第144話 空気爆弾
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ドンッ!
乱暴にノックもせず、エドは扉を蹴り開けた!
「 何事だ!? 」
「 はぁはぁ・・はぁ! おい! すぐにココを出るんだ! 魔道士ハルノどもだったんだぞ! この館に近づいていたのはヤツらだった! どんな方法で脱出できたのかは分からんが・・・ 」
「 しかも駆けつけた時にはすでに――、グースが殺されていたんだ! 」
エドは息を切らしながら一気に捲し立てた。
「 なんだとっ!? 」
ベッドに腰かけていたシュナイダーは、さらに何かを問いかけようとした。しかし咄嗟に言葉を飲み込んだ。エドの顔は血の気が引いて目は焦点を失っていた。時間がないということがその姿から伝わってきたからだ。
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シュナイダーもエド同様、魔道士ハルノの異常さにはかなり早い段階で気付いている。
――生きていたのか? どうやって生き延びたんだ? いやそれより、どうしてこんなにも早くここに来た? どうやって脱出したんだ? まさか魔道士ハルノの仲間は全員生きているのか?
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「 仲間も健在なのか? 」
上着の袖を通しながらシュナイダーが問う。
エドが、「 早くしろ! 」と急かしながらも答える。
「 5人だ。ハルノども女3人と男が2人。だが男どもはユリウスと学者ではないようだ。確認したわけではないが 」
「 なんということだ! いや待て、女の口を封じろ! 始末してこい! その時間すら無いのか? 」
シュナイダーが赤い帽子を頭に乗せながらエドに指示を出した。
「 くそっ! 手間のかかることを! とにかく急げ! すぐそこまで迫っている! 俺は月狼に乗っている限り逃げ切れる自信があるが。シュナイダー、お前は確実に追いつかれる! 」
「 わかった。俺はこのまま先に出るぞ! レイヴンの店で落ち合おうぜ! 」
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エドは焦りながら、鍵束の中から一本の鍵を掴んだ。
その鍵で二階の一室の扉を開けた。
暗がりの部屋。
灯りはテーブルの上の小さな蝋燭一本のみだった。
豪奢なベッドのすぐ傍の床に、若い女が突っ伏してシクシクと泣いている。悲しみに満ちた涙なのは明白だった。
エドは常に腰に装備している短剣を抜き、静かに女に近づいた――
「 悪いな。個人的には哀れに思うが――、お前にベラベラ喋られると俺たちが安眠できなくなるのだ。恨むならシュナイダーの奴にしろよ 」
突っ伏していた女はその言葉に反応し、顔を上げた。
涙を溜め込んだ潤む瞳に、エドは軽く欲情を覚える。
だが心を鬼にし、左手で女の頭髪を鷲掴みにした直後、心臓目掛けて躊躇なく短剣を突き立てた!
「 ぎいっっ!! 」
女は短い悲鳴のあと、唸り声を上げながら一度だけ激しく咳込んだ。そしてまるで眠りに落ちるように静かに真横に倒れ込んだ。
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蝋燭の灯を吹き消し部屋を出ようと反転した瞬間、エドは違和感を覚えた。
――ん? 閉まっている? 俺は開けたままにしていたはず・・・だよな?
部屋の扉は閉まっていた。
不吉な予感がしたが、警戒しながら扉を開ける・・・
入口に対し半身になり、ゆっくりと頭を出す。
右、左――と振って、闇に染まった廊下を確認する。
小窓から微かな月明かりが差し込んではいるものの、ほとんど暗闇に包まれており、階下に降りるための階段があるその先までは――ここからでは視認できない。
月狼以外の魔力は存在しないはずだ。
もちろん通路に気配は感じない。
廊下通路に、一瞬流れるような魔力の残滓を感じた気がするが・・・
――出ていったシュナイダーの魔力か?
とにかくこの二階には何も異変はない。
――杞憂だったか? 俺も早く離れないと・・・
「 もはや一刻の猶予も許されない。どの道、搦め手を使わなければまず勝てないだろう。切り札を使うのは、今まさにココなのか? 」
エドはポツリと呟くと、足早に階段へと進んだ。
二歩三歩と踏み出した時
突然――
バチイィィィ!!
バリィ! バチイィィィ!!
「 ぐわあぁぁぁ! 」
何の前触れもなく唐突に後方で複数回閃光が爆散し、同時に背中へ衝撃が奔った!
海老反りになりながらその場に倒れ込む。
エドは神経や筋肉の機能を麻痺させられたと瞬時に悟った。
身体が激しく痙攣しているからだ。
「 何者だ! 」と叫ぼうとするが声すら出ない。床に突っ伏してしまい、裏返って襲撃者を確認することすらできなかった。
――く、くそっ! 何をされた? 何者だ? ハルノどもはまだ敷地内にすら入っていないはずなのに。
追撃はしてこない・・・エドはその点を理解できなかった。
余裕からくる静観か? 殺すのが目的ではなく捕らえるためか?
不可解に思いながらも、今できることをするだけだと思い、即座に反撃の思考を取り戻した。
全ては生存のために――
エドは震える右手をやっとの思いで口元へ運び、全身全霊を込め指笛を鳴らした。
ピイイイィィィ!!
指笛の音色が霧散する直前、ドタドタと階段を駆け上ってくる足音が聞こえる。
主の危機を察知し、必死に駆けてくる足音だった。
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未だ満足に身を起こせないエドの真横に、相棒の月狼が四つ足で立ち、威嚇のために低く唸っていた。
「 ほう――、魔獣使いとは聞いていたが大言壮語ではなかったか。魔力をこれほどまでに纏う獣は珍しい。心の臓を魔核に変容させたモンスターか? できれば我が主への土産として持ち帰りたいくらいだ。ヒッヒッヒッ! 」
相棒が唸る先にそいつは立っているのだろう。甲高い声が通路に響く。
「 くっ・・・い、いったい、何を・・・した。な、何者、だ! 」
痙攣する身体を何とか起こし、腕力だけで裏返ることに成功したエドは、その者の異様な風体に思わず息を呑んだ。
そこには周囲の闇と同化する漆黒の装束に身を包み、これまた漆黒の仮面を装着した人物が立っていたのだ。
「 くそっ・・・ル、ルナルフ! 殺せッ! 」
月狼は黒装束に飛び掛かり、その前足の鋭利な爪で引き裂く攻撃を繰り出した!
だが黒装束は素早く身を捻じり攻撃を避け、さらに通路の壁を蹴って三角飛びで後方へと移動し――間合いを取る。
月狼は着地と同時に耳をつんざく大音量で咆哮した!
勇ましい雄叫びにも似た咆哮は魔力を含んでおり、特殊な魔法効果があった。
「 ぐっ・・・これは予想外! 闘争心減退、もしくは絶対服従の効果があるのか? この俺に状態異常魔法を浴びせるとは! 」
余裕を見せていたはずの黒装束は、どこか焦っているように見える。
さらに黒装束は、距離を取るために後方へとバク転した。
――ルナルフの咆哮を抵抗したか・・・だがそのまま時間を稼げ! 俺が逃走する時間を!
エドの痙攣に伴う麻痺状態は、徐々に治まりつつあった。
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バルモアは凡ミスしてしまったことを後悔していた。
標的が使役する――大狼系魔獣の情報を持っていたにもかかわらず、ただの獣だと重要視していなかったことに加え、単純に位置取りを誤ってしまったからだ。
この廊下通路のような窮屈な空間で戦うのは――どちらかと言えば得意な方だが、位置取りを誤ってしまったために眼前の魔獣が通路を塞ぎ、標的をみすみす逃してしまう可能性が高い。
魔獣の魔法効果のある咆哮に、精神力で抵抗しながら――愛剣蛇腹剣を剣モードで固定し、魔獣の両前足の鋭爪による攻撃を丁寧にいなしていた。
「 獣の分際で、主人の逃走を手助けする戦術をとっておるな・・・ 」
時間稼ぎなのは明白だった。
魔獣は一定数攻撃すると後方に下がり、あえて間合いを詰めない戦い方をしていた。
ヒット&アウェイ戦法は、むしろバルモアの専売特許であったが、今は眼前の魔獣の戦法に無理やり付き合わされている感覚だった。
――俺としたことが侮り過ぎたか・・・だが、使徒様が授けてくださった魔道具とアイデアで突破する! 炎属性を不得意とする――俺の欠点を補うアイデアで!
バルモアは爪の猛攻をさばきながら魔法詠唱を開始した。
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「 ヒヒッ! 獣の弱点は炎属性と相場が決まっている! だがまずは! 風属性・空圧縮! 」
バルモアは空気の球体を形成する魔法を唱えた。
左手の周りに風船のようなモノが具現化される。
風船の大きさや硬さは、術者の意思によってあるていど変えられる。
本来の使い道は単純明快。浮力を持ったこの風船で人や物を包み込み、運ぶことが主な使い方だった。
そして左手を空気の風船で包み込む。
その左手に握られているのは、使徒ハルノから貸与された魔道具の一つだった。
バルモアは使徒ハルノから教授された通り、その空気の膜で創った風船の中で、魔道具の頭にあるボタンを力の限り押し続けた。
風船内に特殊な気体が充満していくのが視認できる。
何とも小気味の良い充満の仕方だった。目を奪われそうになる。
眼前の魔獣から視線を外すことはできないので、意識してそれ以上見ないように心掛けたくらいだった。
「 ヒッヒッヒッ! 俺には使徒様から施された魔法障壁がある! そして万が一負傷しても、奇跡の霊薬があるのだ! 獣よ、お前は耐えることができるか? 魔力を帯びているその立派な毛並みにどれほどの耐久力があるのか――見物よな! 」
空気膜風船を振りかぶって魔獣に投げつける!
魔獣は一瞬だけ怯んだものの、その鋭い爪で即座に風船を切り裂いた!
「 ギャンッ! 」
風船が破れ、特殊な気体がこれでもかと魔獣に降り注いだ!
ギャン! ギャン! と妙な鳴き声を発しながら、魔獣はじだんだを踏んでいる。そして両の前足でしきりに両目と突き出た鼻を擦っているように見える。
「 ヒッヒッ、喰らえ! 小火球! 」
間髪入れず小さな炎を左掌から放出する!
生活魔法に毛が生えたていどの極小火球だ。
本来ならば眼前の魔獣に対し、せいぜい毛が縮れるていどのダメージしか与えられないだろう。
だが――
火球が魔獣に近づいた刹那!
ドゴォォォーーーン!!
空気が火を噴き大爆発を巻き起こした!
そして周りの壁ごと、抉るような破壊が膨張していく。
本来なら頭部を守るべきだが、バルモアは霊薬の入ったアイテム袋を両手で保護し、守りながら後方に吹き飛ばされた。
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バルモアは起き上がり、グッタリと倒れている魔獣ににじり寄った。
ピクピクと小刻みに痙攣している。
絶命はしていない様子だが、前足の皮膚が焼けただれ、朱色の肉が広範囲にわたって剥き出しになっていた。
もはや自力で立つこともできないほどのダメージなのは明白だった。
「 俺も獣扱いされる身の上でな。多少親近感を覚えないこともないが、悪く思うなよ! ヒッヒッ! 」
仮面を装着しなおしたバルモアは、憐憫の眼差しで眼下の魔獣を一瞬見たが、すぐに通り過ぎ、標的が下りたであろう階段へと駆け出した。
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「 なっ! なんだあの爆発音は! くそっ早く逃げないと・・・奴らがもう 」
未だフラつきはするが、なんとか走ることができるまでに回復していたエドは、一目散に転がるように階段を下りエントランスに到達した。
「 くそっ! 来たか! 」
庭園の先に、月明かりに照らされた複数の人影が視界に入る。
月狼の機動力はもはや当てにならない・・・
さっきの爆発音と破壊音は何だ?
月狼は無事か? 生きているのかすらも怪しい。
「 くそっ、奴らは何なんだ! くうぅ・・・もはや切り札を使うしかない 」
エドは何かを決心したように、外界に脱出することは諦めた様子で、一階奥の部屋へと足早に急いだのだった。
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