第11話 診察
私が高位の回復系魔法を使えると聞いても、ウィリム・カインズさんはピクリと片眉が動いただけで、激しい反応は見せなかった。
手紙には――
自分たちが依頼に失敗したこと。
私たちが手助けしたこと。
私が高位の魔法を扱える魔道士だということ。
騎士団第三大隊長の要請で王都に入ること。
そしてその折、カインズさんの息子さんの病気を治すために尽力することを約束してくれたこと。
などがしたためてあったらしい。
「 この度は我が息子のために御足労頂きまして、誠にありがとうございます 」
「 いえ~、カノンさんたちと知り合えたのも何かのご縁ですし、私でも役に立つことがあるならダメ元でやってみようかなって考えただけでして、あんまり期待しないで欲しいんですけども・・・ 」
もし効果無しで失敗してしまったら針の筵だろうなぁ・・・などと考えながら、出されたお茶を啜っていた。
「 正直申しまして簡単に治るような病ではございません・・・約三年前に発症したのですが、目に見えて日に日に悪化していきまして。今はもう介添え無しでは自力で立てないほどにまで悪化しておりまして 」
「 わたくしは行商や仕入れのため領地を隅々まで移動するものですから、各地に埋もれた古代の医学書や薬士の手引書などを買い漁っては調べ、学者に金を積み研究させたりもしております。今回依頼を出したのもその一環でして、一縷の望みに賭けていたのですが、結果的にカノンたちを危険な目に遭わせてしまった・・・ 」
「 彼らならば恩を返すために・・・どんなに危険な依頼でも引き受けてくれるだろうという打算があったと思います。もしかすると頭の片隅では、たとえ彼らが死んでも息子さえ治れば・・・と考えていたのかもしれないです。わたくしは何という下劣な人間だろうか 」
ひとしきり話し終わると、カインズさんは頭を抱えて唸っていた。
「 そんなことないですよー! お子さんを救うために必死に行動している姿は、人の親として立派だと思います! 」
取って付けたような綺麗ごとを吐いて励ましてみたものの――逆効果だったのか? ・・・さらにカインズさんは黙り込んでしまった。
沈黙が怖い・・・
――って、泣いてるのか?
「 と、とりあえず一度診てみないことには始まりませんので、早速息子さんのところにお伺いしても? 」
「 はい、申し訳ございません! ではこちらへ・・・ 」
▽
同じ一階の、さらに奥の部屋へと案内された。
かなり広い部屋で、中央に大きなベッドが設置されていた。
その他の家具は一組のテーブルと椅子があるだけで――かなり簡素な部屋だった。
ベッドの上には幼い男の子が寝ていた。
介添えを担当している方が二名ベッドの傍に立っている。
男の子は父親が入室してきたことに気付いたらしく――、重たそうに上半身を起こそうと藻掻いている様子だった。
「 よい! そのまま寝ていろ! 」
カインズさんは息子さんに対し少々声を荒げ、ジェスチャーを使い介添え人たちを下がらせた。
「 ハルノ様、ご無礼をお許しください。息子はライルと申します。手足の筋肉が徐々に委縮する病でして、今ではもう・・・下半身はほぼ自力では動かせない状態にございます 」
――ああ~、なんか現代日本でもそーいう病気で苦しんでいる人がいるって聞いたことあるな・・・
「 カインズさん、敬称なんですが――、様なんて付けなくていいですよ。私は普通の平民扱いでお願いします。ってか、とりあえず触ってみてもいいですか? 」
「 お願い致します 」
「 ちょっと触らせてもらってもいい? 」
寝ている男の子に、できるだけ優しいお姉さんっぽく聞いてみる。
「 は、はい! こんな姿で申し訳ありません! 」
「 いえ、大丈夫よ! 気にしないで! じゃ触るね? 」
サワサワと脛を触ってみる・・・触診ってやつだ。
「 触られている感触とかは普通にあるんですよね? 」
「 はい、あります。感覚は衰えてはいないと思います! 」
いわゆる寝たきり状態だが、予想に反してハキハキと喋る子だった。
「 確認ですけど・・・何か外傷を受けて、それが原因とかってことはないんですよね? 」
この質問には父親が答えた。
「 その可能性はないかと・・・ルード病はどの症例も、ある日突然何の前触れもなく始まるようでして、未だに原因不明なのです 」
――ふむ~・・・触診とは言っても、もちろん診察しているフリで全くわかんない。
でも外的要因で発症したんじゃないなら、やはり状態異常回復魔法の一択かなー
「 ではでは・・・早速治療を開始します! 」
「 お願い致します! 」
「 状態異常回復! 」
寝ているライル君の身体を黄色い光が包む。
「 どう? 何か変化を感じる? 」
「 い、いえ、何も・・・ 」
――う~む、大抵の病気はこの魔法で治るって聞いてるけど、この魔法で治らないってことは・・・
最悪【禁じ手】を使うしかないのかな?
「 う~ん・・・とりあえず治癒魔法もかけてみましょう! 」
「 全治癒! 」
「 もういっちょ! 状態異常回復! 」
「 どう? 何か変化を感じる? 」
「 す、すみません、特には・・・ 」
ライル君はとても申し訳なさそうに、ギュッと瞼を閉じた。
「 う~ん、禁じ手を使うしかないのかも・・・本当は使いたくないけど。カインズさん、ちょっとさっきの部屋で別の治療法を説明したいのですが 」
「 あ、はい、畏まりました・・・ 」
「 ライル君ごめんね、また後でね! 」
▽
先ほどの応接間に戻ってきた。
「 わたくし魔法分野はあまり明るくはないのですが・・・それでも、ハルノ様がどれほど規格外な魔道士なのかは、先ほどの回復魔法を拝見しただけで解りました。上位の治癒魔法を使用されていたと思いますが――、まさかあれほどの魔法を無詠唱とは! いやはや恐れ入りました 」
「 う~ん、でも結果的に全く効果無しでしたからね 」
――無詠唱ってそんなに凄いことなのかな?
他の魔法使いに出会っていないのでよくわかんないけど・・・
「 いえいえ、その驚異の御力を我が息子に行使して頂けただけで光栄にございます! 実は以前も宮廷魔道士の方に回復魔法を試してもらったことがありまして、無論その折も全く効果が無かったわけですが・・・しかしあの時とは魔法の威力と言いましょうか、魔力の光量が雲泥の差でしたね 」
「 ところで禁じ手と申されておられましたが――その方法とはどのような方法でございましょうか? 」
「 実はとんでもない方法でしてね・・・ですが、まず間違いなく完治すると思います。本当に驚かないで頂きたいんですけどね 」
「 私に魔法を伝授してくれた人は「 裏技 」って言ってましたけど、その方法があまりにも衝撃的なので――私は「 禁じ手 」と呼ぶことにしたんです。マリアさんも驚かないでね 」
「 はい、承知しました! 」
大袈裟な前振りのせいでカインズさんの表情は強張っていたが、マリアさんは好奇心を抑えきれていないように見受けられた。
「 その方法とはですね・・・ 」




