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第107話 成功報酬

 草原地帯の中、草の茎が風に揺れる音だけが聞こえる。


 あちこちに放置された死体には、暴力によって引き裂かれた傷跡がここからでもハッキリと見て取れる。目を剥いたままの死体と眼が合った。

 最後に吐き出したであろう呻きをまるで私に伝えようとしているかの如く、口もあんぐりと開いていた。


 数多(あまた)の悲鳴が、未だ草原に響き渡っているのではないかと錯覚しているような感覚がある。

          ・

          ・

 風が吹く草原に残された死体は、既に腐敗のプロセスを開始しているのだろう。


 いずれこれらの死体全てこのまま放置するならば、草原地帯の風に乗り、いつの間にか遠くへと消え去るのか?

 それとも腐る前に肉食モンスターの食糧になるのだろうか? もしくは腐りかけのアンデッドとやらに身を堕とし徘徊を始め、いつかハンターに討伐されるのか?

          ・

          ・

 何にせよ、この草原で起こった激戦は両軍の語り草となるのだろう。


「 身をもって体験しても、やはり信じられないか? 」


「 ・・・・・ 」

 私の問い掛けには答えない。

 眼前の血塗れの女性は、未だに絶句していた。


「 仕方がない。生殺与奪がこの場に於ける私の権能とはいえ・・・いたずらに行使するのは自然界への冒涜に繋がる。(ゆえ)に、むやみやたらと蘇生するのは好みではないのだが―― 」


 私の素を知ってる人が聞いたら、今さら何言ってんだって感じだが・・・

 一応念のため、私が蘇生魔法を行使するのは特別なことなのだ――と、印象操作しておく。


 すぐ(そば)の、折り重なる死体の山へとおもむろに近寄る。


 目をカッと見開いたまま絶命している――先ほどの死体にターゲットを合わせ、蘇生魔法を唱えた。


          ▽


「 ううぅ・・・な、何だ? 」

 生き返った帝国軍兵士は、しきりにキョロキョロと周囲を見回し、現状把握に全力を注いでいる様子だ。


 さらに未だ座りこむ血塗れの女性と私を、何度も何度も交互に見て首を振っていた。


「 え? ユリアーネ様! これは・・・我らは? 」


 生き返った兵士に【 ユリアーネ様 】と呼ばれた女性は瞠目(どうもく)し、あわあわと唇を震わせていた。


「 どうだ? これで真実だと受け取ることができたか? 」

 極めて冷然とした態度で吐き捨てるように言い放つ。勿論ワザとだ。


 ちょっと傲慢(ごうまん)な態度だったか? と、即座に反省しつつも――

 手探りではあるが、何とかキャラを作ることに腐心していた。


「 まさか・・・ライベルク王家の政治的宣伝戦略(プロパガンダ)ではなく真実だったのか? いやまさか、そんな・・・ 」

 ユリアーネとやらが、ハッキリと聞こえる声量で独り言を口走った。


「 王国軍元帥ドノヴァンからの情報によれば、お前は帝国の皇女らしいな? まぁお前が何者だろうと私には関係の無いことだが、とにかく軍の最高指揮官ならば、今すぐ戦争を終結させるために東奔西走してもらうぞ! これは命令だ! 私の言葉は、デュール(しん)からの神命と心得よ! 」


 ――キマった! 我ながらカッコよく台詞(セリフ)を言い切った気分だ!


「 ほ、本当に・・・デュール様の使徒様なのか? いや――なのですか? 」


 ――よし! かかった!

 この反応・・・今までの経験則では、ほぼほぼ信じ始めている反応だ。

 ただ常識などが邪魔をし、ほんの少し疑念を持っているだけだろう。


 私は心の中でグッと拳を握りしめた。


「 真龍を操っているのも、まさか貴女(あなた)が・・・ 」


「 そうだ。何かと手を貸してもらっている 」


 ユリアーネが、先ほどまで寝かされていたスペースから這い出て――よたよたと覚束(おぼつか)ない足取りのまま、私の眼前へと移動してくる。


 そして片膝を突いた。


「 御無礼を――、どうかお許しください使徒様。わたくしはバレス帝国軍、ソフィア・ユリアーネ・デラ・クルスと申します 」


 ――名前ながっ・・・覚えきれないかも。


「 そ、そうか・・・では私もそこの兵士と同じく、ユリアーネ姫と呼ばせてもらおう 」


「 い、いえ・・・ソフィアと御呼び下さいませ! 姫などと敬称を(たまわ)るわけには! 」


「 よい! 便宜上【 ユリアーネ姫 】と呼ぶことにする! 私が決定したことだ! お前が気に病むことではない 」


「 ぎょ、御意にございます 」

 ユリアーネ姫は深々と頭を下げた。


 これはもう――、完全に掌握したと見ていいだろう。

 後はこの御姫様をフル活用し、帝国内で誰が扇動しているのかは知らないが、その者を説得してもらおう。


 戦争なんて馬鹿げた行為は、一刻も早く止めるべきだ。


 そもそも戦争なんて非効率的過ぎる!

 外交手段としては、最も効率が悪い方法であるにもかかわらず、なぜこのような馬鹿の一つ覚えが行われるのか・・・


 とは言うものの、現日本国内でも戦争必要論を唱えるタカ派が、未だに一定数存在するのは事実。


 そしてさらに世界に目を向ければ、国民が飢えていても、国力をほぼ全て軍事力強化に使うクズ国家もあるくらいだ。


 元の地球では多くの国が核兵器を保有し、世界を破滅させる力を持っているという現状を考えると、私も一応はその世界の中の一員だったわけで・・・

 なので、こちらの世界の戦争行為の愚かさについて――意見を述べる資格は本来無いのかもしれないが。


「 ユリアーネ姫よ! お前にはこれからすぐにミルディア城に向かってもらいたい。王国軍に協力し、帝国による第二、第三の波状攻撃を未然に止めてもらいたい。皇女という身分が事実ならば、お前が説得すれば容易なことだろう? 」


「 はっ・・・はい。兄上を止めるのは至難の業かと存じますが・・・神命とあらば、この命に懸けましても 」


「 よし! ではすぐにでも出発してくれ。王国の兵士を数名連れて行けば、間違って攻撃されることも無かろう 」


 ユリアーネが、ズイっと私の下ににじり寄った。


「 使徒様! 一つだけお願いの儀がございます 」

 さらに深々と頭を下げる。


「 何だ? 申してみよ 」


「 死地と化したこの地に斃れた――、我が軍の兵を・・・どうか、どうか1人でも多く蘇らせてはもらえないでしょうか? かつてデュール様は、大量に戦死した信徒(しんと)を、全員蘇らせて下さったとお聞きしております。何卒! 」


 ――そうきたか。ドノヴァン殿から聞いた「 人となり 」から、あるていどは予想していたことではあるが・・・


「 考えておこう。お前の嘆願を聞き入れるかどうかは、お前の働きを見てからだ。よいな? 」


「 ははっ! 」


「 よし! では行け! 」

          ・

          ・

 私の後方にずっと控えていた王国軍兵士と、未だ状況を把握し切れていない様子の、復活直後の帝国軍兵士にユリアーネ姫を任せた。

 

 私は一旦ユリアーネ姫の視界から消えるために移動した。


          ▽


 成功報酬だと伝えたものの、時間的な猶予はそれほど無いと思われる。

 春を思わせる陽気ではあるが、腐敗が始まってからどれくらい持つだろうか?

 暖かい気候でも、やはり数時間後には進行するのか?


 体内の細菌が増殖し始め、酵素が活性化されて細胞の構造を崩壊させ、体内のタンパク質が分解されることにより腐敗が進行すると授業で習った。

 しかし開始時間まではわからない。気温が高ければ高いほど進行が早い、って常識的なことぐらいしか私にはわからない。


 多分腐敗が少し始まっていても、問題なく蘇生は成功するはず――


 だがユリアーネ姫の説得が成功し、帝国軍が完全に撤退するのはいつになるだろうか? 一体何日後だ?


 さすがに待ってはいられない。

 約束した以上、成功報酬として完遂しなければならない。――蘇生しようとしたけどできませんでした! では、流石にマズいだろう。

 あの言い方では、仕事をやり遂げたなら報酬は約束しよう――と、確約したようなものだ。


「 お前がさっさと仕事を終わらせないから、約束は反故(ほご)だ! 」などと――理不尽なパワハラで押し切ることは流石に人としてできない。


 ――仕方ない。先渡しにはなるが、蘇生魔法マシーンと化すしかないか。


 どうせまだまだこの地に留まり、王国軍兵士を蘇生しなければならない身だった。

 選別する必要がなくなった分、逆に早く終わるかもしれない。


 とはいえ――、長時間労働が確定したわけだ。


 未だ死屍累々の草原を見渡しながら、私は深い溜息を吐いていたのだった。

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