第136話 ホワイトリリー
松山市の港から、9時40分発のフェリーに車ごと乗り込み、平屋に着いたのは13時前だった。
車内で3時間ほど私は仮眠を取ったのだが、今後のことを考えると――もっとしっかりと寝ておきたいと思い、マツさんが管理する周防大島の平屋へとやってきたのだ。
「 マツさん、ごめん突然 」
「 いえいえ! 朝一電話もらった時はビックリしましたけど、何とか準備の方は間に合いました! 」
居間の木製テーブルの上には、テイクアウトのお寿司やピザ、おにぎり各種、スープ類、パスタ類、オードブルなどなど、多種多様な食事がぎっしりと並べられている。というか無理矢理に置かれていた。
「 うおお! 王将のオードブルもあるやんか! マツさん流石分かってますな! 」
「 へへっ、姐さんが喜ぶと思いまして! 」
「 お風呂は? 」
「 もちろん、丁度良い塩梅で沸いてますよ 」
マツさんがグッと親指を立てる。
「 よし! じゃあ、とりあえずまずはお風呂だな! リディアさんとミラさん先に入ってきて。リディアさんはもう何度も使ってて慣れてるから、リディアさんに聞いて 」
「 は、はい! 」
ミラさんがドギマギしながらも頷いていた。
「 ユリウスさんとルイさんは女性陣の後ね。志村さんも一緒に入って、シャワーの使い方とか教えてあげてよ 」
「 了解っす! 」
「 まぁ、それまでお酒でも飲んでてよ! 」
「 あ、ああ、有難く頂戴しよう・・・ 」
「 おおっ、酒ですか! ありがとうございます 」
ユリウスさんとルイさん、そしてミラさんも、心ここにあらずといった様子だった。
無理もない。
説明は事前にしっかりとしたつもりだが、想像を絶する乗り物で高速走行したかと思えば、その大型車すらをも乗せて航行する――さらに大型の船舶に乗ったのだ。
そしてド田舎とはいえ、この近代的な街並み。
思考が追いつかないのは、想像するに難くない。
私だって逆の立場なら、借りて来た猫状態になるだろう。
▽
私を含むウィン大陸組は真昼間からお風呂をいただき、合宿の人用に準備していた部屋着に着替え終わり、改めてテーブルを囲んでいた。
ユリウスさんとルイさんは焼き鳥や唐揚げなどをフライングで食べており、ビールやワインなども結構な量を飲んだ状態でお風呂に入っていたので、私は――彼らがお風呂から出るまでちょっとだけ心配していた。
どこからどう見ても北欧あたりの外人さんだ。
傍から見ると顔面は全然朱くなっておらず、シラフそのものだった。
「 では乾杯といきましょうか! 私たちのために動いてくださった――志村さんとマツさんに感謝をしるして! 」
「 乾杯! 」
志村さんとマツさんは、私以外が話す言語は理解できないだろうが、もはや言葉の壁は存在しない。
どうしても伝えなければならないことは私が通訳するわけだが、それすらもほぼほぼ必要ないのだ。
白凰組の面々は風体こそ怖いが、気さくでコミュニケーション能力が高い人が多い。
本当に極道だよな? と――、本気で疑う瞬間があるほどだった。
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▽
~16時過ぎ~
宴もたけなわ
「 一時はどうなることかと絶望したが、久しぶりに楽しいぞ! 」
ユリウスさんが、ガハハ笑いをしながら大声で叫んでいた。
ミラさんも、ユリウスさんに負けず劣らずお酒を飲んでいた。
私はひたすらジュースを呷り、リディアさんはお酒を少量に止めている様子だ。
「 今日はここに宿泊します。明日ライベルク王国に入りましょう! ここから転移したら、もうそこがライベルクなんでね 」
「 がはははは! それは楽しみだなぁ! 一度ライベルクには行ってみたいと思っていたんだ! 」
「 ハルノさん! 貴女は本当に凄い人だな! 是非わたしに研究させてほしい! わたしは貴女に興味が尽きませんよ! 」
ルイさんもいい感じに酔っている様子だった。
▽
真っ昼間から、ぐでんぐでんになっているマツさんと志村さん。
ミラさんとルイさんも、眼が完全に据わっていた・・・
ユリウスさんだけは、「 まだまだ飲めるぞ! 」と鼻息を荒くして真っ赤な顔をしていた。
冷静なのは私とリディアさんだけで、もはや別行動をしている。
私たち二人は、リディアさんの希望で42型テレビでDVD映画を見ている。
「 影の軍団 」という、かなり昔の忍者系の時代活劇映画だった。
ハリウッドの大作映画や、新作映画も何本か準備されているのだが、リディアさんは――やはり日本の時代劇がお気に入りらしい。
本人曰く、日本刀による立ち回りの参考にしたいから――とのことだったが、剣の才能など欠片も無い私にはまったく理解ができない。参考になるとは到底思えないのだが・・・
▽
▽
~19時前~
男性陣は全滅し、全員眠りに堕ちてしまった。
全員に布団を掛けてあげ、私たち三人は別の和室へと移動した。
少し早いが、私たちも明日に備え眠ることにしたのだ。
ミラさんは真っ赤な顔で、うつらうつらとしていた。
合宿に来た人用の布団セットをいそいそと敷き、三人が川の字に並んで眠れるようにした。
「 では! 三人で一緒に寝ましょう! 」
「 はい! 」
間違いなく挙動不審になってしまう自信があったので、男性陣の手前、一緒にお風呂に入るのは断念した。
だが、同室で三人一緒に眠るのを我慢する必要はない!
「 では、失礼致します 」
そう言いながら、リディアさんがいつものように腕を伸ばし定位置についた。
私は遠慮なくその筋肉質な二の腕に頭を預ける。
「 これこれ! 至福の瞬間だわ~ 」
「 ふふふっ! 」
反対側に顔を向けると、既に力尽きたミラさんがスースーと寝息を立てていた。
できればリディアさんとミラさんに両サイドから密着してもらい眠りに堕ちていきたかったが、今日はこれでよしとしよう。
だが、日本のこういった古民家で横になっていると、自分はやはり日本人なんだと強く再認識してしまう。
そして、死んだ父親のことを思い出してしまう・・・
犠牲者の氏名が流れていた動画のテロップに、間違いなく父親の氏名を確認した。
だが心のどこかで、同姓同名の違う人物なのではないかと考える自分がいる。
そんな可能性はあり得ない、と頭では解っているのだが・・・
既に骨となり、無縁仏として合祀墓に入っているだろう。
本来ならすぐにでも会いに行き、先祖代々のお墓に納骨してあげるべきなんだろうけど、自分でもナゼか理解できないが行動に移せないでいる。
あまりにも怒涛で荒唐無稽な日々が、今この瞬間も続いている。
ある意味――無茶くちゃなこの日々に甘え、考えないようにしているのかもしれない。
私自身――失踪者となっているのだろうか? 会社の同僚は、もはや気にも留めていないのだろうか? 借りていたアパートはどうなっただろうか? 確認しに行くべきなのか・・・
警察庁の統計によると、日本国内での行方不明者の数は年間約8万人らしい。過去10年間、ほぼ横ばいで推移しているらしいのだ。
毎年8万人!? とんでもない数だ。私もその8万人の中に入ってしまったのか・・・
「 ハルノ様? どうなされました? 」
耳元で静かに囁くリディアさんが、その細く長い人差し指で、いつの間にか頬を伝っていた一筋の涙を拭ってくれていた。
「 いや――、何でもないよ 」
私はそう返事をし、禁忌の象徴であり刹那的な忘却を後押ししてくれる――その豊かな双峰に顔を埋めたのだった――
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~翌日~
~ライベルク王都防壁すぐ傍の転移地点~
「 マジか! 本当にライベルク王国に到着したのか? 一瞬で? っつーかこの防壁の高さは・・・何かの冗談か? 」
ユリウスさんはそう呟くと、口を半開きのまま呆けたような状態に陥っていた。
「 ああ、私もこの防壁を初めて視界に入れた時、同じような反応をした記憶がありますよ 」
大門の方角からホイッスルの音が響き渡った。
高く澄んだ音は、転移で来訪した者の存在をハッキリ伝えるように放射状に広がっていった。
私が無償で提供している双眼鏡や単眼鏡――ホイッスルなどを、衛兵の皆さんが活用しているのだろう。探照灯やサーチライトなどの照明器具は、まだ明るいので使用してはいないようだ。
近い将来一段落したら、姫野さん経由にはなるが、株式会社レニアスという会社から暴徒鎮圧用シールドも大量に購入したい。地方の中小企業にも、素晴らしい技術を持った会社が存在するのだ。
ポリカーボネート製の盾が主だが、バリスティックシールド(防弾素材で作られている。裏側にはビデオカメラや液晶モニターが装備されており、シールドをかざしたまま前方の状況を確認することができる)や、スマートシールド(電気ショックや音波などの非致死性兵器を内蔵している)などもあり、大量購入し、衛兵の皆さんに無償で配布したいと考えている。
「 何だ? あの鋭い音は・・・ 」
ユリウスさんが誰にともなく呟く。
「 多分、私たちが転移して来たことに見張りの衛兵さんが気付いて、周囲に知らせてるんだと思います 」
「 な、なるほど・・・ 」
遠慮がちな三人に「 行きますよ! 」と促し、大門の方へ歩き出した。
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王都に向かって歩き出した時、彼方の虚空から龍さんが飛来するのが見えた。
ぐんぐんと徐々に肥大するその巨大な姿は、まるで空を覆う暗雲のようだった。
皆も気付いたようだ。
大剣を持つユリウスさんが、いち早くソレに気付いた。
横目に見ると、驚愕と恐怖に顔を歪めている。真龍という特異な怪物は、日常ではなかなかお目に掛かれない存在だろう。
剣を握りしめ正眼に構えたユリウスさんが、絞り出すような声で叫ぶ――
「 何だアレは・・・真龍か? ナゼ! こんな都上空にっ! 」
「 ハ、ハルさん! 巨大なモンスターがこちらへ目掛けて一直線に飛んできていませんか・・・? 」
「 うわあああぁぁぁ! 」
ミラさんもルイさんも一瞬でパニック状態だ。これまた無理もないが・・・
「 あ~大丈夫。落ち着いてください。伝えてなかったけどあの真龍は私の友人ですから 」
「 はぁ? 真龍が友人だと? あんた何なんだっ! どこまで規格外なんだよ! いい加減にしてくれよ! もうこれ以上驚くことは無いと思っていたが、あんたマジで何なんだよっ! 」
ユリウスさんは、剣を構えたまま結構な熱量で真面目に怒っていた。
「 い、いや、ごめんなさい。そんなに怒らないでよ・・・別に、その都度驚かせて面白がっているわけじゃないのよ 」
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『 魔道士殿。帰還されたか―― 』
「 何だか、かなり久しぶりな気がするわね。実際はそんなに経ってないと思うけど 」
『 ふむ、我と人族とでは時に対する肌感覚が違うので何とも言えんが―― 』
「 あっ! 似合ってるじゃない! その剣のネックレス 」
『 ふむ――魔道士殿の提案通り、肌身離さず装着しておる。お陰で忌々しい鈍痛もほぼ感じることはないな 』
「 そう、それは何より。で――私の属性を察知してわざわざ迎えに来てくれたの? 」
『 ああ、城まで運んでやろう 』
皆には龍さんの声は届いておらず、私の言葉しか聞こえていないだろうから違和感MAXだろう。
リディアさん以外、驚愕の表情のまま固まっていたが、「 とりあえず真龍の背中に乗って 」と――指示を出したのだった。




