第114話 和睦への道のり
~三日後~
「 ハルノ様。これが最後の者のようです 」
「 ふぅ~、やっとか・・・ 」
率先して甲斐甲斐しく働くリディアさんが、私にとって一番嬉しい朗報を届けてくれた。
「 蘇生! 」
ユリアーネさんの腹心であるハイルギットという人物が率いる軍勢が、領都まで撤退した際、要所で王国軍の追撃に遭いそのつど激戦が繰り広げられていたそうだ。
その時、負傷したり死亡した両軍の兵士たちを戦地から回収し、ここ数日間ずっとこの領都街の広場で、ひたすらに治癒と蘇生魔法をかけ続け治していたのだ。
大槌のような鈍器で殴られヘルムごと頭部を潰されたり、大剣で一刀両断され首を刎ねられた人などは、さすがに蘇生失敗の判定に終わった。
だがそれ以外の兵士たちは、王国帝国問わず全て治したはずだ。
できれば犠牲者ゼロで円満解決ってのが最良なんだろうけど・・・さすがにそれは無理だった。
無理どころか――、私の予想を遥かに超える犠牲者の数だ。
頭さえ潰れていなければ! 首さえ繋がっていれば! と、何度落胆したことか・・・
当たり前だけど、ずっと私は王国側を贔屓にしていた――
逆にもし帝国側の兵士が極悪非道な行いを見せれば、容赦なく斬って捨てようと考えていた時もあった。
だが今の私には、所属国による扱いの違いは全く無いと言ってもいいだろう。
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人は絶望的なほどに理解しあえない。
相互理解が得られない生き物だということは歴史が物語っている。
それは多分――、こちらの地球の歴史を見ても同じことが言えるだろう。
「 人と人とは理解しあえないからこそ、言葉で想いを伝え合うことが大切だ 」って言ってた人は、確か心理学者のアドラーって人だったか?
ってか、そんなの改めて言われなくても当たり前のことだ。なんだか名の通った学者さん的な人が言うと、ありがた味が増すってだけの話で至極当然のこと。
だがその通りだ。
結局のところ――諦めずに伝え続けるしかないのだ。
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~さらに翌日~
~早朝~
「 では王国への賠償金の話と、暗殺事件の全容解明を早急に王国側へ報告してください。自分で言うのもアレですけど・・・暗殺事件の時は私が帯同してたお陰で、幸いなことにコチラの死亡者はゼロなので――、適当な下級貴族に罪を擦り付けて首級を届けるとか、そんな残忍なことは止めて下さいね。そんなことしても意味ないですから 」
「 承知した。国に戻り次第、外交と財務担当の文官を揃え、早急にライベルク王都へ遣わそう。我々もその暫定的に設置した橋とやらを通過してよいのだな? 」
「 ええ、大丈夫だと思いますよ 」
ミルディア領都を囲む大防壁――
巨大な門前で、バルドルフ皇子とユリアーネさんに最後の釘を刺していた。
ここ数日間、警告というか忠告は口が酸っぱくなるほどしてきたつもりだ。
私に屈した結果、デュールさんの名の下に、バレス帝国がライベルク王国の属国となるわけではない。
とりあえず大人しく軍を退ける見返りとして、私が創る霊薬を、数量限定ではあるものの帝国内で流通させても良いという許可を出したのだ。
この提案は、帝国としてもバルドルフ皇子的にも、なかなかに好条件な落としどころになったのではないだろうか。
「 今後は両国で専任者を擁立し、国交を開く方向で進めてはどうでしょうかね? とりあえず書簡の交換に始まり相互に大使館を開設して、常駐の外交使節を交換するとかさ。んで何か問題が生じた場合は、外交使節を通じて平和的に解決を図るとかさ 」
「 ふむ―― 」
「 とにかく戦争は御法度ですよ! 戦争なんて、結局行きつくところは単なる意地の張り合いでしょ? 戦争は最も効率の悪い外交だと思うし。まぁ、相容れない部分はどうしても発生するもんなんだろうけどね。それでも話し合うことを諦めないでほしいわ 」
「 使徒殿の考え方は理解した。皇帝陛下にその旨しかと伝えよう。我が国の国是にことごとく反するのでな・・・ なかなかに骨が折れるだろうが、陛下は俺が責任を持って説得しよう 」
バルドルフ皇子は快活な返事をしていた。
その横でユリアーネさんは神妙な面持ちだ。
この皇子が意外にも話が通じる人物で助かった。
事前に聞いていた話から、武力でゴリ押しして覇権を握ろうとする――もっとワンマンで融通の利かない人物だと考えていた。
だが蓋を開けてみれば、ビックリするほどの実力主義者というだけで、傍若無人な人物ではなかった。
能力が高ければ、種族や身分を問わず帝国軍などに雇い入れているそうだ。
その証拠に、とある部隊の隊長は元奴隷なんだそうな。
個人的には結構好きな上司タイプではある。
ちゃんと結果を出した人を、率直に評価してくれる上司は理想的だ。
前評判や家柄などでは判断せず、直接自分の眼で確かめてから評価を下すタイプなのだろう。
真に優秀な人は、外殻のステータスだけでは計れない。
社会に出れば、それは結構顕著に表れる時がある。
むしろ学歴や経歴が凄いのに何でソレができないの? って人を、職業柄数多く見てきた。
私のようなバカに仕事ができないと思われてしまうのは、かなり心外だとは思うが・・・
父親の知人の経営者が語っていた。
真に能力の高い人間かどうかは、一緒に働いてみるまでは分からないって。
そーいえば以前の職場で、国立大出身で人間性も良くルックス的にも申し分ない人がいたけど、わざとやってんのか? ってくらい、ナゼだか仕事ができない人がいたなぁ・・・
今も彼は、日課のように上司をキレさせているのだろうか?
何だか懐かしい思い出になりつつある・・・
ってか私は、元の職場で失踪したことになっているのだろうか?
それとも普通に死亡していることになっているのだろうか?
「 しかしあなたが話せる人で良かったわ。もっとこう三度の飯より戦争大好きの暴君なのかと思ってたわ 」
「 ふむ、そういう側面があるのは特に否定はせんがな。ただ使徒殿のチカラに感服した。それだけのことよ 」
▽
「 皇子よ。聖女様が仲介に入って下さり命拾いしたな! 皇帝に進言するための口実も申し分ないだろう。お前たちは特に顔を潰されることもなく、絶妙な落としどころも提供され――、内心胸を撫で下ろしているのであろう! 」
急にドノヴァン殿が、バルドルフ皇子に嫌悪感剥き出しで突っかかった。
「 ドノヴァン殿! そんな棘のある言い方は感心しませんね! 今さっき平和的に解決しようって言ったばっかじゃないですか! 」
人生の大先輩にあたる人物に対し苦言を呈するのは少し気が引けるが、ここは使徒権限で言わせてもらった。
「 御言葉ですが聖女様! こ奴らの謀略に、これまで我らがどれほどの辛酸を嘗めさせられてきたことか・・・皮肉の一つも口を衝いて出ようというもの! 」
「 お気持ちは解りますけど。確かに今までの事を全部水に流してってわけには・・・簡単にはいかないのでしょうけどねぇ。まぁお互い色々と思うところはあるのでしょうけど、でもここは一つ大局的見地ってやつでお願いしますよ 」
「 ふむ・・・聖女様の御意志を尊重し、呉越同舟もやむなし、ですかな 」
憮然たる面持ちのドノヴァン殿も、渋々といった様子ではあったが、溜息交じりで承諾してくれていた。
――しかしまたやけに古風な言い回しだなぁ。この脳内翻訳機能はどーなってるんだか・・・
「 では使徒殿。我らは自軍に戻り帰国の準備に入ろう。御老体も達者でな――、くれぐれも御自愛なされよ 」
バルドルフ皇子は、微笑を湛えながら別れの挨拶をしていた。
「 ふんっ! 青二才めが 」
終始不愉快そうな表情のドノヴァン殿が、吐き捨てるように呟く――
「 ハルノ様。その・・・くれぐれも宜しくお願い致します 」
ユリアーネさんが一歩前に出てきて口を開いた。
暗にデュールさんに進言するのだけは止めてくれ――と、探り探り念を押しているつもりなのだろう。
「 ええ、大丈夫ですよ 」
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帝国軍が布陣している草原へ、馬で駆けて行く2人の背中を見送り――私たちも領都街へと戻った。
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「 もうこれで私のやる事は無くなったな! 勝手に国交を開こうなんて提案したけど、国王陛下も特段イヤとは言わないでしょうし問題無いよね? 」
「 はい! 陛下も望まれていた展開だと思われます。さすがはハルノ様です! 」
「 いや、やめてリディアさん・・・でもさ、お互い胸襟を開いて語り合うことさえできれば、絶対に上手くいくと思うのよね 」
「 はい! 」
リディアさんは満面の笑みを見せていた。
「 じゃあ軍の撤収はドノヴァン殿に丸投げしてさ、リディアさんも私と一緒に向こうの世界に行きますか! 」
「 ええ!? 宜しいのですか! 」
「 うん。着替え持って来てるよね? 」
「 はい! 実は――、もしかしたらと思いまして持って来ております! 」
「 よし! じゃあ着替えたら早速向こうに飛ぼう! 慰安旅行ってことでさ! 大仕事の後はやっぱ休暇取って遊ばなきゃ! 私、今のうちにちょっと龍さんに指示を出してくるわ 」
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「 おお! 久しぶりじゃのぉ! もう今、周防大島なんか? 」
『 いえ真逆です。今「 例の道の駅 」の少し北にいます! 今回はリディアさんも同伴です 』
「 ほうか! じゃあどうする? 金は持っとるんじゃろ? できるだけ急いで迎えにいくけど、待つくらいならタクシーでも拾うか? 」
『 ん~、タクシーが通ればですが拾ってみます! 例の道の駅をとりあえずの目標地点にして行動開始しますね! 』
「 おお了解じゃ! また動きがあったら連絡してくれぇ! とりあえず車で向かうけん 」
『 はい。お願いしますね! 』
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通話を終了した姫野は、建物内にいる全ての組員を呼び指示を出した。
「 志村! お前は組長の車を出せ! それに乗って金を持ち出すことを本部長に伝えに行けや! んでお前らは現ナマが入ったジェラルミン四つをキャンピングカーに積んどけ。代紋が入った車をわざわざ狙うアホはおらんとは思うけどな、万が一車上荒らしに遭わんようにそのままお前らが乗って警戒しとけや! ワシが行くまで他の誰が来ても鍵を開けるなよ! 」
「 はいっ! 」
「 はっはぁー! やっとじゃ! やっと春乃さんに大恩を返す時がきたのぉ! 」
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