第142話 処刑
暁の軍隊の1体が昏睡状態のアルトを肩に担ぎ、私たちが潜む二階の一室へと運び込んだ。
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「 全治療! 」
頭をカチ割られ、ドクドクと大量の血液を噴出していた頭部の傷が、みるみるうちに塞がっていった。
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「 ・・・うっ・ 」
さらに暫く様子見をしていると、微睡みながらも覚醒したようだった。
「 なっ!! お、お前はっ! ぐっ・・ 」
「 あ~、その結束バンドは余程の怪力じゃない限り千切るのは無理だと思いますよ 」
覚醒すると同時に、自分の置かれた状況を瞬時に悟った様子だった。
ガチガチに拘束されており、相変わらず絶望的な状況が続いていることを。
血流が止まるほどに手首足首を縛りあげているステンレス製結束バンドを、なんとか千切ろうと必死にもがいていた。
「 だから無理無理! っつーかもし千切ったとしても、その瞬間に八つ裂きにしますけどね 」
「 ぐっ・・ナゼっ!? どうやって? どうやって脱出できたんだ? お前たちは何者だっ! なぜ俺たちを狙う!? 俺たちが何をした! 」
「 いやいや! 問答無用で奈落の底に突き落としておいて、今さら「 俺たちが何をした 」はないでしょう! 」
「 そもそもの探っていた理由は単純明快です。あなたたちが無抵抗の村人を虐殺したからですよ。まさかあれほどの凶行を実行しておきながら、今度は逆に殺される立場になったからって、抗議するつもりじゃないでしょうね? そんな虫のいい話はないって流石にわかってますよね? 」
「 お前は何者だっ! お前らは何なんだ! 何が目的でこんなことを! 館にいたヤツらをどうした?! 」
「 何者か? と問われてもな~。まぁ一言で表すなら正義の味方ってところですかね? 」
「 ふ、ふざけるなっ! 」
「 私たちは至って真面目ですよ。最近では血を見るのにも慣れてきたし、極悪人を殺すことに躊躇することもなくなったんですよね。さすがにフロト村を襲撃したのは見過ごせない! 因果応報って言葉の意味・・・わかりますよね? 」
アルトは血液で濡れた髪を振り乱し、その顔面蒼白の面に焦燥感を滲ませていた。
「 あの村の関係者か? ま、待ってくれ! 見逃してくれたら相応の金を渡す! 頼むっ! 俺はただ仕事をしただけだ! まだ死ぬわけにはいかない! 頼む! 見逃してくれ! 」
私の処刑人としての本気の覚悟を肌で感じたのか――、アルトは突然、全力で命乞いを始めた。
「 そうですね。ならばシュナイダーの居所を教えてもらいましょうか。正直に吐けば命だけは助けると約束しましょう。シュナイダーともう一人は・・・エドだっけ? なぜかあの二人はこの館に滅多に姿を現さないみたいですしね 」
「 わかった! 本当に助けてくれるんだな? 五体満足の状態で見逃すと約束してくれ! 」
「 いいでしょう。約束します。だけどあなたの情報が嘘だった場合は容赦しませんよ? 」
「 わ、わかった! 肝に銘じよう 」
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シュナイダーとエドは、サリエリ伯爵とやらが所有する別の館を根城にしているらしい。
基本的にシュナイダーは、常にエドと行動を共にしているそうだ。
そしてアルトは、こっちの館を根城にしている連中のまとめ役ということだった。
「 では、わたしたち三人はその館にカチコミしますか! 暁の軍隊を置いていくので、バルモアさんはここで残敵を殲滅してください。暁の軍隊には細かな指示を与えているので、ただ訪ねて来ただけの客っぽい人は拘束しないと思いますが、一応バルモアさんも最終確認を徹底してください! 」
「 ヒヒッ! 御意にございます 」
「 最後に死体部屋へコイツを放り込んでから出発するとしようか――、コイツを始末する! 」
私はアルトを見下ろし、極めて冷酷に言い捨てた――
「 ま、待てぇ! 何を言ってる? 約束が違う! 言った傍から破るつもりかっ! このクズ野郎が!! 」
威勢のいい抗議の声とは裏腹に、アルトは小刻みに震えていた。
血濡れの髪の間から覗くその額からは、ダラダラと脂汗が流れ落ちている。
「 まず一応ツッコミしておきますが、私は野郎ではありませんよ? 」
「 そもそも目的達成の為なら平気で嘘を吐くし、約束も破りますよ? だけど――お前らにクズ呼ばわりされる覚えはない! 私はお前らクズのように、圧倒的に立場の弱い者を蹂躙し高笑いするような真似は絶対にしない! 」
「 光神剣! 」
私はアルトの眼前に、神々しく光り輝く剣を顕現させた。
「 ま、待ってくれ! 約束はどうしたぁ!? 話が違う! 待ってくれ! 助けてぇ! 助けてくれっ! 見逃してくれぇ! 」
「 では最後に一つだけ聞くが――、お前らは命乞いをした村人を、たとえ一人でも見逃したのか? 」
アルトの鼻先に光の剣の切っ先を突きつけ、静かに質問する。
答えの分かりきった質問を――
「 うっ・・・ 」
「 今さらどう足掻いても、お前らの死刑は確定済みだ 」
「 せめてもの慈悲だ、お前らが村人を殺害したのと同じ即死の斬撃で殺してやる! 」
ドスゥゥゥウウウ!
汗と脂でテラテラと光るその胸板に、光の剣が深々と突き刺さった。
「 があぁぁあああああ! 」
「 グボォオ! グハアッッ・・・ 」
激しい吐血――
胸板は大量の吐血で即座に真っ赤に染まっていく。
カッと見開いたアルトの瞳からは――絶望を十分感じる間もなく、みるみるうちに生命の光が萎んでいったように見えた。
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死体が詰まった部屋と化している隣の部屋に、アルトの遺体を三人で投げ入れた。
「 くそっ! めっちゃ血で汚れたわ・・・こいつらの血液そのものにさえ嫌悪感を覚えるわ 」
私がぶるぶると手首を振り、手についた血液を振り落とそうとしていると――突然リディアさんが片膝を突いた。
「 ハルノ様。わたくし改めて感服いたしました。敵を斬り捨てる御姿は美しいとしか言いようがないです。斬り捨てる度に、御自身の信念を切り開いているかのようです 」
リディアさんに倣い、ミラさんも片膝を突く――
「 ハルさん! あたしもリディア殿と同意見です! 魔神の如き威厳と、女神の如き慈悲を併せ持つ至高の存在かと―― 」
「 い、いや、やめて! 大袈裟すぎ! なんかくすぐったい! 本心から褒めてくれてるとは思うけど、なんだかくすぐったいよ! とりあえずこのまま夜襲をかけますので、気を引き締めて臨みましょう 」
「 御意 」
「 はい! 」
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ミラさんがしたためた即席の地図を見ながら、私たち三人は、探り探り歩を進め目的の館を目指した。
時刻を元地球の時間帯に当てはめれば、大体20時頃だろう。
まだ20時頃だと考えれば人の往来があって然るべきと思われるが、夜の闇に包まれた王都の街は、まるで眠りについたかのように静かだった。
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ほどなくして、目的の館に到着したと思われた。
月明かりに照らされた館の外観は、白い石造りの壁で、屋根の確かな色まではここからでは判然としない。高い塔や尖塔がそびえ立ち、館の周りには美しい花や木々が植えられているのだろう庭園が広がっていた。噴水や彫像も飾られているようだ。
館の正面には大きな門があり、門の上には何やら紋章のようなモノが掲げられていた。
「 ここか? 真正面から門を破壊して突破――は流石にマズイので、裏手に回り侵入経路を探してみよう 」
「 御意 」
館内部の所々に灯りが確認できる。
館の中には確実に何者かがいるのだろうが、今のところ――外部に見張りなどの警備兵はただの一人もいないようだ。
「 しかし拍子抜けだわ。見張りすらいないとは・・・逆に警戒するわね。警備の者を制圧して案内させようと思っていたのに 」
「 誰もおらぬとは――確かに不用心すぎますね 」
ミラさんが即座に同調していた。
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裏手の庭に面する路地を進む――
庭と路地を隔てる石材の塀は意外にも背が低い。
三人で協力すれば普通によじ登れそうだ。
召喚魔法は重複して使うことができないため、自力で進むしかない。
私の背中のリュックの中には、あるていどのモノは入っている。
合成繊維の中で最も引張強度が高く、摩擦や衝撃に強いナイロンロープが入っている。
庭に一人降り立ち――木に縛り付ければ、残りの二人も容易に侵入できるだろう。
リディアさんとミラさんが肩車でもして梯子代わりとなり、小柄な私がよじ登るのが得策だろうと思い指示を出した。
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こちらを向いているリディアさんの両肩の上に――ミラさんが器用に立ち、塀に両手を突いている。
私が足をかけるための足場を、リディアさんが両手を組み作ってくれていた。
「 なっ! ハルノ様後ろに! 」
突然リディアさんが私の背後を見据え、声を殺して叫ぶ――
「 それ以上動くな!! ゆっくりと振り向け! 妙な動きを見せれば容赦なく射貫く! この月明かりがあれば十分だ! 俺は眼がいいんでな 」
不意に真後ろから――静かではあるが力強い強固な意志を感じさせる――トーンを落とした声が響いた。
シュナイダーの声ではない気がする。
エドか? それとも全く知らない部下の誰かか?
私はすぐさま両手を上げ、指示通りゆっくりと振り向いた――
「 待て! あんたは!? ハルノ殿か? あんたたち、こんなとこで何してんだ! 」
振り向くと二人組の男性が立っていた。慌てて叫んだ片方は、キリキリと微かな音を発し弓を引いているようだ。
――ええ? もしかして・・・草原で出会ってご飯を御馳走した人たち?
「 あっ! あの草原のオアシスみたいな場所で、一緒にご飯食べた人たち? ご、ごめん・・・名前忘れちゃったけど―― 」
「 ぐっ、忘れられていたか・・・いやしかし、あの時は世話になった! 改めて名乗ろう。俺がルグリードでこっちがアンディスだ 」
ルグリードさんは弓を下ろし、リディアさんとミラさんも組体操を解除した。
「 ってか何やってるんですか? もしかして、実はシュナイダーの仲間・・って言わないですよね? 」
「 おい、それはこっちのセリフだ! あんたたちはここで何をしているんだ? 」
この反応――シュナイダーの身内ってわけじゃなさそうだ。
いや――まだ油断できないが・・・




