第127話 王都まで空輸
「 私とミラさんは村を護るために残るわ。村の人も含めた男性陣は皆向かってほしい。これだけの人数とワルキューレも連れて行けば、一往復で終わりそうじゃない? 」
「 とりま、リディアさんとレオンさんの二人に物資運搬の指示役は任せるわ 」
「 御意! では早速向かいます―― 」
▽
村には女性と子供と老人だけが残っている。村を襲撃した集団がもし戻って来たらと考え、戦闘能力がもっとも高い私が残ることにした。決して楽をしたいから村に残ったわけではない。
村の住人たちは、ほぼ全員が血まみれだ。傷を完璧に治し死の淵から蘇らせても――衣類に染み込んでしまった血糊までは流石に元には戻せない。
「 では、村を襲った連中に少しでも心当たりなどがあったら、是非教えてほしいのですが 」
▽
襲撃してきた集団の外見などの特徴を中心に、情報収集を行った。
賊は約15人ていどの集団で、年齢は様々で幅があったようだ。そして、少なくとも馬車は二台目撃されている。
全員が男だったと思われる。もちろん全員が武装しており、片手剣、片手斧の他に中盾、小型の弓と矢などを装備していた者もいたようだ。
「 なるほど。他には? 何かを強奪されたとか、誰か攫われたとか、そいつらがどっちの方角に逃げたとか、あるかな? 」
その質問には老婆が答えた。
「 いんや、なんも盗られたり誰も攫われたりはしておらんですな。皆、殺されましたので・・・ 」
「 ふむ。やはりミラさんの見立て通り――ミラさんたちを支援する村人を、見せしめとして虐殺したのかな? 略奪目的じゃないならそう考えるのが自然だと私も思うけど 」
私をぐるっと囲むように立っている村人の中から、一人の若い女性が一歩前に出てきた。
「 お、畏れながら――剣で貫かれ意識を失うまでの間の短い記憶なんですが、剣身に刻まれた文字のような記号のようなモノが強く記憶に残っているんですが、何かの手掛かりになるかもしれないと思って 」
「 どんな記号? 」
「 えっと、鳥のような記号と、何かの文字が合わさったような感じでした。ちょっと説明するのが難しいですが・・・ 」
「 それは、たとえばどこかの貴族の家紋――ってか紋章とか? そんな感じの記号なの? 」
「 判りません・・・ 」
「 ミラさんはどう思う? 」
貴族のことなら貴族に聞くべきだろう――と、ミラさんに話を振ってみる。
「 アルバレス配下の貴族なのではないか? とお考えなのですね。ですがその可能性は極めて低いかと。貴族家の者が、このような荒事を請け負う可能性は低いです。紋章などが彫りこまれた剣を所持しているからと言って、必ずしも貴族家とは言い切れませんし 」
「 貴族家が依頼を出し、裏家業の者が請け負った。その際、武器も供与された――と考えるならあり得るかもしれませんが・・・しかし、わざわざ紋章入りの剣を使わせる意味がわかりません。皆殺しが前提で、どうせ死人に口無しだと考えていたなら一応は納得できますが 」
「 う~む。とりあえず手掛かりはその記号か。じゃあこれに書いてみて! 思い出せる範囲でいいから 」
リュックの中からノートと油性マジックを取り出し、若い女性に手渡した。
女性の手を取り、マジックの持ち方を丁寧に教えた。
女性は目を白黒させながら、おぼつかない手つきで純白のノートに記号を書いていた。
鋭く輝く鋼の中に深く刻まれた模様だったらしいのだが。
▽
その記号は鳥のような姿をしたもので、翼を広げて空を飛んでいるかのようだった。
そして鳥の胸には一文字入っている。まるでアルファベットの【Ⅴ】を、少し斜めにしたような文字だった。
「 ミラさん。このマークを目にしたことは? 」
ミラさんは、興味深げにノートを覗き込んだ。
「 いえ――、初めて見ました 」
「 そっか。後今できることは・・・村外の人や馬の足跡や馬車の轍を調べるくらいかなぁ 」
▽
▽
先ほどまで夕日の赤い光が村の風景に柔らかな色合いを添えていたが、今はもうすっかり陽が落ちてしまっていた。
光源魔法を出現させ明かりを確保し、大方の荷物を村の中へと運び込むことができた。
村人30名以上と、ミラさんとそのお仲間20名以上、そして私とリディアさん。
一時的にではあるが、大所帯に膨れ上がってしまった。
私が元の日本から持ち込んだ物資は、岩窟の野郎どもへの支援物資だったわけだが、こうなってしまっては村人にも平等に分けなければならない。
村の広場の中空に光源魔法をホバリングさせ、その聖なる光で所狭しと置かれた――夥しい数の物資を照らしていた。
「「 この全ての物資は、無償であなた方に差し上げます。皆で平等に分けて下さい。あと道具の使い方とか解らなければ、遠慮なく私に聞きに来て下さいね。封の開け方がわかんないとか、些細なことでも遠慮なくどうぞ。あと万が一怪我とか体調悪いとかあったら、それも遠慮なく私のとこへ来てください 」」
未だ血塗れの服に身を包む人々に向かい、小型拡声器を使い叫んだ。
「 ハルノ様・・・今さらなのですが、ナゼこれほどまで我々に御助力頂けるのでしょうか? 」
ミラさんが、段ボールから缶詰を取り出しながら呟いた。
「 う~ん・・・まぁもう一度ミラさんたちに会いに来たってとこまでは――完全に成り行きでしたけどね 」
「 まだ犯人像がイマイチですが、この村の人々を全員殺害したのは流石に看過できない! 本当に黒幕が国王とかなら尚さらです。権力を振りかざし、弱者を虐げる奴らは本気で死ねばいいと思ってるんでね。厳密には――ミラさんたちの力になりたいってこと以上に、そいつらを殺したいだけです 」
「 なんと頼もしい・・・あ、ありがたき幸せにございます 」
▽
缶詰や日本のワイン、日本のスナック菓子を皆に配った。
村人たちは初めて見るものに驚きを隠せていない状態だったが、奇跡的な魔法を使う私が提供する物であるためか――警戒心は微塵も見られなかった。
私は子供たちに食べ方を説明することにした。
「 これは缶詰。金属の箱に食べ物が入っているの。温めると美味しいんだけどね 」
「 不思議・・・硬い箱に食べ物が入っているなんて、どうやって開けるの? 」
「 ここに指を入れて上に引っ張るだけだよ。指を切らないようにね 」
・
・
「 凄い! お肉の匂いだ! 」
「 このまま何もしないでも食べれるからね 」
子供たちは目を爛々と輝かせ、歓喜の表情を並べていた。
「 色々な味がする! 美味しい! 」
・
・
「 これは? 」
子供たちの母親なのだろう、すぐ隣に座る村の女性がボトルを片手に訊ねてきた。
「 日本という国で作ったワインですね 」
「 赤いですね・・・ 」
「 飲んでみます? 」
「 あっ、はい! 是非! 」
・
・
「 甘酸っぱいけどやわらかくて気持ちいい。心も落ち着きますね 」
岩窟の野郎どもも村人たちも、終始笑顔で缶詰や日本のワインに喜びを爆発させていた。
先ほどまでの惨劇が嘘のような光景だ。
「 ハルノ様。ちょっと宜しいですか? 」
先ほど村人に書いてもらったマークが記されてあるノートを片手に、ミラさんが男性と一緒に近づいて来た。
「 どうしました? 」
「 この者がマークに見覚えがあるかもと――、おい、お伝えしろ! 」
▽
▽
~翌日~
~お昼ごろ~
「 ではレオンさん。万が一の場合は村人をお願いしますよ。昨日伝えたように、霊薬は本当にヤバイ人にだけ使うようにね 」
「 心得ております! 」
先日、件のマークに見覚えがあるという――岩窟の野郎どもの一人からの情報だった。
その男性は反乱軍に加わる直前まで、アストレンティア王国の王都にある冒険者ギルドに所属していたらしい。
数か月前、そのマークが彫られている剣を、酒場で自慢していた剣士を目撃していたことを思い出したそうだ。
どうやらその剣士もその仲間と思しき連中も、確証は無いが――同業の冒険者のように見えたということだった。
冒険者ギルドとは、つまりライベルク王国で言うところのハンター組合のような組織らしい。
日々様々な依頼が貼り出され、冒険者ギルドに登録している者は、個人またはパーティ単位で仕事を請け負うそうだ。
モンスター退治から用水路の清掃まで、その依頼は多岐にわたり――勿論危険度が高ければ高いほど報酬も跳ね上がっていく。その点はハンターの仕事と全く同じだった。
「 皆、留守は頼んだぞ! 」
村の防護柵まで見送りに出ている岩窟の野郎ども数名と、代表の村人数名に向かいミラさんが叫んだ。
「 ああ、リーダーたちも気を付けてな 」
「 では行ってくる! 」
ミラさんが力強く叫んだ。
「 ハルノ様。リーダーをくれぐれも頼みます 」
私たち女三人で王都の冒険者ギルドへ赴き――情報収集することになったのだ。
当初は情報提供者の男性も同行する予定だったが、面が割れている可能性が高いのもあるし、女三人に男一人は――かなり目立つとのことで見送ることにした。
面が割れている可能性と言えば、ミラさんの方がヤバイかもしれないが、フード付きのローブで常に顔を隠す手筈となった。
冒険者の中には女性だけでパーティーを組んでいる連中も珍しくないらしいので、私たちもそれに倣うことにしたのだ。
言わずもがな一番の狙いは、私とリディアさんの傍なら確実にミラさんを守護できるからに他ならない。
一番の懸念は、私たちの留守中に村が再び襲われないという保証が無い点だ。
こればっかりは、レオンさんたち岩窟の野郎どもに期待するしかないだろう。
基礎的な攻撃魔法が使える者もいるし、剣術や格闘術に長けている者も複数いるらしいので、戦闘になっても頼りになるのは間違いないだろう。
またしても相手が15人ほどだった場合、こちらは岩窟の野郎どもだけで20人以上、さらに村の男連中も奮起してくれれば――いくら相手が訓練を積んだ者だったとしても、制圧は容易くないだろうし。
▽
「 一晩経って再詠唱可能待機時間も終わってるんで、空輸しますね 」
「 精霊召喚! 」
早速ワルキューレたちを召喚し、いつものように羽交い絞めにされつつ――ゆっくりと空の旅を堪能することにした。
空中浮遊状態ならば日が暮れる頃までには王都付近まで到達するだろう――というミラさんの見立てだった。
・
・
「 ハルノ様、やはり凄すぎます! これは昨日の精霊たちですよね? 」
凄い凄いと、少女のようにミラさんははしゃいでいた。
「 ええ、そうですね。実はまだ喚び出したことがない精霊が何体かいるんですよね・・・ 」
「 なんと! え? そんなことがあり得るんですか? 」
「 あり得るんですよ。私の場合はね 」
「 それとミラさん。【様】は付けなくていいです。普通にお呼びください 」
「 しかし! リディア殿もハルノ様と御呼びですし、そういうわけには 」
「 いや、リディアさんは立場的なモノもあって仕方ないのかなって感じで、もはや諦めてますけど――ミラさんはまだ間に合います。私は高貴な身分ではありませんし。とりあえず【様】はやめてください 」
「 か、畏まりました。ハルノさんがそう言われるのであれば・・・では「 ハルさん 」と呼びます! いいですか? 」
「 お~、いいですな! リディアさんにもできればそう呼んでほしいわ! 」
「 も、申し訳ございませんが、難しいかもしれません! 不敬とまでは申しませんが、流石にわたくしには無理です! 」
羽交い絞めにされたまま恐縮しているリディアさんが、妙に可愛く見えた。
少し肌寒いが、アストレンティア王都まで暫しの我慢だった。




