第124話 反乱軍
一度、大勢の男たちを引き連れてキャンピングカーに戻り、残りのカステラとお酒、飲料水、缶詰やカップ麺、駄菓子、カセットコンロなどなどを運び出し――それらをアジトの中へと持ち込んだ。
だが――、まだそれらに一切手をつけてはいない。
今は、またしても幹部と思われる数人と私たちだけが円卓を囲み、ミラさんから組織の概要を聞いていた。
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「 改めて、わたしの名はミラ・リリー・ガーラント。現在はこの反乱軍の長を務めている 」
「 ええっ? 反乱軍? 」
「 あぁ、まだ軍と呼べるほどではないがな。人員的には不利だが、それでもわたしは負けるつもりはない。笑ってもらってもかまわんぞ。わたしの信念は揺るぎない 」
ミラさんが威厳に満ちたモードで返事をした。
たぶんこっちは意識して作っているモードだと思う。部下たちの手前、本当の自分を隠しているのだろう。私たちなら合わせてくれるだろう――という信頼が感じられた。
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ミラさんが話してくれた内容は、人名や国名などが長い横文字なので、日本人の私にはなかなかに難解なモノだった。元々、世界史系は得意ではないのだ・・・基本、横文字を耳に入れても右から左な感じなのだ。
まずエストレリア公国がヴァレンティ公国を吸収合併し、アストレンティア王国として生まれ変わったのだそうだ。もうこの部分だけでも訳がわからなくなる。
エストレリアは山岳国家で、強固な防衛力を持っている。そして鉱物資源が豊富なのが特徴なのだそうだ。
ヴァレンティは砂漠国家で、香辛料や宝石で有名らしい。そして独自の魔法文化を持っているそうな。
そしてこの二国家が合わさった新国家の玉座に就いたのが、一般的に炎王と呼称される絶対君主のアルバレスという王様らしい。
新しい国家を樹立するという大義名分の元、ヴァレンティ公国の君主ガーラント公とその一族を、暗殺で皆殺しにしたと噂されるアルバレス公。
現在アストレンティア王国の宰相で、元ガーラント公の配下だった者がいる。
実は、かなり以前からアルバレス公が潜り込ませていた間者だったらしく――この者の暗躍で、一連の暗殺がたったの三日で完遂したらしい。
そして、ミラさんは暗殺されたガーラント大公の御息女らしいのだ。一族唯一の生き残りだそうな。
ただし、表向きはミラさんも死亡していることになっているらしい。
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「 なるほど。そうなんですか。正直言って国の名前はどれも聞いたことないし、名称がどれも長すぎて全然頭に入ってこないけど・・・ミラさんはそのヴァレンティ公国? のお姫様だったんですね? 」
「 お姫様か・・・そんな言葉久しく聞いていないな。わたしの一族は全員殺されてしまった。わたしだけがこの荒れ地で、凋落した者として機を窺いながら生きてきた 」
「 ふむぅ~。つまりミラさんは、一族を殺害し国を奪った現国王アルバレスでしたっけ? ――の、失脚を彼らと共に狙っていると? 圧政に苦しむ民衆を扇動し、兵を集めて王宮にでも攻め込むおつもり? 」
私はミラさんの隣に座る――神妙な面持ちのレオンさんに視線を向けた。
私の視線を受け取ったレオンさんが口を開く――
「 正攻法ではまず無理だ。兵力の規模が違い過ぎる。各地の民衆が一斉蜂起したとしても――すぐに鎮圧され、死体の山が増えるだけだろうな 」
「 じゃあどうするの? ミラさんが言うように、このアジトで機を窺ってるようだけど。具体的なビジョンはあるの? 個人的な意見だけど、復讐なんてやめてその王の目の届かないところで皆で暮らすってのはダメなの? 」
レオンさんは押し黙った。
今度は代わりにミラさんが発言する。
「 この組織に属する者は全て――愛する者をアルバレスに奪われている。この燃え盛る復讐の炎を鎮火するのは至難の業・・・たとえ遠方の地に移り新生活を始めたとしても、それは我々にとっては生きながらに死んでいるのと同じだ。闇夜を徘徊するアンデッドと何ら変わらん・・・ 」
そこで一息つくとさらに続けた――
「 レオンの言う通り、正攻法では勝ち目は無いだろう。だが奴の至近距離まで近づくことができればどうだ? こちらからの暗殺という可能性が出てくる。近づくことさえできれば、たとえ刺し違えてでも首を獲る! 奴を確実に殺すことができるのならば、我々一同もはや命は捨てる覚悟だ 」
「 至近距離まで近づける方法があると? 」
「 ああ、まぁな。だがこれ以上は客人には話せぬ 」
「 絶対に治らないであろう傷を治した――恩人である私にも? 」
ワザと恩着せがましく質問してみる。
「 うっ・・・これは痛い所を突かれる 」
「 ははっ! 冗談ですよ。私たちはこれ以上関わるつもりはありませんし 」
「 もちろん先ほども言いましたが、治療の代金は不要ですから。明日までこの地に滞在させていただく許可をもって報酬としましょう 」
「 うっ・・そう言ってもらえると助かる 」
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「 ん~、とりあえず聞きたい事は聞けたし、食事にしますか! 」
「 おおっ! 」
私の号令に即反応し、またしても周囲で聞き耳を立てていた男連中から歓声が上がった。
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「 えっ? 一年以上腐らないだと? 」
「 ええ、暗所にしまっておけば最低でも一年は確実ですね。あんまり詳しくないんですけど、多分二年以上とかでも普通に食べれると思いますよ。開けると腐ってる――なんてことはまずないはず 」
「 いやいやいや! そんなバカな! あり得んだろう! 」
自己紹介は受けていないので名前は知らないが、缶詰に特に興味を示した男性の手から缶詰を奪い――代わりに開けてあげた。
中身を紙皿の上に取り出しながら、簡潔に缶詰の特性を説明したのだが、予想通り信じる人はいないようだ。
「 まぁまぁ、とにかく食べて食べて! 」
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「 うまぁ! 美味すぎるぅ! 」
「 こっちのサンマノカンヅメとやらも美味い! それにしても、こんな珍しいワインは初めて飲んだぞ。ライベルク王国では毎日こんな美味い酒が飲めるのか 」
ワインなどの洋酒、日本酒など、それぞれ違うお酒――本数が少ないのが玉に瑕だ。
「 あっ、お湯沸いたかも! 私たちはカップ麺食べる 」
カセットコンロにセットした――ヤカンの注ぎ口から湯気が立ち昇った。
私とリディアさんの昼食はカップ麺だ。
元地球では一般的に、日本人以外の人種に対し、ヌーハラ(ヌードルハラスメント)というものがあるそうだ。
外見が思いっ切り北欧あたりの外国人に見えるリディアさんは、「 ズゾゾゾ・・・ 」という麺を啜る音に嫌悪感を表したことは無い。以前、本人に直接聞いてみた時も、「 特に気にはなりませんが? 」との返事だった。
というか、日本滞在時間が通算でかなり長くなっているリディアさん自身――むしろ音を立てながら麺を食べるのが作法とさえ思っている節がある。
ヤカンからお湯を注いでいる私に、ミラさんが興味津々で話しかけてきた。
「 食料や酒もだが、その火を熾す装置も初めて見るな・・・ライベルク王国は魔法技術もさることながら、様々な技術が我々の国を凌駕しているのだな 」
「 あ~、まぁ総個数は少ないですけどね。この装置は扱い方を間違うと爆発してしまい大怪我を負ってしまうので、さすがに差し上げることはしませんが。このライターなら無料で差し上げますよ 」
「 これは? 」
「 着火ライターですね。先端が長くて安全に火を付けられるアイテムです 」
カチリと押し、ミラさんの眼前で実際に火を灯した。
「 おお凄いな! これもハルノさんが魔力を籠めているのか? 」
「 ええ、何十回も使っているとやがて魔力が無くなり使えなくなるとは思いますが、良ければどうぞ。でも火事にだけは気を付けてくださいね。ここを押せば火が出ます。離せば消えるので 」
「 おお! ありがたく頂戴しよう 」
「 こんな便利な物があるとは・・・毎日火を熾すのに苦労している我々が、惨めに思えてくるほどだ 」
手渡された着火ライターをまじまじと観察しながら――ミラさんが呟く。
「 あ~、でも所持できるのは一部の人だけになるようにあえて制限してますけどね 」
「 制限? ナゼだ? 」
「 こんなモノが広まり過ぎると――火種になる草類などで生計を立てている農家の人が、路頭に迷う羽目になるでしょ? なのであえて制限をかけて数量を調整してるんです 」
「 なるほど。宮廷魔道士と言われたが、ハルノさんは政治にも関わっているのか 」
「 いや、そんな大したことはしてないですけどねぇ 」
「 さて三分経ったし――私たちは別の場所で食べますね 」
「 む? そうか。ならば隣の部屋を使うといい 」
「 ありがとうございます。皆さんも気にせず食べてね。全部食べて飲んでいいからね! あ~、缶詰開ける時、指を切らないように気を付けてね。まぁ、怪我したらソッコー治すけどねぇ 」
万が一のヌーハラを気にして、私たち二人はこの広場から出る選択をした。
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狭い部屋で二人――、ズルズルと麺を啜っている。
光源魔法のお陰で、室内はかなり明るい。
リディアさんが口に運ぶのを一旦停止し、フォークを置いた。
「 ハルノ様。畏れながら――関わるつもりは無いと申されておられましたが、本当にこれ以上は関わるおつもりは無いのでしょうか? 」
「 はぁ~・・・一応そうは言ったけどねぇ。命を捨てる覚悟は本物だろうし、何よりミラさんが本当の自分を偽って、部下の手前かなり無理してるしねぇ。ここまで関わってしまっては放ってはおけないでしょう。とりあえず一度日本に戻り態勢を整えないと 」
「 はいっ! 」
私の返答を聞き、ナゼだか解らないが――かなり嬉しそうなリディアさんだった。




