第153話 天使たちの休息 その弐
「 わっ、胸大きいですねっ! 羨ましい。ミラさんって着痩せする人なんですか? 」
高岡さんは目を見開き素直に驚いている様子だった。
ミラさんの――まるで芸術品のように美しく大きな胸に、私と高岡さんは目を奪われていた。
「 どうだろうね? 服着ててもグラマラスだけど脱いだらスゴイよね 」
決して太っているわけではないのに――豊満な肉体。真横には並びたくないな・・・
もちろん衣服を着ていても魅力的な姿態だが、全裸になると大迫力だった。
写実的な絵画というよりは、まるで情熱的に描かれた絵画のようだ。
リディアさんもミラさんほどではないけれど胸は大きい。だが胸以外は極めて低い体脂肪率で引き締まった肢体だ。
――不公平すぎるやろおぉ! なんで豊胸手術もしてないのにこんなに胸がデカイのか! 普通これだけ鍛え上げてたら、胸も痩せるはずなんだが・・・
以前リディアさんが剣の稽古中に、「 剣を振るうのに邪魔だと感じることがたまにあります 」とぼやいていたのを聞いたが――個人的には一度言ってみたいセリフの上位に入る。
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「 ハルさん、わたくしの身体の話ですか? 御二人でそんなに見られると恥ずかしいですよー 」
両手で抱え込むようにして神々しい双峰を隠し、ミラさんが照れた様子ではにかんでいた。
世の男性が今――眼前にいるミラさんを見たら、確実に石化してしまうだろう。
片目が隠れる前髪の、流れるような長い銀髪が――妖艶さを一層際立たせていた。
妖艶な美とは、まさにミラさんのような美貌を持つ美女にこそ相応しい言葉だ。
「 ごめんごめん、羨ましいなと思ってね。とりあえずミラさんは高岡さんとペアね~。私はリディアさんの身体を洗ってあげるわ! 」
眼福にあずかるのはこれくらいにして、ミラさんに向けていた羨望の眼差しをリディアさんに向けた。
リディアさんとは――つまりアスリートであり剣の道を極めんとする求道者だ。
彼女の身体は彫刻のように美しく力強く鍛え上げられている。筋肉は彼女の努力と汗と時間の証であり、それぞれが明確に定義され、一つ一つが彼女の力と決意を象徴している。
腕や脚は鋼のように強い、しかし胸や臀部は女性らしい曲線を保っている。
彼女の腕の筋力は、自分自身を超えてきた証だろう。
腹部は六つに分かれた腹筋がはっきりと見え、中心部に力とバランスをもたらしている。
脚は強靭でしなやか、マラソンランナーのように長く走ることもできるのだろう。暇さえあれば何度もスクワットを繰り返しているのをよく目撃する。
彼女の身体全体がその努力と決意を表し、そしてどれだけの時間とエネルギーを費やしてきたかを物語っていた。
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私は神々しささえ覚えるその強靭な鋼のような腕に――泡立ったボディスポンジを滑らせた。
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「 ふっふっふっ! 久しぶりの愉悦に浸れる時間じゃわい! 」
私は漏れ出る恍惚感をあまり隠そうともせず、一心不乱にリディアさんの身体を磨き上げていた。
「 恐悦至極に存じます! 」
もはやリディアさんは――受け身に徹することに慣れている。
一緒にお風呂に入って私が洗いたがるのを、当初は「 畏れ多い 」と遠慮していた。
だが最近では、リディアさんの身体を洗うことが私の愉しみなのだ――ということを理解してくれたようで、結構好き勝手にさせてもらっている。
「 ぐふふっ! たまりませんなぁ! 」
「 はははっ! 春乃さん、エロ爺さんみたいになっとー!」
ミラさんの背中を擦りながら、高岡さんが声を上げて大笑いしていた。
高岡さんの発言の意味は、リディアさんもミラさんも明確に理解はできていないはずだが、無邪気に笑う高岡さんの様子が二人にも伝染したようだった。
さすがにミラさんや高岡さんの目があるので、身体を綺麗に洗ってあげるという以上のことはできなかったが、私たち四人にとって――至福の楽しい時間はあっという間に過ぎていったのだった。
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お風呂からあがり、四人でキャッキャ言いながらドライヤーで髪を乾かしたあと、信者さんが用意してくれていた浴衣に着替えた。
言うまでもなく――ミラさんの胸元は零れ落ちんばかりのけしからん状態で、男性信者が目のやり場に困って視線を彷徨わせていた。
ただでさえ妖艶なのに、風呂あがりで浴衣姿のミラさん――というスペシャルコンボで、リビドーを激しく刺激されるのは必然だろう。
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応接間で、二人ずつ対面して座った。
信者の方たちが、リディアさんとミラさんには甘口のシャンパンを、高岡さんにはビールを、私にはホットミルクを出してくれた。
「 美味しい! すごいシュワシュワ言ってますね 」
ミラさんがシャンパンを呷り、唸るように感想を漏らしていた。
もしかしたら炭酸に抵抗があるかもしれないという懸念があったが、ミラさんは意外と大丈夫そうで、「 美味しい美味しい 」と――リディアさん共々口を揃えていた。
おつまみはストロベリー風味のデザートチーズと、以前広島で大量購入し御土産として差し入れた――瀬戸内レモン風味イカ天のお菓子だ。
「 いつ食べても美味いわ、このイカ天のお菓子。一見ミスマッチなはずなのに、ナゼか癖になる美味しさだわ 」
「 確かに! こん酸っぱさがやみつきになりますね! 広島名物なんですよね? 実は・・・何袋かすでにわたし一人で食べてしもうとって。すみません 」
バリバリとイカ天を齧る私に、高岡さんもパリパリと上品に齧りながら同意していた。
「 はははっ! お土産だったんだから気にせず食べてよ! 名物なのかどうかは知らないけど、広島県の尾道ってとこの製品みたいね。博多の【めんべい】ほどではないかもだけど、有名なんじゃないかな? 」
そんな他愛もない話をしていると――血相を変えた男性信者が、ノックもせず応接間に突入してきた。
そして焦りながら叫んだ。
「 た、大変です! 春乃さん! 事務長! ゆ、幽霊です! 幽霊がっ! 」
「 はぁ? 幽霊? 」
予想だにしていない切羽詰まった訴えに、私は素っ頓狂な声を出し思わず反応していた。
「 と、とにかく来てください! 」
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時刻はまだ21時過ぎ――
祈祷部屋と呼ばれる、教祖( 私 )に対し祈りを捧げる部屋がある。
男性信者は足早に私たちを先導し、どうやらその部屋に向かっているようだった。
先頭を急ぐ信者が主張するように――本当に幽霊ならば、私が幽霊を見るのはコチラでは二度目だ。
学生の時ボーリング場でバイトをしていた。
休憩室は倉庫の一番奥にあり、行き止まりにカーテンで仕切られた――私たちが使う更衣室があった。
その一つ手前に食事などをするスペースがあるのだが、そのスペースで休憩している時――視界の端で髪の長い女性がス~っと通り過ぎる姿を確かに見た。
あれ? 私以外に女性? 誰だろ? と思い、着替えて出て来るであろうその人を待ったのだが、何分待っても出てこなかった。そして物音すらしないので、さすがにおかしいと思い・・・
「 カーテン開けますよ? 」と声をかけながら、カーテンを引いた。
誰もいなかったのだ。
その時点で初めてゾッとし、真反対にある事務所に走り、事務仕事をしていた店長にその旨を告げると・・・
「 ああ、ついに君も見ちゃった? 辞められたら困るから、新人の子には言わないようにしてたんだ。ごめんごめん 」と、かなりポップな感じで告げられたのだ。
廊下を足早に進みながら、そんな過去の体験を思い起こしていた。
――ムコウの魔物のように、襲い掛かってきたらどうしようか?
コチラの――特に日本の幽霊は襲ってこないイメージがある。
襲い掛かってくるというよりは、精神に食い込むようなゾッとする現れ方で、どちらかというと生命危機ダメージより精神崩壊ダメージを与えるイメージだ。単純に、和製ホラームービーの見過ぎかもしれないが。
もし襲い掛かってきたら――私が魔法をぶっ放さなければならない。
リディアさんもミラさんも、武器はフロト村に置いてきている。銃刀法違反で警察に身柄を拘束される可能性を潰すためだ。
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祈祷部屋についた――
信者がドアノブに手をかける
「 あ、開けますよ? いいですか? 」
「 え、ええ、どうぞ 」
私は息を呑み、男性信者の横に立った。
ドアが開く――
薄暗い室内にソレは立っていた。
全く予想だにしていなかった存在だ――
コッチに出てくるとは!




