第125話 とんぼ返り
コチラはまだ午前6時過ぎだった。
扉を開けると、冷気を伴った朝の澄んだ空気が頬を撫でる。と同時に、快活な声が響き渡った。
「 おかえりなさい! 」
早朝にもかかわらず、高岡さんをはじめとした男女数名が、すでにゾロゾロとキャンピングカーの周りに集まってきていた。
「 うおぅ! 皆さん早起きですね・・・っていうか、帰って来るのがまるで分かってたみたいですね 」
「 はい! 偶然ですけど、そろそろかなと思いまして待ってたんです! あっ姫野さんは昨日お帰りになりました。天野さんはまだ寝ておられます 」高岡さんはそう言いながら、邪気の全く無い幼い少女のような笑顔を見せていた。
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「 畏まりました! では皆で手分けして買い出しに行ってきますね! 」
信者の人たちを顎で使うような気がしてちょっと申し訳ないなと思いつつも――人海戦術効果による目的達成までの時短が魅力的過ぎて、つい甘えることにしたのだ。
その目的とは――各物資の調達だ。
缶詰に入った果物や魚、そして何と言ってもお肉類。乾き物のお菓子類。クッキーやチョコレートなどなど。あとは乾燥麺などのパスタ、蕎麦など。さらに湯煎で戻せるヒジキ、わかめ、椎茸などなど。
そして、酒類も大量に差し入れするつもりだった。あと個人的には魚肉ソーセージも外せない!
ペットボトルに入った飲料水もマストだ。ミネラルウォーターがいいだろう。水だけはいくらあってもいい。
生活用水は――生活魔法が使える人員が水魔法を行使し、アジトに設置された巨大な水瓶に常に補充しているらしい。結構な大所帯のせいか、すぐに減ってしまい追いつかないので、水分確保も大変そうだった。
ボックスティッシュや石鹸、歯ブラシなども大量に用意する。
誤飲しては大変なことになるので、液体の洗剤などはリストから外してある。
毛布なども用意してあげたいが、嵩張って場所を取るので、今回は見送ることにした。
もちろん買い出しを人任せにし、座して待つつもりはない。
私たちは天野さんを叩き起こし、お酒類を大量に買い込む為に出掛けることにした。
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『 転移対象2名を確認しました。これより転移を開始します。霊子エネルギー残量52%・・・ちなみに、転移後3分経過で再び転移することができます 』
大量の食品、飲料水、日用品を満載したキャンピングカーと一緒に、私たちは再び転移した。
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同じポイントで転移魔法を唱えたため、出現ポイントもほぼ同じだった。
微かな海の香りが鼻をくすぐってくる――空は青く広がり、白い雲がふわりと浮かんでいた。鷹のような生物も高く舞っていて、時々鋭い鳴き声をあげていた。
この雰囲気、空気感から察するに――時刻的にはお昼を確実に過ぎている感じだった。
とりあえずキャンピングカーごと放置し、勝手知ったる岩窟のアジトへと赴き、大量の荷物を運び込むための男手を呼びに行かねば――
「 では行きますか。とんぼ返りで戻って来たからビックリするでしょうけどね 」
「 はいっ! 」
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岩場に囲まれた小さな入り江に、ひときわ目立つ洞窟がある。
かつては海賊のアジトとして使用されていた形跡もあるみたいだが、今では忘れ去られた遺跡のようになっている。
洞窟の入口は大きく開いており、中からは暗闇と湿気が漂ってくる。
壁には錆びた鉄の扉や鎖が残っており、何かの罠や仕掛けがあったことを示している。しかしそれらもすでに機能しなくなっており、ただの飾り物と化していた。
「 おかしいな、誰も居ない。私たちがお邪魔した時は、常時見張りを立ててる感じだったけど・・・ 」
入口警備には常に2名体制で当たり、2名とも角笛のようなモノを腰からぶら下げていたのを見た。
たとえば何者かが攻めて来たら、あの角笛で脅威を周知させるのだろう。
だが、今この岩窟の入口には誰も居ない。人の気配そのものが皆無だった。
「 確かにおかしいですね。不測の事態が起きてしまい全員で避難した。もしくは全員でどこかに出掛けた――のどちらかでしょうか? 」
「 ん~、何だか嫌な予感もするなぁ。警戒しつつとにかく入ってみよう・・・もし何者かが潜んでいたら的になってしまうんで、光源は出さずに進もう 」
「 畏まりました 」
リディアさんは日本刀をいつでも抜刀できるように、右手で柄を握ったままの態勢で進むようだ――
もちろん私も同様だ。もし闇の中から何かが飛び出し襲ってきたならば、すかさず暴風で壁に叩きつけるつもりだ。
少しだけ進んだが、燭台の蝋燭は火が消されているようだった。
節約のために、陽が昇れば必要無い入り口付近は消しているのだろうか?
次回からは昨日差し上げたライターを使い、楽々と再点火することができるんだろうな――などと考えながら進んだ。
いや、今日からその必要も無くなるかもしれない。今回はLEDランタンも複数持ってきているからだ。
ライベルク王国内で一定数の人々に使用されている物と、商品的にはほぼ同じ物だ。
尤もライベルク王国では蝋燭製作専業の職人がいるので、その人たちの仕事をいたずらに奪わないためにも、LEDランタン等を過剰に供給することは控えているが――
ライベルク王国の人々同様、ミラさんたちにもかなり喜ばれる自信があった。
以前、蝋燭はどうやって作っているのか好奇心で訊ねたことがあるのだが、蜜蝋や獣脂を主原料として作っているらしい。蜜蝋は高価らしいのだが、獣脂は食肉に付随するものが利用されている副産物らしく、比較的安価らしい。
安価と言っても消耗品なので、LEDランタンに置き換える事ができれば、かなりの節約となり喜ばれることだろう。
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陽の光が届かなくなった奥の通路に到達すると、この辺りはまだ蝋燭が灯ったままだった。
ミラさんたちが詰めていた広場に到達したのだが、人っ子一人いない・・・
悪い予感がしていたのだが・・・
私たちを排除しようとする何者かが潜んでいるのではないか――と危惧し、コソコソと行動していたわけだが、もはやその必要も無さそうだった。
「 すみませーん! ミラさーん! 誰か居ませんか? 春乃です。あんなにしっかりとしたお別れの言葉を交わしたのに、大変恐縮ではありますがソッコー戻ってきましたぁ! 誰か居ませんかぁ? 」
「 聖なる光球! 」
眩い光源を出し、広場内を照らした。
「 !! うおっ! 何だアレ? 血痕か? リディアさん気を付けて! 」
「 御意! 」
鮮血というよりは、どす黒い血だまりが広がっているのが視界に入った。
眼で追うと、血液の跡が点々と隣の小部屋へと続いていた。光源を私たちの後方付近まで引き下げ、警戒態勢のまま――そろりそろりと小部屋へと進む。
「 うおっ! やばっ! 」
小部屋に設置された長方形のテーブルの上に、血塗れの男性が寝かされていた。
「 大丈夫ですか? 」
少し距離を取って声をかけたが、反応がまるで無い。
「 どうやら死亡しているようですね。服装から判断するしかありませんが、ここを根城にしているあの連中の仲間とは思えませんね 」
「 確かに・・・格好だけでいえば、普通にそこらの村人っぽいよね 」
「 はい 」
「 どう思う? 生き返らせて事情を聞く方がいいと思う? 」
「 村人みたいな服装だけど、もしかしたら、ミラさんたちが敵対視してるナントカって王国の刺客で、あえて村人の格好をしてる可能性もあるよね? 」
「 このアジトに侵入してきて、ミラさんたちに殺されたのかもしれない。そして拠点がバレたと考え、ソッコー拠点を変えたとか! その場合、生き返らせたら面倒なことになるかもしれないけど 」
「 少々お待ちください 」
そう言って、リディアさんが日本刀を岩壁に立て掛け死体に近寄った。
そしておもむろに肩や腕、太ももなどをサワサワと触っていた。
「 ハルノ様の御懸念は杞憂かもしれません。筋肉の付き方を見ましたが、軍人などのソレではありません。これは断言できます 」
「 普通の、一般人の可能性が高いと? 」
「 はい。間違い御座いません 」
「 よし! では生き返らせてみよう 」
無防備に寝転がる死体に向かって手を翳した。
「 蘇生! 」




