第119話 ぐう聖
「 女神の盾! 」
神代さんの上半身から、盾の形をした光帯が浮かび上がり即座に掻き消えた――
「 えええ!! 」
「 なっ、何ですか今の! え? ええ?! 」
神代さんが自分の体を両手でまさぐる。
「 気になると思うけど気にしないでください 」
静かに宥め、何事も無かったかのように、再び【紋次郎イカ】を一本手に取り一齧りした。
「 春乃さん、それほんまに好っきやのぉ 」
「 美味しいよ。姫野さんも食べますか? 」
即座に透明なプラケースごと差し出したが、姫野さんは片手を振り拒否の意思を示した。
「 いやいらん。美味いのはよう知っとる。ガキの頃よう喰いよったけんなぁ 」
「 そうですか――リディアさん食べる? 」
「 はい! いただきます! 」
リディアさんは日本刀が気に入った様子だった。「 以前テレビという板の中に入っている人間が、同じ剣を持っているのを見たことがあります。一度振ってみたいと思っていたので嬉しいです 」と言っていた。
「 いやちょっと待ってください! 何なんですか今の光は! 」
キャンピングカーで走行中だが、そんなことはお構いなしに神代さんは立ち上がり驚愕の表情のまま私に説明を求めていた。
「 私の魔法ですよ。今かけたのはいわゆる防御魔法です 」
「 もし今、リディアさんが持つその日本刀で神代さんを斬りつけたとしても、せいぜい竹刀で思いっ切り打たれたくらいのダメージしか入らないと思いますよ 」
紋次郎イカの串を使い、斬りつける仕草をして見せた。
「 は? はあぁ? 」
「 これがこの教団の、そして私の秘密です。私【魔法使い】なんですよ。人体を治せる秘密はコレです 」
「 はあぁ? 」
神代さんは完全に停止し直立状態で固まってしまった。
走行中でもこのリビングエリアの揺れは少ない、とはいえ完全停止で直立できているのは単純に足腰が強いのだろうか。
「 ってかさ、詮索禁止って約束・・・いきなり破るおつもり? 」
「 あ、い、いや詮索というか・・・い、え! え? 魔法って! 漫画や映画に出てくるような? まさかその魔法で肉体的損傷を治す・・・え? それは刃物で傷つけられた眼球をも治せると? 」
「 ええ、多分ですけど治ると思います。たとえば先天性疾患が原因ならちょっと怪しいけど、物理的に網膜などを傷つけられて視力が奪われたなら、十分治る可能性はありますね 」
「 信じられない・・・いや、まさかそんな・・・ 」
「 とにかく! 必要最低限の情報は与えますが、無闇な詮索は禁止で! 先ほども言いましたが、もちろん記事に書くなんて御法度ですよ? もしそれを実行したら・・・あなただけじゃなく、あなたの周囲も相当ヤバイ状況になりますので。もし書く場合は――かなりの覚悟をして書いてくださいね。もちろん治したその子の傷も、以前の状態に戻りますので。あしからず―― 」
清々しささえ覚える100%のハッタリだが、問題はないだろう。ハッタリだろうが何だろうが、抑止力になればそれでいいのだ。
「 い、いえ記事になどしません、大丈夫です・・・ 」
ストンと力なく椅子に座り――ゴクリと生唾を呑む音が聞こえた。
「 ・・・なるほど。そういうことだったのか―― 」
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「 よし! 佐世保に向けて進もうぜー! そして到着したら【佐世保バーガー】を食べますよ! 」
「 おい春乃さん! 佐世保って聞いて嬉しそうにしてたんはソレが理由か! 」
調子に乗って叫ぶ私に、間髪入れず姫野さんがツッコミを入れていた――
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4時間後、目的となる施設に到着した。
治癒する対象となる女の子、金尾彩佳さん。
現在17歳らしいが、高校には通えていないらしい。
長崎県の佐世保にある――、視覚障害者の福祉を目的とした一般社団法人で、「 長崎県視覚障害者情報センター 」というこの施設の宿舎に身を置いているらしい。
ここでは、歩行・点字・IT(情報機器)生活訓練事業が行われており、視覚障害者が自立した生活を送るための支援が行われているのだそうだ。
外道の兄のせいで、兄が晒されると同時に、彼女も中学には通えなくなるほどの迫害を受けたそうな。
ほどなくして親戚も含めた家族全員が殺されて天涯孤独の身となり、さらには自身も視力を失うという――壮絶すぎる人生を送っている模様。
個人的に兄は殺されて当然の所業なので同情の余地は全く無いが、さすがに両親と妹は可哀想だ。
もっと不憫なのは、匿ってあげていた親戚の夫婦だろう・・・とばっちりもいいとこだ。
とにかく、唯一生き残った妹には何の罪も無いと思われる。
詳しくは知らんけど。
多分罪は無いはず――
神代さんによると、つい最近まで病院で治療を受けていたらしい。
肉体的な傷が塞がったあとも、薬物療法や各種の心理療法を受け、やっと精神が安定してきたのだとか・・・
絶望の末に虚無的となり廃人と化していたのだが、最近になって少しずつ前向きに今後の人生を検討し始め、まずは点字を学ぼうという意欲が出てきたらしいのだ。
神代さんは彼女が入院したあたりから、主に金銭面などで支援をしているらしい。
当初は怪訝な応対だったらしいが、最近ではかなり心を開いてくれている手応えを感じているのだそうだ。
「 では行きますか 」
「 は、はい! 」
私と神代さんだけが車から降り、施設内に2人で入った。
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廊下を並んで歩きながら問いかける。
「 でも、治した後は――神代さん的にはどう動くおつもり? 」
「 そうですね、本当に視力が戻るのならですが・・・彼女には高校に入学してもらいたいですね。人よりも随分と遅れをとる形にはなりますが、無事卒業し大学にも進学してもらいたいですね。もっとも既に別の夢があるのなら、わたしは夢を全力で応援する所存です 」
「 贖罪の旅は、まだまだ道半ばってことですか 」
「 わかりません・・・もう人を不幸にする記事は書かないと誓いましたし、ただの独り善がりなのかもしれませんが、自分ができる範囲で責任は取りたいと考えています 」
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「 あ・・・たぶんあの子です。あの白いブラウスのポニーテール姿の―― 」
学習スペースのテーブル席で、独特なサングラスをかけた女子が、指先で紙の上をなぞっていた。
紙には点字が刻まれているのだろう。
彼女は点字を読むことにまだ不慣れの様子だった。
同じように視覚障害のある子供たちが、周りにも数名座っている。
施設の学習スペースには点字の本や教材がたくさん置かれ、指導者というか先生っぽい人もいるようだ。
「 神代さん、ちょっとこっちへ 」
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神代さんの袖を引っ張り、廊下を少し戻った所にある休憩スペースへと入る――
「 神代さん。詳しいことは言えませんが、実は私には時間制限があるので、彼女には面会せずに失礼することにします 」
「 はっ? え? 治してくださるんじゃ? 」
「 ええ、もちろんです。彼女が部屋に戻ったらコレを渡して一気に飲み干してもらってください 」
私はリュックからお手製霊薬を取り出し、神代さんに手渡した。
「 え? これは? 」
神代さんは小瓶を眺めながら困惑していた。
「 私が治癒魔法をかけたのと同様の効果が発現します 」
「 しかし治った後はどうするつもりです? この施設の職員の人にバレただけでも大騒ぎになるんじゃ? そのあたりは考えてます? 」
「 ああ、そうですね 」
「 彼女には美容整形手術の技術を施し、傷が目立たないように仕上げてもらったみたいなんですが、さすがにそれも限界があったらしく少し傷が残っていますので、今はああいったサングラスを常にかけているんです 」
「 なので本人が申告しない限りバレることはないと思います。もちろん彼女の意思を第一に尊重しますが、わたしとしてはまずはここを退所してもらい、養子縁組をしてもらおうかと考えています 」
「 なるほど・・・神代さんが後見人となって養子を探している夫婦を見つけると? 」
「 いえ、わたしと特別養子縁組をしてもらおうかと・・・自分で言うのもおこがましいですが、これまでの彼女に対する援助の経緯と、事件におけるわたしの責任の所在を訴えれば、家庭裁判所も許可を出すかもしれませんし―― 」
「 なるほど――、親になる覚悟ですか・・・そこまでの覚悟でしたか 」
「 いえ覚悟と言いますか――、幸いにもわたしはずっと独身ですし、それなりに貯えもありますので、なんとか大学を卒業するまでは支えることができると思うんです 」
「 ですので春乃さんや光輪会の方々には申し訳ないのですが、報酬のほうは数年待っていただけないでしょうか? 勝手なことを言っているのは百も承知ですが 」
「 相続予定の実家を売れば、なんとか工面できると思うので。ただ売れても現金化するまでが結構かかると思うのです 」
「 いやいや! 実家売るとかやり過ぎでしょう! とにかくあなたの覚悟が本物だということはよく分かりました 」
「 では――、これを使って下さい 」
私はさらにリュックから大きな紙包みを取り出し、神代さんに手渡した。
「 これは? 」
「 現金で二千万あります。あの子の将来の為だけに使って下さい 」
「 はっ? はあぁ? え? えええ! 」
大声を出し過ぎたことを即座に自覚し、荷物を持ったままの両手で咄嗟に口を覆っていた。
「 もちろん今回の報酬はゼロで結構です。そもそも報酬目当てでやってるわけじゃありませんし――、まぁ多少なりとも恩を感じるなら、今後は光輪会に全面協力する形で、広報というか情報操作的な仕事をして力になってあげてください。それで相殺ということにしましょう。ちなみにその二千万は、わたしがあの子の未来に投資したもので、神代さんにあげたわけじゃないですからね 」
「 あ、貴女は――、神ですか・・・ 」
神代さんはそう言いながら落涙していた。
「 はははっ! 神ではなく、実は神の使徒かもしれませんよ? 」
▽
神代さんを施設に残しキャンピングカーに戻ると、リディアさんが紋次郎イカを齧りながら日本刀を抜き、右に左にとヒラヒラ揺らし刀文を眺めていた。
その真横で、姫野さんはスマフォを凝視している。
「 おお春乃さん。早かったのぉ。あれ? あいつはおらんのか? 」
「 めちゃめちゃカオスなんですけど・・・警察に見つかったら確実に逮捕されますよ―― 」
溜息交じりに呟いたが、ある意味見慣れた光景だった。
「 神代さんはここに置いていきます 」
「 まぁいいわ。とにかく佐世保バーガー食べて帰りましょう。天野さんをちょっと急かす形にはなるけど、深夜回るぐらいには宇品まで戻れますよね? 」
腕時計に目を落とすと、時刻はもうすぐ16時になりそうだった。
「 問題ないじゃろ。リミットは明日の朝くらいじゃったよな? 」
「 ええ、若干の誤差はあるかもですが。少なくとも朝方までは大丈夫なはずです。しかし残り時間がわかんないこの謎仕様、どうにかならないもんかね 」
この時はまだ――
宇品から転移し、転移先に放置してあるはずの軽自動車に乗って王都を目指すつもりだったのだ。




