第152話 天使たちの休息 その壱
シュナイダーたちを誅殺したあと、エリザさんを薬屋へ送り届けた。我々はそこで軽く仮眠を取り、朝日が昇る直前に王都を馬車で後にした。
衛兵に袖の下を渡し、すんなりと門を抜ける。ライベルク製の金貨だったため、予期せぬ反応を招く可能性もあるが、それよりも無駄な問答を避けることを優先した。
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~同日、日没時~
~フロト村~
召喚の裏技を駆使し、私たちはフロト村へ舞い戻った。村の中央広場には、村人数名とミラさんの仲間たちの姿があった。そこに加わる私たち一行。今後の方針について、軽く話し合いが始まった。
「 ルグリードさんとアンディスさん。今晩はまだ居るけど、次に私がこの村に戻るまでの間でいいからさ、村を警護しててよ 」
私はペットボトルのミネラルウォーターを口に運びながら、唐突にそう伝えた。
「 はい! お任せください使徒様! 」
ルグリードさんとアンディスさんは、軍隊が行うような敬礼の動作をとった。
「 う~む、まぁとにかくお願いしましたよ。村の人とミラさんの仲間全員にも魔法障壁を張っておくからさ、もしまた襲撃があったとしても、余程の攻撃を受けない限り致命傷にはならないと思う・・・けど、くれぐれも油断や慢心だけはしないでね 」
「 お任せください! 」
男手が増えたことに加え、私が持ち込んだ工具のおかげで、村を囲む簡易的な防護柵の工事は完了していた。自作の木槍や弓も、それなりの数が揃っているようだ。さらに、私が持ち込んだ近代的なアーチェリーの弓もある。
「 希望的観測かもしれないけど――、伯爵はまだ事の重大さに気づいていないと思うことにするわ。手駒のシュナイダーたちが全滅したことを知るのは時間の問題だろうけども、まさか粛清されたとは考えないんじゃないかな? 私が伯爵なら、何らかの恨みを買ってしまったシュナイダーたちが、冒険者同士の抗争にでも巻き込まれたと考えるかも。ただ―― 」
光源魔法の傘の下――、私の次の発言を皆が固唾を呑んで待った。
「 失敗だったと考えるのは・・・皆の名前をあの使用人たちの前で言ってしまったことなのよね。使用人たちが伯爵の耳に、ルグリードさんやアンディスさんの名前を報告してる可能性がある。まぁ確証がない内は安易に動いたりはしないと思うけどねぇ。念のためルグリードさんとアンディスさんも、暫くこの村に滞在しててほしい。じゃないと何かあった時に守り切れないし 」
「 はい。畏まりました―― 」
ルグリードさんとアンディスさんは、何度訴えても畏まった態度を改める様子はなさそうだった。そもそもバルモアさんを筆頭にリディアさんも畏まっているので、自分たちだけが以前と変わらずフランクな態度に戻すことは憚られるのだろう。
「 まぁバルモアさんがいるからね。個人的にはかなり安心してるけど 」
「 ヒヒッ、この命に代えましても村を護りましょう 」
バルモアさんが深々と頭を下げていた。
「 アイリーンさん。バルモアさんのこと頼みましたよ 」
「 は、はい! 」
衣類はボロボロだったものの、アイリーンさんの血色はかなり良くなっていた。
「 アイリーンさんに服買ってきてあげるね。あとでメジャー使ってサイズ測るわ。それまで私が持ち込んだ服の中から、サイズの合うのを見つけて着てて! 村長さんに言っとくから 」
「 え? は、はい 」アイリーンさんはキョトンとしたまま生返事だった。私が伝えたことの意味を、理解できてはいない様子だ。
「 じゃあ、私たちはムコウに行く準備をしますか 」
「 御意 」
「 はい! 」
快活な返事をしたリディアさんとミラさんの美髪を――、吹き抜ける夜風がなびかせていた。
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~福岡県、宗像市~
生まれ育った地元で、個人経営の食料品店を営む清老夫婦。
まだ三十代の夫婦で、先代が死去したことにより、現在経営を引き継いでいる。
「 おい寛子。市長が急性膵炎で入院したって 」
「 あ~知っとる。でも実際は仮病で、単にメンタルやられとるだけらしいで 」
「 そうなん? 市長が市民に嘘つくようになったら終わりばい・・・ 」
「 しっかしもうダメだ、こん店 」
夫の雄二は、カウンターの上に積まれた売れ残りの品物を見ながら溜息をついた。
「 イオンの大型店には敵わん。値段も品揃えもあっちん方がよかに決まっとる 」
妻の寛子は、夫の言葉に反論する気力もなく頷いていた。
「 でも、お父さんの代から続けてきたんやけん、簡単には諦められんよね・・・ 」
雄二は寛子の手を握り、溜息交じりに笑った。
「 そうばい。でも現実ば見らないかんばい。こんままじゃ借金だけが増えていく・・・ 」
寛子は涙が少しこみ上げてきそうな感覚を必死に抑えた。
「 じゃあどうすると? 店ばたたむと? 」
雄二はしばらく考え込んだ。
その時、店のドアが開いて――三人のお客さんが入ってきた。
「 いらっしゃいませ! 」
「 あ~すみません。こちら日用品も食料品も揃っている感じですけど、缶詰はどれくらい置いてます? 」
異国の民族衣装のような出で立ちの若い女性が、漠然とした質問を投げかけてきた。
「 缶詰ですか? すんません――どれくらいとは? 」
「 在庫も含め、このお店に置いてある缶詰全部です。中身の種類は問いません。缶詰の製品全てです。何個くらいありますか? 」
「 え? 全部? 」
「 そ、そうですね――寛子見てくれるか? 」
「 う、うん 」
寛子は壁際のPCを操作し、マウスを使って必要な情報を探した。
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「 えっと、桃などの果実缶詰をはじめ野菜缶詰、肉類、鳥とか、魚の水産缶詰も全部含めると、在庫は97ケースありますね。ケースごとに中の個数は差異があるんで、正確な個数は今すぐには・・・あとは店に並べてある分で全てです 」
「 ふむ。では営業に支障が出ない分は全部買います。支払いは現金で。あとレトルト製品も全部欲しいな~。日用品も色々欲しいな 」
雄二と寛子は唖然としてしまい、思考が一瞬止まってしまった。
「 え? いやお客さん――全部って・・・ 」
「 ああ、ごめんなさい。もちろん在庫全部が迷惑だったら、売れるだけで構いません。ちょっと支援をしたい事情があってですね、長期保存がきく食料や、生活必需品などを大量に購入したいんです。札束を見せびらかすのは――下品なのであまりしたくはないんですけどね。ほらコレです。冷やかしじゃありませんので安心してください 」
民族衣装の若い女性が、懐から札束を二つ取り出した。
さらに、「 これでも足りなければ追加でまだまだ支払えますから 」と、さも当たり前のように言い放つ。
「 なっ・・・ 」
清老夫婦は眼が点になり、開いた口が塞がらなかった。
「 あっ・・・もしかして、被災地に救援物資ですか? 」
雄二は、つい最近甚大な被害を出した他県の災害を思い起こした。
「 ああ、それとは別ですが――救援物資には違いありませんね 」
「 な、なるほど! 」
「 うちとしては、本当にご購入いただけるのでしたら大歓迎ですよ! 」
「 そうですか! ではこちらが指定する物を全て購入させていただきます。先ほども言いましたが、全て現金で支払います。荷物がめちゃめちゃ積める車二台で来てますし、人手もあるんで積み込みの手伝いとかは別にいいですから 」
「 は、はい・・・ 」
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「 こりゃ夢か? ・・・一か月二か月間隔で、また仕入れに来るって言いよったぞ・・・ 」
「 まるで神様やわ。これも特需ってやつなんやろうか? あのお客さんは大切にしないと! 」
「 ああ、そうばい。名刺渡したけん、次は事前に連絡するって言いよったしな 」
必要ないと言われた積み込みを手伝い、少々腰を痛めてしまった雄二だったが、一日の売り上げとしては、午前中の時点で既に過去ダントツの売り上げを記録した。そして多額のキャッシュを手に入れたのだった。
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少々遠回りになったが、どうせ爆買いするなら地元宗像市の商店を応援したい――と希望していた高岡さんの意向に沿い、清老ストアという小さなお店で爆買いを敢行した。
すぐに転移し物資をフロト村へ持って行きたいところだが、仕分けするためもあって、光輪会建屋に一旦持って帰る手筈だ。
全員生き返らせたとはいえ、村人のメンタルは回復していない。確実にトラウマになっており、完全に落ち着くまでは支援を続けるつもりだ。
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現在、大量の荷物を積んだバンに揺られ、帰途に就いている。
二台の内こちらのバンには――運転してくれている高岡さんと、私たち三人が乗車している。
「 春乃さん。早か人は今日来るやろうけど、明日治療待ちん人たちを呼んだっちゃよかですか? 」
左右確認をしっかりとしながら――高岡さんが切り出す。
「 ええ勿論OKです。そういえばあれからどうです? 噂が広まって弊害とかでてます? 」
「 そうですね――、入信希望者が増えとーとは事実ですが、春乃さんが気にしてたような、マスコミ関係ん人はまだ現れとらんですね 」
「 ふむ、油断はしないでね 」
「 はい! 意外と言ったらアレですけど、皆ちゃんと秘密を守ってくれとー感じで、助かっとります 」
「 ふむ。あ~そうだ。私が居ない時――緊急を要する治療が必要な場合は、遠慮なく薬を使ってね。無くなったらいくらでも補充するから 」
「 はい! 」
光輪会メンバーの中では、高岡さんにだけ霊薬のことを説明し、数本持たせてあるのだ。
「 信者さんから不平不満とか出てない? 」
「 出るわけないですよ! 献金も収入ん20分の1までしか受け付けんば徹底しとーし、あぁ、そういう意味では「 もっと献金したかとに! 」って不満はあるかもしれません 」
「 はははっ! 信者から搾り取ることしか頭にない悪徳な宗教法人が世の中には多いから、うちはかなり清廉潔白で、珍しい宗教法人に映るかもねぇ~ 」
「 あはっ! 確かにそうですね 」
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リディアさんは車に乗り揺られることにはもはや慣れっ子だが、まだ乗車回数の少ないミラさんは対照的で、緊張した子犬のように身体を強張らせていた。
「 ミラさん。今日は植物性シャンプーも私たち用に買ったし、三人で一緒にお風呂入ろうよ! 誤飲したらヤバいから、フロト村には持って行ってない洗髪剤なのよ。平屋のとは違って、髪が艶々になるやつだからビックリすると思うよ! 」
「 は、はい! 是非! 」ミラさんが流れる景色に目を奪われながら答える。
「 私も普段は魔法水シャンだから、シャンプーは結構久しぶりかも 」
「 春乃さん! お風呂に一緒に入る話しとるとですか? わたしも一緒に入りたいです! 」
ハンドルをしっかりと握りながら、高岡さんが叫んでいた。
「 ふおぉマジっすか! 愉しみだなぁ~。光輪会のお風呂って無駄に広いから、四人でも楽々入れそうだね。建築した以前のオーナーに感謝だわ~ 」
「 あははっ 」
――ぐふふっ。これは嬉しい誤算だわ! 周防大島の平屋のお風呂もそれなりに広いが、一人が湯船に浸かったとすると、洗い場に座れるのはせいぜい二人だ。しかしその点、光輪会のお風呂は無駄に広い!
私は女子四人が洗い合っている絵面を脳内に映し出していた。
頭の中には、ずっと妄想していた光景が浮かんでいた。
仲良し女子四人で過ごす休日。
人工の光が彼女たちの髪や肌を照らし、私はリディアさんに甘えるように寄り添う。リディアさんの香りや温もりに包まれ幸せを感じる。この瞬間を永遠に続けたいと思う私。
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――ヤバい! 意識が別次元にいきそうだったわ。
トリップしかけた意識を取り戻した。
ついニヤけた懲役モンの恍惚とした表情をしていたかもしれないと――、ハッと我に返り焦ったのだった。




