第151話 烏丸(からすま)少将
「 これほど絶望的な状況下で、闘争心を保っている点は褒めてやろう 」
日本刀の切っ先をシュナイダーに突き出しながら、リディアさんが言い放った。
「 くっ! 伯爵の駒である俺たちが邪魔だったのか? どうやら俺たちは――とんでもねぇ龍の尾を踏んじまったようだな 」
「 龍か・・・ハルノ様に比べれば矮小な存在だ 」
リディアさんはそう呟いた――
だがシュナイダーはそれを無視し、私の方へと眼差しを向ける。
「 魔道士ハルノ! 院政を敷く伯爵の失脚が最終目的なのか? もしそうなら――俺を殺さず証人として生かしておけば圧倒的に有利になるぞ? 伯爵からの依頼で、汚れ仕事を幾度となくこなしたのだ。どうだ? もし見逃してくれるなら、裁きの場で俺が証言してやる! 悪い話ではないだろう? 」
――何言ってんだコイツ? 取引のつもりか? 私たちに殺す以外の選択肢がまだあると考えている時点で、かなりのお花畑だな・・・
っつーか、黒幕を裁きの場に引っ張り出す気なんてサラサラない。極悪人は即抹殺! これに限るわ。
――まぁ、何が何でも生き残る道を模索しているのだろうけど、哀れというか何というか・・・だけど、リディアさんのために受けるのもいいかもなぁ。
「 寝言は寝てから言え! お前の死は免れん! 」
リディアさんが声を荒げる。
私はそれをジェスチャーで制し、シュナイダーに静かに語りかけた。
「 そうですねぇ、チャンスを与えるのも一興ですかねぇ 」
「 なら――私の騎士リディア・ブラックモアに土を付けたら、その時は考えてやらないでもないかなぁ 」
あえて鷹揚に言い放ち、ちょっとだけ嗜虐的な提案をした。
「 よ、よし! その言葉、忘れてくれるなよ 」
リディアさんの剣士としての強さを知っており、なおかつ私の魔法障壁が付与されているのだ。リディアさんが敗北する可能性はゼロだろう。
だが、膝を突かせるだけなら可能性はゼロじゃない。いやむしろ、その可能性はそこまで低くはないのかもしれない。
内心、私は苦笑していた。
このそもそも守る気が全く無い口約束は、かなりサディスティックだと自分で感じる。
それにまず無いとは思うが、万が一リディアさんの身体が危ういと感じたら、即座に攻撃に参加してシュナイダーを殺すつもりでいる。
横やりを入れ、後々リディアさんに誇り高き騎士の立場からお叱りを受けても、それは甘んじて受け入れる。
私にとって騎士の矜持を尊重することよりも、リディアさんの身に傷がつかないことの方が大切なのだ。完璧に治すとはいっても、痛い思いはさせたくないのだ。
リディアさんには――危ないことをしてほしくないと常に思っている。
にもかかわらず、このようなお膳立てをすることはかなり矛盾している。
それは重々承知の上だ。
ならばナゼかと問われると――
常日頃から、本気で斬りかかってくる悪人相手に、日本刀の剣技を試してみたいと言っていたので――今回はたっての希望を叶えてあげたいという思いもあった。
日本刀の剣技といっても、リディアさんにとっては映画やゲームの中で披露される技のことなのだろう・・・これは私に責任がある。正統な剣術動画がネットの中には数多あるのに、あえてそれらは見せず、リディアさんが喜ぶだろうと――フィクションの映画や、周防大島で実際に私がプレイしていたゲームの技ばかりを見せてしまったせいだ。
シュナイダーが詠唱を開始する。
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「 氷結の盾! 」
シュナイダーの突き出した左手に冷気が集まり、空気中の水分が凍りついて、掌から薄い氷の膜が広がっていった。やがて身体を覆うほどの大きさになった氷の盾は、攻撃を跳ね返すための堅牢な壁となった。
「 ほぅ、なかなかの魔道士ですな。炎と氷の属性を同時に操るとは。特に氷属性は扱いが難しく、あれほどの氷塊を発生させ固着させるからには、相当熟練した魔法技術を習得しているはず 」
いつの間にか――私の真横に移動していたバルモアさんが、感心した様子で呟いた。
「 へぇ~、バルモアさんが褒めるなんて、やっぱ魔道士としては凄いんですねぇ。一体どこで道を誤ったのか・・・もっと正しい力の使い方をすれば、今頃は立派な地位に就いていたでしょうにねぇ。そう思わない? バルモアさん 」
「 元来、自身の欲望や利益を優先し、行使するその力も正当化されると信じ責任を感じないタイプなのでございましょう。そして成長するに伴って力を誇示し、恐怖や服従を強要したりすることで快感を得るようになっていったのでしょうな 」
「 魔法分野で天賦の才があったにせよ――かなり苛烈な修行を積んでいるはず。それに先ほどの剣撃・・・剣の腕もなかなかのモノかと。確かに勿体ない気がしますな。ヒヒッ 」
私たちが話し込んでいる間に動きはない。
二人は構えたまま付かず離れず――ジリジリと互いに間合いを調整しているように見えた。
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しかし、その静寂を破ったのはシュナイダーだった。
巨大な氷の盾を前面に構え突進する!
突進しつつシュナイダーは高らかに叫んでいた。
「 氷の棘よ貫け! 」
すると突然、氷盾の表面がボコボコと沸き立ち――いくつもの氷の棘が形成された。
「 リディアさん! スパイクシールドみたいになってる! 」
私は思わず叫んでいた。
そしてリディアさんが一瞬だけ躊躇しているように見えたのだ。
どちらに回避しようか? または剣を片方投擲しようか?
と、そんな風に迷っていると直感した。
私ならば、片方の剣をシュナイダーの足元に投げつけて転倒を狙うだろう。
「 リディアさん! 遠慮なく光神剣を使って! 不敬だとかは考えなくていい! 」
「 御意! 」
次の瞬間、私は目を見張った。
リディアさんは光神剣を瞬時に地に突き刺したのだ。
――いったい何を?
しかしすごい膂力だ。女性とは思えない筋力。
少し跳び上がり自重を乗せていたとはいえ、使い慣れていない剣で、しかも利き腕じゃない方であれほど深々と地に突き刺せるものなのだろうか?
もしかして、光神剣が凄いのか?
そして、さらに私は感心することとなる――
リディアさんはその光神剣の柄に跳び乗り――、蹴り飛ばした!
それはまるで、新体操のムーンサルトの最後の捻りのように、空中で身体を捻りながらシュナイダーの頭上を飛び越えたのだ。
ましらの如くってやつだった。
「 うおぉ! すげぇ! さすがリディアさん! 」
「 惚れてまうやろー! 」
そして降下中に日本刀を両手持ちし、自重を乗せシュナイダーの頭上から斬り下ろす!
ギイィィィーン!!
一瞬呆気に取られたシュナイダーであったが、慌てて炎剣をカチ上げ、左腕も支えとして捻じ込みリディアさんの渾身の一撃を間一髪で防ぎきった。
――リディアさん完全に殺りにいってるなぁ・・・あれがヒットしてたら真っ二つになってるやんか!
防ぎきったものの――氷盾を手放すこととなったシュナイダーが、剣圧に押されて少しだけバランスを崩した。
一方斬り下ろしを弾かれたリディアさんは、まるで獣のように――地へ四つ足で着地する。
そしてさらに助走し地を蹴った!
今度はコークスクリューよろしく、飛び上がって体を斜めに回転させながら、よろめくシュナイダー目掛けて刺突を繰り出した!
まるでライフルから発射された銃弾の様相を呈していた。
シュナイダーの眼前に、ドリルのような日本刀の切っ先が迫る!
ギャリイィィィー!!
シュナイダーは鬼の形相で炎剣のフラー部分( 剣の腹 )を眼前まで持ち上げ、またしても防御に成功した。
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ってかあの技・・・
「 烏丸少将文麿 」の剣技やんか!
以前リディアさんと一緒に観賞した、「 柳生一族 」という特撮時代劇映画に出てくるラスボスの大技だ。
とんでもなく濃いキャラだったので、ストーリーは覚えていないがそのラスボスは今でもよく覚えていた。
普段は真っ白い顔面で、とにかくフニャフニャとした――いかにも公家らしい言動のキャラだった。
「 おじゃる! おじゃる! 」と語尾に必ず付け加え、一人称はもちろん「 マロ 」
だが裏の顔があり、武芸を卑しいと捉える公家には珍しく――実は最強の剣豪という設定だった。
主人公、柳生十兵衛の片目を奪ったのもこの公家の男だ。
今――リディアさんが使ったコークスクリューからの空中刺突技が、その烏丸少将文麿が十兵衛との最終決戦で使った大技だった。
ワイヤーなどの特撮技術を使いやっと成立するような大技を、生身で再現するとは!
コスプレをする人は多数いるが、あんな大技を再現する人はまずいない! しようとも思わないだろうし、まず不可能。
しかも主人公の十兵衛の技じゃなくて、ラスボスの烏丸少将の技をチョイスするとは・・・
私は――リディアさんのセンスに脱帽だった。
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必殺の刺突を防ぎきったものの――大きくバランスを崩し、たたらを踏むシュナイダー。
リディアさんも態勢を大きく崩し、追撃とまではいかない様子だった。
だがこの合間を狙って、地に突き刺さる光神剣を抜き取った。
「 なかなかやるではないか! だがここからだ! いくぞっ! 」
そう叫び、二刀流のリディアさんが突進する。心なしか妙に嬉しそうだ。
シュナイダーは返答しない。どうやら詠唱中のようだった。
「 氷属性! 氷結の槍撃! 倍加! 」
長い氷槍が四本、中空に現れるや否や――突進するリディアさん目掛け一直線に襲い掛かった!
「 ぬるいっ! 」
左手の光神剣を弧を描くように振るう!
四本の氷槍はことごとく光神剣に切り捨てられ、急速に萎んで掻き消えた。
「 なっ! バカなぁっ! その剣、解呪文が付与されているのか! 」
「 あり得ん・・・ 」
シュナイダーは茫然自失といった様子で、剣を持つ手をだらしなくブランと下ろした。
いつの間にか、剣に纏わせていた炎は消えている。
もはや戦意喪失・・・
それを見たリディアさんも急停止していた。
「 実体の無い魔物をも斬り伏せる神剣だ。魔道に精通している魔法剣士のお前なら――よく解るだろう? この剣が如何に神がかっているのか、そしてハルノ様の偉大さが 」
「 化け物どもめ・・・ 」
「 ふははっ! ははっ! この俺もここまでか! 散々好き勝手やってきたんだ、別に後悔なんてしてねぇぜ! 最後にお前のような凄腕の剣士とやりあえたんだ、もう思い残すことは何もねぇ 」
シュナイダーは全てを諦めたかのようにその場にへたり込み、乾いた笑い声をあげていた。
リディアさんが私の方を向き膝を突き、光神剣をうやうやしく持ち上げた。
どうやら――最後のトドメは私に譲るということなのだろう。
リディアさんの意思を汲み取り、歩を進めて光神剣を手に取りコントロール機能を元に戻した。
そして、座り込んだシュナイダーの眼前に立つ。
「 地獄があんのか知らないけど、閻魔様に会ったら自慢するといいよ。最強剣士の猛攻を二度も防ぎきったんだ! ってね 」
「 は、ははっ・・・ははっ、エンマ様? 誰だそりゃ? マジで何モンなんだお前ら・・・ 」
「 その答えも、閻魔様に聞けば教えてもらえるはず 」
「 光神剣! 」
ザシュッッ!!
私は無慈悲に光神剣を真横に振り抜き、その首を斬り落とした。
ゴロゴロと転がる首と、血液を大量に吹き出し静かに倒れ込む肉体。
地に転がった首は――、一瞬心なしか微笑を湛えているように見え、どこか満足した表情を浮かべているように見えたのだった。




