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第147話 仮面の下

 ~深夜~

 ~アルトの館、一階エントランス~


 こちらの狙い通り――アルトの館にシュナイダーとエドが逃げ込んでおり、蜘蛛の巣を張っていた暁の軍隊に絡め取られていることを期待していたのだが・・・


 さすがにそんな都合の良い事態にはなっておらず、どうやら――この館に逃げ込むという選択肢は取らなかったようだ。


 伯爵所有の館に、私たちが攻め込んできた時点で、こちらの館は既に制圧されていると考えるのが妥当だろうから、当たり前と言えば当たり前の結果なのかもしれない。

          ・

          ・

          ・

 私たちがバルモアさんに全て任せて出て行った直後――、入れ替わるように、何も知らない呑気な残党どもが戻ってきたらしい。


 バルモアさんと暁の軍隊はそれら残党を瞬殺し、バルモアさんだけが、私たちを即追いかけたとのことだった。


「 潜伏調査の際、奴らの面相は総員完璧に記憶しております。シュナイダーとエドを除いた14名に関しては――、これで処刑が完了しております。ヒッヒッ! 」


「 さ、さすがバルモアさん! 人の顔を覚えきれない私みたいな人には、信じられないスキルだわ・・・これでシュナイダーたちが捕獲されていれば完璧だったんだけど、そこまで奴らもバカじゃないか 」


「 使徒様、先ほどお伝えした地下室の奴隷の件ですが、ここに連れて来ても宜しいでしょうか? 是非とも治癒魔法をお願いしたく存じます。どうやら自力では逃げられないようにと、腱を切断されております(ゆえ)―― 」


「 ああ、そうだったね。連れてきて。それからルグリードさんたちに言っておくけど、二階には上がらない方がいいよ。夥しい死体が詰まってる部屋とかあるし、血まみれだから。エリザさんが見てしまったら、トラウマになると思うし 」


「 は、はい、了解しました・・・ 」


 表情を引き攣らせた状態で、案の定――馬鹿丁寧な対応に変貌してしまったルグリードさんが答える。


          ▽


 ボロを一枚纏った女性が、バルモアさんにお姫様抱っこされた状態で現れた。


 エントランスに座り込む私たち6人は、一斉にその女性を凝視する。


 抱っこされた女性は、驚愕と戸惑いの表情を浮かべていたが、バルモアさんが耳元で何やら囁いた後、「 お、ねがい、します 」と、まるで重度の風邪をひいている人のように、掠れきった声で挨拶をしてきた。


 私は立ち上がり、2人に歩み寄った。


「 バルモアさんから聞いています。治癒魔法であなたの傷を治しましょう。その対価として、シュナイダーとエド、それからサリエリだっけ? 黒幕と言われる伯爵の情報などをもし持っていたら、教えてもらいたいのです 」


全治療(オールキュア)! 」


 抱っこされた女性の体を、眩い光が包み込んだ。


「 立て女! もう自力で歩けるはずだ 」


 バルモアさんは粗野な口調で、女性を乱暴な手つきで床に下ろした。


「 ああ、神様! 歩けます・・・自分の足で歩けます。こ、声、声も・・・死神さんありがとう、ありがとうございます 」


 床に下ろされた金髪女性は、ヨチヨチ歩きで数歩真横に歩くと、棒立ちのまま号泣を始めた。


「 痴れ者め! 俺にではなく使徒様に感謝を述べよ! 」


「 ちょっとバルモアさん! なんでそんなにツンツンしてんのよ。どうしても助けてやりたい女がいるって、その女性(ひと)のことだったんでしょ? 」


「 なっ! いえ! どうしてもと申したのは言葉の綾でして! 本来このような痴れ者など放っておいても良かったのですが、ただ成り行きで、助けてやれば情報を得られると思いまして、それで口封じで始末するよりは、助けてやるほうが利があると踏んだだけで、別に俺は、助けてやりたいわけではなく――単なる成り行きと申しますか・・・ 」

 突然焦ったように、しどろもどろになりながら、バルモアさんは早口で弁明していた。

 仮面を被り表情は見えなくとも、照れ隠しで多弁になっているのは明白だった。


 リディアさんもミラさんも、クスっと笑っていた。


「 はははっ! もういいよ、よくわかったわ。しかし、バルモアさんの可愛い一面が見れて満足だわ! 」


「 ぐっ・・・ぬうぅ 」


「 ごめんごめん! ちょっと意地悪だったね。とりあえず女性2人の身体も治ったことだし、今日はここで朝まで過ごしましょう。まだあのクズ共が、ここに逃げ込んでこない――とは言い切れないし 」

「 移動は明日早朝からってことで、一旦この王都で宿を取ろう。もうこうなりゃ――最悪ライベルク王国金貨を使えばいいし! 」


「 御意。ではこのエントランスで休めるように、寝具など使えそうな物を皆で運びましょう。ハルノ様、それで宜しいですか? 」

 リディアさんが気を利かして――そう進言した。


「 うん、あと食料を探して持てるだけで良いので持ってきて。私とエリザさんと、え~っと今治した人、名前は? 」


 治癒した女性に視線を投げ問いかけた。


「 あっはい、アイリーンと言います 」


「 ああ、じゃあアイリーンさんも一緒に、3人で食事の準備をしましょう 」


「 は、はい 」


          ▽


 私とエリザさん、アイリーンさんはエントランスに留まり、他の5人は館の各部屋へ物資を求めて散開した。


 単純に倍の8人という大人数パーティーになってしまい、食料の減りも単純に倍になると思うが、この館に備蓄してある食料で補填するつもりで、今回だけは大盤振る舞いすることにした。

 クズ野郎共が消費するはずだった食料ということで、多少気持ちが悪い気もするが――食べ物に罪はないはずだ。


          ▽


 このエントランスは広々としたホールで、天井には大きなシャンデリアのような物がぶら下がっている。壁には肖像画や紋章が飾られており、床には赤い絨毯が敷かれている。


「 クズ共の館にしては、なんだか豪奢な作りだわね 」


「 確かにそうですね 」

 改めて周囲を確認した私の呟きに、ミラさんが反応した。


 簡易カセットコンロで温めた――レトルト食品や缶詰を床に広げている。


 レトルトのミートソーススパゲッティ、コンソメスープの缶詰、レトルトのビーフシチュー、サバの味噌煮の缶詰、レトルトのチキンライス、焼き鳥の缶詰、桃缶などなど・・・


 あとはカップ麺などもあるが、これは1人の時の非常食だ。


 さらに二本しかないワインを両方開け、私とバルモアさん以外のコップに注ぎ提供する。


「 それじゃあ、とりあえず乾杯しよう。皆を酔わすわけにはいかないので一杯だけね。あとは私が魔法の水を出しっぱにしておくから、各自コップで掬って飲んでちょうだい 」


「 乾杯! 」

 そう声を上げた私に反応し、それぞれがワインの入ったプラコップを持ち上げ、控えめに各々カチリと合わせ乾杯した。


 制圧したとはいえ、敵の拠点で何やってるんだ? って感じで――少々違和感を覚えないでもないが・・・


          ▽


「 なになに、どうしたの? なんで泣きながら食べてるのよ。泣くほど美味しい? 」


 突然アイリーンさんが、シチューを頬張りながらポロポロと落涙していた。


「 す、すみません・・・まるで夢のようで、ううぅ、信じられなくて、嬉しくて・・・うぅ 」


「 まぁ、お礼ならバルモアさんに言ってね。あなたを見つけたのもバルモアさんで、どうしても助けてあげたいって言ってたのも本当だしね 」


「 は、はい 」


 バルモアさんに聞かれたら全否定されそうだが、彼は人前で食事ができないので、現在私たちの視界の外に消えている。


「 で、アイリーンさんに聞きたいんだけど、リーダー格のシュナイダーや、その相棒エドが――この館以外で潜伏先に選びそうな場所を知らない? 」


 プラスチックの器とスプーンを静かに置きながら、アイリーンさんが答える。

「 ここ以外となりますと、後ろ楯になっている伯爵様のところかと・・・ 」


「 やっぱそうだよねぇ・・・ 」


「 あっ、そういえば 」


「 なに? 」


「 そういえば随分前にエドさんが――、街で店を構える職人さんと、次の日に会う約束があるから今日はここまでだ――と、そのまま明日は泊まるから戻らないと、何でも武器の斧を研いでもらうとかで・・・そんな話を聞いたことがあります 」


「 ふむぅ、え? 武器の手入れついでに、職人さんの家に泊まるってこと? 」


「 はい、わたしにはそう聞こえました 」


「 ハルノ様! もしや我らが聞き込みをしていた店の中に、協力者がいたのではないでしょうか? 」


「 あたしもピンときましたよ! 絶対そうです! これで点と点が繋がりましたね! 」


 リディアさんとミラさんは、水を得た魚のようにテンションが上がっていた。


「 なるほど。協力者というか、一味が経営しているのかも・・・よし! では明日、街の宿に拠点を移し、またバルモアさんに一働きしてもらおう。私たちが行った武器関係を置いてる店って、二~三店舗くらいだったでしょ? そんなに時間はかからないはず! 」


「 はい! 次こそ確実に仕留めてみせます! ふふっ、このカタナを振るう機会があれば良いのですが 」


「 よし! そうと決まれば、サッサと食べて仮眠取りましょう。スマフォで約一時(ひととき)おきにアラーム鳴らすから、2人一組で見張りをしよう。一応暁の軍隊がいるけど、もう時間的に消えてしまう可能性が出てるからさ。召喚してる私が、制限時間を把握できないという謎仕様だし・・・ 」


「 畏まりました。では、最初はルグリード殿とアンディス殿に任せていいか? 」


「 ああ、問題ない! 」「 任せてくれ! 」


 その後はリディアさんがテキパキと分担を決め、食べるだけ食べて、明日からに備えサッサと寝ることにしたのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ~三日後~

 ~王都ルベナス、商業区~


 鍛冶屋を営むレイヴンは、夜の静けさに耳を傾けた。

 今夜は月がなく、街は暗闇に包まれていた。いつもより静かだ。


 レイヴンは、鍛冶場の奥に隠れている男たちを見た。

 2人は王都で荒事を請け負う者たちで、何らかのトラブルに巻き込まれ、自分のところに逃げ込んできたのだ。

 彼らとは昔からの付き合いだったので、彼らに頼まれて、暫くの間――身を隠してやることにしたのだが・・・


 ――まさか俺の鍛冶場に逃げ込んでくるとは・・・何度聞いても詳細を教えてくれそうにないが、一体何があったんだ? ここに逃げ込んでくるとは――、よっぽど切羽詰まっているのか?


 レイヴンは、彼ら2人に頼りにされているという自負があった。

 しかし逃げ込む先にここを選ぶなんてことは、今まで一度もなかった。余程の緊急事態なんだろう――と考えていた。


          ▽


「 おい! ちょっと井戸に水を汲みに行ってくるぞ! 」

 レイヴンが首を伸ばし、奥の部屋に向かって叫ぶ。


「 ああ、気を付けてな 」

 シュナイダーの返事が、一呼吸遅れて返ってきた。

          ・

          ・

          ・

「 ったく・・・奴らの為に水を汲みに行くってのに、まるで他人事じゃねーか 」

 鍛冶屋を出たレイヴンは、声に出してぼやいた。


 夜の闇に紛れて、荷車を引きながら近所の井戸へと向かった。

 荷車には木のバケツのようなものが何個も積まれていた。

          ・

          ・

 井戸に着くと――レイヴンは周りを見回した。

 暗い道に人気はなかった。念のために誰かがいないか確かめたのだ。


 誰もいない。

 人気は全く無い。

 安心して荷車からバケツを一つ取り出し、井戸の縁に置いた。

 そして滑車に繋がれた縄を手繰り寄せ、備え付けのバケツを確認した後、再び井戸の中に垂らした。


 一つ目のバケツに水を移し替え、荷車に戻した時だった。


 首筋に冷ややかな感触を覚え、脊髄反射するようにハッと振り返ろうとする。


 が――、ガッシリと首を極められた状態で、まったく動かすことができなかった。


「 なっ! なん?! 」


「 騒ぐな、使徒様はお前だけは安易に殺すなと申された。だが安堵するなよ? こちらの意向に反する言動をすれば――その限りではないぞ、ヒヒヒッ! 」


「 ひっ! だ、誰だ? 」


「 発声は許可していない。死にたいのか? 肯定の動作のみを許す。肯定の場合のみ左手を上げろ。次許可なく発声すれば、このまま容赦なく首の骨をへし折るぞ。現在の己の立場を理解したか? 」


 レイヴンはわけが分からぬまま――、ゆっくりと左手を上に伸ばした。


「 よし。では一つ二つ答えてもらおう。もう一度言うが、おかしなことは考えるなよ。お前の命は我が手中にあり、紙一重ということを忘れるなよ 」


 レイヴンは念のため、もう一度そぉ~っと左手を伸ばした。


「 お前の鍛冶場に、魔道士のシュナイダー、魔獣使いのエドが潜伏しておるな? 」


 レイヴンは逡巡(しゅんじゅん)した。

 だが時間は無い。考えている時間は極僅かだ。


 後ろに立つ男は、間違いなく暗殺を生業にしているのだろう。

 ビンビンと肌で感じる。ケツから氷柱をぶち込まれたようなこの感覚・・・


 暗殺のプロだ。


 間違いなく――千軍万馬の暗殺者・・・


 正直に返答するしかない・・・助かる道はそれしかない。


 レイヴンは質問に答えるべく、左手をゆっくりと上げた。


「 2人だけだな? お前を除いて他にはおらんな? 」


 今度は即左手を上げた。


「 よし。では暫く眠ってもらおう 」


 背後の男がそう耳元で囁いた次の瞬間――


 後頭部に突然、強い衝撃が奔った!


 激しい痛みと共に、生まれて初めて経験するくらいに――大きく鳴り響く耳鳴りだった。


 やがて目の前が真っ白になり、バランスを失った。

 気絶する寸前、何者かに抱えられたのが――最後の記憶だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。 やっと正月の仕事も落ち着いてきました。 シュナイダーとエドも見つかり、次回裁きを受けるのでしょうか? なるべく一話遅れで読ませていただこうかと思いますが、次…
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