第120話 ヒャッハー
「 しかし秘薬渡して終わりなら、別にワシらがわざわざ送ってやらんでもよかったのぉ 」
姫野さんが、スマフォから視線を上げ呟いた。
「 う~ん、まぁ一応対象の女の子を確認しておきたかったのもあるし、ついでに佐世保バーガーも食べたかったし~ 」
「 ついでじゃのうて、そっちがメインなんじゃないんか! 」
そう指摘され、ぐうの音も出せず言い返せなかった――
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佐世保バーガー
定義としては、佐世保市内の店で提供される名物で、手作りで注文に応じて作り始めるハンバーガーの総称だ。
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「 美味しいな! ボリュームも凄いし! 」
「 本当に美味しいですね! 以前「スオウオオシマ」の店で食べさせてもらった「 スキヤキ 」に匹敵するくらいの衝撃です! 」
リディアさんも唸りながら、大きな口を開けて頬張っていた。
しかし他の客からの視線が痛い・・・
私たちは明らかに浮いている。
どこからどう見てもヤクザな風貌の2人と、比較的若いスッピン女性2人。しかも片方は長身の外国人だ。
それ故に、あの4人組は一体どういう関係なんだ? と――奇異な目に囲まれるのは至極当然の結果だと予想はしていたのだが。
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突然私のスマフォが鳴り、急いでナプキンで指を拭きつつ咀嚼しながら、「 通話に出る 」をタップした。
「 ふぁい 」
『 春乃さん! 神代です! 本当に、本当に治りましたよ! 完治です! 視力も完全に戻りました! 傷も消えました! 』
『 信じられません! 本当に治った・・・ 』
「 おお! そうですか。それはなによりです――、今後のことは光輪会の事務長・高岡さんと相談しながら決めるといいですよ。何かと力になってくれるでしょう 」
『 はい! ほ、本当にありがとうございます! 』
連絡が来ないので少し心配していたのだが、どうやら私が予測していた以上に点字の授業時間が長引いただけなのだろう。もしくは、説明と説得に時間を要したのか・・・
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もう一つ、せめて長崎ちゃんぽんか皿うどんのどちらかを食べたくて後ろ髪を引かれたが、さすがに時間が無いので泣く泣く諦めて移動することにした。
その代わり、休憩時のサービスエリアで【長崎カステラ】をお土産として死ぬほど購入したのだった。
長崎には美味しいものが沢山あり、観光地も多そうだ。
いつの日かもっとゆっくりと滞在したい。
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~4時間後~
福岡の光輪会まで戻ってきた。
時刻は21時半を回っている。
「 やっと着いた・・・天野さん運転ありがとう。疲れたでしょ? 」
車を降りた天野さんを労った。
「 いえ! これくらいでは疲れませんよ 」
「 ワシはよう寝たけぇ、ここから宇品までは運転代わったるわ 」
「 い、いえ! 俺は大丈夫です! 若頭に運転してもらうわけには・・・ 」
「 ボケェ! お前の心配なんぞしとらんわ! 万が一事故起こして組長の車がお釈迦になるのを防ぐためじゃ 」
いつもの事ながら、言葉は荒いが姫野さんは部下思いだった。
私たちと一緒に仮眠を取っていたのも、最初から運転を代わるつもりだったからなのだろう。
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駐車場に入ってきたキャンピングカーに気付いたのか、光輪会の建屋からぞろぞろと大勢出てきたようだ。
私は両手に大量の長崎カステラを持ち、暗闇の中駆け寄ってくる人たちに向け、「 ただいま! 」と叫ぼうとしたその瞬間だった――
『 ・・・転移可能エリアに到達しました 』
『 すでに霊子エネルギーの喪失が規定を超えています。インターフェース確認。まもなく強制転移を開始します 』
毎度お馴染み、女性声のアナウンスが脳内に響く――
「 えええ?! マジかぁ! ヤバイ。もうタイムリミットきた! なんでぇ? 」
「 ヤバイ、姫野さん想定外だわ! 強制転移きた! リディアさん転移に備えてぇ! 」
「 か、畏まりました! 」
「 おい天野! 春乃さんとリディアさんの荷物を持ってこい! 急げ! 日本刀も忘れるなよ! 」
「 は、はい! 」
咄嗟に姫野さんが指示を出し、天野さんが慌てて車内に取って返した。
「 いや待て天野! やっぱり戻ってこい! 」
「 春乃さん、この車に触れたまま転移せえや! 向こうで移動できる拠点として使えるじゃろ! 最悪走れん地形だったとしても――、部屋としての機能は十分じゃし役に立つじゃろ 」
「 え? マジで? ありがとう! 戻ってくる時にまた一緒に転移するよ! もし三日待っても帰ってこなかったら移動していいから! 」
「 了解じゃ! 」
夜の闇よりもさらに深い漆黒が、突如渦を巻いて中空に現れた――
「 ごめん! 高岡さんたちにもよろしく伝えて! 」
「 ああ、気を付けてな 」
私とリディアさんが、タッチしている車と一緒に無重力状態に陥り浮かび上がる! そしてキャンピングカーごと漆黒の渦に飲み込まれていく。
いつものことながら、身体が思いっ切り伸びる感覚がある。
まるでゴム人間にでも成り果てたような不思議な感覚だった。この感覚だけに限っては、まだまだ慣れることはないかもしれない。
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「 リディアさん大丈夫? 」
「 はい。問題ございません 」
すぐ傍に、キャンピングカーも無事転移し着地している。
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真夜中の闇は深く、視界はほとんどなかった。
空を見上げると星も月も見えず、雲が厚くかかり、風が冷たく吹き抜けている。
暗い・・・とにかく真っ暗だ。
波の音?
微かだが、どこからだろうか、波打つ音が聞こえる――
眼が少しだけ闇に慣れてきた・・・
この場所は平原だ。
浜辺の近くにある平原だろう。かなり広い・・・草や木も少ない感じだ。
地面は砂と土でできていて湿っていた。
何もない場所に放り出されたような感じだ。闇の中には何か動くものがいるのだろうか? それとも私たちだけなのだろうか?
空気は重く、息苦しい感覚だった。
微かな海の塩気や土の香りがする・・・
「 う~む、近くに浜辺があるんだろうけど、もし満潮になったとしてもこの辺りまでは浸水しないと予想・・・とりあえずキャンピングカーの中で朝になるのを待とう。それ以外に選択肢は無い 」
「 御意 」
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室内灯だけを点灯させる。
長崎へ向かう途中、偶然にも「 室内灯だけを点けっぱなしにした場合、バッテリーはどれくらい持つのか? 」という質問をしたのを思い出した。
姫野さんの返答を鵜呑みにするならば、LED電球らしいので、少なくとも数十時間は全く問題無いらしい。
なので朝まで点けっぱなしでも問題は無いだろう。
「 しかしハルノ様。なぜ故に転移が早まったのでしょうか? 」
「 多分だけど、魔法を使い過ぎた所為だと思う――、それしか考えられない。治癒魔法の回数もさることながら、やっぱあれだわ・・・6億を護る為に、【暁の軍隊】を召喚して一晩中警護させていたのが特に響いてる気がするわ 」
「 なるほど・・・本来ハルノ様とわたくしの存在を維持する為の何らかのパワーが、召喚した精霊を維持する為に使われてしまったと 」
「 うん、多分だけどね。とにかく明るくならないと動きようがないし、ジタバタしても始まらないので、ここはもう開き直って寝よう! 」
「 御意! 」
不測の事態ではあるのだが、久しぶりに二人きりで眠れる!
未知の土地だとしても、このキャンピングカー内のテリトリーは非常に心強い!
咄嗟に機転を利かせた姫野さんに感謝せねば!
そして私はいそいそとテーブル部分をベッドに変形させ――寝床を作る事に集中していた。
二人っきりで寝ることが、これほどまでに嬉しいとは・・・
妙にウキウキと心弾ませている自分に気付き、やっぱ私は、いつの間にかレズになったのかもしれない――と、改めて少しだけ戸惑っていたのだった。
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「 ・・・ルノ様! ハルノ様! 」
「 ・・んん、う~・・・あ~、リディアさん。おはよ 」
どうやら身体をユサユサと揺らし、寝入っていた私を起こしてくれたようだ。
「 敵襲です! 男たちの集団がこのジドウシャを囲んでおります。そして先ほどから石つぶてか何か――、硬質な物体を投げつけて、こちらの反応を窺っている様子でございます! 」
リディアさんの報告を聞き、寝ぼけ眼から一転、即座に覚醒し飛び起きた。
「 マジで? ちょっと見せて 」
リディアさんと立ち位置を代わってもらい、カーテンの裾をちょいと摘まんで、隙間から外部を覗き見る――
一目瞭然な判りやすさで、どこからどう見ても荒くれ者の集団がキャンピングカーを囲んでいた。
いわゆる海賊ってやつだろうか?
長髪野郎が多い・・・朝日を浴び髪は金色に輝いている者が多く、髭を蓄えている者も散見され、フサフサと顎を覆っていた。
胸には鎖帷子を着込み、腰には斧や剣を差していた。
悪逆な印象で、眼光鋭い者ばかりに見受けられる。
昔まだ私が幼かった頃、父親が嬉々として観ていた「 世紀末救世主伝説(再放送) 」というアニメに出てきた雑魚キャラを彷彿とさせた。
そのアニメの中は文明が衰退した世界で、その雑魚キャラたちは荒れ果てた原野をバギーやバイクで駆け回り、一般人を見つけては虐殺し、略奪し、凌辱するという救いようのない極悪非道なキャラだった。
そしてナゼだか皆モヒカンという――手入れが大変な髪型をしており、得物は手斧が基本系。
極めつけは、襲って来る直前に「 ヒャッハー女だぁ! 」などとのたまい襲ってくる傾向にある。
もちろん雑魚キャラなので固有の名前は無いし、通りすがりの主人公に、ワンパンで殺される運命にあった。
もし私が魔法を使えない者で、従者がリディアさんほどの手練れでなければ、あの雑魚キャラたちの姿は恐怖の象徴そのものだっただろう。
だが、曲がりなりにも私たちタッグは、百戦錬磨と言っても過言ではない。
間違ってもあのていどの烏合の衆に後れを取り臆することはないのだ。
「 まぁとりあえず対話してみましょうかねぇ・・・愚直な悪党ではないことを祈るのみだけどねぇ 」
「 ひゃ? ひゃっはー?? 」
リディアさんは首を傾げ怪訝な表情だったが、その手にはしっかりと日本刀が握られていたのだった。




