第140話 始動
村の集会広場で、レオンさんたちと一緒にピザを焼く用の簡易窯を耐火レンガで組んでいた。
「 ハルノ様~! あそぼ~! 」
不意に後ろから村の子供たちに声をかけられた。
「 ごめん~! 今おいしいピザを焼く為の窯を作ってるから、またあとでね! 」
「 ぴざってなに~? カレーよりもおいしいの? 」
「 美味しいよ! だからもうちょっと待っててね 」
「 は~い 」
普通のコンクリブロックを基礎として組んだ上に、耐火レンガを三十個ほど並べるだけだ。
でも並べ方が大切らしい。すでに動画で学習済で、それに沿って作業している。
材料の総費用は、国産オガライト30キロや小物を含めても一万五千円でお釣りが出たそうだ。
総費用は耐火レンガの値段で大きく変わるそうなのだが、この程度をケチるのもバカバカしいので、一番質の良い耐火レンガで揃えてもらった。
にもかかわらず一万五千円も掛かっていない!
七日前、私たちはフロト村近辺に転移し、警護ついでに村への支援も始めた。
光輪会のメンバーが仕入れてくれた物資を、光輪会建屋から数キロ南西に進んだ山中の転移ポイントまでピストン輸送してくれるので、それを毎日――私が軽トラックごと転移してフロト村まで運ぶという流れだった。
様々な食糧、飲料水、調味料、香辛料は当たり前だが、霊薬製作用の材料、衣類や紙類、工具、ライトなどの小物、防犯グッズ各種もかなりの量を村内に運び込んだ。
ちなみにリディアさんは、一般の村人たちに弓の使い方を指導している。
福岡の専門店で購入したらしいアーチェリーの弓と矢も三組、村人に貸与していた。
ミラさんは部下の野郎どもと一緒に三台の自転車を使って、まっすぐ走れるようにと練習をしていた。
勿論ヘルメットや肘のサポーターは装着を義務化している。
まぁ万が一怪我をしても、即治すのだが・・・
▽
ピザ窯が一応完成し少し休憩したあと、業務用スーパーで購入したらしい成型済のピザ生地を冷凍ボックスから出していた時だった――
腰に括り付けていたトランシーバーから、見張りの野郎どもの声が出力される。
『 報告報告! ハルノ様! 見知らぬ一台の馬車がこの村へ近づいております。ですが、双眼鏡で確認しましたところ御者が乗っておりません。御者席が無人の大型馬車が一台近づいております! どうぞ 』
「 こちらハルノ、了解しました。その場で待機で! すぐに行きます、どうぞ 」
『 了解しました。報告終了 』
▽
村の入口に、一緒にピザ窯を作っていたレオンさんたちと共に到着した。
リディアさんやミラさんの腰からも先ほどのやり取りが流れており、弓をもったままのリディアさんと、MTBでこちらへ向かうミラさんも視界の端に捉えた。
・
・
報告通り、目と鼻の先に一台の馬車が停車していた。
「 あれか? ちょっと双眼鏡貸して 」
見張りの野郎どもから双眼鏡を奪い、無人の馬車をつぶさに観察する。
手綱に絡まるように、細く白いロープのようなモノが荷台から伸びていた。
「 あっ? あれって・・・ 」
もしや? と思い至った私の思考を読んだかの如く、荷台部分から黒い塊が上空に飛び上がった。
「 うおっ! やっぱりバルモアさんか! 」
▽
バルモアさんと一緒に集会広場に戻った。
バルモアさんの報告を聞く前に、子供たちからの「 はやく食べたい 」の圧がすごいので、先にピザを焼く準備に入る。
トマトソース、チーズ、ハム、マッシュルーム、オリーブ、バジルを取り出し、冷たいピザ生地の上に、まずはトマトソースを塗り広げた。予め細かく切ってあるチーズを生地の上に散らし、ハムを適当な大きさにちぎって重ねた。スライスマッシュルームは生地の隙間に入れ、オリーブは半分に切って散らした。最後にバジルの葉をちぎってトッピング完了だ。
「 焼くのは男衆に任せる! 一応ストップウォッチで時間計るから、窯に入れる前に声をかけて 」
「 了解しました 」
「 バルモアさんごめんね。まずは任務ご苦労様です。では報告をお願いします 」
ねぎらいと共にペットボトルの飲料を渡そうと手に持ったが、バルモアさんは人前では仮面を絶対に外さないそうなので、スッと元に戻した。
「 御意、ご報告いたします 」
私とリディアさんとミラさんが、完成して間もないピザ窯の横で切り株椅子に座り、バルモアさんからの報告を静かに聞いたのだった。
▽
バルモアさんからの報告によると、シュナイダーとその一派は街外れの古い館を拠点としており、バルモアさんが監視していた間に限って言えば、弓使いのアルトは毎日寝泊まりしていたそうだが、魔獣使いのエド、そして魔道士のシュナイダーはそれぞれ一度だけ館に顔を出しただけだったそうだ。
3人を含め、館内で寝食を共にしていたのは総勢16人とのことだった。内2人は小間使い的な立場にあり、全員の食事の用意などをしていたらしい。
さらに地下に1人、性奴隷の女性が監禁されているのも確認済みだ。
バルモアさんはこの性奴隷の女性は無害と判断し、近々館を襲撃するかもしれないとあえての情報を与えているらしい。
この判断は完全なるバルモアさんの独断なので、その点を謝罪してきたのだが「 まったく問題ないですよ 」と返した。
が――、内心ではちょっと問題があるんじゃないかと感じていた・・・
もしかすると、あえて情報を与えたということは――バルモアさんなりの何か私には理解できない狙いがあってのことかもしれないので、とりあえずは保留にしておく。
「 やつらの会話を総合しますと、伯爵とやつらが呼ぶ人物から特殊な仕事の発注があるようです。おそらく――この村を襲撃するよう依頼を出したのも、その伯爵なる人物かと・・・報告はこれで終わりです 」
「 ご苦労様、さすがバルモアさんだね。これで粛清までの手順を大幅に短縮できたと思うわ。私たちだけじゃ到底無理だったと思う。なにかお礼に――欲しいものとかありますか? 」
「 ヒヒッ! 勿体ない御言葉でございます。ではもし良ければ――このお借りした方位磁石とやらを頂きたいですなぁ、似たような道具は古来からあるものの、これほどまでに正確な方角を指し示すモノは例を見ないですからなぁ 」
「 もちろん! 遠慮なさらずにどうぞ! もっと他には欲しいものないの? 」
「 これだけで十分でございます! 」
「 そう――、よし、では改めて! その黒幕っぽい伯爵とやらはともかく、目標の館に総攻撃を仕掛けてシュナイダーの一味を抹殺します! 準備を整えて明後日の朝一番で出立しましょう 」
「 了解いたしました! 」
「 御意にございます 」
「 はい! 」
3人は即座に承諾していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
~四日後~
~王都ルベナス~
夕暮れ時――
アルトはアジトである館に戻ってきた。
今日もシュナイダーとエドとは別行動だ。
館の扉を開けると、いつも賑やかなはずの館内が静まりかえっていた。
火の気もなく人影も見えない。アルトはエントランスに立ち尽くし、激しい違和感を覚えた。
この時間帯ならまず間違いなく――、隣の食堂からの生活音が大なり小なり聞こえてきて然るべきなのだが・・・
――これは一体・・・何か起こったか?
「 おい、誰かいるかぁ!! 」
大声で叫んだが返事はない――
・
・
感覚を研ぎ澄まし詠唱を開始する!
「 索敵範囲拡張! 」
アルトは、自身が使用できる数少ない魔法の一つを唱えた。
自分の魔力を周囲に広げ、敵の存在を探る魔法だ。
魔力の波長や強度によって探せる距離や精度が変わるのだが、アルトの魔力量でもこの館内ていどならば十分カバーできる。
ただし一時的な魔力増幅を使うため、もし敵が潜伏していた場合――、索敵していることを気付かれやすくなるというデメリットもある魔法だ。
――地下に1人・・・これはアイリーンの微々たる魔力で間違いないだろう。
――そして二階の一室に2~3人分の魔力。判然としない。1人の魔力が異常に小さい気がする。
さらに隣の部屋にも反応があったような・・・気のせいか? あまりにも小さい揺らぎだった。小動物の類かもしれんが、もしくは瀕死状態か?
――二階は身内の魔力か? それとも・・・
このまま二階に上がり直接確かめるか? 単純に2対1となる可能性がある・・・明らかに分が悪い。
――シュナイダーを呼びに行くか?
いや、考えるまでもない。どう考えても一旦館を出、シュナイダーとエドを連れて来る選択が正しいように思う。
アルトはエントランスで踵を返し、勢いよく玄関扉を押し開け外へと出た。
ゴッ!!
「 ぐあぁ!! 」
何かが後頭部に激しく当たった!
痛みとともに頭が真っ白になる。耳鳴りが響き目の前がぼやけた。何が起こったのか全く理解できなかった・・・
「 くっ、くそっ・・・ 」
力なく振り返ろうとしたが、体が思うように動かない。足元がふらつき倒れそうになる。
誰かが背後から襲ってきたのだろう・・・だが、その姿は見えなかった。
膝から崩れ落ちる・・・
もう立ち上がることもできなかった。
地面に倒れ込み、力が抜けていく感覚だけがあり、意識も遠のいていく・・・
――まさか、このまま俺は死ぬのか・・・
「 だ、だれか・・・ 」
最後に力なく呟き、夕暮れの中で――孤独に呑まれていく感覚だけが体中を支配していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




