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第134話 地底の世界

 とりあえず私たちは、落下地点の空間を認識し調査することから始めた。


 空洞というには――あまりにも広大な空間が広がっている。


 当然ながら天井は見えない。壁は見えないほどに遠く、地面は一枚岩のような巨大な岩盤に思えた。


 空洞の中央には巨大な湖があり、その水面からは無数の水柱が噴き上がっていた。

 水柱は私の光源魔法の光に照らされ、虹色に輝き空洞全体に反射していた。


 湖の周りには様々な形の奇妙な植物が生えており、それらも水柱の光が反射し美しく見えた。

 私たちはこの地底の世界に少しばかり魅了されていたが、同時に――これ以上ないほどの危険を感じていた。

 この美しい空洞には、私たちを嬉々として襲う凶悪なモンスターが棲息しているのではないか――と思えたからだ。


「 飲んでも大丈夫なのかは判らんが、水分が存在することに少し安心したぜ 」

 ユリウスさんが心底ホッとしたように――、湖を見つめながら深く息を吐きながら呟いた。

 その後ろに隠れるようにして、学者のルイさんがビクビクしながら共に歩を進めている。


「 飲み水は私の魔法水で(まかな)えるので、わざわざ飲むこともないでしょう 」


「 そ、それもそうか! というか、あんたたちは何でそんなに落ち着いてるんだよ! もっと慌てたり絶望したりするもんだろ! なんで俺たち男二人だけが不安に苛まれて(おのの)いてるんだ! 」


「 いや知りませんよ! 勝手にビビってるだけでしょう? 男ならもっと、ド~ンと構えててくださいよ! 」


「 うっ・・・ 」


「 っと――つい不用意な言葉を口にしてしまいました。撤回します。私の価値観では時代遅れも甚だしい発言でしたので 」


「 はぁ? 」


「 私の知る限り――『 女性だから 』『 男性だから 』といった固定観念に縛られる人は、次第に減ってきています。こういった考え方自体、私たちの時代ではもはや時代錯誤に近いものなのですよ 」


「 ハルノさん――、あんた一体何を言ってるんだ? 」


「 ユリウス殿、ルイ殿、安心なさるが良かろう。この場にハルノ様がおられるということが、どれほど僥倖(ぎょうこう)か 」

 リディアさんが、ユリウスさんを一瞥(いちべつ)しながら呟いた。


「 リディア殿のおっしゃる通りです。ハルさんがおられれば、万事問題ありませんよ 」

 ミラさんも追随して同調していた。


「 いや! そうは言っても、この人数だと食料はもう既に丸一日分も無いのだろう? どうすればいい? 地上に脱出できると信じこのまま進むにしても、何日かかるか見当も付かんぞ・・・おいルイさん、考古学者の視点では、この遥か地底から地上に脱出できる確率はどれくらいのもんなんだ? 」


「 い、いや――わたしだって見当が付かないよ! 」ルイさんが慌てて口を挿んだ。


「 そうだよな・・・いくら学者でも判るわけないよな 」

「 い、いやちょっと待ってほしい! まさかっ! ハルノさんあんたもしかして――、食料自体をも魔法でこの世に具現化することができるのか? その落ち着きぶり、その自信に満ちた様子は・・・まさかそんなことが可能なのか! 」


「 バカな! そんなの無理に決まってるでしょう! 」即答で否定する――


「 ・・・そうだよなぁ 」

 ユリウスさんは一縷(いちる)の望みが即座に砕けた様子で、目に見えて落ち込んでいた。


「 ハルさん! イジワルしないで、そろそろ教えてあげたらどうですか? 彼らも安心するでしょうし 」

 イジワルしないでと言いつつも、ミラさんは意地悪な笑みを湛えながら言っていた。


「 う~ん、別にイジワルしてるつもりはないんだけどね。ただ――まだ時刻が早いのよね・・・この表示された時刻を信じて飛びたいからさ 」

 私はそう呟きながら、落下後に装着したデジタル腕時計に視線を落とした。


「 な、なんだ? 何を言ってるんだ? 何のことだ? 」

 ユリウスさんとルイさんの眼には、何かを期待するあまり淡い光が宿ったかに見えた――


「 ああその前に、まずリサさんは偽名なんです。本当の名はミラさんです。今後はミラさんで統一しますね 」


「 んん? 偽名だったのか。いやまぁ、俺たちの稼業では珍しくもないがな 」


「 それから安心してもらえってことなんで、もうバラしますけどね。私――実は転移魔法も使えるんですよ 」


「 て、転移魔法! はああ? マジかよ!? 嘘だろ? 」

「 えええええっ! 」

 ユリウスさんとルイさんは揃って目を丸くしていたので、私は少し吹き出してしまった。


「 ふふっ! 別にイジワルして言わなかったんじゃなくて、ムコウの世界に飛ぶ時刻を見計らってるんですよ。今回は確実に真夜中が望ましいんでね。微妙に時間軸もズレてるからさ 」

「 あ~、理由は私たちの外見です。まぁ最悪、「 気合入れ過ぎてコスプレしたんです 」って言い張りますけどね・・・ 」


「 ちょ、ちょっと待ってくれ! ムコウの世界って何だ? 何を言ってるんだ? 」


「 信じられないとは思いますが、私――元々この世界の人間じゃあないんです。別の世界から来てましてね。別の世界って概念が通じる前提で話しますけど、事前にちゃんと全て説明しておかないと、この後の展開で無駄に混乱させることになると思いますんでね 」

「 つまり私は、ある魔法を使って――ここに居る皆と一緒に世界間を行き来できるんです。ムコウに滞在可能な時間に制限があるんで、時間切れになったら強制的にコッチの世界に戻る羽目にはなるんですけどねぇ 」


「 な、何ですと! 本当にそんなことが現実に起こり得るのですか?! まさかその世界間転移を体験できるのか! 」


「 待ってくれ! ダメだ、理解が全く追いつかん! ちょっと整理させてほしい・・・ 」

 ルイさんはハイテンションのまま目を輝かせていたが、ユリウスさんは焦燥感を滲ませながら、思わずタイムをかけていた。


「 ええ、どうぞごゆっくり。時間はまだまだありますからね 」

          ・

          ・

          ・

 対照的な二人が比較的落ち着くのを待ってから、私は転移魔法システムを話して聞かせたのだった。


          ▽


「 マジで何なんだよあんた・・・内容が飛び過ぎてて全く信じられないんだが。リディアさんとミラさんは、この世界の住人で間違いないんだよな? 」


「 ええ、別の世界出身なのは私だけですよ。ミラさんにも最初――素直に信じられないだろうと思って一部に関しては嘘を()いて話したんですよね。でも今話した内容に偽りは一切ありません。信じようと信じまいと真実です 」


 既にミラさんには真実の仕組みを説明して久しい。

 ミラさんは転移魔法以上のインパクトがある蘇生魔法を目の当たりにしている所為なのか、素直に信じてくれた様子ではあったが――


 ただ――ミラさんにもまだ隠していることが一つだけある。


          ▽


 大剣を敷物代わりにして、ユリウスさんとルイさんがその上に座り、驚愕の表情を並べていた。


「 なるほど・・・あのカンヅメやらマッチバコやライターなどは、別の世界の製品だったのか! 少しだけ納得がいったぜ 」


「 実に興味深い! 好奇心を激しく刺激されますね! 」


「 だが高低差も修正されるのか? あんたの話だと座標が修正されるということだが、転移しても結局ムコウの世界とやらの地底だったら意味がないぞ! 」


「 う~ん・・・たぶん大丈夫だと思いますよ。確かに希望的観測にはなりますけどね。とにかく時刻の方が大事なんで、まだ暫く――この陰気な地底で時が経つのを待ちましょう 」


「 腹が減ってはなんとやらなんで、とりあえず何か食べましょうか! 」


 私は特大リュックから【紋次郎イカ】のプラケースを取り出し、皆に一本ずつ手渡した。


          ▽


 皆で黙々と(かじ)りながら咀嚼していると・・・ルイさんが遥か遠くの岩壁を凝視していた。


「 ルイさん、どうしました? 」


「 あ、いえ、何かが動いたような・・・気のせいかな 」


 ルイさんの視線の先を皆も追いかける。


「 確かに・・・何やら動いているように見えますね 」

 異常とも言える視力を誇るリディアさんがそう言っているのだ。ナニカがそこにいるのかもしれない・・・


「 ちょっと怖いけど・・・光源を近づけてみますね 」


 私は意思の力で、ホバリングする光源を岩壁の方向へスイスイと進ませた。


「 あっ! あれは岩塊虫かもしれません! 」

 ルイさんが叫んだ。


「 え? モ、モンスター? 」


「 はい。一応はそういう分類になります 」


 ルイさんの説明によると、岩石と同化している巨大な虫で、岩塊虫は岩石と見分けがつかないほど似ており、獲物が近づくと突然動き出して噛みつくらしい。岩塊虫は岩石を食べて成長し、体内で金属を生成するレアモンスターなんだそうな。


「 待ってください! 今、光で照らされて初めて気付きましたが・・・あの植物も、もしかして光菌花では! あ、あの水晶も動いてる! まさか水晶蜘蛛なのか! 」


 どうやら湖付近の一部の植物も、モンスターらしい・・・そしてその周りに点在する水晶っぽいモノも。


 ルイさんの説明によると――


 光菌花は光菌の発光で獲物をおびき寄せると、花弁を閉じて捕らえるらしい。花弁の内側にある鋭い棘で獲物を刺し殺すらしいのだ。


 水晶蜘蛛は、文字通り水晶で形成された巨大な蜘蛛。

 水晶の糸で獲物を捕らえると、水晶の牙で刺して毒を注入するらしい。水晶蜘蛛の毒は獲物の体を徐々に水晶化させる。水晶蜘蛛は水晶化した獲物を食べて自分の体を強化するらしいのだ。


「 貴重な文献でしか見たことのないレアモンスターが、勢揃いしている・・・ 」

 ルイさんはそう呟くと、二の句は告げず絶句していた。


「 マジかよ! モンスターに囲まれてるのか! もしかして、ここに座ってんのって超危険なの?

 「虫」という単語に過剰反応している私・・・虫はダメだ。生理的にダメなんだ!


「 い、いえ――これだけ距離があれば大丈夫でしょう。ただ長時間このまま留まるのは危険だと思いますが 」

「 岩塊虫と水晶蜘蛛に関しては、もし捕獲できれば一匹当たり金貨五十枚は下らないかと・・・それぐらい価値のあるレアモンスターなんです 」


「 マ、マジっすか? 生け捕りで金貨五十枚? 」

 ここで数匹捕獲し、そのまま転移をするというシミュレートを脳裏に描いたが・・・即座に却下した。


「 いやいや! 現実的じゃないわ 」

 あまりにも危険すぎる。金に目が眩むとロクなことがない。


「 ユリウスさん! 喉から手が出ているようですけど捕獲はダメです! それにモンスターに囲まれてる状況が判明したんで、ちょっと微妙な時刻だけどもう飛ぶことにします! 」


「 ええっ? マジで別の世界とやらに転移するってのか? 」

 ユリウスさんは未だに信じられないのだろう。


「 そうです! 私は虫が大の苦手なのでもう飛びますよ! 皆集まって 」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ~少し前~

 ~エレシア遺跡内~


「 実に呆気なかったな 」


 グループのリーダーであるシュナイダーは、地底に目掛けて落ちていく五人の姿を見て満足げに笑っていた。彼は魔法の杖を手にしていたが、今回はそれを使う必要はなかった。


 遺跡の罠は古代文明が残したもので、一度作動すると止めることができない。


「 どれほどの深さかは想像もつかんが、地盤に激突し即死ではなかったとしても、さすがにタダでは済むまい。たとえ生き残りがいたとしても、ほどなくして食い物が尽きる。待っているのは絶望のみだ 」


「 最後の手段を使わされるとはな! 手間ぁかけさせやがって! ったく――結局何日使ったんだ? 」

 エドが吐き捨てるように声を張り上げる。


「 しかし、マジであいつら何者だったんだ? 特に魔道士のハルノとかいう女は異常だったな 」

 弓を背負うアルトが、誰にともなく呟いた。


「 さあな。所持する物は珍しい物ばかりだった・・・わざわざライベルクから長旅をして来たと言っていたが、それすらも真実かどうかはわからんな。ま~、今となっては考えても詮無いことよ 」


 彼らは標的を地底に突き落としたことに、罪悪感も後悔も感じてはいなかった。


 否――唯一後悔しているといえば、標的が所持していた魔道具や珍しい武器などを、始末するついでに奪取できなかったことだ。


 彼らは自分たちの欲望の為ならば、どんなことでも(いと)わず行使できる――冷酷な犯罪者集団だった。


「 さぁ戻るぞ! こんな盗掘され尽した遺跡なんぞ、長居する意味はない! 」


 そう叫んだシュナイダーは、唾を吐き(きびす)を返したのだった――


 後日――自分たちが辿る命運も知らぬまま・・・


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。 名前を使って頂き、とても嬉しかったです。 私はハルノさんの生き方、考え方が好きです。 しがらみに囚われることなく、束縛されず 自由に自分の人生を楽しんでいる姿…
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