第115話 7億円
合流できたのは、広島市安佐北区という地区の亀山第三公園という公園前だった。
私たちが到着する前に、姫野さんたちはすでに到着していたようだった。
見覚えのあるキャンピングカーが停まっている。
タクシーを降りキャンピングカーに近付くと、車の前で手を軽く上げていたのは天野さんだった。
確か名前は天野さんで間違いないと思う・・・うろ覚えだが。
「 姐さん! お久しぶりです! 」
「 ああ、どうも! すみませんねぇ迎えに来てもらって 」
「 いえいえ見てください! 姐さんのお陰でほら! 指が元通りになりましたよ! 痛めてたはずの右足も腰も、いつの間にか治ってましてね! 折れた歯はさすがに治ってませんでしたが・・・ 」
天野さんは少しはしゃいでいるような感じで、左手をずいっと差し出し見せつけてきた。
「 そ、そうですか・・・それは良かったですね 」
――私が創った霊薬を飲んだのだろうか? ってかこの人、こんなに喋る人だったっけ? なんだかいつも口をつぐんでいた印象しかないけど・・・
――んん? 歯が治ってない?
――まぁ髪や爪の先と同じ判定なんだろう。
髪を切っても身体の欠損とは判定されないのと同じで、歯は骨の一部ではあるけれど外部に突出している部分なので、折れたり抜けたりしても欠損という判定にはならないだけだと思う。
「 ああ、すんません。つい嬉しくなっちまって・・・若頭がおられますので、どうぞ中へ 」
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身体を軽く曲げそそくさと乗り込むと、姫野さんが「 よぉ! 」と声を弾ませた。
「 どうもすみません。わざわざ迎えに来てもらっちゃって! 」
「 はっはっはっ! 春乃さんのためならどこへでも迎えに行くでぇ! 」
姫野さんが座る長椅子の周りには、重厚で銀ギラと鈍く光るケースが四つ並んでいた。
「 ま、まさか・・・まさかとは思いますが、それってもしかして5億円入ってるとか? 」
「 あっはっはっ! 1億違いじゃがのぉ 」
姫野さんは仰け反りながら、ガハハハと豪快に笑っている。
「 え? 4億? 4億入ってんの? ケースに1億ずつ? 」
「 ちゃうわ! 減らしてどうする! 全部で6億じゃわ! 1億5千万のケースが四つじゃ! 」
「 えぇー!! 」
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「 まぁまぁコーラでも飲んで落ち着きんさいや。外人さんもコーラでええんかのぉ? 」
「 いやいやいやいや! 落ち着いてられませんよ! マジか! マジで売れたの? 5億じゃなく6億で? 」
驚愕する私を覗き込むように、ニヤニヤと笑みを零しながら続ける。
「 2本じゃ。売ったのは2本。2本で10億じゃわ! 現金でキッチリ10億じゃ! さすがのワシもここまでの現金は初めて見たわな 」
「 はいぃ? じゅ・・・10億? ええ? 1本5億で合わせて10億円? マ、マジか・・マジっスか? マジで言ってんの? 」
「 がっはっはっはっ! 」
「 マジかぁ・・・それだけあったら買えないモノの方が少ないじゃん・・・ 」
衝撃的すぎて、頭の中が真っ白になりかけた。
真横に座るリディアさんは終始キョトンとし、事情が全く呑み込めていないようだ。
「 そうじゃな。じゃけど春乃さんの取り分は7億じゃ。ホンマにええんか? 今ならまだ間に合うぞ。ワシの意見はずっと変わらんのんじゃけどなぁ 」
バカ笑いから一転、姫野さんが急に真面目モードに入った。
「 ああ、私が出したあの条件ですか・・ええ勿論ですよ。私の意見も変わってないんですけどね。せめて折半でっていう意見 」
「 いやいやそれは却下じゃ! 何べんも言うたじゃろ? 折半なんてあり得んと。春乃さんが手数料取らんのんなら売るのを許可せんっちゅーから・・・渋々折れたんじゃけぇな。三割でも貰い過ぎじゃと思うが、これ以上ワシがゴネると春乃さんが売らせてくれんと思うて、最終的に三割で折れたんじゃけぇ 」
「 私の方こそ7億って! 七割も貰うなんてやっぱ貰い過ぎですよ・・・ってかヤクザって、もっとこう――なんて言うか、もっとガツガツ貪欲にガメツクなる方が自然なんじゃないですかね? ヤクザなのに何でそんなにお金に対して謙虚なのか理解できないんですけど! 」
「 おいおい! それは極道に対する偏見じゃ! Vシネマの見過ぎじゃろ! ワシらにも極道の矜持ってモンがあるって言うたろうが! ワシはワシの筋を通したいだけじゃ! 春乃さんに関しては、いくら儲かるとか――そういう損得勘定は持ち合わせちゃおらんぞ。それに極道なのにって言うたが、それは真逆じゃわ。極道じゃからこそ目先の金よりも義理を通さにゃいけんのんじゃ 」
「 ふむぅ、まぁ姫野さんがそこらのヤクザとは一線を画すのは確かなんでしょうけどねぇ・・・まぁいいわ。とにかく先にこれを 」
「 女神の盾! 」
唐突に姫野さんへ、ダメージカット効果がある魔法障壁を付与した。
「 うおっ! 急にどうしたんや? 」
「 天野さんもこっちにきて! 」
運転席でスタンバイする天野さんも呼んで、問答無用で同じく魔法障壁を付与する。
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「 いや以前お世話になってる王国の王子様が、襲われた話したじゃないですか? 」
「 ああ、あの前に何度か一緒にこっちに来とった外人さんの男性か? 」
「 そうそう、あの貴族っぽい人。つい最近またその事件を改めて考える機会があってね。王子自体が魔法障壁も扱える魔法使いだからちょっと油断してたのは否めないんですよね・・・その襲われた時って野営中の深夜だったんだけど、目的地に着いてから付与しようと思ってた私はやっぱ甘かったなって反省しましてね 」
「 その後、とある事情で傭兵を大勢雇った時もそうだったんですけど、「 仲間全員を守る為に事前に備えておく 」って意識が、今考えるとかなり欠落していたなって。心のどこかで無意識の内に、リディアさん以外は仲間だとは思っていなかったのかなって・・・ 」
「 不測の事態ってさ、予測の斜め上をいくから不測の事態なわけじゃん? なので常に最悪を想定して行動しなきゃなって思いましてね 」
「 なるほどのぉ 」
「 とにかく話を戻すが――残り1億は、舎弟頭の名義で新しい口座を作ってそこに入れとる。これが通帳と印鑑とカードじゃ。窓口で下ろす場合は免許証とかが必要な場合があるけんやめとけ。別人なのが即バレるし、そもそも春乃さんは免許証とか一切合切持ってないじゃろ? 制限はあるが基本このカードで下ろせ 」
姫野さんが透明のナイロン製巾着に入れた――通帳一式を私に差し出した。
「 で――この残りの6億が、何で現ナマのままなんか? って疑問に答えるとじゃな・・・銀行がな――、1億でも厳しい印象じゃったけん、さすがにこれ以上組関係者の名義で預けるんはヤバイと判断した結果じゃ 」
「 なるほど。警察や税務署に目を付けられると? 脱税とかの疑いで? 」
「 まぁそんなところじゃな。叩けばホコリが出まくる稼業じゃけぇなぁ。税金に関しては専門的なところまでは分からんが、今回の10億も、たとえば所得税とか――春乃さんに渡した時点で贈与税とか、厳密に言えばじゃけど支払いが発生するんかもなぁ。ちゅーかバカ正直に確定申告なんかするわけがないけどなぁ! 」
「 とにかく、ガサ入れがいつあるかわからん白凰組で保管するにはリスクがでかい 」
「 なるほど・・・じゃあこの6億どうしましょ? 組も銀行もダメなら、周防大島の平屋くらいしかないよね? 6億もの大金隠しておくとかヤバ過ぎない? 管理するマツさんが、精神に異常きたして発狂するんじゃないの? 」
「 ああ、そこでじゃ。高岡さんとこの宗教法人名義で銀行に入れようかと思うてな。春乃さんはどう思う? 」
「 ああ、光輪会でしたっけ? あーなんか聞いたことあるな・・・ヤクザが宗教法人を隠れ蓑にして、資金洗浄するって・・・ 」
「 はっはっはっ! それもVシネマの見過ぎじゃな! じゃけどまぁ――大きくズレてもおらんけどなぁ! 高岡さんとこの団体はまだ活動実績が足りんから、県知事から認可は下りてないと思うが――それでも春乃さんが言う通り、隠れ蓑にするにはこれ以上ないくらいに都合がええんじゃわ 」
「 ふむ――、ではとりあえず福岡県にこのまま移動ですか? 」
「 そうじゃなぁ。春乃さんも一回くらい、教祖として顔出しておいた方がええじゃろ? 」
姫野さんは、真顔で「 教祖 」という単語を使っていた。
「 きょ、教祖って・・・姐さんよりもパワーワードだわ 」
「 がっはっはっはっ! 」
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▽
~午後16時17分~
~福岡県、遠賀郡岡垣町~
高速道路を駆使し福岡県に入り、岡垣インターチェンジを降りて山間地帯へと入って行く。
町の喧騒を遠ざけるにつれ道はだんだんと細くなっていき、カーブが多くなっていく。
暫くすると、人家はほとんど見られなくなった。
目の前には緑豊かな山々が広がりはじめる。空気はかなり清涼で、まるで鳥のさえずりや川のせせらぎが聞こえてきそうな勢いだった。
福岡って言っても、この辺りはかなりの田舎だなと感じる。
私は思わず窓を開け、深呼吸をしたのだった。
▽
下道に下りても、休まずにひたすら車を走らせること小一時間。
「 もうちょっとで到着するはずじゃ! 」
外の景色にも飽きてしまい、リディアさんと動画鑑賞に興じていた私に対し姫野さんが告げる。
「 あれ? 姫野さんは来たことあるんですか? 」
「 いや無い。ワシも初めてじゃ 」
「 そ、そうですか・・・ 」
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山の中腹にあるその施設は、周囲に何もない孤独な存在だった。
木々に囲まれた広い敷地に、白い壁と青い屋根のシンプルな二階建ての建物がポツンと佇んでいる。
あえて事前連絡はしていないらしい。
少なくとも高岡さんと他数名は常駐しているらしいので、留守だったとしてもそれは一時的だから問題ないだろう――と、姫野さんは楽観的だった。
建屋の前の広場に車を駐車し、リディアさんと一緒に仲良く降り背伸びをしていると、玄関扉が勢いよく開け放たれたのが視界に入った。




