第108話 合流
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~数時間後~
~ミルディア領都付近の平原~
「 殲滅とはいかなかったな・・・ 」
騎兵隊を率いて、追撃中の自軍にすぐに追いついた元帥ドノヴァンであったが・・・
脱兎の如く敗走した帝国軍の残敵は、ことごとくミルディア領都内へと逃げ込んだ後だった。
「 如何されますか? 」
騎兵の一人が御伺いを立てる。
「 兵器は掘りに沈めてあっても――、攻めるのはやはり厄介な城であるな。帝国の援軍部隊も警戒せねばならんが、とりあえずは様子見だ。なに焦ることはない。ブラックモア卿の軍もそろそろ到着する頃合いだろうよ。それに、こちらには真龍殿の支援もあるしな 」
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~ミルディア領都、中央ミルディア城~
領都自体が防壁に囲まれているのだが、その中央にはさらに威風堂々とそびえ立つ防衛に特化した城がある。
反りを備えた強固な石壁で囲まれた内部には、堅牢な防御塔や展望塔、砲台塔、監視塔が建ち並んでおり、敵に対する完全な防衛を誇っている。
城壁は厚く高さは数十メートルにも達し、石の縦列が連なるその姿は、まるで岩山のような重厚感があった。
さらに周囲には、幅広い堀が掘られ跳ね橋が架かる設計であり、緊急時には跳ね橋を巻き上げて城内への侵入を阻止する形になっている。
城門は二重構造であり、内側の重い鉄の扉と外側の木製の扉で閉ざされている。これらを開けることで唯一城内へと進むことができるのだ。
城壁の上には弓兵が巡回するための通路が一周し――、矢を射るための射掛けが設置されている。
万が一の敵侵入を妨げるため、下からは武装した兵士たちが防御を固めるわけだ。
城内には多数の建物が建ち並び、兵舎や倉庫、宿舎などがあり、長期間の籠城戦にも耐えうる形になっている。
城内には井戸が掘られ、水の供給にも万全を期していた。実はこの井戸が直接地底湖へと繋がっているのだが・・・それを知る者はかなり限られている。というか、すでに天誅を下されてしまいもうこの世にいない者がほとんどだ。
まさにミルディア城は、籠城戦に非常に適した堅牢な要塞なのだ。
敵軍が迫っても激しい戦いを繰り広げ、城を守り抜くことができるだろう。
「 ハイルギット殿。ご指示を! 」
「 とにかく籠城戦に備える! 今のうちに各々食料を最低限確保しておけ。獣人部隊を擁するバルドルフ様の軍が、もうすぐ到着なさるはず・・・それまで持ち堪えるのだ! 展望塔と監視塔に兵を追加配置し、巡回路の弓兵も増やしておけ! 念のため正門内側の兵も倍の数を配置しろ! 投石器と大型弩砲の設置も急げ! 」
「 はっ! 」
敗走し――城内部へと転がるように雪崩れ込んだハイルギットの部隊は、混乱を極めていた。
一部の者からの情報で、すでに姫様は戦死なされたかもしれない――という未確認情報が兵士たちの中で共有され、誰の目から見ても明らかな動揺が拡がっていた。
――姫様が戦死・・・認めたくはないが。
撤退を余儀なくされたこの押しに押された状況を鑑みると――可能性は極めて高い。
全てが異常だ。
追尾してくる真龍。そして突然の予期せぬ王国軍の奇襲に遭い、陣形も何もあったもんじゃなかった・・・それ故、個としては最高戦力の姫様が、最前線近くで戦う羽目になったのだ。
戦端が開かれる寸前、先頭の部隊に合流し、指揮を執るようにと即座に厳命されたハイルギット。
今思えば、あの時点で既に――死を覚悟なされていたのかもしれない・・・
不敬な考えではあるが、もし皇族であることがバレていたら、ライベルク王国にとっては今後の交渉の場において有利に使えるため、安直に殺害はしていないかもしれない。
もし交渉材料ではなくとも、単純に人質としての価値は非常に高い。
故に、捕虜の身となり囚われている可能性が大いにある・・・まだ希望は捨てていない。
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~数時間後、日没直前~
ミルディア城内のエントランスにて、参謀ハイルギットと各隊長たちが、今後の様々な展開を予測し話し合っていた。
その最中――
一人の兵士が石階を駆け下りて、ハイルギットの眼前まで迫った。
「 ハイルギット殿! 展望塔の兵からの報告です! 王国軍の援軍と思しき軍勢が、北東の方角から迫って来ています! その数2万に及ぶのではないか――、という報告でありまして・・・ 」
「 な、なにいぃ! 」
「 とにかく籠城に徹するのだ! たとえ2万だろうとこの城がそう易々と落ちることはない。このままバルドルフ様を待つのだ! 」
周囲の兵士たちにではなく、まるで自分自身に言い聞かせるように、ハイルギットはそう叫んだのだった。
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すっかり辺りは暗くなり、肌寒い夜が訪れつつあった。
「 おお、ブラックモア卿! 首を長くして待っておったぞ! 」
「 遅れて申し訳ございません・・・ 」
雄々しい馬に跨り、膨大な数の兵士を率いた女騎士リディア・ブラックモアは、元帥ドノヴァンの目前までくると即座に馬を降り片膝を突いた。
リディアは王家に限りなく近い名門貴族家の出自だ。生まれ持っての身分だけでいえば、ドノヴァンよりも格上だった。
にもかかわらず、待たせてしまったと即座に膝を折ったのは、心からドノヴァンのことを戦士として畏敬しているからに他ならない。
「 これが吊り橋で職人たちが申しておった、ハルノ様と意気投合し支援を申し出た真龍ですか? なるほど、亜種と申しておったのも何だか頷けますね 」
闇に支配されつつある中空に浮遊している、紫がかった皮膚をした真龍を見上げたまま――リディアが呟く。
「 ああ、しかし――どうやら聖女様は直接帝国兵に手を出したくはない御様子でな・・・この真龍も聖女様のお考えを尊重しておる節があるのだ 」
「 左様ですか。しかしハルノ様はいずこに? 」
リディアはキョロキョロと――、わざとらしく周囲を見渡した。
「 ああ、実は領都の北で撤退中の帝国軍と一戦交えてな。まだそこに居られるはずだ。聖属性魔法を駆使され、戦死者や負傷者を治療しておられる 」
「 なるほど・・・ 」
「 ブラックモア卿。聞いて驚くだろうが――実はな、帝国の皇女があろうことか最前線に出ておったのよ。これがなかなかの剣士でなぁ~。属性魔法も扱う剣士だったんじゃが、我らが見事討ち取ったのよ 」
「 何ですと! 皇族? 先陣の侵略軍を率いておったのは、皇族だったのですか・・・ 」
リディアは目を見開いて驚愕していた。
「 ああ、だが聖女様が蘇生すると申されてな。今頃は生き返っておるだろうよ 」
「 なるほど。本当に皇族ならば、殺すよりも捕虜にした方が得策ではありますね 」
「 いや、聖女様のお考えはそうではないらしい。蘇生した見返りに説得に回らせて、この無益な戦争自体を止めさせる――と、申されていたぞ 」
「 はははっ! ハルノ様らしいですね 」
リディアは屈託のない笑顔を見せていた。
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聖女ハルノに貸与されたランタン数個を周囲に置き――明かりを確保していた。
ちなみにこのランタンはLEDランタンで、単一乾電池二個使用であり、ボタン一つで点灯しダイヤルを回して明るさ調整もできる代物だ。
LEDは十五個も付いており、MAX状態ではかなり明るい。
クラシカルなデザインでインテリアとしても使えるが、本来は防災グッズだった。
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どうやら真龍はドノヴァンやリディアの言語を直に理解はできていないみたいだが、身振り手振りで意思疎通を図ると理解を示しているかのような様子を見せていた。
返事のつもりか、地上に降りてきて小刻みに首を振ったり片手を上げたりしていた。
「 では真夜中を過ぎたら、聖女様がかけてくださった魔法障壁の効果が持続しておる者を、真龍殿の背に5名ほど乗せていただき、城の内部まで運んでもらおう 」
「 そして内部から跳ね橋を下すことに成功したなら――もう我らの勝ちだ。もし水路を使って侵入するならば陽が昇るまで待つ必要があるしな。一晩無駄に過ごすこともなかろう。どう考えても奴らの援軍が到着する前に城を奪還するべきだしなぁ 」
「 了解致しました。では、奇襲は元帥殿の軍にお任せしても? 」
「 ああ勿論だ。ワシもその5人の中に入っておる! ブラックモア卿の軍勢は、領都内部で城を包囲しておいてくれ 」
「 え? 元帥殿も奇襲に加わるのですか? 」
「 無論だ! 頭が動かねば――尾が動かぬからな 」
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一通り作戦の段取りが決定した頃、騎兵が数名――松明を掲げながら天幕が張られたエリアの中央篝火に向かって勢いよく駆け込んできた。
「 おお! 誰かと思えば皇女殿ではないか! 無事生き返ったのだな! 」
騎兵の中の一人は、数時間前に剣を交えた女魔法剣士その人だった。
未だに血と泥で汚れたままの鎧下姿で、隙間からは肌が露出しており冷気に晒されていた。
さすがに帯剣は許されていないと見え、丸腰のままだ。
馬を降りたユリアーネ姫は、ドノヴァンの眼前へと駆け寄った。
「 元帥ドノヴァン殿! 全て使徒様よりお聞きしました・・・噂は耳にしておりましたが、まさか本当にデュール様の眷属が後ろ楯になっておられたとは露知らず・・・ライベルク王家の政治的宣伝戦略だと思い込んでしまっておりました。この度の侵略行為に至ったこと――大変申し訳なく・・・ 」
「 いやそれよりも――、まずは何としても兄上を止めねば・・・このままではデュール様の不興を買い、神罰が我が帝国に鉄槌となり降り注ぐ事態となってしまう 」
「 ふふっ、確かにな! かつての邪教徒国家の二の舞になるかもしれんなぁ! 」
そう言って、ドノヴァンは意地悪な笑みを見せていた。
逆にユリアーネ姫は、引き攣った表情のままだ。
「 とりあえずは城の奪還に協力してもらおう。貴殿が呼びかければ開城も容易だろう? 」
そう言いながら、ドノヴァンは拡声器をユリアーネに手渡した。
見慣れぬ道具をいきなり手渡されたユリアーネ姫は、「 これは何だ? 」と、怪訝な表情であった。
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