傾向にあるからだろう。
そして同じく、この国の民衆もデモや暴動は起こさないらしい。
やはり一番の理由は、即座に捕縛され処刑されるからだろう。
やっても無駄だ無意味だ――と、虚無的な現代日本人とは違い、コチラのこの国の民衆にとっては、やりたくてもできない命に関わる事柄なのだ。
すぐに処刑されるという意味では、北朝鮮あたりが最も近いのだろうか?
「 とにかく、まずはサリエリ伯爵を抹殺する! ミラさんたちの足を引っ張る目的だったのか、単に村を乗っ取るつもりだったのかはどうでもいい。村人を虐殺した罪は必ず償わせる! 」
「 計画通り――、商人を装ってバーニシア領とやらに潜入する。私たちには土地勘が無いから、ミラさんとルグリードさんに進路は任せるわ。すぐに準備にかかって! 私たちは商品を選別するから 」
「 畏まりました―― 」
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~翌日・早朝~
村にはボロい馬車が一台だけあり、王都ルベナスから脱出する際に使った――比較的耐久性の高い馬車もある。これらに商品を分けて積み込み、村を出発した。
耐久性の高い馬車には荷物の大半を目一杯積み込み――、バルモアさんが御者を務める。二台目の御者は、ルグリードさんとアンディスさんが交互に務める予定だ。私たち女性三名は、二台目の馬車に乗り込んでいる。
「 三日ほどかかると思いますが、まずは港街ベルカを目指します。これだけの荷物と人を積んだ馬車ですので、一日に進める距離はかなり短くなると思います。予めご了承を―― 」
御者を務めるルグリードさんが、頭をくねらせ荷台に座る私たちに向かって叫んだ。
「 うん。馬を潰さないようにゆっくり行こう 」
それぞれ二頭立ての馬車だが、これだけの重量を運ぶとなると――、悪路にハマった場合は徒歩の方が速いかもしれない。だが馬も生物なので無理はさせられない。愚直に働いてくれる命を無下にはできない。
もし泥濘にハマったとしても、召喚の力を使って一気に解決する――
王都ルベナスからの脱出時に実際行使したように、ワルキューレたちを召喚し、強制送還まで酷使することもできる。荷台だけを少し吊るし浮かせた状態で走行させ、馬の負担を最大限軽減すればいい。それだけでもかなりのスピードアップが望める。それは既に実証済みなのだ。
それに、どの馬も優秀に見える。ソクラテスが魂の形を唱えた馬車の比喩によると、片方の馬は鞭と突き棒でようやく言うことを聞く悪い馬だそうだが、この四頭に関しては心配はいらないようだ。
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相変わらず、私たちが留守中のフロト村が心配ではある――
だがこればっかりは、ミラさん配下の野郎どもに期待するしかない。
港街ベルカへの道中、ミラさんたちを支援するもう一つの村の様子も見に行く予定だった。
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広がる碧空には雲ひとつなく、日差しはほどよく暖かい。馬車から見える景色は、一見すると単調で変化に乏しいが、そこには牧歌的な美しさが宿っていた。
風が吹き抜けるたびに、草原は波のように揺れ、地平線には点在する小さな木々が、さらに遠くには連なる山々の影が浮かび上がる。
馬車はゆっくりと進み、馬の蹄が地面を打つ音、車輪が転がるかすかな響きが風景に深みを与え、時間が穏やかに流れていくような錯覚を覚える。
どれほど進んだだろうか。太陽はすでに頂点へと近づいていた。
体感では時速約5~6キロくらいのノロノロ走行だ。王都ルベナスと港町ベルカを結ぶ街道に出るまでは、マトモな道は期待できないそうだ。それまでは、悪路とまでは言わないが――少し凸凹な道を進むしかないのだ。
「 流れる風景には癒されるけどさ、元々乗り物酔いすることは無い人だから心配無用なんだけど、しっかし揺れが酷いよね・・・ 」
「 はい・・・暫くは似たような道を進まざるを得ないですね 」
声が震える私の呟きに対し、ミラさんが残念そうに返事をした。
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~日没後~
馬車には通常のランタンの代わりに、アウトドア用の大きなLEDライトが取り付けられている。その光は力強く、周囲の闇を切り裂き、馬車の進む道を明るく照らし出していた。
光はただ道を照らすだけでなく、私たちの心にも安心感を与えていた。
「 ハルノ様、ラフィール村が見えてきました! 」
ルグリードさんが、後方に顔を向けて叫ぶ。
港街ベルカに向かう道中に立ち寄る予定だった村だ。
ミラさんたちのレジスタンス活動を陰ながら支える村――、こちらの村には、未だ被害は出ていないだろうか?
フロト村の住人からの報告では、ラフィール村には被害は出ていないとのことだったが。
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鋭い光がラフィール村の入口を照らし出し、その姿が見えてきた。
村を取り囲むように展開する森は、神秘的な静寂に満ちていた。
ミラさんによると、村の主な特産品は、周囲の森で採れる魔力を帯びたハーブと幻光石らしい。
ハーブは、若干の治癒力と香り高い味わいで知られ、近隣にも輸出されている。
幻光石は、夜になると自然に光を放つため、装飾品や夜道の明かりとして利用されるそうだ。
産業としては、これら特産品を加工する小さな工房があり、村の人々はそれぞれの技術を生かし、商品を作り上げているらしい。
二台の馬車を村の防護柵の前に停め、ルグリードさん、アンディスさん、そしてミラさんの三人が事情を説明し、一晩宿泊させてほしいと伝える為に村の中へと入っていった。
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暫くして、三人が駆け足で戻ってきた。
「 ハルさん、ちょっと厄介な事になってます―― 」
ミラさんが息を切らしながら告げる。
「 え? 厄介な事? 」
「 はい、村には病が蔓延しているみたいなんです・・・ 」
「 え? 病気? 蔓延って・・・風邪とか? 」
「 詳細はまだ聞いておりませんが、村人の八割ていどが床に伏しているらしいです 」
「 ええ!? 八割もですか・・・ってか治すってんなら私の出番じゃんよ。まさか、伯爵の手の者が何かしらの病原体をバラ撒いたとかじゃないよね? いや、さすがにコッチのバイオテクノロジーでは無理か? いや待てよ、魔法文明がある以上――無いとは言い切れないか 」
「 う~ん、どうでしょう。ダンジョン最奥を好むアンデッドの死霊魔道士は、疫病をバラ撒く魔法を使うと小耳に挟んだことがあるけど―― 」
「 う~む、まぁとりあえず――マスクを全員着用して 」
私はリュックの中を手で探り、純白マスク入りの箱を取り出し、バルモアさん以外に人数分配布した。
市販のマスクなんぞ単なる気休めていどだが、バルモアさん以外全員が着用しているのを確認し、六人列を成し入村したのだった――




