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第156話 それぞれの思惑

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ~バーニシア領~

 ~領主サリエリ伯爵の館~


 広大な書斎には重厚な書物がずらりと並び、暖炉の炎が薄暗い部屋を暖かく照らしている。


 伯爵の忠実な配下ジェラルドは、そっと扉をノックし許可を得て中に入った。


「 伯爵様、申し訳ございませんが緊急のご報告がございます 」

 ジェラルドの声はいつもの落ち着きを欠いていた。


 伯爵は椅子からゆっくりと立ち上がり深刻な面持ちで答えた。

「 戻ったか。その表情を見るに良い知らせではなさそうだな 」


「 畏れ入りますが、ミラ姫に関するご報告もございます 」


「 ほう 」


 ジェラルドは一礼し、言葉を選び静かに話し始めた。

「 冒険者たちは・・・総員が皆殺しにされておりました 」


 伯爵の表情が一変し、目には驚愕の色が浮かんだ。

「 なんだと?! 総員だと? それはどういうことだ? 」


「 現場は惨劇そのもので、生存者は一人もおりませんでした。シュナイダーとエド、この二名は王都の商業区、その他の者は奴らの拠点で斬殺されておりました 」


 伯爵は窓の外を見つめながら、深いため息をついた。

「 残忍で狡猾な者たちであったが故に重用しておったが――、間隔を空けるようにと命令してはいたものの、二つ目の村の殲滅報告がないからおかしいと思い始めていたのだ・・・ 」

「 組織的な犯行だな? ジェラルド、目星はついているのか? 」


 ジェラルドは跪いたまま頷き、伯爵の眼をじっと見つめる。


「 はい伯爵様。組織的な犯行の可能性が高いかと・・・王都別邸も襲撃に遭い、その際に逃げ出した使用人たちからの重要な証言を持参しております 」

 ジェラルドは厳粛な空気を切り裂くように報告した。


「 話せ、ジェラルド 」

 伯爵は鋭い眼差しでジェラルドを見つめ返した。


「 四名の使用人が犯人どもを目撃しております。少なくとも男二人と女三人、そして得体の知れない者が一人のパーティーだったようです。そしてその女三人は、どうやらわたしが尾行しようとしていた者たちであると確信しております 」

 ジェラルドの声は事の重大さを伝えるように低く響いた。


 伯爵は深く頷き、考え込むように言葉を紡ぐ――

「 その根拠を申せ 」


「 はい伯爵様。使用人たちは簡易的な取り調べを受けており、その相手が「 ミラ 」と呼ばれていたと述べております 」


 伯爵の眉がひそめられ、彼は立ち上がって窓辺へと歩みを進めた。

「 ガーラント一族、大公の息女・・・村を襲った実行役どもを殲滅し、見事村人たちの仇を討ったというわけか 」


 ジェラルドは堅く頷く。

「 支援を行っていた村人どもが虐殺され、それに激昂したミラ姫率いる反乱分子どもが決起したと考えれば――自然な流れかと存じます 」

          ・

          ・

「 ふむ。手駒どもの仕業だと断じることができたのは、村人に生存者が存在していたと考えるのが妥当か 」

 伯爵は再び椅子に戻り呟いた。


「 おそらく・・・ 」


「 対面した村人は一人残らず殺したと報告を受けたがな。しかし奴らが殺される前に軽々と口を割っておるのは容易に想像できる。既にワシの指令だと露見しておるだろう。次に攻め込んでくるのはこの館かもしれんな 」


「 はい。その可能性は高いかと愚考いたします。あの者たちを一人残らず始末した手際の良さから鑑み――規模としては最低でも倍の数は揃っているのではないかと 」


「 ふむ。激情に駆られた短兵急という印象は皆無であるな。情報収集にも長けており、尚且つ迅速に行動に移しておるようだ。アルバレス王に対する反乱分子の不満を頂点にまで引き上げ煽りたかったのだがな――、(いささ)か早計で浅慮すぎたのか 」


 ジェラルドは返事をしない。たとえ心の中で同意していたとしても、それを口にするほど愚かではなかった。


「 どうせ烏合の衆だろうと考えておったが・・・ワシが考えるほど魯鈍(ろどん)ではなかったか。いや(むし)ろ、頭が切れる指揮官が存在すると見える。統率力も相当なモノであろうよ 」


「 はい。決して侮れぬ組織かと存じます 」


「 街道の境に見張りの兵を就かせろ。この館の警備も増やすのだ。特に夜間の兵を増やせ 」


「 畏まりました。すぐに―― 」ジェラルドは今一度深く頭を下げた。

 床に平行するその面には、ニヤリとした不敵な笑みが浮かんでいた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

―――――――――――――――――――

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ~ライベルク王国・王都街~


 風が街角を曲がると――

 とある三人パーティーが、マリアの店前に立っていた。


 使徒様厳選の商品が並ぶ、奇跡の霊薬(ポーション)交換所を兼ねた商店だと――このパーティーメンバーは聞いていた。


 主神デュール様の使徒様から全権を任されていると噂される――騎士団所属マリアの店。


 元老院のお歴々からの指令で、ライベルク王都に入り、ハンターと呼ばれる者たちに紛れ調査するようにと命じられているのだ。

 そう――、降臨なされた使徒様の動向を探れとの指令だった。

          ・

          ・

 パーティーリーダーである【エリオン】が、店の扉を開ける。

 未知の香りと暖かな光が迎え入れてくれた。


「 いらっしゃいませ 」と、マリアであろう小柄な女性が微笑みながら迎えてくれた。

 彼女の目は――知識と優しさに満ちているようだった。


 店内はお世辞にも広いとは言えないほど手狭だった。だが、各棚にはギッシリと未知の商品が並んでいる。ザっと見渡しただけだが、見慣れない商品が次々にエリオンの眼に飛び込んでくる。


「 あ~どうも、最近この王都でハンター稼業を始めたのだが、ちょっと商品を見させてもらう 」

 ハンターらしくもっと粗野な言動が自然だったか――と、エリオンは訝しみながらもマリアの返答を待った。


「 はい~、どうぞごゆっくり! 」

          ・

          ・

「 これはランタンですか? 」

 パーティーメンバーの【リアナ】が、光を放つ小さな箱を指差していた。

 治癒能力に優れる癒し手のリアナは、小さな箱が放つ柔らかい光に自然と反応したのだろう。


「 はい、そうです。それは火を使わずに明るい光を提供するアイテムです 」と――マリアであろう女性はそう説明した。


 マリアはランタンを手に取り、なにやら指先で一部分を押していた。すると柔らかい光が一瞬のうちに消え失せた。そしてまた同じように一部分を押すと、またもや瞬時に光源が復活した。


「 おおっ! どうなっているんだ? 」

 エリオンはその明るさに目を細め、驚きを隠せなかった。


 ――火を使わない? 魔力を消費し発光させているのか? 火を使わないのであれば、それ以外に考えられない。


 つまりこのランタンは、小型の魔道具なのだ。


「 ちょっと手に取って見てもいいか? 」

 好奇心に駆られたエリオンは、リアナを横目にマリアが持つランタンに手を伸ばした


「 ええ、どうぞ。ここを押すと光が消えたり点いたりしますので 」


 マリアから説明を受け、エリオンはランタンの下部にある突起を指先で押した。

 押した瞬間に光源が消え失せる。


「 おお凄い! こんな小さな物に魔力を封入する技術があるとは・・・ 」


「 いえ魔力ではありません。デンチというもので発光するランタンです 」


「 デ、デンチ? 魔力による魔道具ではないのか? 」


「 違いますよ 」マリアは即答していた。


 暗闇を照らす火が必要のないランタン。コレだけでも、旅をより安全で快適なものに変えてくれるだろう。


 目移りしているエリオンを尻目に、リアナがマリアに声をかけた。


「 これは何ですか? 」

 リアナは次に――奇妙な形の容器に興味を持ったようだ。

 様々な色がついた容器を両手に取り、マリアの眼前に据える。


「 それはプラスチックという素材でできた容器です。液体を入れるのに便利ですよ。でも飲料水を入れるならば、ちょっとお高いですけど高品質の水筒が向こうにありますよ 」

 と彼女は言い、リアナの手から容器を奪い棚に戻していた。


「 これも何かの容器? 」

 さらにリアナが――隣の棚の小さな銀色の容器を手に取り質問をした。


「 それはカンヅメと言いまして、中に肉類が入っています。蓋を開けない限り、二年ていどならば腐ることはないんです 」


「 は? 二年腐らない肉? 二年だと? ふざけてるのか? 」

 エリオンは思わず反射的にツッコミを入れていた。


「 いえ本当ですよ。この店の商品はほぼ全て――ハルノ様が直に仕入れをされておりますので 」


「 俺たちはハイン領のさらに東の辺境村から最近この王都に入ったのだが、デュール様の使徒様が降臨なされたという噂は聞いている。そのハルノ様が使徒様なのか? 」


「 ええ、そうですよ 」


「 お会いすることはできないのか? 」エリオンは食い気味に被せた。


「 あ~現在は隣国に遠征されておられますので、いつお戻りになられるかはわかりません 」


「 そ、そうか――それは残念だ 」

 やはりマリアの店はただの商店ではない。新たな可能性を開く場所なのは確かだ。


「 しかし――二年も腐らない肉が入っているのか? どんな魔法を使っているんだ? まるで信じられんが 」


「 いえ、肉自体が腐らないのではなくてですね、この銀の器に入っている間は腐らないってことなんです 」


「 なに? 言ってる意味が理解できんが・・・ 」

 エリオンもリアナも、そして三人目の剣士【ガレス】も――何とも言えない困惑した表情を見せていた。


 その時、店のドアが開き鈴の音が響き渡った。

 入ってきたのは、目を輝かせた子供たちの一団だった。

「 マリアさま~、配達終わったよ 」


「 おかえり! ご苦労様! 奥にお菓子あるから食べて帰ってね 」


「 は~い! いただきま~す 」

 子供たちは元気な返事をし、ドタドタと勢いよく店の奥へと駆けていった。


「 子供たちも働いているのか? 」

 真横でやりとりを観察していたエリオンが、ぶしつけに口を開いた。


「 ええ、孤児院の子供たちなんです。彼らにもできる仕事をハルノ様が考えてくださり、働いてもらっているのです。もちろん報酬もちゃんと出していますよ 」

 マリアはそう答え、終始優しい笑顔のままだった。


 エリオンにとって、神の使徒の存在が驚くほど身近に感じられた。ナゼなら、マリアの言葉には嘘偽りが全く無いと感じていたからだ。

 ただの伝説や遠い存在ではないのだ。人々の悲しみや喜びを分かち合い、その手を差し伸べている存在なのだろう。


 エリオンは、自らの信仰が新たな意味を帯び始めていることを感じていたのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

―――――――――――――――――――

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ~バレス帝国~

 ~エルディアン宮殿~


 朝露がきらめくエルディアン宮殿の庭園に、二人の兄弟が姿を現わした。


 次期皇帝としての覇権を握る長兄バルドルフと、平和を愛する異母弟ルネリウスであった。


 彼らの間には――、かつての争いとは異なる新たな対話が芽生えようとしていた。


 バルドルフは庭園の中央にそびえる古木の下に立ち、深く息を吸い込んだ。

 彼の目は変わりゆく心を映し出すかのように、柔らかな光を帯びていた。


「 ルネリウスよ、俺は長い間――力と支配を求めてきた。しかし主神デュール様の使徒に出会い、俺の心は変わったのだ 」と、バルドルフは静かに語り始めた。


 異母妹から概要は聞いていたものの、兄の言葉に耳を疑い、ルネリウスは驚きを隠せなかった。

 だが兄のその言葉に一切偽りは感じない。兄の豹変とも言える変わりように、心を動かされると同時に――希望の光を見出していた。


「 兄上、あなたがそんな言葉を口にするとは・・・ユリアーネから聞いてはおりますが、本当にデュール様の使徒が王国に降臨していたのですね 」

 ルネリウスは感慨深げに呟く。


 バルドルフは小川のせせらぎを背にし、ゆっくりと話し始めた。

「 使徒は俺に、真の力は他者を支配することではなく、共に歩むことにあると伝えてきた。俺たちの帝国も、恐怖ではなく理解と共感に基づいて治めるべきだと 」


 ルネリウスの目には、兄の言葉が真実であると――、信じたいと願う輝きが宿っていた。

「 それは素晴らしい! しかし兄上がそこまで変わるとは・・・帝国の民もあなたの変化に驚くことでしょう 」


「 そうだろうな。だがこれからは兄弟力を合わせ、恭順を迫るのではなく共生の未来を築いていこう。ルネリウス、俺はお前の考えを尊重し支持する 」と、バルドルフは断言した。


「 兄上・・・本当に信じて良いのですね? その言葉を聞けたことが、俺は嬉しくてたまらない。共に――新たな帝国を築いていきましょう 」

 ルネリウスの心には、まだ完全な確信は生まれていなかった。兄の言葉の裏に、どこか演技めいたものを感じてしまったからだ。

 だがそれでも――気づけば両目から涙が静かに零れ落ちていた。


 二人は庭園の美しさに囲まれながら、新しい未来に向けて歩み始めるのだ。


 バルドルフの急激な心の変化と、ルネリウスの驚嘆が、帝国の新たな章を告げていた――


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新して頂きありがとうございます。 各方面で着々と物事が動き始めていることを感じられる展開になってきました。 ハルノさんの影響力凄いですね。 いつも楽しみに読ませて頂いております。 …
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