第131話 ヒャッハーふたたび
「 気のせいかもしれないけど――、なんだか違和感を感じたわ 」
「 え? 何がですか? 」
私の独り言に対し、ミラさんがキョトンとした表情のまま即座に聞き返してきた。
「 いや、あの鍛冶屋のおじさんだよ。私が「 これはあなたが手掛けた仕事ですか? 」って聞いた時、「 こんな刻印は見たことがない 」って即答したでしょ? 」
「 う~ん、そうでしたっけ? 」
「 うん。確かにそう返事したわ。別にこっちは「 見たことがあるか? 」って聞いたわけでもないのに・・・あの反応速度で、あの返答はちょっとおかしい気もするのよね 」
「 「 自分の仕事じゃない。見た事もない 」っていう順番で答えたなら、違和感は無かったかもだけどね 」
「 まぁ、私の気のせいだとは思うけど・・・ 」
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~三日後~
~冒険者ギルド内に併設された酒場~
「 う~む、ごめん・・・今のとこ情報が全く得られてないねぇ 」
「 やはり、手当たり次第に聞き込みをする以外に道はないのでしょうか・・・ 」
「 う~ん、でもなぁ・・・まだ諦めるのは時期尚早だと思うんだよなぁ。もうちょい頑張ってみてもいいかな? 稼ぎつつ、もうちょい様子を見たい 」
「 畏まりました 」
合間合間に武器屋さんや彫金屋さんへと赴き、客のフリをしてそれとなく例の刻印のことを尋ねていたのだが、未だ有力な情報は得られていなかった。
――やはりリディアさんが言うように、冒険者ギルド内やこの酒場などで聞き込みをするしかないのかも・・・だが、それは最後の手段だろう。
冒険者相手に聞き込みをすると、犯人グループを刺激する可能性が高まる。それは確実だろう。
一般人に比べ総じて勘が鋭い者が多いはずだ。取り繕った遠回しな質問などしようものなら、逆に違和感を感じ、こちらの真の狙いを邪推する者が必ず出てくる。
ハンターや冒険者は、探りを入れられることに対し、かなり敏感な人種だと考えられるからだ。
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「 ハルさん。青と紫の依頼を見繕ってきました! 」
「 ありがとう! 」
ミラさんが羊皮紙を何枚か両手に持ち、隅っこのテーブルに座る私たちの元に戻ってきた。
私たちは冒険者ギルドで、毎日最低一つ以上の依頼をこなしていた。
依頼ボードからはあえて青か紫の依頼しか受けず、以前変わらずできるだけ目立たないようにと心掛けている。
新人らしからぬ働きっぷりだと思われるが、宿泊費が結構高いせいで思ったほどお金は貯まっていない。
ライベルク製の金貨がたんまりと有るので、最悪ソレを使えばいいという保障がある。
それ故に、心の余裕的なモノは計り知れないのだ。
「 では恒例になってまいりました。依頼の発表をします! 」
「 お願いします! 」
ミラさんが言うように、ここ数日で恒例となりつつある依頼発表の時間だ。
「 まず、紫色ボードから・・・ 」
1、街道修復の為の人夫募集。報酬は日当で大銀貨一枚~二枚。
2、小川に架かる小橋修復の為の人夫募集。報酬は日当で大銀貨一枚~二枚。
3、トラス村の井戸水が汚染されてしまった為、新しい水源を探し出すお手伝い。報酬は要相談。
「 次に青色ボードから・・・ 」
1、ルイエ湖に棲息する水棲怪物の退治。報酬は最低保証で金貨六枚以上(但し生死を問わず捕獲した場合、素材は依頼主が回収)
2、ムダール坑道に棲みついた地霊巨人の討伐。報酬は金貨八枚以上(討伐後、素材は要相談)
「 目ぼしいのは以上となります 」
ミラさんはそう言いつつ、トントンと羊皮紙を揃えテーブルの上に置き直した。
「 むぅ・・・まず水棲怪物退治は怖すぎるので却下! 工事の作業員もなぁ~、この前みたいな解体工事ならお手のものなんだけどなぁ 」
限られた選択肢の中では、私がグッとくる効率の良さそうな依頼はなさそうだった・・・
――唯一やり甲斐もあり報酬も申し分ないのは、やはりトロール討伐か?
リディアさんとミラさんが私の次の言葉を待ち、う~むと唸りながら悩む私を見守っている中――
こちらへと近づいてくる男性4人が視界の端に入った。
「 お~、こりゃ美人だな! そっちのあんたも顔隠してないで俺に見せてみろよ! 」
「 ねえちゃんたち! 俺たちと一緒に飲もうぜ! 」
「 ウヘヘ! エロい身体してんなぁ~。たまんねぇぜ 」
――こりゃまた絵に描いたようなコテコテの輩だなぁ・・・
男たちはボロボロの軽装鎧と汚れた髭を纏い、錆びた鉄剣や破れた革鎧、動物の牙や爪などを身につけていた。
顔は日焼けしており歯は黄ばんでいて、爪は伸び放題で汚れている有様だ。
さらに下卑た笑みを浮かべたまま、私たちのテーブルに近づいてくる。
粗暴な言葉遣いと高圧的な口調は聞くに堪えない。
顔を隠しているミラさんはともかく、リディアさんはその臭そうな息と下品な態度に、嫌悪感を隠す気はないようだった。
さらにリディアさんの身体に手を伸ばそうとしたり、髪や服を引っ張ったりするような仕草を見せた。
「 貴様ァ! いい加減にしろ! お前らの様な下郎に用はない! 今すぐ視界から消えろ! 」
立ち上がったリディアさんは激高し、憤怒の表情を見せていた。
「 リディアさん! ここは穏便に・・・ 」
小声で何とか諫めようと試みる。だがちょっと無理そうなので・・・
「 せっかくのお誘いですが、私たちはこう見えて忙しいんですよ。悪いんですけど他の女性を探してもらえますか? 」
今にも斬りかかりそうなリディアさんを横目に、私が先手を打ち男たちを牽制した。
「 うるせぇぞブスがぁ! てめえは黙ってろ! てめえのような荷物持ちに用はねぇ! 俺たちが用があるのはこっちの女だ! 」
その瞬間――ブチンと何かが切れる音が聞こえるかの如く、リディアさんが大声を上げた。
「 貴様ァ! 言うに事欠いて今! 誰に何と申した! そもそもお前らのようなクズが気安く声をかけてもよい御方ではないのだ! 万死に値する! 」
――ヤバいぃ! キレてしもた。
「 リディアさん! こんな事で目立つのはマズイ! 」すかさず諭したが・・・
「 し、しかしっ! 御言葉ですがこのようなクズどもが、ハルノ様に対し暴言を吐くのを見過ごすわけにはまいりません! 」
「 なんだなんだぁ? おめえら一体どーゆー関係なんだぁ? 冒険者パーティーなんだろう? 」
私に暴言を吐いた男が、納得できないといった表情で私とリディアさんの顔を交互に見遣った。
なんだなんだと周囲で酒を飲んでいた冒険者も、わらわらと集まってくる始末だ。
――マズイな・・・ミラさんは顔を終始隠しているんで身バレすることはないと思うけど。こんな形で注目を集めるのはマズイ。今後に何らかの支障が出るかもしれない。
どうするか・・・どうすればいい? と自問自答していたその時――
「 おい! そこまでにしとけ! 女たちが嫌がっているのが解らないわけではないだろう? 何でもかんでも自分の思い通りになると思ったら大間違いだ! これ以上その女たちに絡むつもりなら・・・この俺が容赦しねえぞ! 」
野蛮な男たちの背後に、いつの間にか赤い帽子を装備した男性が立っていた。
その姿は威厳に満ちていた。
帽子と御揃いなのか、身に着けている鮮やかな赤いローブ。その上に羽織っている黒いマントは彼の背中を包み込んでいた。
赤い帽子には大きな羽根飾りがついており、その色は黒と白のコントラストが美しいものだ。
手には細長い杖が握られており、その先端には輝く宝石が嵌め込まれている。
顔立ちは凛としており、その目は深い知識と力に満ちているようだった。
「 シュ、シュナイダー・・・ 」
「 いや――すまねぇ! ちょっと調子に乗ってふざけてただけだ・・・そんな怒んなよ! 」
「 おい行くぞ! 邪魔したな、ねえちゃんたち! またな! 」
急に焦りだした男たちは、小走りでそそくさとギルド出入口の方へと駆けて行った。
――あの輩たちにとっては、よっぽどこの魔道士っぽい男性がコワい存在なのか?
「 ありがとうございました。助かりました・・・ 」
ペコリと頭を下げ、私が代表してお礼を述べる。
「 いや、気分を害してすまなかったな。男の代表として謝るぜ。すまなかった―― 」
年齢は三十路過ぎってところだろうか?
魔道士っぽい男性も、こちらこそと言わんばかりに頭を下げた。
「 いえいえ! 本当に助かりました。あのままだとウチの剣士さんが斬り殺していたかもしれませんし・・・ 」
リディアさんが自戒するように視線を落とした。忸怩たる思いが込み上げたのだろう。
「 はっはっはっはっ! おもしろいな! その剣士さんはそんなに強いのかい? 」
「 ええ、強いですよ 」
「 ほう、それは頼もしいな。あんたがパーティーのリーダーか? 荷物持ちと見せておいて、実はあんたも凄腕の剣士・・・なのか? 」
「 いえ、私は少々魔法が使えるていどです。しかも回復魔法系なので、攻撃系はからっきしで 」
「 おお、そりゃ凄いな! 回復系の治癒魔道士はどのパーティーでも重宝されるぜ。そうだ! これも何かの縁だろう。もし良かったら今俺のパーティーが受けている探索依頼の話に乗らねえか? あんたらもどうせ新しい依頼を探してた口だろう? 」
羽根つき帽子の魔道士っぽい男性は、いつの間にか私たちのテーブル席に座っていた。
「 探索依頼? どんな内容ですか? 」
「 この王都から馬車で丸三日はかかる場所に在る――エレシア遺跡は知ってるよな? 」
「 いえ・・・すみません。私たち実はライベルク方面からつい最近この王都にやって来たばかりなので 」
「 なんだ、そうだったのか! 道理で見かけたことがないと思ってたぜ。普通こんな美人、一度見たら忘れるわけないもんなぁ 」
そう言いながら、当たり前のように――私ではなくリディアさんへと視線を投げていた。
「 かつてエレシア王国と呼ばれ栄華を極めた国の遺跡だ。二百年前――、王国は突如として滅びた。その原因は謎に包まれている。当時、遺跡には王国の財宝や武器、装飾品などが残されており、我先にと富を求め人々が侵入し、根こそぎ略奪していったそうだ 」
「 だが今なお多くの冒険者が訪れている。現在は主に調査のためだが。しかし遺跡には罠や仕掛けが未だに多くてな。今まで数え切れないほどの者が命を落としているんだ 」
「 それに、王国を滅ぼした何かが最下層にまだ潜んでいるとも噂されている。これはあくまで――噂で誇張された作り話ではあるだろうが 」
「 その遺跡調査に私たちも加わらないか――と? そういうお誘いですか? 」
「 ああ、そうだ! 内部にはモンスターや魔物の類も棲息していて危険度は高い。こっちは俺も含めて5人のパーティーだ。あんたらも加わってくれたら心強い。特に治癒魔法が使えるなら尚更だ 」
「 依頼主は王国なので金払いはいいぜ! 内部の正確な中階層地図を作るのが最大の目的だが、達成すれば1人頭――なんと報酬が金貨十枚だ! しかもあるていどの物資や食料費は別で請求できる。どうだ? なかなかの報酬だろう? 」
「 おお! 凄いですね! 3人で金貨三十枚か・・・ 」
「 どうだ? 命をかける価値はあるぜ! 報酬はともかく、遺跡の未知の部分を探索ってなんだかワクワクしねえか? 」
「 確かに! 」
「 ああ、すっかり自己紹介を忘れてたが俺はシュナイダーだ! 俺も魔道士だ。主に属性魔法メインだがな 」
「 どうも、私は春乃です。こちらの剣士がリディアさんで、こちらのサブ剣士がリサさんです 」
「 おお、こちらも剣士なのか 」
「 ええ、リサさんは恥ずかしがり屋さんで無口なのであしからず―― 」
「 どうだ? 受けるかい? 」
「 すみません。ちょっと私たちだけで話し合う時間をいただいてもいいですか? 」
「 ああ、了解した。では俺は向こうのテーブルで一杯やってるぜ。答えが出たら教えてくれよ 」
「 わかりました―― 」




