第150話 闇夜の攻防
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「 まだアルゴスによる被害が聞こえてこない。ヤツらに討伐されたのではないのか? 」
鍛冶場の奥の部屋に身を寄せる二人。
唐突に、魔道士シュナイダーが相棒のエドに話を振った。
「 あの人数ではあり得ん。ヤツがお前よりも格上の魔道士だとしても、魔法戦でアレに勝てる可能性は無い! 物理攻撃もほぼ無効だ―― 」
金属のヤスリで小型斧の刃を研ぎながら、顔も上げずにエドが返事をした。
「 ならばナゼだ? ナゼ被害が無いのだ? 野放しになったアルゴスが、周辺の者を飲み込む事態が多発すると言ったのはお前だぞ 」
「 これだけ日が経っても被害が出ていないということは――、地下出入り口が塞がれたのだろう。ヤツの従者が塞いだのなら、そいつらはアレから逃げ切れたかもしれない 」
ヤスリで擦る動作を緩めることなくエドが続ける。
「 とにかく今は動くべきではない。アルトたちは既に始末されているだろう 」
「 ああ、そう何度も言わずとも解っている 」
「 しかしヤツらは一体何者なのだ・・・この俺がここまで追いつめられるとは 」
シュナイダーは、苦々しい表情のまま呟いた。
「 お前こそ、何度もそればかり言ってるじゃないか・・・考えても埒が明かないぞ。今は待つんだシュナイダー。アルゴスがハルノを斃し喰らっているとしても、地下に下りてこなかった従者どもはまだ数人確実に生きているだろう。今は辛抱して待つんだ 」
「 ああ、心得ている。だがここまで戦力を削がれたんだ、焦るなという方が無理があるってもんだろ? ところで、やはりアルゴスの魅了は既に切れているのか? 」
「 これだけ日が経てば間違いなく魅了効果は消えている。密閉の大箱から出し、休止状態解除となってから――数日経過していることになるからな 」
エドは即答していた。
「 もう一度魅了し、支配することはできないのか? 」
「 不可能ではないが現実的ではないだろう? アレが地下に隔離されていると仮定してだが、奴隷を20匹以上も連れてあの館に赴くのか? ヤツの従者が遠方で見張っていれば、その時点でバレるぞ? そもそも伯爵の助力を得られない今――奴隷を20匹も用意できんだろう? 」
「 ああ、そうだったな・・・魅了状態の人間を複数喰わせる方法だったな 」
エドは研磨の手を止め、シュナイダーを見遣った。
「 今は伯爵に接触するだけでも危険だ。伯爵の近辺にもヤツの従者が張り付いているかもしれん。もしくは、伯爵ももう――始末されているかもしれんがな 」
「 くそっ! 何なんだ一体! ヤツらは誰かに雇われているのか? 個人的な恨みつらみで動いているとは思えんが・・・お前が言うように、最終的な狙いは伯爵なのかもな。俺たちが先に狙われたのは――伯爵の選択肢を奪うためだったのかもしれん 」
シュナイダーは小振りの片手剣を床に叩きつけ、激しく苛立っていた。
「 何度も同じことを言うようだが――俺たちの居場所が特定された原因は、口を割ったアルトたちからの情報という線で間違いないだろう。伯爵の抹殺が最終目的ってのは十分あり得ることだな。その場合、お前の剣を捜査していた動機については謎のままだが・・・ 」
「 しかしヤツの言動を思い返してみるに――奈落に突き落とされたことに対しブチキレていた。他の標的よりも、俺たちを始末することを優先している印象だった。任務ではなく、ヤツ個人の感情で動いている印象だったな 」
苛立つシュナイダーとは対照的に、エドは余裕すら感じさせる受け答えだった。
「 しかし遅いな・・・レイヴンのおっさんはどこで油を売ってるんだ? 」
エドが続けて呟く。
「 確かに遅いな。まさか・・・ヤツらか? 」
シュナイダーは、不安そうにキョロキョロと室内を見遣った。
「 おい! しっかりしろシュナイダー! ここはさすがに嗅ぎつけられないだろう。懇意だということはアルトにすら伝えていなかったんだ。バレる可能性が無い 」
「 確かにそうだな。ふぅ~・・・こんな場所で腐っているとどうも疑心暗鬼になっちまうぜ 」
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突然――、鉄を溶かす炉の上に伸びる煙突の中から物音が発生した。
シュナイダーは驚き、片手剣を構え飛び退く。
エドも研磨していた小型斧を持ち直し構えていた。
音自体は控えめで、騒々しいモノではなかった。
カランカランという金属がぶつかるような連続音だ。
何かが煙突の中を転がって落ちてきているようだった。
駆け寄った彼らは固唾をのみ――炉の入口を凝視する。
そこにあったモノは、薄暗い鍛冶場に微かに光るモノだった。それは目を見張るほどの――完全なる球体で、鉄で製作したような小振りの玉だった。
「 な、なんだというのだ?! なんだこれは? まさかヤツらか? 」
シュナイダーが叫ぶ。
「 まさかっ! いや、あり得ん! 」
エドも焦燥し、キョロキョロと室内を見回していた。
すると突然、その正体不明の球体から――急激に大量の白煙が吹き出し始めたのだった。
白煙は目や喉に沁みて涙と咳を誘った。白煙はただの煙ではなく、間違いなく何か危険なモノが含まれている! と、二人の危機察知能力を激しく刺激した。
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王街の中心に近い場所にある鍛冶屋は、他の建物とは一線を画していた。
石造りの堅牢な壁に、鉄製の扉と木窓枠がついた頑丈そうな外観だ。扉の上には――鎚と剣の紋章が掲げられている。周囲には、鉄や石炭、木材などの材料が積まれていた。
その鍛冶屋の屋根の上――
煙突の先から、バルモアさんに手榴弾を投げ込んでもらった。
ピンを抜き、即投げ落とすだけの簡単なお仕事だ。
数日前に使用したスタングレネードほどのインパクトがある特殊兵器ではないが、今回使った手榴弾も、一般的な日本人だとほぼ入手不可能な代物だろう。
アメリカ軍が使用する白煙を発生させる小型手榴弾。一般的に「 小型白リン弾 」または「 WP発煙弾 」と呼ばれるらしい。WPが何の略なのかまでは聞いていない。聞いたところで、どうせ覚えていないのが私だ。
効果のほどは、充填する白リンが大気中で自然燃焼すると、吸湿して極めて透過性の悪い煙を発生させるというものだ。
木窓の隙間から、白煙がモクモクと漏れ出ていた。
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ゴホゴホと咳込みながら、鍛冶屋の建屋から――堪えきれずといった様子の男たちが出てきた。
「 燻されて堪らず出てきたか害虫ども! 聖なる光球! 」
真っ暗な空間に、突如眩い光源を出現させる。
いつにも増して、まるで太陽が昇ったかのように、眩しい黄色がかった光だった。
男たちは眩しそうに目を細めた。
「 くそっ・・・やはりお前か! 生きていたのか! アルゴスから逃げ切るとは 」
エドが思わずといった様子で叫んだ。
「 くっ! こうなったら殺るしかないぞ! エド! 俺を援護しろ! 」
呼応するようにシュナイダーも叫ぶ。
二人は腹をくくった様子で得物を構えた。
シュナイダーは片手剣。エドは手斧だ。
臨戦態勢になった二人を確認したバルモアさんが、屋根の上から飛び降りてきた。
「 ヒヒヒッ! 野卑きわまりない下賤の輩よ。使徒様の御前だ! 拝跪せよ! 」
「 使徒様だと?! 誰の指示で動いている! お前たちの裏には誰がいるのだ! 俺たちに危害を加えれば、伯爵を敵に回すことになるぞ! ナゼ俺たちを狙う?! 」
焦りに焦ったシュナイダーが、今さらな詰問を繰り出していた。
その詰問に返答すべく、建屋の陰からリディアさんとミラさんが現れた。
「 お前たちは神の逆鱗に触れたのだ。これから死ぬ理由はそれだけで十分だろう 」
さらに反対側から、ルグリードさんとアンディスさんが武器を構えたまま現れる。
「 少なくとも俺たちには明確な理由がある! エリザを欺いて傷つけた。それがお前たちが死ぬ理由の一つだ 」
「 ぬうぅ、多勢に無勢か・・・ 」エドが焦燥感を滲ませていた。
「 まだだ! 追加で8体召喚する! 暁の軍隊! 」
私の周囲に展開するように、ムクムクと人型が浮かび上がり、やがて8体の戦士が具現化された。
弓を持つ4体と、近接武器を持つ4体だ。
「 なっ・・・ 」
シュナイダーとエドは絶句し、プルプルと震えているのが見て取れた。
「 心配するな・・・この戦士たちには結界役を任せるだけで、攻撃には加えないと約束しよう 」
「 少し離れた所に均等に配置する。つまり、この戦士たちが囲む内側がバトルエリアだ! 見事私たちを斃して見せろ! どうせ死ぬなら最後くらいは勇猛果敢に戦って散りたいだろう? 」
あえて高圧的な態度で、二人を挑発した。
「 このアマァ! ナメやがって! 」
「 ・・・もはやこれまでか、だが! 流石にここまで虚仮にされては黙っておれんぞ! 」
エドが虚勢を張っていた。
「 くそっ! エド! そっちは任せたぞ! 」
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「 風属性! 輪剣斬! 」
シュナイダーが魔法を唱えた。
輪っか状の斬撃エネルギーが、空間を切り裂き私に迫ってきた。
――コワっ!
正直に言うとめちゃくちゃ怖い。斬撃系はマジで怖い。だがデュールさんの言葉を信じ、不動の仁王立ちだ。
ガッ!!
私に直撃した瞬間、恐怖のあまり思わず瞼を閉じてしまった。
そのため、実際に何が起こったのかは見えていなかったが、どうやらその直後、斬撃エネルギーは霧散したようだった。
「 なんだとっ! 」シュナイダーは目を見開いて驚愕していた。
「 どうやらお前にとっては最大の攻撃だったようね。初手で最大ダメージを与える魔法を撃つのは賢明だとは思うけど、残念ながら私には何発撃っても通用しない! 」
実際には、撃たれ続けても無限に耐えられるわけではない。しかし、それを感じさせることなく、堂々と余裕を漂わせる仁王立ちを続けていた。
「 炎属性! 炎竜弾! 」
「 炎属性付与! 焔魔剣! 」
連続魔法だった。
シュナイダーが、左掌から灼熱の輝きを放つ大火球を解き放つ。
その瞬間――右手に握る片手剣もまた、魔法の炎に包まれていた。
「 聖なる土龍壁! 」
私は防御のため魔法を唱えた。大地から厚みのある土壁が隆起し、私と大火球の間に割って入る。
ゴガッッ!!
魔法の土壁に衝突した火球が、派手な激突音を夜空に響かせた。
その音が掻き消えると同時に、魔法の土壁も意思の力で消去した。
が――土壁によって視界が一時的に奪われた私の眼前には、炎の剣を振りかぶり跳躍するシュナイダーが肉薄していた。
――うおおっ!
私は咄嗟に左腕で頭部を覆うような防御姿勢をとってしまい、恐怖のあまり瞼をぎゅっと閉じてしまった。
ギイィィン!!
「 下郎の分際で、剣撃をハルノ様に浴びせるなど以ての外! 身の程をわきまえろ! 」
瞼を上げると、リディアさんがその手に持つ日本刀で、シュナイダーの振り下ろした炎剣を受け太刀していた。
「 リディアさん! 」
「 ハルノ様。既にあちらは始末しております 」
視線を皆の方に向けると――大地に仰向けで倒れ込むエドの胸板に、ミラさんが宝刀を突き立てているところだった。
「 ええっ!? もう殺したの? 」
「 はい。造作もありませんでした 」
まぁ無理もない。
エドの強さの本質は、魔獣と共にあることだ。しかし、その力の源とも言える魔獣を失った今、エド単体では大きな脅威とはならないのは容易に想像がついた。
そもそもあっちは5対1だ。その中に、国を代表するような達人クラスの手練れが、少なくとも二名含まれているのだ。冷静に考えて、この五人に対し、たった一人だけで勝てる要素は皆無。
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「 くっ! 卑怯だぞ! 」
「 卑怯だと? ならばわたくしのみで相手をしてやろう! ハルノ様! ここはわたくしにお任せください! 皆も手出し無用! 」
狼狽し後退りするシュナイダーに、リディアさんが言い放った。
「 光神剣! 」
「 ええ、じゃあ任せるわ。ではこれも使って。ゲームの十兵衛のような二刀流を試してみたいって言ってたでしょ? 尤もこれは日本刀に似ても似つかないけど 」
私は光り輝く浮遊する剣を顕現させ、リディアさんの眼前に移動させた。
「 はい! ではお借り致します! 」
そう叫び、リディアさんは光の剣を左手でガッシリと握った。
私は意志の力で一時的にコントロール機能を切断した。現在の所有者はリディアさんだ。
光の剣と日本刀を左右に握る二刀流のリディアさんと、魔法の炎を纏う片手剣を握るシュナイダー。
「 ぬうぅ、モンスターどもめ・・・ 」
そう呟いたシュナイダーは、赤い羽根付き帽子を掴み後方へと力強く投げ捨てた。
その仕草は――私の目には死を覚悟し、それを受け入れつつある者の姿として映った。




