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第110話 皇子バルドルフ その壱

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 バルドルフは領都防壁の大門前に馬をとどめ、静かに息を吸い込んだ。

 目の前にそびえ立つ反り返った防壁は、たぶん千人がかりでも登り切れないと思わせるほどの異様さを漂わせていた。


 しばらくして、防壁門がゆっくりと開かれた。


 その中から出てきたのは、疲れ切った様子のバルドルフの実妹ソフィア・ユリアーネだった。

 傍らには女騎士リディアと、元帥ドノヴァンが控えている。


 馬を降りたバルドルフは、ゆっくりとユリアーネへと近づいた――


「 ソフィアよ! お前らしからぬ出で立ちだな! お前の役目は、このミルディア領都を陥落し掌握する事だったはず。だが、デュール様が介入なされて大幅な変更を余儀なくされた――と聞き及んだが・・・真実か? 」


「 まずは再会を喜びたいところではありますが、ライベルク王国にはデュール様が御降臨なされ、実務の為に使徒様が遣わされております! バルモアからお聞きだとは思いますが、その使徒様に我が身を蘇生して頂き、今ここに存在できております。わたくしはもう決心致しました! 我が帝国は一刻も早く手を引くべきかと存じます 」


 バルドルフのすぐ後ろには、いつの間にか黒衣を纏ったバルモアが立っている。


「 手を引くも何も――まだ何も始まってはおらんだろう! 生憎と俺は我が目で見、我が耳で聞いた事しか信じぬ性質(たち)だ。お前もよく知っておるだろう? まずはその使徒とやらに会わねばならん! その後ろの御老体は違うのだろう? 」


 ユリアーネは後方に控えるリディア・ブラックモアと、元帥ドノヴァンに目配せをした。


 合図を受けたリディアが一歩前に出て自己紹介を始める。


「 わたくしは使徒様の騎士リディア・ブラックモア。そしてこちらが王国軍元帥ドノヴァン・ライムンド卿。使徒様は未だ激戦の地で治療に当たっておられ、ここにはまだ到着されていない! 」


「 これはこれは! 御老体の名は存じておる! 」

 バルドルフは両手を広げながら応えた――


「 ふんっ! かつての戦場で相まみえた記憶があるのぉ! あの時は、まだ少年の面影が色濃く残っておったが 」

 腕組みをしたままのドノヴァンが険悪な表情のまま呟き、さらに続ける。


皇子(おうじ)よ。かつての(いくさ)とは訳が違うぞ? 此度の突然の侵攻、どう落としどころを見つけるつもりなのだ? 」


「 御老体! デュール様の使徒が介在しておるからと言って、あまり調子に乗らぬことだ! 此度の報告を受けブラフではないと判断したが、だからと言って戦わずして屈する事はない! 俺がその気になれば、号令一つで暴風雨のような矢の雨が降り注ぐことになるぞ? 」


 一見強がっているような発言だが、バルドルフの後ろに広がる南西の草原には、数万の兵士が陣取っていた。その陣営からは、鉄の武器が光り盾の輝きが煌めいていた。

 

 同様に、ライベルク王国側にも三万近い兵士が北東に布陣している。


 静かな空気がこの場を支配している。

 その空気には緊張感と不安が漂っていた。どちらの陣営も、相手の強さを十分に理解しているためだろう。戦争が勝ち負けの問題ではなく、生き残りの問題であることを、彼らは知っているのだ。


「 あ、兄上! 」

 ユリアーネが焦燥を滲ませていた。

 兄ならば本当に強硬手段に出るかもしれない――と、本気で危惧しているのだろう。


「 ソフィアよ。デュール様を信仰するのは我が帝国も同じ。信仰心でライベルク王国に後れをとっておるとは到底思えん! ならば使徒が王国に加担しておるとはいえ、一方的にデュール様の不興を買うとも思えん! まずは、その使徒とやらに話を聞こうではないか―― 」


「 では兄上。とにかく領都の内部で、使徒様が御入来されるのを我々と共に待ちましょう 」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


          ▽


          ▽


          ▽


 私は今、恐竜(タウルス)()く輸送車で揺られながら、治癒や蘇生を施した王国兵士と帝国兵士の混成軍に護られつつ――、牧歌的な風景を愉しんでいた。


 日差しは強くなく、心地よくて暖かい。

 青空の下に広がる草原が、緑一色に染まっている。

 微風が吹くたびに草の穂先が揺れ、小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。気持ちよさそうに飛び跳ねるウサギにも似た小動物の姿も見えた。


 遠くには山々がそびえ立ち、白い雲が積み重なっていた。

 自然の壮大さに圧倒されるが、同時にその美しさに心が和らぐ――

 草原には花たちも咲き誇っていた。ピンクや黄色、青や紫の花々が風に揺れ、美しい色彩を奏でている。その香りが風に乗り、客車部分にも入り込んできていた。


「 やばい・・・眠くなってきた。のどか過ぎる 」


「 聖女様。停車し御休憩なさいますか? 」

 眠い目を擦る私に対し――同席する侍従役の王国兵士が御伺いを立てた。


「 いえ、停車する必要はないですよ。恐竜(タウルス)輸送車は揺れが少ないから、問題無く寝れそうなので、ちょっと仮眠取りますね。着いたら起こしてもらえますか? 」


「 畏まりました―― 」


          ▽


          ▽


 眠りが浅かったせいか、外部から聞こえるザワザワとした音が意識をかすめていった。


 どうやら、ミルディア領都付近まで到達したのだろうか?


 一度覚醒してしまったが、何とかもう少しだけ眠ろうと瞼を下ろした――

 だが、ザワザワと波打つような音はどんどんと大きくなり、私は我慢できなくなって諦めることを選んだ。


 おもむろに窓を開け、外界を確認する。


「 ぬおっ! 凄いな! これ全部王国軍か・・・ 」


 見渡す限りの人! そして人・・・

 彼らは鎧に身を包み、旗や盾に紋章を掲げていた。まるで鉄の壁のようだ。


 私が乗る輸送車が進むにつれ、映画「 十戒 」でモーゼが紅海を割った奇跡のように、人海が割れていった。


 いつも思うが、超大作映画のワンシーンそのものだった。

 私は慌ててスマフォの電源を入れて暫く待ち――、カシャカシャと何枚も画像を撮った。


 そうこうしていると、客車部分に乗っているのが私だと気付いた兵士さんたちが、「 聖女様だ! 」と騒ぎだし、あっという間に地鳴りのような鳴動に変わっていったのだった。


          ▽


 領都防壁の大門前に到着すると、防壁の向こう側に、また別の蠢く大軍団が目に入る。


「 もしや向こうのあの大軍って・・・帝国とやらの追加の軍勢かな? 」


「 そのようですね 」

 私の独り言に、兵士さんが答える。


 輸送車から降りると、開け放たれている防壁大門を通り抜け、数名が駆け寄ってきた――


「 ハルノ様! お久しぶりでございます! 」


「 おおお! リディアさん! もう合流してたんですね! 」


「 はい! 」


 リディアさんの後ろには、にこやかなドノヴァン殿も控えており、遅れてユリアーネ姫も駆けてきた。


 ――あっ、しまった! キャラ設定忘れてたわ。まぁいいか、あれは第一関門を突破する為だけの、即席の設定だったし・・・


「 どうもユリアーネさん! その後体調はどうですか? 」


「 え? あ、はい! 問題ございません 」

 確かに威厳のある神の使徒だったはずなのに、私からの妙に気さくな問い掛けを受け――戸惑った様子だった。

 だが時間が勿体ないので、後で説明することにする――


「 で――状況は? 大門の向こうに夥しい数の帝国軍が駐屯してるみたいだけど、停戦交渉はうまくいった感じ? 」


 私の問い掛けにはユリアーネさんではなく、ドノヴァン殿が答えた。


「 現時点では停戦に応じております。そしてこちらの皇女殿の実兄バルドルフが、聖女様に直接お会いしたいと申し出ております―― 」


「 え? 私と話す必要あります? 私バカなので交渉などは無理ですよ・・・ 」


「 いえその、バルドルフは聖女様がデュール様の眷属でいらっしゃる事実を、十分に信じてはおらんようです。ですから直接お話しして真偽を確かめたいのでしょうな 」


「 な、なるほど・・・しかしユリアーネさんは実の妹なんでしょ? 」


「 は、はい 」

 ユリアーネさんは、未だに私のキャラ変に当惑している様子だった。


「 蘇生を受けて生き返った――実の妹の言葉を信じないとは! どーなってんの? 」


「 も、申し訳ございません・・・ 」


「 なんでユリアーネさんが謝るのよ 」


 ナゼか自分の責任だと言わんばかりの、恐縮しきりのユリアーネさんを伴い、ミルディア領都内へと足を踏み入れたのだった。

最近ハッとさせられた一文

「 あなたが空しく生きた今日は、昨日死んでいった者があれほど生きたいと願った明日 」

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