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第118話 長崎へ行こう

「 本気ですか? 」


「 え? 」


「 この教団にはとある真理があり、その真理を究明することが【完全治癒】を発現することに繋がると・・・本気でそう考えてます? 」


「 は、はい! わたしは確信しています! どうすれば? 方法を! わたしにできることは? 」

「 あ、貴女は御存知なのでしょう? どうかご教授ください! 」

 土下座したまま顔だけを上げ、神代(こうじろ)さんが叫ぶ。


「 結局――御自分の罪の意識を、せめてその不幸な女の子の身体を治すことによって上書きしたいってことですよね? 」


「 上書きと言いますか・・・わたしが書いた軽率な記事が発端となり、本来遭わなかったであろうはずの被害に遭ってしまったのは事実ですから 」

「 脱線事故被害者である安部浩二さんとの縁も、思えばこの日この時のためにある必然だったのだと、わたしは確信しています! 」


 ――何だか私に考え方が似ているな。


「 ふむ、まぁいいか。では明日は一日中予定が詰まっていますので、明後日の朝・・・そうだな、じゃあ十時にはまたここに来てください 」

「 話は以上です 」


「 えっ? 」


 姫野さんがまたしても胸座を掴み、無理やり立たせる。

 そしてパンパンと胸元を乱暴に(はた)き、整えてあげていた――


「 お前は合格っちゅーことじゃ! はよ帰れ! んで明後日は間違っても遅れんなよ! 」


 呆けたような表情のまま固まっている神代さんに対し、面倒くさそうに姫野さんが言い放ったのだった。


          ▽


          ▽


 ~翌日~


 朝9時に起床しリディアさんと一緒に身支度を整えていると、10時前に佐伯さんが来訪した。

 すでに状況説明は先日の夜に済ませてある。

 佐伯さん側も準備は万端とのことで、お茶を出す間もなく銀行へと即出発することとなった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 西日本都市銀行、赤間支店の責任者である丸山は、朝からずっとソワソワしていた。

 フワフワとした感覚を拭えず落ち着かない状態だった。


 お客様の視点からだと、銀行のロビーにはいつもと変わらない平穏な雰囲気が漂っているだろう。

 窓口では、普通預金や定期預金などの日常的な業務が淡々とこなされている。

 だが実は、丸山支店長以下――従業員全員が浮ついていた。

 朝礼において、支店長みずから信じられない業務連絡を行ったためだ。

          ・

          ・

 そしてその時はやってくる。

 複数人、異彩を放つ客が来店したのが視界に入った。


 ジェラルミンケース四つを抱えやってきた複数の男女。


「 先日――丸山さんにはお話を通してあるのだけれど、丸山さんをお呼びいただけます? 佐伯です 」


 お得意様の資産家である佐伯夫人が、窓口の担当者にそう伝える。

 担当者の目は、すぐ後ろに控える男女が抱えるジェラルミンケースに釘付けになったが、すぐに我に返り返答をした。


「 さ、佐伯様! お待ちしておりました! どうぞこちらへ! 」


 窓口担当者の女性は慌てて立ち上がり、先導を開始する。


 案内されるままVIPルームに入室すると、続けて数秒遅れで支店長丸山が飛び込んできた。


「 佐伯様! この度は誠にありがとうございます! 」


「 あら丸山さん。お久しぶり! 」


 銀行にとっても丸山個人にとっても、この上ないお得意様だった。

 自分の今の地位が築けたのも、以前から銀行に大きな資産を預けていた――この佐伯夫人のお陰だ。


 佐伯の着席と共に、後ろに控える男女がケースをおもむろに床へ置いた。


 冷静な説明が始まる。


 佐伯は不動産業を軸に、いくつもの関連の企業を経営していた。

 最近その企業の一つが、大手企業に買収されたことは有名な話だ。

 それによって巨額の利益を得ているであろうことは、謂わば周知の事実だったのだ。


「 どうぞご安心ください。このキャッシュはすべて合法的なものです 」


「 はい! 勿論で御座います! 」


 丸山は絞り出すように声を出し、佐伯に敬意と感謝の気持ちを込めて、つい握手を求めた。


「 ありがとうございます。ではこのキャッシュを預けることはできますか? 」

 佐伯が笑顔で尋ねる。

 事前に電話で丸山が聞いていた内容は、信じられない額の話だった。

 2億円と3億2千万円を別々に入金するため、新たに口座を二つ開設したいとの申し出だった。


「 もちろんです!もちろんです! 」

 丸山は胸中で狂喜乱舞していた。店舗としての目標額を、大幅に超過した状態でクリアでき、尚且つ担当者に丸山を指名したお客様からの預金なのだ。本店からの個人査定にモロ影響を与えるのは必至だった。


 もう神様と言っても過言ではない。

 企業単位ならまだしも、一度にしかも個人名義で、これほどの額をさらに預金していただけるとは・・・


 それに、これは銀行への信頼の証と言ってもいいだろう。

 銀行と佐伯との間には、今まで以上の強固な絆が生まれたようだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 銀行をあとにした私たちは、リディアさんと姫野さんたちが待つキャンピングカーに戻った。

 そして信者の人たちが乗り合う車に先導され、寄り道することなく教団施設に即戻ることとなった――


「 いや~、なんかいいもの見せてもらったわ~。銀行の人ってやっぱプロなんだね。最初こそちょっと驚いてたけど、何億円も目の前に積んであるのに、あんまり動じてないようだったし 」


 本来ならドラマや映画などでしか見ることがない光景だ。

 現実世界であんな稀有な場面を拝めた私は、本当に貴重な体験をしたと感じていた。

 銀行のVIPルームなんて、普通は入ることなんて無いだろうし。


「 ふふっ、あんな額面を一度に入金する人はなかなかいないでしょうから、彼らも内心では唖然としていたかもしれませんよ 」

 佐伯さんが口元を手で覆い上品に笑っていた。

          ・

          ・

          ・

 教団施設に戻ると、10数名の人たちが建物内で私が戻ってくるのを待っていた。


 本日治療予定の事故被害者6名に加え、どうやらその6名の身内も数名付いてきているようだった・・・当たり前と言えば当たり前だ。

 被害者は身体が不自由なので、単純に家族や親戚に車で送ってもらった人が半数以上いるのだ。


 今までの治療では、周防大島への移動が強制されていたわけだが、スタート時の九州では高岡さんたちがサポートし、こっちに到着したらマツさんたちが新岩国駅まで迎えに来てくれるので、一人だったとしても新幹線に乗れさえすれば後は問題なかった。


 結局6名の身内からも魔法をかけてほしい、という要望が自然と出ていた。


「 歳のせいで最近腰が痛いので、ついでにお願いしようかと・・・ 」や「 自分も足が悪いので、事故被害者の嫁を治してもらうついでに一緒にお願いしようかと・・・ 」という人がいたのだ。


 とはいえ、未だ私の能力を信じ切れていない人が半数近くを占めているようだ。

 

 事務長である高岡さんが、15分程度も掛けて、自身の負傷した手のビフォーアフターの画像などを見せながら、懇切丁寧に説明していた。

 そしてとにかく口外しないことを約束させ、書面にサインもさせていた。ほぼ強制のような感じだったが。


 正直予定以外の人も治すのはどうかと思ったのだが・・・それぞれの身内であるならば、ある程度は仕方ないと割り切った。


 もちろん秒で治したのは言うまでもない。


―――――――――――――――――――


 だが三日通じて魔法を連発したことが――少なからずこの後の展開に影響を与えてしまうかもしれないなんてことは、この時点では全く考えてはいなかった。

 考えていなかったというか、予測すらできていなかったのだ。


 それこそ腰痛などの、通常の【治癒(キュア)】でも十分治るであろう肉体的マイナス要素にも、【全治癒(オールキュア)】を大盤振る舞いしていた。


 その弊害が、まさかこの後に発生するとは思ってもいなかったのだ。


―――――――――――――――――――

          

 ~さらに翌日~

 ~午前9時47分~


 念のため移動メンバー全員に魔法障壁を付与していた時、不意に玄関ブザーが鳴った。


「 お、おはようございます! 」


 早すぎることもなく遅刻することもなく、絶妙な時間に神代(こうじろ)さんが姿を現した。

          ・

「 ああ、来ましたね。ではこちらも準備できていますので出発しますか 」

 そそくさと靴を履きながら告げる――


 神代さんは靴を脱ぐこともなく棒立ちだった。


「 え? しゅ、出発? 」


「 はい。そのイジメ加害者で処刑された男子生徒の、妹さんでしたっけ? 治してほしいんでしょ? 今から車で移動しますよ 」


「 え? 」


「 ほれ、突っ立っとらんで行くぞ! お前の車は置いていけぇ。ワシらの車で移動じゃ 」


 姫野さんも靴を履きながら、神代さんに声を掛けていた。

          ・

 その後――リディアさんが最強クラスの剣士であることを知っている姫野さんが、車内に隠していた日本刀をリディアさんに手渡していた。


「 リディアさん。この【だんびら】をやろう。無銘じゃが業物じゃ 」


 リディアさんにはこちらの世界の言語は全く通じない。だがどうやら、「 リディア 」という響きには反応するまでにはなっていた。

 さすがにこれだけ寝食を共にすると、自分の名が呼ばれていることぐらいは、認識できるまでになっていた。


「 ちょ、なんてモノ積んでるんですか! 職質受けて車内調べられたら即逮捕案件じゃんよ! 」


「 はっはっはっ! 確かにそうじゃなぁ! 」


「 い、いや、笑いごとじゃないでしょうに! ちょ、ちょっと! リディアさんも車内で抜かないで! 怖すぎるんですけどぉ! 」


 天野さんが運転手で、私とリディアさん姫野さんと、神代さんの5人で――長崎県を目指すのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。 リディアさんはだんびらを抜いてみて どう思ったのでしょうか。きっと気に入ったのではないかと思います。 刃物は綺麗なものは 眺めているだけで心安らぎますね。 目の…
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