第132話 大鬼
~二日後~
私たちはシュナイダーさんがリーダーを務める別のパーティーと合流するため、王都を出て街道を徒歩で進んでいた。
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私たちは、シュナイダーさんから紹介された依頼を受けることにしたのだ。
正直、貴重な時間が無駄に費やされる可能性も大きい。なにせ移動だけでも最低で往復六日、さらに遺跡内部の調査で、何日かかるかは現時点では見当も付かない。
報酬は一人当たり金貨十枚。つまり私たちは金貨三十枚が確定。
さらに道中の経費も王国が肩代わりしてくれるそうなので、単純に報酬だけで言えばおいしいと言える部類の依頼だろう。
この二日間の、紫色青色ボードの討伐依頼のほとんどは、同様に何日もかけて現地に赴くタイプの依頼だった。
もし即日討伐が成功したとしても、得られる報酬はせいぜい金貨十枚が関の山。比べるまでもなく効率が全然違う。
念のため――声をかけられた後、人となりを確かめようと一緒にテーブルを囲み食事を共にした。
そしてシュナイダーさんは間違いなく善人であり、相当の手練れだと確信したのだ。
冒険者の間で畏れられ、信頼されている存在なのはもはや疑いようがない。
ちなみに、彼が私たちが追っている犯人どもの情報を持っているかもしれないと思い、理由は濁しながらそれとなく刻印を記したノートの切れ端を見せたが、空振りに終わったのだった。
依頼内容自体にも興味があったし、たとえ時間だけが消費される事態に終わったとしても、シュナイダーさんにここで恩を売っておくのは、今後を考えると全然アリだろうということで話がまとまったのだった。
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約束の小橋の近くで彼らはすでに待っていた。
小橋付近に、大型の馬車と数名の人影が視認できた時点で小走りで駆け出し、ワザとらしく息を切らせて到着する。
「 すみません! お待たせしました! 」
大型の幌付き馬車で、揺れは比較的少なそうで、客車の中に居ても風の影響はほぼ受けなさそうな――そんな高級馬車なのが意外だった。
「 いや問題ない。俺たちも先ほど来たところだ。こっちは即席パーティーではあるのだが、早速――俺たちのパーティーメンバーを紹介しよう 」
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シュナイダーさんのパーティーは――
魔道士のシュナイダーさん。
弓使いのアルトさん。
魔獣使いのエドさん。と、エドさんが相棒と呼ぶ狼のような獣一頭。
大剣使いのユリウスさん。
そして考古学者のルイさん。
というメンバーだった。
ちなみに元々のパーティーは三人だけで、ユリウスさんとルイさんは、今回だけ加わった野良メンバーらしい。
「 ようこそ。暫定的とはいえ、俺たちの仲間になってくれて礼を言う。宜しく頼む。仲良くやってくれ。お前ら――上玉過ぎるからと言って欲情して襲わないようにな! こちらの剣士――リディア殿だったかな? 彼女に斬り殺されるかもしれんぞ 」
「 道中は長い。そこかしこで小便を垂れ流し、女性陣に嫌われないようにな! あと女性陣も用を足したいなどの場合は、即座に申し出てくれ―― 」
シュナイダーさんが、現代日本では完全にアウトな軽口を叩いていた。
「 ・・・こちらこそ。よろしくお願いします。魔道士の春乃です 」
たぶん私の表情は引き攣っていたと思うが、礼儀正しく挨拶を返した。
リディアさんとリサさん(ミラさん)も、同様に挨拶を交わす。
「 女神の盾! 」
「 おおっ! 防御系強化魔法も使えるのか! 」
「 ああ、すみません。一種の保険みたいなもんなんで―― 」
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何の説明もなく、唐突に魔法障壁を全員にかけて回ったのだった。
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考古学者のルイさんは遺跡に詳しいらしく、その歴史や秘密を探ることに情熱を持っているらしい。
「 エレシア遺跡・・・エレシア王国は魔法文明を高度に発展させていたが、何らかの理由で滅びてしまった。その謎を解き明かすことが、わたしの夢でもあるんだ 」
ルイさんは揺れる馬車内部で――そう語り出した。
「 高度な魔法文明? 」
「 ああ、たとえば遺跡では――空中浮遊する石や魔力で光る水晶などが見つかっている。それらは魔力エネルギーを内包しており、様々な効果を発揮するんだ 」
「 え? 空中浮遊する石? 光る水晶はまだ理解できるけど・・・ 」
「 今回の遺跡探索で発見できることを密かに望んでいるよ。わたしはまだ遺跡の一部しか調べていないからね。新しい発見があるかもしれない――と、考えるだけでゾクゾクするよ 」
「 もし浮遊する石とかをゲットできたら、売ってお金にできるんですか? 」
私のこの質問には――ナゼかエドさんが答える。
「 それはできないね。遺跡は現在王国の管理下にあるから、発見したモノは全て報告しなければならない。遺跡は歴史的に貴重なものだからね。発見したモノをその辺の商人に売りつける行為自体が重罪だ。売った方は勿論だが、知らずに買った方も間違いなく処刑されることだろう。ただ、もし発見したモノがかなり貴重なモノだったとしたら――報酬に色はつけてくれるかもしれないけどね 」
「 ええ!? 売っただけでいきなり処刑なんですか? 」
驚く私を横目に、黙って聞いていたルイさんも口を開いた。
「 まったくこの王国の政治は恐怖そのものだよ。統合する前はこの国もまだマシだったんだ。隣国も平和だった。魔法分野と様々な技術が合わさって、みんな幸せに暮らしてたんだ。しかしアルバレス王は自身の野心のために全てめちゃくちゃにした。重税を課し民衆からは搾取を続け、反抗するやつは適当な理由をつけて即処刑だ。歴史も嘘に変えようとしている。ヤツはただの独裁者で暗君だ。ヤツに実権を握られたのは――我々最大の不幸だよ 」
「 おいおいルイさん。国王批判は止めといた方がいいぞ。癖になると――つい街中でも出るかもしれんしな 」
大剣を抱えたユリウスさんが、静かに制止し諫めていた――
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太陽が西の空に傾き始めた頃、私は船を漕ぎだし眠りに落ちそうだった。
馬の蹄の音や馬車の揺れが、私にとっては心地よい子守唄になりつつあったのだ。
だが次の瞬間、一気に覚醒することとなった。
馬車が突然揺れ、止まったのだ。
皆、驚いて立ち上がる。
「 急にどうした!? 」
シュナイダーさんが、客車部分から御者席に顔を向け叫んだ。
すぐに幌が捲られ、御者を務めていたアルトさんが顔を突っ込んできた。
「 ヤバいぜ! 多分大鬼だ! 」
「 数は? 」
シュナイダーさんが冷静に確認する。
「 1体だけだ! 」
「 ハルノ殿、あんたらパーティーは外に出ないでくれ。ルイさんも出るな! 俺たちが始末する 」
すかさずシュナイダーさんが、私に指示を出した。
「 い、いえ――私たちも戦いますよ! たぶん攻撃をまともに受けても、私が掛けた魔法障壁の効果でほぼほぼダメージは喰らわないはずですし 」
「 別に女だからって特別扱いしてるわけじゃない。承知とは思うが、大鬼は暴力性だけが突出しているモンスターで、メスを見ると興奮して見境がなくなる厄介な個体だ! 俺たちを信じ、中でルイさんと待機しててくれ 」
「 な、なるほど。女を見るとパワーアップするんですか・・・暴力性に全振りしてる知性欠如モンスターは確かに怖いな。了解しました。ここで大人しくしてます 」
「 俺の相棒が【威嚇】を使い、馬を暴れさせないように一種の金縛り状態にしておく! あんたらは絶対に外に出ないでくれ! 」
さらにエドさんにも釘を刺された。
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馬車の幌を少しだけ捲り、外界の様子を盗み見る。
大鬼は大猿とゴリラを掛け合わせたようなモンスターだった。
筋肉質で強靭な肉体を持ち、人間よりも遥かに大きい。
凶暴性をその身で体現しているような存在だった。
もちろん武器や防具は装備していない。体毛で覆われた獰猛な野生生物そのものだった。どう考えても素手のみの戦闘スタイル。
敵を殴り倒して蹴り飛ばし、投げ飛ばして噛み千切るのだろう。見た目通り知性は低く――敵の数など気にもせず、ただただ闘争本能に従って戦うのだろう。
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シュナイダーさん(魔道士)、アルトさん(弓使い)、ユリウスさん(大剣使い)、エドさん(魔獣使い)は、それぞれ武器を構えて身構えている。
大鬼は、それに動じる様子もなく咆哮しながら突進してきた。
グアッ! グゴオォォォオオオ!!
「 くるぞっ! 」
全く減速する様子もなく、全力で走り抜けるそのままの勢いでラリアットを繰り出した!
凄まじい暴力!
先頭のユリウスさんが、自身を守るために大剣を盾としその初撃を受ける!
剣身は長く幅広く厚みがある。
それはまるで鉄の壁のようだった。
金属が金属にぶつかるような鈍い音が響く――
ユリウスさんは大剣を握りしめ、その暴力に全力で抗っていた。
次の瞬間、大剣ごとユリウスさんは吹き飛ばされた!
大鬼は止まらない!
次に目についたエドさんに、同じようにラリアットを放つ!
だが先ほどの助走を付けた攻撃とは違い、腕を振り回しただけのもので、威力は先ほどよりも低いだろう。
エドさんは敏捷性が高いのか――器用に身を捻じり避けながら、手斧で大鬼の伸びきった右腕を斬りつけた!
真っ赤な鮮血が飛び散る!
だが、大鬼は全く意に介していない様子だった。
さらに後衛の弓使いアルトさんへと瞬時にターゲットを切り替えた様子で、またしても全力で走り出し、そのままの勢いでドロップキックを仕掛けた!
――なんやねん、あのモンスター! ひたすら全力で走り回ってプロレス技みたいなの出しまくってるじゃん! めっちゃ怖い・・・
「 うおお! ヤバい!! 」
アルトさんは弓を引いた状態で、タイミングを計っていたために遅れをとったのか――
その身の側面でドロップキックをモロに受けていた。
「 ゴハァッ! 」
アルトさんが吹き飛ぶ!
そのまま勢いよく転がった大鬼は、立ち上がるとすぐに――近くにいたシュナイダーさんに飛びかかり、掴もうと両手を伸ばした!
その毛むくじゃらのゴッツい両の掌が、シュナイダーさんの身体を拘束する寸前――
「 風属性! 輪剣斬!! 」
「 氷属性! 氷結の槍撃!! 」
シュナイダーさんのそれぞれの掌から魔法が放たれた。
風属性の斬撃魔法が、伸ばした大鬼の左腕を斬り飛ばす!
そして間髪入れず、分厚い胸板に氷属性の長い槍が突き刺さった!
「 うおおぉ! すげえ! あれが噂の二重詠唱・連続魔法ってやつか! 初めて見たな! 凄いな! 」
「 えぇ!? ハルノ様の方が・・・ハルノ様は二重どころか三重、四重の――しかも全て詠唱破棄で発動されてませんか・・・? 」
「 え? ああそうか。そうだっけ? 」
「 そ、そうです・・・ 」
「 確かにそういうことになるのかぁ。っていうか前にも言ったと思うけど、私のは勝手に埋め込まれた技能みたいなモンだからねぇ 」
私の率直な感動に対し、リディアさんから物言いがついた。
リディアさんは、何とも言えない複雑な表情を隠す気はないようだ。
グオォォォオオオ! オオオォォ!
地を転げ回りながら、砂煙の中――大鬼はもんどりうっている。
「 おい! ユリウスさん! トドメを刺せえ!! 」
「 おうよっ! 」
大剣の柄を両手で握りしめたユリウスさんが、中空へと跳躍した!
そのまま自重を全て乗せ、寝転がっている大鬼の――無駄に広いその背中に鋼の大剣を深々と突き立てる!
グオォォォオオオ!!
「 ブハァッ! 」
大猿のような面の――耳まで裂けた大口から鮮血が吹き上がった!
うつ伏せ状態のまま地に串刺しとなった状態で、無理な姿勢のまま残る右手を背中に伸ばし、剣を引き抜こうとしている。
もちろんユリウスさんがそれを許すわけもなく――その右手をガツンガツンと容赦なくグリーヴ(板金すね当て)を装備した両足で蹴り飛ばしていた。
しばらくその攻防が続き――やがてゆっくりと動かなくなっていった。
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勝利を確信した私たちは、幌を撥ね飛ばして外部に躍り出た。
「 凄いですね! 素晴らしい連携です! 」
私は素直に褒めたたえた。
「 いや、凄いのはハルノ殿の魔法障壁だよ。まさか物理にもこれほど有効とは。アルトのやつがあれほどのクリティカルヒットを喰らっていたにもかかわらず、全くと言っていいほどダメージを受けてねぇ! 」
「 ああ、助かったぜ! まさかこれほどの障壁とは・・・恐れ入ったぜ 」
「 この障壁の持続は、どれほどのモノなんだ? 」
シュナイダーさんが、心底感心した様子で質問してきた。
「 う~ん、結局なんだかんだで実証実験はしてないので正確には分かんないんですけど、たぶん最低でも三日~四日くらいは持続するはずですよ。まぁ念のため、毎日かけ直しますけどね! 上書きが有効なので 」
「 ・・・それは凄いな。この強度がそんなに何日も続くのか 」
「 ええ、実は私のみですが――ダメージ無効化の耐久障壁も付与しているんです。ダメージ無効化の障壁とダメージカットの障壁による相乗効果で、自慢じゃありませんが今の皆さんよりも硬いんです! 」
「 なので、遠慮なく私を盾役にしても大丈夫ですよ! 」
「 そ、そうか・・・ 」
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四日目のお昼頃、遺跡の入り口に到着した。
遺跡の入り口は巨大な扉であり、その上には古代文字のようなモノが刻まれていたのだった。




