第145話 妖怪百目
「 バルモアさん! えっ? なんでここにいるの? 残党狩りはどうしたの? 」
私たちはもうコソコソする必要がないので、玄関を破壊し強引に押し入った矢先――エントランスに複数の人影を視認した。その一同の中で独特な存在感を放っていたのは、他でもないバルモアさんだった。
バルモアさんが、怯えている四人の男女に向かって剣の切っ先を突きつけていた。
「 使徒様。お叱りは後ほど。こやつらは無害。ただの使用人にございます。手配書のシュナイダーはすでにこの館を発ったあとかと。しかしエドは、まだこの階に身を潜めております―― 」
「 ええ? ってか、なんか焦げ臭くない? 」
微かに鼻を突く――木材が焼けるような臭いが漂っている気がする。
「 使徒様から伝授された方法をもって――上階で魔獣を再起不能にしてございます。その際に焦げたのでしょう。ヒヒッ! 」
「 えー? さっそく風属性魔法使ってガス爆発戦法を試したんですか! 火が出てたら厄介だから消火しないと! 」
私はドデカリュックの中から小型消火器を引っこ抜き、リディアさんに手渡した。
「 リディアさん。ルグリードさんと一緒に二階に上がって! もし火が出てたら消火して! 魔獣に気を付けて! 」
「 御意! 」
「 ミラさんとアンディスさんは、この使用人さんたちを庭園の方に連れて行ってできるだけ情報を聞き出して! もしエドが飛び出してきたら、その時はアンディスさん頼みましたよ? 」
「 ああ、了解した。姿はしっかりと覚えている 」
私の即席の指示を聞き入れた四人は行動を開始した。
「 私とバルモアさんはエドを捜そう 」
「 ヒヒッ! 御意にございます。今度こそ捕縛して見せましょうぞ! 」
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光源魔法を展開し辺りを照らし、次々に一階の部屋を移動し気配を探る。
もちろん探るのはバルモアさんに丸投げだ。
「 暁の軍隊は? 」
「 アルトの館に変わらず潜んでおります。何も知らないシュナイダーがノコノコとあの館に逃げ込んでおれば話が早いのですが・・・さてどうなりますか、ヒヒッ! 」
「 そっか、なら送還するのは得策じゃないわね 」
「 使徒様、アレをご覧ください 」
三つ目の部屋に足を踏み入れた時、バルモアさんが奥の床を指差しながら囁いた。
部屋の奥の床には――地下へ続くと思われる大きな口が開いていた。
「 地下に逃げ込んだ? 自分から逃げ場の無い地下に? これはどう考えても罠でしょ? 逃げようと思えばいくらでも外に出れるのに 」
「 館はすでに包囲されていると考えるでしょうから、無闇に外へ逃亡するのはリスクが高いと判断したのでしょう 」
「 罠かどうかは判断できませぬが、下方に人族が発する魔力を感じることができます。エド以外の者かもしれませぬが・・・まず間違いなく一人、地下の空間に潜伏しておりますな 」
今一度、周囲を確認する。
部屋は埃っぽく本棚には古びた本がぎっしりと詰まっていた。どうやら書斎なのだろう。
大きく開いた口の内部を覗き込んでみる。
その先は暗い。湿っぽい階段が何段か続いているが底は見えない。
「 う~む、もしかすると袋小路じゃなくて抜け道なのかも? 館から離れた場所に出れるのかもしれない・・・やっぱ追いかけるしかないか 」
「 そうですな 」
「 私が先頭で下りるわ・・・ 」
「 御意にございます 」
何段も下りていくうちに、空気が重くなっていくのを感じる。
私は息苦しくなりながらも、階段の終わりを探した。
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階段を下りきった。
そこには狭い通路が延びている。
通路は曲がりくねっていたがすぐに終わりが見えた。先にあるのは開けた石造りの大部屋だ。
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「 ハルノ来やがったか! このままでは終わらんぞ。俺にも意地がある! コレを解放すればもう後戻りはできん! いいか? これはお前たちが招いた災厄だ! 」
大部屋に足を踏み入れるや否や――
待ち構えていたエドが、宝箱のようなドデカい箱の真横に立ち、開口一番捲し立てるように叫んだ。
そしてドデカい箱の鍵らしきモノをもぎ取り、ガバッと勢いよくその宝箱を開け放った。
「 さあ、好きなだけ取り込め! お前はもう自由だアルゴス! 」
そう言い放ち、エドはさらに奥の扉を乱暴に開け放ち闇の中へと身を投じた。
箱からズルズルと這い出てきたのは――無数の眼球が蠢く軟体生物だった。
異様なデカさのスライムのような生物の表面に、何十個もの目玉が埋め込まれているのだ。
完全にその身を箱の外に出しきったその個体は、テラテラと鈍く光る赤黒い表面を持ち、無数の目玉がギョロギョロと忙しなく動いていた。
直立したその姿勢は、細長いドーム型だった。高さ150センチはあるだろうか?
「 うあぁ! キモッッ! キモイんですけどおぉ! 」
「 バカな! アルゴスだと!? まさか――アモルフ類最上位に君臨するあのアルゴスか? 」
「 え? バルモアさん知ってんの? ヤバいモンスター? 」
「 なぜ故こんな場所に! そもそも人族ごときに魅了できるハズがない! 」
バルモアさんにしては珍しく――言葉の端々に焦燥感が滲み出ていた。
「 なんだかブヨンブヨンしてて襲いかかってこないけど・・・でも緻密な作戦を立ててる時間はそこまでなさそうだわね 」
「 特性と弱点だけ簡潔に教えて! 」
私は大声でバルモアさんに問いかけた。
弾かれるように我に返ったバルモアさんが、即座に冷静さを取り戻し答える。
「 物理攻撃はもちろん、あらゆるダメージに反応し分裂する可能性があります。分裂すれば個々の質量もそれぞれ減りますが、個々の能力が著しく減退するわけではありません。故に分裂すればするだけ厄介な相手となります。魔法攻撃が得意で、主に炎属性、闇属性を使ってくるかと! 特に炎と闇に耐性があり、属性による弱点はこれといってないかと 」
「 ですが一つだけ・・・ 」
「 なに? 」
「 使徒様――、無属性の閃光を発動できますか? 」
「 え? 魔法? まだ一回も使ったことがない魔法はあると思うけど、多分リストの中にはないわね 」
「 さ、左様ですか・・・以前帝国のとある探検家の備忘録を見たのですが、ゲル火山の火口付近に生息するアモルフ類に襲われた折、閃光を使用し数多の眼球から一時的に視力を奪った結果、気絶状態に陥ったのでそのまま火口に投げ入れたとの記述があったのを思い出してございます 」
「 なるほど。視力を奪うのが上策なのか・・・ああっ! 打ってつけの良いモノがあるわ! 試してみる価値はあるわね。よし! 私が相手をしている隙にバルモアさんは好機を探し奥に走って! 逃げたエドを追いかけて仕留めて! 」
「 御意にございます! アモルフ類は肉を好み、その全身を使って飲み込み同化すると聞きます。くれぐれもご注意を! 」
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眼前のモンスター・アルゴスとやらは、さっきからずっとブヨンブヨンとその軟体の塊を波打たせ、こちらの準備が整い仕掛けてくるのを悠然と待ってくれているかのようだった。
「 どこからどう見ても妖怪百目だな・・・戦隊モノの悪役のようにじっと待ってくれてるし。何を考えているのかわかんないなぁ。そもそも脳があるのか? 」
様子見をしている私たちに痺れを切らしたのだろうか・・・波打つアルゴスの、そのブヨンブヨンというリズムが明らかに速くなった。
「 攻撃に転じるのか? 」
私も、これ以上様子見をする気はない。
私はリュックを床に投げ下ろし、豊富なアイテムの中から最も特殊なアイテムを取り出した。
――物理でも魔法でもダメージを与えると分裂する? じゃあ一体どうやって倒せばいいの?
ってか視力を奪った瞬間コイツを放置し、バルモアさんと一緒にエドを追いかけるのが得策なのか?
夥しい眼球が蠢いている。
全ての視線の先は、逡巡している私のようだった。
右後方に下がっているバルモアさんには向けられていない。
次の瞬間――
軟体の塊のすぐ後ろに、炎で形成された巨大な輪が現れた。
その輪は回転し始め、アルゴスの軟体に後光を与えるように輝きだす!
突然、アルゴスの頭上から赤く輝く小さな玉が射出された。
それは中空で急速に膨らみ、熱い溶岩のような塊に変わった!
溶岩弾は私に向かって猛スピードで飛んでくる!
「 なっ! はやっ! うおおぉぉ! 」
咄嗟に真横へとヘッドスライディングするように緊急回避した!
溶岩弾は私たちが入ってきた入口付近に衝突すると、爆発的な音とともに炎と煙を巻き上げていた。
さらに頭からスライディングして倒れ込んでいる私に向かって、二発目が発射される。
「 うおお! マジか! 」
「 使徒様!! 」
すかさずバルモアさんが身を投げ出す。
バルモアさんは溶岩弾を腹部にモロに受けてしまい、吹き飛ばされ壁に叩きつけられた!
「 バルモアさんっ! 」
「 ぐうぅっ! 」
しかし何事も無かったかのようにスクっと立ち上がった。
「 いやはや、使徒様の魔法障壁は鉄壁ですな。この程度のダメージで済むとは・・・ヒヒッ! 」
ほぼほぼダメージが無い様子で、ほっと胸を撫でおろした瞬間――
さらに三発目の溶岩弾が発射された!
だが、それはあらぬ方向だった。
ドガアァァァ!
ガラガラと音を立て狭い通路が崩壊し、私たちが侵入してきた入口は、ほぼ人が通過できないほどに崩れていた。
「 退路を塞いだのか! 知性の欠片もない姿だけど・・・意外とクレバーなのか? 」
さらに高速でブヨンブヨンと全身を波打たせ始めた。
後ろの炎の輪も呼応するように回転が加速する。
しかし何だか息苦しい・・・酸素が明らかに減っているのか?
物理や魔法ダメージは魔法障壁で防げても、酸欠に対する効果はないと思う。
いくら鉄壁防御の私でも、空気中の酸素が二酸化炭素などに置換された場合、酸素欠乏症で最悪死亡するのだろうか?
「 使徒様! どうやら詠唱のようです! さらに詠唱を開始しましたぞ! 」
――なるほど! 軟体を波打たせているのは詠唱中ってことなのか!
いや、納得して見守っている場合ではなかった・・・
バルモアさんも何やらモゴモゴと詠唱を開始する――
「 強制停止! 」
鈍く光る漆黒の輪っかが三つ顕現し、アルゴスの軟体を容赦なく締め付けた!
波打つ軟体が、一瞬にしてピタリと止まった。
「 使徒様! 連続で唱えることはできぬ故、次の詠唱は止められません 」
「 いや、隙を作ってくれてありがとう! 私が魔道具を投げたら、耳を塞ぎ壁に向いて目を覆って! 」
「 御意! 」
私は右手に持つ円筒に刺さるピンを抜き、強制停止中のアルゴスに向かって思い切り投げつけた!
と同時に、光源魔法を消し去る――
バンンンッッ!!
ゴオオオォォォオオーーーン!!
耳を塞ぎ背を向けギュっと瞼を閉じても、その轟音と尋常ではない閃光は、とんでもなく凄まじかった。
姫野さんからもらった貴重なスタングレネード!
山口県の岩国市にある米軍基地からの横流し品なんだそうな。
スタングレネードとは、閃光と大音量で相手を一時的に気絶させる非致死性兵器だ。
振り返ってもう一度光源魔法を出し、アルゴスの様子を確認する。
そこには泥のように床にへばり付く、空気が完全に抜けきりフニャフニャに萎んだ――バカでかいビーチボールのような物体があった。
「 これが気絶してる状態なのか・・・バルモアさんどうしたらいい? 放置でエドを追いかけたほうがいいかな? 」
暫し思案しバルモアさんが答える。
「 いえ、アルゴスは驚異的な存在・・・この機に始末しておくべきかと 」
「 でもダメージを与えると分裂するんだよね? 」
「 左様、ですが魔力量が極限まで減退し、一時的にいわゆる冬眠のような状態に陥っている今なら―― 」
炎属性魔法で焼き尽くす。
氷属性魔法で凍結させる。
封印魔法で封じ込める。
魅了魔法で操る。
「 などが成功する可能性がありますな。謎ではありますが、エドは魅了魔法を成功させていた様子です。本来魔力量の母数に雲泥の差があり、人族如きが操ることは不可能なハズなのですがね 」
「 ふむぅ、酸素欠乏がヤバそうだし、消去法になるけど氷属性の氷結魔法を試してみるか・・・ 」
そう呟き、私は魔法の選択に入ったのだった。
ブックマーク登録が300件に到達していました。(新しい話を投稿すると減っちゃう傾向にあるので、あくまで投稿時の数です)
ほぼ書く専門で(唯一オーバーロードだけはちゃんと読んだことがあります)初心者なので、よくわかっていない部分も多々ありますが、個人的に300件は最終目標でした。
登録してくださった方はもちろん、読んで頂いた全ての方に感謝でございます。いつも応援メッセージをくださる方にも最大限の感謝を!
ありがとうございました。
敬具




