第14話 殺しの準備
「 こ、これまでの無礼をお許しください・・・ 」
ヒルダさんは両膝を突き頭を垂れていた。
「 いやいや大丈夫ですよ! 全然気にしていません。ハッキリ言いますが、今回はカインズさんにだけ信じてもらえればそれで良かったので・・・別にその他の方に全く信じてもらえなくても個人的には何のデメリットも無いので、なので気にしないでください 」
「 わたしを! わたしを弟子にして頂けませんか!? 」
「 はいい? 弟子ぃ? 」
ヒルダさんは膝を突いたまま私の足を掴んでいた。
まるで縋っているかのようだ。
「 貴女様の御力があればもっと多くの人々を救うことができます! その御力に少しでも近づく為――、浅学なわたしに御教授いただきたく存じます! 」
「 いえ無理よ・・・私には人に教えられるような知識はありませんし、それに何を教えていいのかさえ解っていないので、すみませんが・・・ 」
「 そ、そんなバカな! そう言わずに何卒! 」
能力はもっていても全く知識はない。
当たり前だ――
この魔法の力は勝手に植え付けられたモノだ。
今となっては有難い能力だが、自分で努力し得た力ではない。
ただ魔法の名前を唱えて、名称通りの魔法効果が勝手に発動しているだけだ・・・
教えるも何も――、私自身その入り口にさえ立てていない。
何だか・・・心の底から申し訳ない気がする――
もしかしたら目の前にいるこの美女は、血の滲むような努力を重ね、回復魔法の能力を開花させたのかもしれない。
何の努力も、そう・・・欠片も努力していない私が、ヒルダさんに頭を下げさせていること自体が本当に申し訳ない。
そんな何とも言えない想いが渦巻き、私は胸がいっぱいになった。
「 ご、ごめんなさい・・・今は兎に角カインズさんの息子さんを救うことに全力を傾けたいので、頭を上げてください! 」
「 で、では! ハルノ様のご都合の良い時で構いません! 少しの間だけでもいいので、ここで患者の治療を手伝っては頂けないでしょうか? もちろん報酬はお支払いしますし―― 」
「 ああ、はい――、私で良ければ・・・ 」
「 あ、ありがとうございます! 」
蘇生した男性が飛び出して行ってから、カインズさんは何やら思い悩んでいる様子でひたすら沈黙していた。
「 カインズさん? 大丈夫ですか? 信じて頂けましたよね? 」
「 はい・・・勿論です。し、しかし、やはり一時的にとはいえ息子の命を奪うのは・・・さすがに憚られると申しますか 」
「 ま、まぁ、そりゃそうですよね・・・今さらですが、息子さんを殺せなんてとんでもないことを軽々しく口にしてしまい、申し訳ありませんでした・・・ 」
「 い、いえ・・・しかし息子を救う方法は、やはりこれしかないのでしょうか? 」
カインズさんは溜息交じりに視線を落とした。
「 う~ん、そうですね。もちろん決めるのはカインズさんです。さすがにライル君に伝えるのは止めた方がいいと思いますし・・・ 」
「 息子に伝えても・・・返ってくる返事は分かりきっています。二つ返事ですぐに殺してくれと言うでしょう。普段からこれ以上迷惑をかけたくないので早く死にたい、と呟くこともあるくらいですからね・・・ 」
さらに沈黙が流れる――
そして突然、堰を切ったようにカインズさんが口を開いた。
「 ハルノ様! 頭部が傷ついていなければ確実に蘇生魔法は成功するんですよね? もし万が一・・・もしルード病が治らなくても、最低でも生き返るのは確実なんですよね? 」
「 ええ、確実に蘇生は成功すると思います! 」
「 お、思いますではダメなのです!! 」
「 だ、大丈夫です! 間違いなく確実に蘇生自体は成功します! 」
本当に100%大丈夫か? って、面と向かって詰問されると――・・・
100%確実です! とはやはり返事しにくい。
でも今カインズさんが欲しい言葉は、私からの「 100%成功する! 」という絶対的安心を得られる言葉なのだろう。
▽
拒むヒルダさんに対し、カインズさんが蘇生した男性の治療費を半ば無理やり投げるように手渡した。
そして私たちは治療院を後にした。
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▽
今、王都でも比較的規模が大きいと言われる本屋さんに来ている。
どうやら書物はこの世界では貴重品らしい。
やはりどうしても高額になってしまうらしいのだ。
馬車の中でそれとなく聞いたのだが――、どうやら印刷技術が発展していない世界っぽいので、仕方のないことなのかもしれない。
書面をコピーできる魔法とかないんだろうか?
魔法で傷を癒したり、魔法で灯りを点けたりできるのに・・・何だかすごいチグハグさを感じてしまう。
鉄製品は普通にあるっぽいので、この件が落ち着いたらカインズさんに活版印刷技術を提案してみようかな・・・
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「 ここ数年、領地中を駆けずり回って治す方法を必死に探してきたわたしが・・・今度は逆に、安楽死させるための方法を探すことになろうとは 」
「 すみません・・・辛いところを丸投げしてしまって、どうやら私が使える魔法の中には苦しまないように一瞬で殺す的な――、そんな黒魔術的で物騒な魔法は一つも無いようなので・・・ 」
「 は、はは・・・まさかこうやって、暗殺や毒殺の歴史を調べることになろうとは 」
「 やはり理想は先ほどの男性のように、自身が死んでいたことにすら気付いていない状態で蘇生が完了し――、ついでにいつの間にか病気も治ってるってのが理想ですよね 」
「 確かにそうですな・・・となると、やはり深く眠りに就いているタイミングが最適かもしれませんな 」
「 う~ん、そうですねー。やっぱさっき言われてた――その本に詳細が書いてあるっていう睡眠系の毒薬が最適ってことになってくるのかな~? 眠らせつつ息の根も止めるみたいな? 」
▽
カインズさんは、ほぼほぼ表紙タイトルのみで買う本を決めている様子だった。
基本的に立ち読みは絶対禁止ではないが、長時間観覧しているとかなり怒られてしまうらしい。
カインズさんが無造作に何冊か手に取りそれらを重ね、店主の座るカウンターに向け歩き出した。
「 おお、誰かと思えばカインズ殿ではないか! 」
どうやらカインズさんは、誰もが認知する有名人なのかもしれない。
「 おいおい・・・誰かを暗殺するつもりかね? 」
店主はカインズさんが購入意思を示した本を次々と手に取りながら勘定し、核心を突く台詞を投げかけていた。
もちろん冗談で軽口を叩いているだけだろう。
まさか本当に殺しの準備をしているとは、夢にも思っていないだろうな・・・
しかも、実の息子を殺すための準備なんて!
▽
「 次はどこに行くんですか? 」
相変わらずガタガタと激しく揺れる馬車の中で、言葉を震わせながら次の目的地を聞く。
「 次はハンター組合本部に行ってから、目的の薬士の店へ行ってみようかと 」
「 ああ、薬屋さんですかー 」
「 ただ・・・表向きは通常の薬屋ですが、裏では非合法の霊薬や劇薬などを売買し、時には暗殺も請け負うなどの黒い噂が絶えない店でして。少々危険が伴う恐れもありますので、まず先に護衛を雇おうかと! 流石に我が商会の護衛を同伴させるのは色々な意味でまずいので。できればハルノ様とマリア殿には別の場所でお待ち頂く方がいいかもしれませんが・・・ 」
「 いやいや、ついて行きますよ! 」
最悪のパターンを想定し、最高の準備をする姿勢。
さすが大商会の長だ――
「 ハルノ様がおられれば何も心配はございませんよ! 何しろグリム原野のヌシ――セルケトをソロで討伐された御方ですからね 」
マリアさんが、つい最近達成した初にして最大となるであろう私の武勇伝を唐突に語りだした。
「 な! なんと! まさか、信じられませんが、いや真実なのでしょうね。とはいえハルノ様に全て頼るわけにはいきませんので・・・ 」
「 しかしそのお歳で・・・ハルノ様、あなた様はもしや――神の化身なのでは? 」
「 え? いや・・・そんなわけないですよ 」
神の化身じゃないけど、神の使徒ってことには一応なるのかもしれない・・・




