第126話 村ごと蘇生
「 目覚めませんね・・・死後それほど経過しているとは思えませんが 」
「 いや、少し間があるからね。個人差はあるけど 」
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「 ・・・うっ、あ、あれ? 」
「 え? はっ! ガーラント様は? あれ? あなたたちは? 」
男性が意識を取り戻した。
上着の袖に血液が大量に付着している。
服装は簡素で機能的なものだ。茶色のズボンに厚手のシャツ、革のベルトとブーツ。
男性の顔は日焼けしているのか赤みがかっており、光源を反射した瞳は淡いブルーだった。髪はブラウンで短く切り揃えられている。
「 大丈夫ですか? 大量に出血して意識を失っていたようですけど・・・ミラさんを訪ねて来たら誰も居なくてですね。洞窟内を探索してたらあなたが倒れていたので、治癒魔法をかけて治療したんですよ 」
「 ち、治癒魔法? そうだっ! 俺は殴られ短剣で刺されて・・・ 」
「 うっ! あれ? 傷が治ってる・・・? えええっ!? 」
男性は背中あたりにしきりに手を回した後、唖然としたまま私の顔を凝視していた。
男性は確実に死亡していたと思われるが、蘇生魔法の存在自体を、簡単に受け入れることはできないだろうと予測し、あくまでも瀕死の重傷から治癒魔法で救ったという体にしておいた。
「 私はミラさんの知人の魔道士です。こちらは私と旅を共にする者。あなたが死――、倒れていた原因と、ミラさんたちがどこに行ってしまったのか教えてもらえますか? どうせ無関係ではないのでしょう? 」
「 こ、これはっ! 魔道士様でしたか! 俺如きに治癒魔法を施してくださるとは・・・しかもここまで完璧に治してくださるとは! よほど高位の御方とお見受け致します 」
「 何と感謝すればよいのか、お支払いするモノがありませんが・・・ 」
「 対価は要りませんよ。それより一体何があったんです? ミラさんたちの動向が知りたいんですけど 」
「 ああっそうです! 村が! 俺の村が襲撃を受けて・・・ううぅ、うう 」
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リュックからペットボトル入りのミネラルウォーターを取り出し、男性に飲ませてからじっくりと話を聞いた。
男性の名前はミゲルさん。フロト村の若者らしい。この岩窟から大人の足で一時――たぶん私の時間感覚でいえば二時間くらいだろうと考えるが――の場所に、男性の住むフロト村があるそうだ。
村が突然急襲され、村人たちが虐殺されたかもしれないという事だった。
ミゲルさんは村の外で作業をしていたそうだが、気が付くと、突然馬車で近づいて来た冒険者のような出で立ちの複数人にあっという間に囲まれ――問答無用で殴られた直後、刺されたらしい。
一時的に失神していたらしいのだが、目が覚めると村の一部から火の手が上がっていたらしい。
その様子を目の当たりにし一時的に絶望したが、まだ何とか動けるのを確認し、とにかくミラさんたちに一刻も早く伝えねば――と、岩窟まで死力を尽くしたようだった。
ミラさんが元は貴族で、父親が君主だったのは本人から聞いて知ってはいた。
一族を暗殺されたミラさんは野に下ったが、フロト村を含めた近隣の複数の村から支援を受け、食い繋いでいたそうだ。
近隣の村々はアストレンティア王国の圧政に苦しんでおり、ミラさんたちのようなレジスタンスを、陰ながら支援しているらしい。その原動力は、なんと言ってもこの地域の元君主である亡きガーラント公から受けた大恩だそうな。君主から受けた恩を、その愛娘に返しているつもりなのだろう。
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「 なるほど。ミラさんたちに助けを求めるというより、危険を知らせるために死ぬ気でここまで来たんですね。頑張りましたね。その胆力に感服しますよ。刺された状態で、長距離を移動するとか凄すぎる! 」
「 あ、いえ・・・この洞窟の入口に辿り着き、事情を説明したところまでしか記憶がありませんが 」
「 ではミラさんたち全員が――村に急行した可能性が高いですね 」
「 はい。どなたも居ないならその可能性が高いと思います 」
「 ふむ・・・焼かれてしまった建物は私には元に戻せないけど、襲撃を受けた村人の何人かは救えるかもしれない。私たちもそのフロト村に急ぎましょう! 」
「 え? 魔道士様と騎士様も向かわれると? 」
「 ええ、私が必ず守るのでミゲルさんも一緒に行きましょう。案内をお願いします! 」
「 は、はい! ありがとうございます! 」
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「 精霊召喚! 」
空気が震え、三つの光の柱が立ち上った。光が消えると、そこには三体の半透明な戦乙女が現れた。
戦乙女たちは、美しくも威厳のある姿をしている。
「 うおぉ! ま、魔物?! いや精霊? ・・・まさか精霊召喚魔法というやつですか?! 」
「 召喚魔法までお使いになられるとは・・・ 」
「 とりあえず、ショートカットのつもりで空を飛んで向かいます。道案内をお願いしますね 」
「 そ、空を飛ぶ? え? 飛ぶとは? 」
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それぞれ一人に1体が専属で付き、羽交い絞めにされた状態で飛翔している。
意外とミゲルさんは適応力が高いようで、すぐに静かになっていた。
肌寒さに震えつつも、道中――近隣の村々の話を聞いていた。
特に興味を引いたのは、フロト村の主な特産だ。
驚くべきことに養蚕業が盛んで、蚕を飼いその繭から生糸(絹)を作る産業なんだそうな。繭から生糸へと加工され、王都で生糸がさらに加工され、絹織物などの商品へと変貌する流れらしい。
蚕から採れる絹糸。
美しい布や衣服を織るために必要不可欠な絹糸だ。この村の重要な産業であるのだが・・・その売り上げの大半は、税として王国に吸い取られてしまうらしい。
金銭や小麦などを納められない者は、賦役を強いられ、長期間タダ働きを強制されるという徹底ぶりなんだそうな。賦役とは税金の代わりに、直接的な労働で払うというモノだ。
この国はとにかく容赦の無い徴税が横行しており、徴税人によるあからさまな横領も多発しているらしい。脱税を密告する制度も完備されており、それが原因で村同士の小競り合いが勃発する事もあるらしいのだ。
さらに驚くべきことに、養蚕業の副産物として――火薬の原料である硝石も作っているらしい。人尿、蚕のフン、野草などを材料として作るらしいのだが、完成するまでに数年かかり――大量の灰も必要なのだそうだが、私にはよく理解できなかった。
少なくともライベルク王国ではまだ銃火器は発明されてはいないようだし、火薬の類も皆無なはずだ。
軍国主義のバレス帝国も、少なくとも先の戦争では火薬類を使用していたようには見えなかった。
にもかかわらず、この辺りの国では――既に火薬が発明され使用されているのならば、随分と技術が発達しているという事になる。
しかしそれ以上の火薬についての詳細を聞いても、バカな私では理解が及ばないので、途中で遮ったのだった。
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上空から見下ろした村は、灰と煙に包まれていた。
平和で穏やかだったのであろう場所は、今では惨劇の舞台となっていた。
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岩窟の男たちを発見した。どうやら敵勢力はもういない様子だ。
戦闘になっていないか危惧していたが、どうやらその点は安心しても良さそうだった。
悲しみに震えながら瓦礫を片付けているのだろうか・・・村人の遺体を運び、集めているような動きも見て取れる。
建物の中に倒れているかもしれない村人を捜し、男たちが必死に右往左往している様子が――ここからでもよく分かった。
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「 おおお! な、なんだアレは! 」
「 お~、どうも春乃です! やっぱり思うところあってソッコー戻ってきたんですよ! 」
作業の手を止め、総員で上空を見上げ呆然と立ち尽くす男たち。
比較的開けた広場に私たち三人と3体が降り立つと――、わらわらと囲むように集まってきた。
男たちの中からレオンさんが慌てて飛び出してくる。両腕を中心に顔も真っ黒に汚れている。
「 あんた! どうして!? と言うか・・・何なんだコレは? 」
「 あ~、気にしないでください。私たちを運んでもらうためだけに召喚しただけですから 」
「 なっ、なんだと! 召喚魔法まで使えるのかあんた! なんてヤツだ! 」
「 いやちょっと待て! その後ろのヤツは・・・ナゼ? アジトで死んだはずだろ 」
「 その前に、ミラさんはどこです? 」
「 あ、ああ・・・村外れの蚕の建屋に居るはずだ 」
「 ミゲルさん、案内してください 」
「 は、はい! 」
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村外れの一軒家が蚕の飼育場となっていた。その建屋は木と石で作られた古びたもので、屋根には苔が生えている。
建屋の中には蚕のために用意された桑の葉が山積みになっており、その上で蚕がぐるぐると巻きついていた。大きな蚕は白くてふわふわした姿で、まるで雪のように見えた。
日本で実際に見た事はない。教科書や何かの画像で見たことがあるていどだ。
もしかしたら――元の世界の蚕よりも、こちらの世界の蚕の方が何倍もデカい気がする・・・
「 ミラさん! 」
「 !! え・・・? 」
「 ど、どうして!? ハルノさん! 」
ミラさんは誰にも見せないように、建屋の隅でひそかに泣いていた。
窓から差し込む日差しが、彼女の涙に光を与えている。
相変わらず美しい豊かな銀髪と、魅力的な曲線を誇っていた――
「 どうしてもミラさんたちを放っておけなくてね。物資をしこたま仕入れて、またアジトの近くに転移して戻ったんです 」
「 で――洞窟の奥で、このミゲルさんが倒れているのを発見したってわけ 」
私の後ろに立つミゲルさんに、ミラさんが視線を流した。
「 え? ・・え? ナイフを抜いてしまい大量に出血して死んだはず、なのに・・・ 」
「 あぁ、実はどうせ信じないだろうと思って――ミゲルさんにも言ってなかったんだけど、実は私【蘇生魔法】も使えるんですよね 」
「 えええー--! 」
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「 信じられない! でももし、もしも本当に蘇生魔法が扱えるのなら! 村の者を! 村の者たちを生き返らせてください! お願いします! 対価が必要ならばあたしが奴隷に堕ちてでも必ず金貨を工面します! どうか! 」
ミラさんは銀髪を振り乱し、その場に平伏した。
「 顔を上げて下さい。美人さんが台無しじゃないですか 」
「 言われなくとも漏れなく全員生き返らせますよ。報酬ももちろん要りません。全て無償ですから。お気になさらず―― 」
平伏したミラさんが顔だけを上げた。
「 伝説の転移魔法、超高位の治癒魔法・・・そして神の領域と伝えられる蘇生魔法までも 」
「 ハルノさん貴女は一体・・・ほ、本当に、人なのですか? 」
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犠牲者が集められた村の広場に戻った。
空気は血の匂いに満ちている。柔らかな日差しが、広場に並べられた無数の死体を照らしていた。
何の罪もない村人・・・抵抗する間もなく、容赦なく次々に殺されたのだろう。
彼らの顔は、恐怖や苦痛に歪んでいた。誰一人として平和な死に顔はしていなかった。
この惨状を目にした岩窟の男たちは、涙を流している者こそいなかったが、ただ無言で空を仰ぎ祈っていた。冥福と共に、このような惨劇が決して繰り返されないように――と祈っているのだろうか?
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不幸中の幸いで、斬首された村人は一人もいなかった。
ほぼ全員が胸を刃物で貫かれている有様だ。リディアさん曰く、一撃必殺の効率的な殺し方らしい。
「 酷い! こんな小さな女の子まで・・・絶対に、絶対に許せない! たとえデュールさんが許しても、私が許さないわ! 」
「 蘇生! 」
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蘇生魔法の光が村人たちの胸に差し込み、傷口が塞がるのを見た。
村人たちは次々と目を開き、息を吹き返していく・・・
彼らは自分たちが生きていることに驚愕し、キョロキョロと忙しなく周囲を確認していた。
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「 ハルノさん・・・いやハルノ様! 神よ! ハルノ様を遣わされましたことに深く! 深く感謝いたします! 」
男連中も、次々に生き返った村人たちも、暫くの間――事情が呑み込めず放心状態のようだった。だがミラさんが両膝を突き神への感謝を叫んだことにより、この場にいる全員が跪き、口々に感謝の言葉を放っていた。
「 う~む、やはりこうなってしまいますか・・・ 」
「 だけど、私がこの国に転移したのは偶然ではなく必然だと確信しました。ミラさんだけじゃなくこの場にいる――、いや! この国で苦しむ人たちを必ず救ってみせるわ! 」
「 うおおお! ハルノ様! 」
「 ハルノ様あぁ!! 」
少し高揚してしまったのは否めなかった。
調子に乗って安請け合いをした気がしないでもなかったが・・・
だが、こんな凶行を平然と実行する連中を生かしておけるはずもない!
まずは犯人を特定し、黒幕がいるのならソレも含め天誅を下さねば、この怒りが収まることはないだろう。
「 ミラさん。とりあえず拠点をこの村に移しましょう。まずはアジトの中の荷物と、私が持って来た物資を皆で村まで運び、作戦会議といきましょう! 」
「 はいっ! 」
「 ミラさんたちを支援するこの村が、見せしめのために襲われた可能性が高いって言ってたよね? 」
「 はい。左様です―― 」
「 その場合ラスボスは――、やはりこの国の王様か・・・とにかく、まずは実行犯たちを捜しましょう。この私が直々にブチのめしてやりますわ! リディアさんも試し斬りがしたいって言ってたよね? 今回は思いっきり許可します! 」
「 御意! 」
日本刀を握りしめたリディアさんは、不敵な笑みを見せていたのだった――




