第122話 岩窟のアジト
キャンピングカーの横ドアを開けステップを上がる。
ほのかな照明が点灯したままだ。
車内はそこまで広くはないが、必要なものはすべて揃っていた。
運転席の後ろには、折りたたみ式のテーブルと椅子があり、食事や作業に使える。
テーブルの上には小さなノートパソコンと、スマートフォンが置かれている。
壁には多数の収納スペースがあり、衣類や食器、本や雑貨などが整然と収められている。
車内の奥には、テーブルにも変形する先ほどまで寝ていたベッドがあり、その隣がバスルームだ。
カーテンで仕切ることができるバスルームに、シャワーとトイレと洗面台があり、清潔に保たれている。
トイレも設置されているとはいえ、基本使わないのが主流なのだそうだ。もし行きたくなったら、公衆トイレやコンビニを探すのが暗黙の了解であって、コレはあくまでも緊急用と聞いた。
このキャンピングカーは、2㌧トラック(ワイドロングタイプ)をベースに改造したものだが、快適に暮らすことができるように工夫されていた。
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レオンと呼ばれる男性は、ボサボサの長髪で――上半身はボロ布を一枚纏っているだけの軽装だ。
背中には大剣を背負っていたが、車に乗り込む前にベルトごと外し仲間に手渡していた。しかし左足にナイフらしきモノを巻き付け装備しているようなので、完全に丸腰というわけではない。
しかしこの人たち――正直体臭がきつい気がする・・・
汗と土の匂いが混ざったような、鼻腔を突く独特の匂いがする。
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レオンさんは恐る恐るといった様子でありながらも、キョロキョロと忙しなく首を振っていた。
そして、おもむろに右手を伸ばし壁に触れた。
「 手狭だがまるで貴族の部屋だな・・・石材や木材ではない――蝋を固めているのか? いや違う! 鉄のような冷たく硬い素材だ 」レオンさんは独り言のように静かに呟いていた。
「 何か飲みます? 」
冷蔵庫の中には――缶ビールをはじめとした様々なドリンクが詰まっており、冷えに冷えている。
元の日本もこちらの世界も、季節的に外気が結構冷たいので、私とリディアさんはほとんど手をつけていない。
ちなみに冷蔵庫に関しては、サブバッテリーが動力源となっているらしい。エンジンを始動するメインバッテリーとは別物だ。
もしサブバッテリーがあがってしまっても、基本的には問題ないだろう。腐る物も入っていないし――
「 聞いてます? 何か飲みます? 」
レオンさんは私の問い掛けに、ハッと我に返った様子で目を見開いていた。
「 い、いや遠慮しておこう・・・しかし、本当にお前たちだけなのだな―― 」
「 だからずっとそう言ってるじゃないですか! 何をそんなにビビってるんです? 」
「 あ~、ごめんなさい! 別に煽ってるわけじゃないので、あしからず―― 」
「 本当に・・・本当に転移してきたのか? ライベルク王国の魔法技術力は、それほどまでに昇華していると言うのか? 車輪に似たモノが付いていたと思うが、大岩亀や恐竜に牽かせて進んで来たのではなくか? 」
「 あー、転移は勿論本当なんですけど、この箱――実は自走もできるんですよ 」
「 じ、自走? どういうことだ? 」
「 言葉のまんまです。私が特殊な魔力を注ぎ込んでいるので、ある程度コントロールする必要はあるものの、箱自体が動きますよ。もちろん無制限ってわけじゃあないんですけどね 」
「 は? 箱自体が動く? お前は何を言っている・・・? 」
「 百聞は一見に如かずってやつですかね。お見せしましょう。そこの窓から外を見ていてください 」
運転席へ座るために、仕切りの小さな扉を開け身を屈めてキャビンへと進入する。
着席し――外部スピーカーのスイッチをパチリとONにし、設置マイクのスイッチもONにする。
「「 あ~、あ~、ちょっと動きますから、そこの前に立ってる人! もっと横に避けてください! 」」
私のやろうとしている事の意を汲んで、どうやらリディアさんが大声で指示を出しているようだ。
リディアさんに急かされて、男たちがキャンピングカーの左右にそそくさと避難している――
リディアさん以外これから何が起こるのか分からず、全員が困惑している様子だった。
ドルンッというエンジン始動音と共に、ブレーキペダルを踏んだ右足に振動が伝わる。
ドライブに入れパーキングブレーキを解除し、少しだけアクセルを踏み込んだ――
「 おおおお! う、動いてる! 本当に動いてるぞ! 何かが牽いているわけではないんだよな・・・ 」
後方でレオンさんが騒いでいた。
地面はそこまで固い感じではなかった。
外に出た時――軽く確認はしたが、土の柔らかい部分などにタイヤが埋まった場合、空回りする可能性がゼロではない。
徐行したまま少しだけ進み、すぐにブレーキペダルを踏んだ。
「 どうです? 本当だったでしょ? 転移は残念ながらお見せできませんけどね。これで信じましたか? 」
得意気になった私は後方を振り返り、驚愕の表情のまま固まっているレオンさんに問いかけた。
「 あ、ああ、あんたのその――特殊な魔力とやらが本物だということはよく解ったよ・・・俺にはあんたの魔力が感じられないんだが、それも特殊な魔力の特徴なのか? 」
「 ああ、そうかもしれませんね。常人には私の魔力は感じ取れないと思いますから 」
「 そうか・・・しかし凄いな。こんなデカブツがみずから動くとは 」
「 でしょう? 地面がもっとしっかり固く平坦だったら、さっきの約十倍の速度で進むことができますよ 」
「 じゅ? 十倍? 」
「 あなた方のテリトリーに許可なく侵入したのは謝ります。ですが不可抗力と言いますか、意図してこの地に降り立ったわけではないんです。なので必要な魔力が充填されるまで、この地に滞在させてください。あなた方が何者なのか? とか一切詮索する気もありませんし――私たちは本当に無害なのでご安心を! 」
「 わかった・・・とりあえず出よう。そしてこのまま俺たちのリーダーに会ってもらう! これは俺の判断だ。アジトへ案内しよう。できれば拒否するのはやめてくれ。あいつらが暴走しないとも言い切れないのでね 」
「 う~ん・・・わかりました。あ~、それならちょっとお願いが! アジトってここから遠いですかね? ちょっと恥ずかしいんですけど・・・そのぉ、アジトとやらでトイレを使わせてもらいたいんですけどぉ 」
「 あ・・ああ、了解した。では急ごう。すぐそこだ 」
「 では手土産に、長崎カステラとお酒を何本か持って行きましょう 」
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キャンピングカーから降りた私たちを、大勢の男たちが取り囲んだ。
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「 はああ? 何をバカな! こいつらが間者ではないと現段階では言い切れんだろう! 」
先ほどから私たちを敵視していた1人の男性が、レオンさんに詰め寄った。
「 全責任は俺が持つ! 今は俺に従え! 」
即座にレオンさんがそう豪語し、仲間を黙らせていた。
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彼らがアジトと呼ぶねぐらは、海岸近くの岩窟だった。
岩窟に入る前に、外部に設置されたトイレへと案内された。「 普段はリーダー専用のだから安心しろ 」と言われた。意味が理解できなかったが、もうそろそろ我慢の限界だったため無用な質問などはせず、私たち二人でありがたく使わせてもらった。
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岩窟の中は、岩壁に掛けられた燭台に立つ蝋燭で照らされていた。
私たち二人は隊列の中央に位置し、男連中に挟まれる形で岩の隙間を通って進んでいた。
リディアさんの日本刀も男たちの1人が所持したままで、リディアさんの手元には未だ戻っていない。
岩壁にはどこかの城のような地図。村のような地図。あとは森や山などが描かれた地図が掛けられており、私は妙に気になっていた。
通路を進み切ると、いきなり開けた広場が視界に入る。
ここの壁にも等間隔に蝋燭が設置してあり、仄かな灯りが広場全体を照らしていた。
中央には円卓が設置してあり、入り口に対面するように1人の人物が座っていた。その人物以外は誰もいない。
――あれがリーダーとやらだろうか? 薄暗くてまだよく見えないな。
「 リーダー、全員戻ったぜ。異常事態の原因はこの2人だ。俺の勝手な判断で連れてきたわけだが、単なる直感ではあるが不穏分子ではないと判断した 」レオンさんがそう叫んだ。
円卓のテーブルに両肘を突き掌を組んでいたその人物は――ゆっくりと手をほどき、椅子の背に身を預けた。
「 そうか。ようこそ我が家へ。レオンが認めたなら歓迎しよう。わたしはミラ。この名も無き組織の長を務めている。貴女たちは何者だ? まずは名を聞こう―― 」
言い終えると、その人物は椅子から腰を上げ立ち上がった。
――女かぁ!
意外や意外・・・リーダーと呼ばれた人物は女性だった。
少し近寄って観察すると、かなりの美形だ。
彼女は自分の立場を誇らしげに示すかのように、洗練された出で立ちをしていた。
銀髪は髪飾りで飾られ、顔は細い眉と鋭い目、高い鼻と引き締まった唇で構成されており、美しさと威厳を兼ね備えていた。
身体は赤と黒のストライプのシャツと黒いズボンで覆われていたが、その曲線は隠しきれないほど魅力的だった。
「 ああ、どうも初めまして。いきなりすみません。私はライベルク王国で宮廷魔道士をやっております春乃と申します。こちらは私の護衛をしてもらっている――剣士であり国王陛下の元親衛隊隊長リディアさんです 」私は自己紹介と共に、リディアさんに手を差し向け促した。
「 ハルノ様護衛の任を、国王陛下から直接賜った騎士――リディア・ブラックモアだ。宜しく頼む 」
「 ほう。ライベルク王国とは・・・これまた遠方の国よりわざわざ参られたのか? あの険しい山脈を越えてか? 」
私たちの自己紹介を受け、少し困惑気味のリーダー・ミラさんは、即座にレオンさんの方へと視線を投げ、あからさまに「 説明しろ 」と眼で訴えている様子だった。
レオンさんもすぐにソレに気付き、慌てて話始めた――
「 報告のあった突如平原に現れた巨大な箱は、転移装置だそうだ。箱に魔力を注ぎ、箱と共に彼女たちはこの地へと転移してきたそうだ。尤も転移魔法は失敗に終わり、予期せずこの地へと踏み入る羽目になったそうだが・・・ 」
「 あ~待て! そんな眼で見るな! 少なくともこの魔道士殿の力は見定めた。俺はその力を本物だと確信した上で、俺たちに敵対する者ではないと判断したってわけだ 」
「 転移魔法? 見定めた? 魔道士殿の力量を? お前が相手となって手合わせでもしたのか? 」
「 いや違う。その件の巨大な箱を、彼女はその魔力だけで動かしたのだ! いとも簡単にな 」
「 ほう・・・実に興味深いな。それで転移魔法とは? どういうことだ? 客人よ――、悪いが一から説明してくれ。わたしが理解できるようにな 」
ミラさんはレオンさんから視線を外し、私を真っすぐ見据えた。
「 ええ、いいですよ。では一から説明しましょう―― 」
「 あ~その前に、お菓子とお酒を進呈しましょう。国から持ってきた物です。少し長くなるので、食べながら聞いて頂ければ幸いです 」
そう伝え、大量の長崎カステラとお酒五本を――レオンさんとその隣の男性に渡した。
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やはりと言うか当たり前なのかもしれないが、『 毒でも入ってるんじゃないのか? 』と警戒している様子がヒシヒシと伝わってきたので、まずは私とリディアさんが率先して食べて見せ、いわゆる毒見をした。お酒もリディアさんが飲んで見せた。
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「 な、なんだコレは! 美味すぎる! こんな美味い菓子は初めて食べたぞ・・・ 」
「 美味い! この酒もなんて美味いんだ! すまんがもう一杯くれないか 」
私たち二人を含め、円卓に座った8人だけが飲食をしている。
その他の男たちは、広場の隅で恨めしそうにこちらを凝視していた。
「 俺たちの分は無いのか・・・ 」と落胆している様子が、まざまざと表情に溢れていた。
私はお酒を飲まないので、その美味しさは理解できないが。
長崎カステラは確かに美味い!
ふわふわとしたスポンジケーキのような食感と、卵と蜂蜜の甘い香りが特徴的だ!
一口齧るとシットリとした生地が口の中でとろける。幸せな気分になれるお菓子だ。
個人的には、コーヒーと一緒に食べるのがおススメな気がする!
「 すまんな客人。わたしとしたことがあまりの美味しさに話を聞くのを忘れてしまっていた・・・いや、それにしても本当に美味しい! 宮廷でもこのような美味い菓子は記憶にないぞ 」
ミラさんが目を丸くしながら――そう呟いていた。
「 ん? 宮廷? 」
「 あ、いやすまんな。続けてくれ! この地へ赴いた経緯を聞かせてもらおうか 」
そうして、できるだけ真実に沿い巧みに虚偽も混ぜつつ、この地に至った経緯を――ミラさんとその部下に聞かせるのだった。




